第136話 みんなでハンバーグ作り
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今回の僕の魔獣料理は……。
「ハンバーグです!」
というと、「おお!」と歓声が上がった。
みんな、納得した顔だ。
「確かに合い挽き肉なら合成ですね」
「今から楽しみだわ」
「お手伝いします」
ミルディさんが頷けば、ソフィーニ母上とリーリスは両手の平を合わせて喜んでいる。
「私もお手伝いしてよろしいでしょうか?」
進み出てきたのは、ルヴィニク伯爵だった。
伯爵閣下が手伝ってくれるの?
すると伯爵閣下はおもむろにエプロンを着ける。
腰紐をギュッと締め、三角巾を力強く結ぶと、用意されていた包丁を握る。
まな板に玉葱を並べると、スパンッと半分に切った。
タタタタタタタタタタタタッ!
さらに小刻みな音を響かせ、あっという間にみじん切りにしてしまう。
速い……! しかも、かなり細かい。
ハンバーグの種として使う場合、玉葱は細かく切った方がいい。
玉葱が大きいと、成形する時にくっつきにくくなるからだ。
ルヴィニク伯爵はそれもわかって、ここまで細かいみじん切りにしたんだろう。
僕は顔を上げて、ルヴィニク伯爵閣下を見つめる。
(この人…………できる!)
視線に気づいた閣下は、「ふっ」と笑った。
「軍人時代が長かったものですから、料理は一通り」
包丁を布巾で拭い、ギラリと光らせる。
「閣下は料理がお上手なんですね」
「料理男子って結構ポイント高いですよ」
「素晴らしいです!」
女性陣からは羨望の眼差しだ。
いや、ソフィーニ母上はまずいんじゃないかな。
こんなところを父上に見られたら……。
(ん? 怖気が……)
後ろを振り返ると、厨房の入口のところで、クラヴィス父上がハンカチを噛んでいた。
すごい形相で、こっちを睨んでいるぅぅぅうう!!
めちゃくちゃ悔しがってる!
やばい。クラヴィス家に来て、初めての夫婦間の危機だ。
気づいて、母上。父上の視線に気づいてあげて!
とりあえず夫婦間の問題は2人に任せるとして、僕は料理を続けよう。
「じゃあ、折角なんでこの玉葱のみじん切りを使わせてもらいますね」
僕は玉葱を器の中に入れる。
羊酪と塩を加えて、器ごと鍋の底に置いた。
そこに器の高さの4分の1程度まで水を入れて、火にかける。
「玉葱を炒めないのかい?」
ルヴィニク伯爵は質問した。
確か玉葱を炒めて香りを出し、ハンバーグの種として使うのが一般的な方法だ。
だが、今回僕は蒸す方法を選んだ。
「蒸すとどうなるのですか?」
リーリスが質問する。
答えたのは僕ではなく、隅っこで座って様子を窺っていたソンホーさんだった。
料理のこととなると、口を挟まずにはいられなかったのだろう。
「玉葱を蒸すのと炒めるのとでは、随分違う。一般的に玉葱を炒めるのは、玉葱の香りを引き立てるためです。ただこの場合、水分が抜けて食べた時には旨みが逃げてしまっている。対して蒸す場合、香りこそ逃げてしまいますが、旨みが閉じ込められ、食べた時に肉の旨みとともに、玉葱の旨みも味わうことができるのです。とてもジューシーでおいしく仕上がるんですよ」
「へ~。炒めるとと蒸すのとで、そんなに違うんですね」
「わたしも勉強しよう」
「それを知ってるルーシェルもすごいですね」
みんな感心してるけど、実はソンホーさんが解説したやり方は、ここの炊事場ではもはや当たり前の方法だ。
この玉葱を蒸す方法は、僕もこの炊事場に入って学んだ。
ハンバーグの玉葱なんて炒めるのが当たり前だと思っていたけど、まさかこんな方法があるなんてね。それも劇的に味が変わるから面白い。
300年生きてきて、それに気づかなかったのは、不覚だ。やはり料理の世界は深い。
バター蒸しした玉葱を冷ましている間に、クリムゾンブルとプルプルピッグの肉をミンチにしていく。
クリムゾンブルはBランクの魔獣で、別名『火牛』といわれている恐ろしい火属性の魔獣だ。でも、そのお肉は絶品。すでに塩胡椒をかけているかのような塩けがあって、下拵えなしでも十分満足できる。
Cランクのプルプルピッグの肉もいい。
名前の通り、脂も赤身の部分もプルプルしていて、ジューシー。
優しい甘さもあることが特徴だ。
赤身の部分を食べられる魔獣の中ではトップクラスの2つの魔獣を、今日はちょっと贅沢にハンバーグにするというわけだ。
「ルーシェル、ミートチョッパーの用意ができましたよ」
「ありがとう、リーリス」
ある程度まで薄切りにしたクリムゾンブルとプルプルピッグの肉をミートチョッパーの中に入れていく。
「おお……」
感心したのは、ルヴィニク伯爵だった。
たぶん、魔獣の肉もその挽肉を見るのも初めてなのだろう。
魔獣の肉がこんなに軟らかいのか、と感心しきりだった。
挽肉にしてしまうと、どっちの肉もただの挽肉にしか見えない。
でも、見た目は同じかもしれないけど、食べてみたらみんなビックリするだろうな。
ボールの中に挽肉を入れ、塩と牛粉を入れる。
牛粉はクリムゾンレッドの骨粉が混じっている。
熱が入ることによって、これが肉の旨みをさらに引き立てるのだ。
「ここで混ぜていくよ」
宣言した通り、ボールの中の挽肉を軽く混ぜていく。
その手先を見ながらルヴィニク伯爵は尋ねた。
「パン粉は入れないのですか?」
「入れますよ。お肉をほぐしてからね。これは第1工程ですから」
「第1工程?」
「さて、じゃあ……、いよいよ合成魔獣料理をお見せしましょう」
クリムゾンブルとプルプルピッグが混ぜ合わせると、僕は手で構えた。
集中し、手の先に魔力を込める。
魔力の光がドッと音を立てて、輝き、厨房のカーテンとソフィーニ母上の長い髪を揺らした。
スキル【合成】
お肉が激しく七色に輝く。
光の中で肉同士が混じり合うと、やがて輝きが消えていった。
「終わった?」
「お肉はどうなったの?」
「あまり変わっていないように見えるのですが……」
ソフィーニ母上とリチルさん、そしてリーリスが目を瞬かせる。
確かに肉の姿は変わっていない。
でも、【合成】はうまくいった。
これの真価を知るのは、食べてからになるだろう。
きっとみんな驚くはずだ。
パン粉、ニクズクの種子を磨りつぶした粉、少量の水、塩、胡椒、澱粉粉を入れる。
そして、忘れてはいけないのが、先ほど蒸した玉葱だ。
それをすべて混ぜ合わせ、僕は成形していく。
パン! パン!
厨房に音が響く。
ハンバーグを作る上ではお馴染みの音と言ってもいいかもしれない。
リーリスやソフィーニ母上、リチルさん、ルヴィニク伯爵。さらに途中参加したクラヴィス父上も仲間に入れて、ハンバーグを成形していく。
成形はリーリスたちに任せるとして、いよいよハンバーグを焼いていく。
僕は鍋にたっぷりの羊酪を擦りつけた。
「いい匂い……」
「はあ。羊酪の香りはこれだけでお腹いっぱいになるわねぇ」
「わかります」
うんうん、とお手伝いの女性陣は頷いた。
それには僕も同意だ。
さらに、その鍋に合成されたお肉を入れていく。
羊酪たっぷりの鍋の中で、熱を浴びて染み出してきた肉汁が踊る。
パチパチという拍手にも似た音に加えて、空気に旨みが宿ったような香りが、厨房にいる全員の鼻腔を衝いた。
厨房の隅でジッと監督していたソンホーさんの表情ですら、トロトロになっている。
手慣れた動きでハンバーグを成形しながら、ルヴィニク伯爵もこちらを見ていた。
「ここからじっくり中に火が通るまで焼いていくのですかな?」
「いえ。両面に程よく焼き目がついてきたところで、下ろします」
「え? 下ろすの?」
リチルさんが素っ頓狂な声を上げる。
けど、僕は焼き目の付いたハンバーグを皿に下ろした。
「まだ中まで火が通っていないように思いますが……。1度肉を休めるためですか?」
「いいえ。閣下なら鍋の中を見てわかるんじゃないですか?」
「ははは……。私を試すつもりですか。面白い」
ルヴィニク伯爵はジッと見つめる。
あっさりのってきてしまった。
意外と負けず嫌いなのかもしれない。
鍋の中には先ほどの溶けた羊酪と、染み出した肉汁が混じり合っている。
いい香りを立てていた。
「そうか。これはただのハンバーグじゃないね」
「わたくしもわかりました。なるほど。これは楽しみですね」
ルヴィニク伯爵に続いて、リーリスもわかったようだ。
そう。今回はただのハンバーグじゃない。
ただのハンバーグではちょっと勿体ないからね。
「その通りです。ハンバーグはハンバーグでも、今日の料理は煮込みハンバーグです!」








