第124話 領内の困り事
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本日『公爵家の料理番様』のコミカライズ更新されます。
最新話ではついにドラゴングランドと対決です。
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雪の1日目はとても楽しくて、おいしかったけど、例年にない寒さはその後も続いた。
1日中、猛吹雪という日なんかもあって、レティヴィア領はすっかり雪に埋まってしまう。星詠みの人は「一過性の寒波だ」と言ったけど、2週間経っても寒さが和らぐことはなかった。
レティヴィア領は比較的温暖で、冬になっても氷点下まで下がることはない。
しかし、今年は日中でも氷点下を下回るという日まで出てしまった。
最初も言ったけど、例年にはない寒さ。もはや異常な気象だ。
そうなると困るのは、寒さをどう凌ぐかだ。
僕の家族やレティヴィア家の家族や家臣には、カットマトを食べてもらったので、寒くても凍えることなく活動を続けている。
だけど、領民は別だ。
僕が持っているカットマトは、ほとんどレティヴィア家の人たちに出してしまった。
魔樹であるカットマトは冬になると冬眠してしまう。その時に収獲するのが1番なんだけど、あらかじめ生息場所を確認しておかないと、雪の中から見つけるのは難しい。レティヴィア領内の総人口は、約10万人。その人たち全員にカットマトを分け与えるのは、ほぼ不可能だ。
クラヴィス父上も、この問題に頭を抱えている。
連日、フレッティさんたちに指示を出しながら、カリム兄さんと対応を協議していた。
「父上、兄上……。失礼します」
僕は会議室のドアをノックして、荷車を引いて部屋に入ってくる。
たちまちおいしそうな香りが会議室を包むと、真剣な顔で協議していたクラヴィス父上たちの顔が綻んだ。
「おいしそうな匂いだな、ルーシェル」
「みなさん、お疲れのようですから。差し入れを持ってきました」
「そう言えば、お昼を食べていなかったですね」
カリム兄さんはお腹を擦る。
すると、思い出したかのように小さな音が鳴った。
その音を聞いて、クラヴィス父上は破顔する。
「休憩にしよう、カリム。それにフレッティも。我々が倒れては、助かる人命も助からんからな」
クラヴィス父上が進めると、カリム兄さん、フレッティさんは少しホッとした様子で席に着く。
1度テーブルの上の書類を片付けた後、僕は料理を並べる。
小さな銀蓋を持ち上げると、マグカップの中に小さなスープが現れた。
『おお!』
マグカップの中から溢れてくる香りと、その彩りに声が上がる。
クリーム色のスープに、甘藍、馬鈴薯、人参、玉葱、そして鶏肉が入っていた。
「このツンと来る香りは、生姜かな?」
カリム兄さんが言い当てる。
当たり。さすが兄さんだ。
「豆乳生姜スープです。疲労回復にもいいですし、温かいですよ」
「有り難い」
「早速、いただきましょう」
クラヴィス父上、カリム兄さん、フレッティさんはそれぞれ口を付ける。
瞬間、凝り固まっていた表情が一気にトロトロになった。
『おいしいいいいいいいいい!!』
3人は悲鳴を上げる。
「なんと優しい味か……。スープの温かさが骨身に沁みる」
「豆乳のまろやかさが舌を癒やしてくれるようです。具材との相性もいいですね。トロりとした舌ざわりがまろやかなこと」
「具材の旨みもよく出て、豆乳スープに絡んでいるのと、何より生姜入りというのがいい。胃の中で落ち着いた後、ほわりと身体が熱くなっていくのがわかります」
3人とも目を細め、僕が作った豆乳生姜スープに癒される。
良かった。今日も満足してもらえたようだ。
「ルーシェルくん、いいのか? 冬場の貴重な食料を使って」
「あ。いえ。……それ、全部魔獣食材や魔草なんで大丈夫です。屋敷の食料には手を付けてませんから安心して下さい」
「え? これ、全部魔獣と魔草なのか?」
フレッティさんがマグカップを持ったまま素っ頓狂な声を上げる。
他の2人も口を開けて驚いていた。
冬は雪も振って、景色に風情もあるけど、生物にとって厳しい季節だ。
それは山でも平地でも変わらない。
特に食糧不足は顕著になる。
公爵家には冬を越えるために、食糧の備蓄がたくさんあるけど、余裕があるわけじゃない。多くの家臣を抱えているため、むしろ節制しなければ冬まで持たないのだ。
「お肉はアサシンバードです。鶏肉と違って、少し風味が独特ですが、胸肉が軟らかくておいしいんですよね。甘藍に見えるのは、ボウラ草の蕾です。葉に見えますが、実は全部蕾で、食べると結構シャキシャキしてるでしょ。馬鈴薯はデビルピクシーの角、人参もレッドデビルの角を1度蒸かして軟らかくしたものを使ってます。玉葱はスカイローパーの足ですね。豆乳もビーンズナイトを擂り潰して作りました。普通の豆乳よりも濃厚なので、飲むよりはスープや鍋に使った方が相性がいいんです。生姜だけ普通の食材を使いましたが、これは僕個人が備蓄してあるものを使いました。だから、公爵家の食糧には一切手を付けていません」
「苦労をかけるな、ルーシェル」
クラヴィス父上は僕の頭をなで回す。
「い、いえ。食材を魔獣食材や魔草で並べるのは、山の生活で慣れているので。……それよりもどうですか? 領民の人たちは助かりそうですか?」
豆乳生姜スープによって、一旦緩んだ表情をクラヴィス父上は引き締める。
テーブルの上に改めて領内の地図を広げると、目を細めた。
「はっきり言うと、かんばしくないな」
「今のところ、カットマトを食べた騎士たちが見廻りしているおかげか、凍死者は出ていないが……」
「やはり何か困ったことが?」
僕が質問すると、カリム兄さんが答えた。
「まず食糧だね。これだけ寒いと、ご飯で身体を温める必要がある」
「それに温かいご飯を作るには、火を熾す必要がある。それには当然薪が必要だ」
「部屋を温めるためにも薪は必要だ。そうなってくると、冬を越すために用意していた薪だけでは足りなくなってきたのだ」
だけど、この天気だ。
今から薪を作るために木を切るといっても、なかなか難しい。
それに木そのものが凍っているから、なかなか刃物が通らないかもしれない。
ともかく、薪の確保重要か。
「どれぐらい必要なんでしょうか?」
「ざっと計算して、500トーンぐらいかな」
すごい量だな。
だいたい1200から1500本近い木を切らなければならなくなる。
今、この状況で用意するのは、ほぼ不可能だろう。
クラヴィスさんたちはどうやら別の方法を模索してるみたいだ。
薪に変わる代替え燃料、あるいは1つの家庭に2つ以上の家族を住まわせて、薪の消費を抑える方法だ。
後者はそれなりにうまくいってるようだけど、代替え燃料の方はさっぱりらしい。
それに家族をまとめても、結局調理時間が長くなって劇的に改善とはいかなかったらしい。
「今から薪を取っても、生木のままでは火がつかない」
「どうしたものか?」
「あの……。マグマ石はどうでしょうか?」
名前の通り、火山などの火口で採れる石で、置いておくだけでかなり温かくなる。
効果は2ヶ月ぐらいしか持たないけど……。
「いや、2ヶ月でも十分だ」
フレッティさんは嬉々として喜んだ。
しかし、クラヴィス父上は浮かない顔だ。
「マグマ石? しかし、あれはかなり貴重な魔導具だ。各家に配るほどの量が取れるかどうか」
「大丈夫です。当てはあるので」
自信満々に言うけど、クラヴィス父上はまだ表情が冴えない。
「ルーシェルのことだ。またとんでもないことをするのだろうが……。危険はないのだな?」
「ありません。山に住んでいた時はよくやってました」
「う~む。なら、カリム、フレッティ。お前たちもついていってくれないだろうか」
「わかりました」
「ルーシェル様は私がお守りします」
2人は頷く。
「あと、ユランを連れていっていいですか?」
「ユランを?」
「移動に必要なので。……それに食客とはいえ、たまには働いてもらわないと」
こうして僕たちはマグマ石を求めて、近くの火山へと向かうのだった。








