第132話 伯爵様がやってきた。
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書籍2巻は、2月2日。
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それぞれ発売です。
書籍2巻はWEB版未収録のユランとルーシェルの馴れ初めを余すことなく描きました。
ユランがさらに好きになる1冊になっています。
もちろん、おいしい料理も取りそろえていますので、是非ご賞味下さい。
マグマ石の作戦は成功した。
2つの都市と、大小10の村の家々に配って回り、さらに1つの都市に巨大なマグマ石を設置することによって対応した。
クラヴィス父上を通して、隣接する都市に対しては、マグマ石を配ることも発表され、まだ解体していなかった溶岩魔人のマグマ石を、各都市に配布された。
一先ず防寒対策はできたけど、異常な寒さは続いている。雪は積もる一方で、農家の人からは雪解けに時間がかかって、春からの農作業が遅れるかもしれないという話だった。
農作物ができるのが遅くなるとなれば、それまで食糧を保存しなければならなくなる。
食糧ばかりは、僕にもどうにもならない。
レティヴィア公爵家だけならなんとかなるけど、領内全域をカバーするのは不可能だ。
またしても、クラヴィス父上たちに頭の痛い問題がやってきたことになる。
そんな時、まだ吹雪がひどい中クラヴィス公爵家を訪問する人が現れた。
馬車の客車を改造し、犬ぞりでやってきたその人は、分厚いローブを脱ぐ。綺麗な赤茶色の生地の正装が現れると同時に、厳格そうな薄鼠色の髭が現れる。
目鼻立ちがはっきりとしつつも、顔立ちはあっさりとしている。目が大きいように見えるけど、眼光が鋭いのだ。一瞬、目が合うと、喉が詰まるような感覚を覚えた。
どこかの貴族みたいだけど、誰だろう。
納涼祭で見たかな?
自分のことで精一杯だったから、失礼だけどあまり覚えてないんだよね。
貴族はそのままレティヴィア公爵家の屋敷にある謁見の間へと向かう。
途中、温めた葡萄酒を飲んで、冷えた身体に熱を入れた。公爵に会う前にお酒と思うだろうが、貴族の身体はかなり冷え切っている。お酒の力を借りなければならないほどにだ。
身体が震えるほどの経験をしても、父上に会わなければならない理由とはなんだろうか。
僕はちょっとリーリスやユランとともに、遠巻きにやってきた貴族を見つめていた。
「あの方は誰か知ってる? リーリス」
「おそらくお隣の領地――ルヴィニク伯爵様だと思います」
隣の領地と聞いて、ピンと来た。
もしかして、マグマ石を渡した街がある領地の領主だろうか。
他の領地の都市に干渉したことがまずかったかな。
でも、カリム兄さんがあらかじめ下交渉をしていてくれたはず。
こじれることはないと思うのだけど……。
ルヴィニク伯爵は謁見の間に入る。
僕は一旦自室に戻ったのだけど、しばらくして父上に呼び出された。
クラヴィス父上の部屋へ行くと、カリム兄さんと、先ほど屋敷にやって来たルヴィニク伯爵がいた。
甘い紅茶の香りがする。
空気こそ緩んでいたが、紅茶のカップを持って立っていたルヴィニク伯爵の顔は、入ってきた時とさほど変わっていなかった。
「よく来たな、我が息子よ」
「何でしょうか、父上」
チラッとルヴィニク伯爵を見た後、僕は質問した。
クラヴィス父上は、そのルヴィニク伯爵を紹介する。
「すでに聞いているかもしれないが、隣の領地を預かるカーゼルス・フル・ルヴィニク伯爵閣下だ。挨拶を」
「初めまして。ルーシェル・グラン・レティヴィアと申します」
ヴェンソンさん仕込みの貴族の挨拶をする。もちろん現代風のだ。
すると、ルヴィニク伯爵もわざわざ典礼に則り、挨拶をする。厳しい顔は相変わらずだ。僕は思わず息を呑む。
僕の緊張を察してか、父上はルヴィニク伯爵を親しげに紹介した。
「ルーシェルよ。カーゼルス殿は、そなたに会いに来たのだ」
「僕に?」
伯爵閣下が、こんな吹雪の中で僕に会いに……!
一体何を言われるのだろう。
どうもこういう表情に出ない人は苦手だ。
いっそ【読心】で心を読んでしまいたくなる。
ルヴィニク伯爵はカップを置き、僕の前にやってくる。大きい。肩幅も広い。元は武将だったのだろうか。
緊張しながら相手の出方を待つ。
背筋に冷や汗が浮かぶのがわかった。
「ルーシェル殿……」
「は、はい! …………ん? 〝殿〟?」
僕が首を傾げた直後、ルヴィニク伯爵は頭を下げた。
「我が領民を救ってくださり、感謝申し上げる」
「へっ?」
伯爵とはいえ、その当主が僕のような子どもに頭を下げているのだ。さすがに変な声が出てしまった。
「聞こえにくかったかな」
僕の反応を見て、ルヴィニク伯爵はわざわざ膝を突いて、僕の目線に合わせる。もう1度、頭を下げてみせた。
「この度我が領民を救ってくださり……」
「だ、大丈夫です! 聞こえていました。閣下、どうか顔を上げてください」
僕は慌てて声を掛ける。
横でカリム兄さんが、僕の狼狽ぶりを見て笑っている。
いや、笑いごとじゃないから。
ルヴィニク伯爵は顔を上げる。
「お父上からお話は聞かせてもらいました。大変な想いをされたことも」
「もしかして、僕のことを……」
「失礼ながら聞かせていただいた。父上は最初渋ったことを私から証言させていただく。ご心配なく。ルーシェル殿の秘密は、墓場まで持っていくつもりだ。安心してほしい」
「カーゼルス殿は、元帝国の軍人だ。非常に口が硬く、皇帝の覚えもめでたい。信頼できる方だよ」
「そうですか?」
「初めは信じられなかったが、話を聞きとても創作の話とは思えなかった。クラヴィス殿は私と違って、なかなかひょうきんな方だが、決して荒唐無稽な話を真剣な表情で話すほど器用な方ではないので」
クラヴィス父上のことをよくわかってるなあ、この人。
僕は思わず苦笑した。
「もしかして、感謝の言葉を伝えるためだけに、この吹雪の中、レティヴィア家にやって来たのですか?」
「公爵閣下に手を差し伸べていただいたのですが、こうして感謝の言葉を伝えるのは当然のことかと。それに雪中の行軍は軍人時代に慣れていますから」
ルヴィニク伯爵は微笑む。
冗談なのか、本気なのかわからないな。
クラヴィス父上ならすぐに顔に出るのに。
「それに1つ公爵閣下と情報を共有したいこともあったので」
「うむ。本題はそこなのだ、ルーシェルよ。閣下、私に聞かせた話をルーシェルにも聞かせてくれないだろうか?」
クラヴィス父上の言葉に、ルヴィニク伯爵は強く頷いた。
「私はこの異常気象に何か外部からの影響があるのではないかと思い、冒険者などを使って調査を進めていました。そこである者が暗躍していることを突き止めました」
「ある者?? 人間が関わってるのですか?」
「はい。まあ、あれが人間と一括りにしていいものかは、私には判断できませんが」
「それはどういうことですか?」
「ルーシェル殿は、〝魔女〟という言葉をご存知か?」
「魔女?? まさか――――」
まさか300年経ってもいるのか。
魔女という存在が……。
「この吹雪の首謀者は魔女アプラス」
1000年の月日を生きるという氷の魔女です。








