第134話 次なる魔獣料理
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2月6日発売されます。こちらもよろしくお願いします。
精霊の花嫁……。
言葉尻は華々しいけど、どちらかと言えばその呼称は皮肉と言えるかもしれない。
精霊とともに、人間の寿命を超えた時を生きるのだ。それを良しとする人間はいるかもしれないけど、多くの人間にとってそうじゃないと思う。
事実、多くの人たちが精神に異常を来し、『魔女』という言葉すら生まれたのだから。
悲壮な人生を予期しながら、僕はもう少しルヴィニク伯爵の話に耳を傾けた。
「贄、咎人……。そして魔女……。『精霊人』にはどうしてもネガティブなイメージが付き纏いますが、アプラスにはそんな影となる側面は見られなかった。私はアプラスが、人類史の中で厄災をもたらした魔女とは到底思えません」
最後に首を振る。
そんなルヴィニク伯爵に、まず話しかけたのは、父上だった。
「閣下……。あなたはそこまでさらけ出して、我々にその話を聞かせたのは、何か理由がお有りなのでしょうな」
ルヴィニク伯爵は沈黙した。
しかし、クラヴィス父上の方を真っ直ぐ見て、深く頷く。
「……実は、私は2年前に妻に先立たれております」
「存じております。葬儀に参列させていただき、献花も送らせていただきました。あの時、あなたはとても気を落とされていた」
「はい。私には過ぎた妻でした。私は間違いなく、妻を愛しておりました。ですが、息子も立派に独り立ちし、広い屋敷におりますと、ふと寂しさがこみ上げてくることが多くなりました。このまま私はたった1人になって死んでいくのか、と。軍人時代、新兵に鬼だ、悪魔だと影で言われていた私が、情けない話ビビってしまったのです」
「いえ。気持ちはわかります。私も一時ソフィーニが療養所にいる時、それは寂しい思いをしたものです」
クラヴィス父上は共感する。
母上が療養所にいたことは、今初めて聞いたのだけど、たぶん例の『竜の呪い』を治すため一時的に療養所にいたのだろう。
「周りは後妻を取ることを勧めましたが、どうも足が向きませんでした。そんな時、ふとアプラスのことを思い出したのです」
ルヴィニク伯爵は冒険者を雇って、『氷の魔女』がいる場所を特定した。
そして、彼女に会うために、領地の北にある『氷魔の渓谷』へと向かった。
「ただ元気にしてるだろうか。それだけ確認できれば、いいと思っていました」
「それで会うことができたのですか?」
とカリム兄さんが尋ねると、ルヴィニク伯爵は頷いた。
「会うには会うことはできました。ですが、彼女は別人に成り果てていました」
ルヴィニク伯爵を見るなり、アプラスは伯爵を有無も言わさず拒絶し、あまつさえ攻撃まで加えて来たのだという。
ルヴィニク伯爵はまだ真新しい二の腕の傷を見せてくれた。
「ふむ。察するにアプラスが魔女化し、暴走の末、閣下を襲ったと考えるのが妥当でしょうな」
「お話を聞く限り、急激な寒波の時期とも一致しますし」
クラヴィス父上の言葉に、カリム兄さんも同調する。
僕も話を聞く限り、ルヴィニク伯爵との関係は良好だったようだし、アプラスさんが暴走しているとしか思えない。52年という月日はあっても、わざわざ会いに来た伯爵を無下にするような人なのだろうか。
むしろ52年という月日によって、アプラスさんの精神に異常を来す何かがあった可能性もある。
しばし思案していると、急にルヴィニク伯爵は頭を下げた。
「お願いします、レティヴィア公爵閣下。お力添えを頂戴いただけないでしょうか?」
「力添えとは?」
「私は……、あのアプラスが本当に魔女になったとは思えないのです。私は……、私は彼女を救いたいと思っています」
「そのためなら、我々に犠牲になっても良いと……。あなたの淡い想いのために」
カリム兄さんがいつになく厳しい視線を向ける。
それでもルヴィニク伯爵は引かなかった。
「本来であれば、ルヴィニク伯爵家が当たるべきことかもしれない。いや、彼女を救いたいというのは、単なる私の我が儘です。でも、私には彼女を救えるだけの力はない」
そして、ルヴィニク伯爵は僕の方を見た。
「今は、我が領地を奇跡的に助けてくれたあなた方のお力を借りるしかない。どうかこの通りだ。公爵閣下、ご子息方……。私に力を貸していただけないだろうか?」
最後にルヴィニク伯爵は深々と頭を下げた。
300年前、爺やが言っていた。
貴族が貴族に頼みごとをする時、金か土地か権利で大抵のことは解決すると。
頭を下げるのは、最終手段だと言っていたのを僕は思い出す。
ルヴィニク伯爵には差し出されるものがないわけじゃない。
たぶん、どれを差し出したところで、レティヴィア家が十分持っているものだからだ。
それにルヴィニク伯爵はすでに借りを1つ作っている。
その上で協力を申し出ているのである。
(きっと、この人にとってアプラスさんは、お金や土地に代えられない大事な人だということだろう)
僕はクラヴィス父上を見た。
何も言わず、1つ頷く。
僕と父上の間ではそれで十分だった。
クラヴィス父上は満足げに微笑む。
「男の純情という奴ですかな……」
「く、クラヴィス殿」
ルヴィニク伯爵の白い顔が真っ赤になった。
「……いや、その通りです。情けないとお思いになるだろうが」
「その答えで十分。お腹いっぱいです。……なあ、カリム」
「はい。……それに寒波で困っているのは我々も一緒。魔女――いや、アプラス殿の暴走が原因というなら、それを鎮めるのが領主の務めというものでしょう」
「クラヴィス殿……。カリム殿……。かたじけない」
ルヴィニク伯爵は再び頭を下げる。
その目には涙が滲んでいるように見えた。
「礼はすべて済んでからいたしましょう。まず問題として、魔女の居所です。話を聞く限り、『氷魔の渓谷』にいるとか」
「はい。しかし、今は分厚い氷に覆われ、何人も近づけない様子……。それにその気温は平地の比ではありません。とても人間が入れるような場所ではない、と家臣より聞いています」
「魔女に会うためには、『氷魔の渓谷』の中に入る方法を考えねばならないか」
クラヴィス父上は椅子の肘掛けを指でリズムを取りながら、考え始める。
「いえ。入る方法は問題ないかと。思案すべきは入った後です、父上」
氷に閉ざされているといっても、今のレティヴィア家には色々と方策が考えられる。
問題は渓谷内をどうやって進むかだ。
今、この状況でマグマ石がなければ、応えるほどの寒さなのに、さらに温度が低いとなれば別の方法を考えなければならない。
「ルーシェル、フレッティがフレイムタンの炎に耐えられたのと逆で、吹雪を無効化するような魔獣食はあるかい?」
「耐寒能力を上げるだけなら、色んな種類があります。ですが、お話を伺う限り、ただ寒さ対策をしただけでは、その極寒の土地に適用することは難しいかもしれません。……もしかしたら、僕でも無理かも」
「ルーシェルでもかい」
十分あり得る。
相手は1000年生きる魔女。
そしてその体内には精霊の本体がいる。
確かに僕の身体は魔獣食によって、ほぼ無敵に近い力を持っているけど、マグマに突っ込んで無事でいられるほど強い身体でもないし、絶対零度の中で動けるかといえば、甚だ疑問だ。
今回の『氷魔の渓谷』が絶対零度ではないにしても、相手が精霊だけに生半可な準備だけでは不安だ。
気が付いた時には、クラヴィス父上も、カリム兄さんも、そしてルヴィニク伯爵も僕の方を見ていた。
うん。わかってる。
今、この状況を打開できるのは、僕の魔獣食しかないだろう。
僕はニコリと笑った。
「ご心配なく、みなさん。方法あります」
合成魔獣料理を作りましょう。








