第122話 やっぱり鍋だよね!
まず僕は魔法で丸い鉄の塊を作る。
そこに大量の雪を、塊が隠れるぐらい載せた。
軽く水を吹きかけながら、雪を固めていく。
最後に通り口と空気口を開けて、魔法を解除すれば……。
「雪の家の出来上がりだ」
僕は汗を拭いた。
横で歓声を上げたのは、リーリスとユランだ。
あっという間にできた雪の家を見て、興奮している。
「すごいです、ルーシェル」
「大したことないよ。山でよく作っていたからね」
正直、雪の家を作った時のいい思い出ってないんだよね。
これを作る時って、雪山で突然の吹雪で立ち往生した時だし。
緊急回避用によく作っていたものだ。
「ふむ。どれ! 我が最初に検分してやろう」
ユランは相変わらず偉そうだ。
雪合戦サバイバルを経て、すっかり寒さになれたのか。
いつもの調子で、僕が作った雪の家の中へと入っていく。
「相変わらずだな、ユランは」
「それもユランのかわいいところですわ」
ふと僕は顔を上げる。
真冬の空に星がちらついている。
空気が澄んでいるからか、とても綺麗だ。
星河がはっきりと見えて、視界に収まり切らない大きな夜空を縦に裂いている。
かなり寒くなってきたけど、昼間に食べたカットマトの効果は続いていて、ちょっと肌寒い程度に抑えられていた。
カットマトを食べていなかったら、もしかしたら今頃凍え死んでいたかもしれない。
今日はそれぐらい寒かった。
(そういえば、領民の人は大丈夫だろうか?)
僕たちはカットマトを食べているから、極寒の寒さにも耐えている。
でも、領民たちは違う。この寒さでも魔獣食なしに耐えきらなければならない。
家があって、暖炉がある家なら大丈夫だけど、暖炉もない粗末な家で暮らしている人は結構いると聞く。
(後で、クラヴィス父上に相談してみよう)
おそらくすでに何らかの陳情が来ているかもしれないしね。
「ルーシェル……? どうしました?」
「いや、それより入ろう。かなり寒くなってきたからね」
ユランに次いで、僕とリーリスは雪の家の中に入る。
「思ったよりも、温かいんですね」
「うむ。雪の家なので、もっと寒いと思っていた」
「じゃあ、ここに住む? ユラン」
「喧嘩を売っているのか、ルーシェル」
あははは……。怒ってる怒ってる。
やっぱり寒さは苦手なんだ。
僕は簡易の竈を作る。ただ火を使うには十分注意する必要がある。
煙が雪の家に充満してしまうからね。
「というわけで、あらかじめ作っておいたんだ」
【収納】と詠唱すると、突然中空に穴ができる。
そこに手を突っ込んで、出てきたのは鉄の筒だ。
それを空気口に突っ込み、竈の上に固定する。
「なるほど。煙突ですか。ルーシェル、すごいです。料理だけじゃなくて、鍛冶仕事もできるんですね」
ビッグハンマーという木槌の形をした大きな豚の魔獣を食べた時に得たスキルだ。
これのおかげで格段に鍛冶仕事が楽になったし、鍋や調理道具などを自分で作れるようになった。ビッグハンマーがいなければ、僕の料理人生はなかったかもしれない。
「煙突の中には、魔導具もつけておいたよ。煙を吸い込んで外に排出してくれるんだ」
煙を吸い込んでいくと鉄の煙突が熱くなってくるかもしれない。
空気口の周りが溶けてくるかもしれないけど、今日はかなり寒いからしばらくは持つだろう。食べる間だけだしね。
「ところで、今日の料理はなんだ、ルーシェル。よもや我を雪の家に誘っておいて、料理がないとか言うんじゃないだろうな」
「そんなわけないだろ。そもそも雪の家の中で食べる料理は最高だよって言って、ついてきたのはユランじゃないか」
こうして3人で雪の家の中にいるのは、夕食をここで食べるとおいしいよ、という僕からの誘いがきっかけだった。
さっきも言ったけど、雪の家を作るということはピンチを迎えている時だ。
あまりいい思い出はないけど、雪の家の中で食べる料理は嫌いじゃなかった。
山に住んでいた時は生きるか死ぬかの瀬戸際の中で食べていたけど、1度安全な場所で料理を食べてみたいと常々思っていたのだ。
できれば、家族と一緒に……。
さすがにクラヴィス父上たちを呼ぶほど、大きくは作れないけど、子ども3人なら十分な広さだ。何よりこの小さなサイズに風情あって、僕個人としては気に入っている。
僕は魔法で光を灯すと、真っ暗だった雪の家に温かみのあるオレンジ色の光が満ちた。
またまたリーリスたちから歓声が上がる。
うん。やっぱりこうやって光を灯すと、ムードがあるよね。
「おーい。ガキ……じゃなかった、お子様たち。持ってきたぞ~」
ひょっこりと雪の家に顔を出したのは、ヤンソンさんだった。
手にはお鍋を持っている。出汁に加えて、肉や野菜がてんこ盛りで入っていた。
「ありがとう、ヤンソンさん」
「別にいいよ。これも料理人の仕事だしな。そもそも用意したのは、お前だしな」
「ここまで寒かったでしょ?」
「俺はこれでも雪国出身のハーフエルフだ。寒さには慣れてる」
それは知らなかった。
ハーフエルフだから、肌が白いのかと思っていたけど、もしかして雪国出身だからかもしれない。
「それにしても、雪で家を作ったか。ガキの頃は、よく作ったもんだ。俺たちの間では、『カムクラ』って言っていたけどな」
「『カムクラ』ですか。いいですね、その名前。僕も今度からそう呼ぶことにします」
「ルーシェル。早くしろ。ご飯を食べさせろ!」
カムクラの中からユランの声が聞こえる。
まったくせっかちなんだから。
でも、早くしないと、暴れ始めるかも。
「ほら。カムクラを壊される前に、中に戻れ」
「ヤンソンさんも食べてく?」
「折角のお誘いだが、俺が入るにはちと狭いよ。それに俺は子どもじゃない。お前にお裾分けしてもらった鍋の具で、大人のやり方で楽しむよ」
ヤンソンさんはジョッキを持つように手を握り、軽く振る。
お酒を飲むつもりだ。なるほど。確かにお酒が欲しくなるかもしれない今回の料理は。
僕もリーリスたちがいなかったら、飲んでたかもなあ。
身体が小さくなって、酔いが回りやすくなってからは、舐める程度しか飲んだことないけど。
僕はヤンソンさんを見送り、カムクラの中に戻る。
「お待たせ」
「遅いぞ、ルーシェル」
「ごめんよ。でも、ヤンソンさんがおいしいお鍋を持ってきてくれたよ」
僕は鍋を簡易の竈の上に置く。
乾燥した薪に魔法で火を付けて、弱火でコントロールした。
煙はうまく、煙突を通り、排出されていく。
煙たい感じは、皆無だ。
木蓋を置いて、しばらく鍋の具に火を通す。
鍋から勢いよく湯気が上がり、グツグツというおいしそうな音が聞こえてきた。
「ルーシェル、そろそろいいのではないか?」
ユランは待ちきれないらしい。
何度も涎を飲み込んでは、象徴的な赤い目を輝かせる。
リーリスも同様だ。
ぐっと唾を飲み込みながら、鍋から目を離さなかった。
「そろそろかな」
木蓋を上げる。瞬間、白い湯気が僕たちの顔にかかる。
鼻腔を衝いたのは、大豆味噌のおいしそうな香りだった。
『おおおおおおおおおお!!』
リーリスとユランから同時に声が上がる。
みるみる目が輝いていった。
鍋の中にはたくさんの野菜や肉が入っている。
たっぷりの茸に、皮を剥いてそのまま入れた馬鈴薯。
スープは大豆味噌をベース。そこにいちょう切りにした大根が浮かび、しっかりとスープを吸って、薄く茶色くなっている。
茶色のスープの中に浮かぶ人参の色は綺麗で、中央に置かれた山菜と相まって、全体の色味も鮮やかだ。
忘れてならないのは、お肉だろう。
通常の薄切りよりもやや厚めに切られた肉は、プルりとして、輝いていた。
気泡が泡立ち、おいしそうな香りが弾ける。
熱気に混じった香りに、僕たちはそれぞれ酔い知れた。
「野菜と茸たっぷりのビッグハンマーの味噌鍋の出来上がりだよ」








