第115話 氷漬けの秘密
☆★☆★ 本日発売日 ☆★☆★
本日、無事発売日を迎えることができました。
ひとえに読者の皆様のおかげです。改めて感謝申し上げます。
会社帰り、学校帰り、そして明日からは週末となっております。
書店にお立ち寄りの際には、是非ご購入いただければ幸いです。
急な寒さに悩むみんなのために、僕はある料理を作ることを決めた。
そのためには当然、食材が必要だ。そこで僕はレティヴィア家の屋敷の中にある薬草を栽培してる部屋へと赴く。
ここは屋敷の他の部屋と同様に暖炉の排熱を利用して、年中一定の温度に保たれていて、とても暖かい。
部屋もそんなに大きくないため、しばらくいるだけで薄らと汗が浮かぶほどだ。
その中で僕は食材となる薬草や魔草を摘まんでいた。
「はあ……。ここはあったかいのぅ」
一緒についてきたユランの顔が、お湯に浸かったように緩んでいた。
温室の温かさが気に入ったようだ。
「決めた! 冬の間、我はここに住むぞ」
「だーめ。ここの魔草たちはとってもデリケートなんだ。音にも敏感で、ユランみたいなやかましい奴が入ってきたら、みんな枯れちゃうよ」
「別にいいではないか。葉っぱ程度、減るものではないだろう」
「…………なら、ユランにはおいしい料理を作ってあげない」
僕はぷいっと顔を背ける。
「べ、別にいいわい。我はここにおられるだけで満足じゃ。……ドラゴンステーキも食わせてくれないし」
まだ言ってるんだ。
100年近く狙ってるんだから、半年そこらで忘れるわけないか。
「いいのかい? 外でいっぱい遊べるぐらい寒さが気にならない魔法の料理だよ」
ユランの尻尾がピクリと動く。
「あ~あ~。残念だな~。ユランと一緒に雪を使った遊びがしたかったのにな~」
「雪を使った遊び!」
ユランは目を輝かせる。
長い年月、寝るか食べるか戦うかという選択しかしてこなかったホワイトドラゴンにとって、『遊び』というのは『勉強』という言葉以上に遥かに魅力的に映るようだ。
「し、仕方ない。ここを我が領地とすることは諦めることにしよう」
手の平を返したユランは、あっさり完落ちしてしまった。
僕とユランのやりとりを見ていたリーリスは、クスリと笑う。
ちなみにこの温室は、リーリスが作ったものだ。
「2人とも、本当に仲が良いですね」
「単なる腐れ縁だ」
「付きまとわれてるだけだよ、リーリス」
「なんじゃと!」
ユランは烈火の如く怒り狂う。
危ない危ない。火なんか吹かれたら、ここにある薬草が全部灰になってしまう。
「悪かったよ、ユラン。……それにしても、リーリス。助かったよ」
「……?」
「リーリスが温室の一部を貸してくれたおかげで、僕が山で育てていた魔草を育てることができるよ」
「どれも稀少な魔草ですからね。最初、魔草を人工栽培してると聞いて驚きましたけど」
「ふふ……」
「どうしたんですか。いきなり笑って」
「いやさ。ここに来るといつも思い出すんだ。ここでふさぎ込んでいたリーリスをね」
「あ、あの時は……」
リーリスは真っ赤になる。
思えばこの温室には、リーリスとの深い思い出がある。
ソフィーニ母様が僕と同じ呪いを受けていた。
それを知って、自分では治せないとリーリスは薬草室でふさぎ込んでいたのだ。
「あの時のわたくしは少し背伸びをしすぎていたのかもしれません。それで、みんなに心配をかけてしまって」
「ここで言ったと思うけど、たとえそうだとしてもリーリスがやったことは決して無駄じゃないと思うよ」
「ありがとうございます」
「ルーシェル、まだか? 我はお腹空いたぞ」
「寒いと言ったり、温室に留まると言ったり、お腹空いたと言ったり、君は本当にわがままだね、ユラン」
「ん? 何か悪いか? そもそもわがままでないドラゴンなどいるのか?」
ユランはキョトンと言うのだった。
材料を揃えると、僕は炊事場にやってきた。
屋敷ではユランのおかげで騒然としていたが、炊事場ではいつも通り朝食の準備に追われている。
本当なら僕も今日は手伝いに入るのだけど、お休みいただいていた。
「おはようございます、ソンホーさん」
「ん? 今日は休みだったんじゃないのか?」
やりとりをしていると、ビディックさんとヤンソンさんもやってくる。
「今日は寒いので、1品作ることになりまして」
「確かに。今日の寒さは異常だ。今朝なんて、包丁が凍り付いて、お湯をかけるまで触れやしなかったからなあ」
ソンホーさんにも今日の寒さは堪えてるいるようだ。
「で? どんな料理を作るんだ? 場合によって、こっちのメニューを変えなきゃなんねぇ」
「突然、ごめんなさい。えっと……。これを使おうかと」
僕は食材を見せる。
ソンホーさんは目を細めた。
「大豆に、ニンニク、生姜……。あと、豚肉に、玉葱、色茄子、冬甘藍、馬鈴薯か。野菜スープか。お前さんにしちゃあ、随分とありふれた食材じゃないか」
「ええ。それと、これを使います」
「なんだよ、単なる赤茄子じゃないか?」
ヤンソンさんが顔を近づける。
僕の手から取り上げると、急に悲鳴を上げた。
「冷たッ!!」
取り落とした赤茄子を、受け止めたのはソンホーさんだ。
ヤンソンさんが冷たいといった赤茄子を、注意深く観察する。
「氷漬けにされた赤茄子か。なるほど。小僧、食材をよくわかっておるな」
どうやらソンホーさんは知っているようだ。
「赤茄子なんて氷漬けにしてどうするんだよ」
ヤンソンさんは首を捻る。
その肩をビディックさんが叩いた。
「では、勉強のためにルーシェルくんを手伝ってやれ」
「え? 俺スか?」
ヤンソンさんは自分を指差し、戸惑う。
そんな兄弟子に、僕は頭を下げた。
「ヤンソンさん、よろしくお願いします」
具材はすべて賽の目にカット。
豆は茹でて柔らかく。
油を引いた鍋には、細く切りにした豚肉を入れて、ニンニクと生姜を使って香り付け。
そこに先ほどきた具材を加えて、炒め、野菜からとった出汁を入れて、煮立てた。
「ああ。最初はなんか派手なもんでも作るのだと思っていたけど、段々料理がわかってきたぜ」
鍋を覗きながら、ヤンソンさんはポンと手を打った。
「でも、それと赤茄子を氷漬けにしてなんの意味があるんだ?」
「味見してみればわかりますよ」
程良く煮たってきたら、いよいよ先ほどの氷漬けした赤茄子を入れる。
最後に塩、胡椒で味を整え、これで料理は完成だ。
「どうぞ味見してみてください、ヤンソンさん」
早速、ヤンソンさんは口を付ける。
いつもぼぅっとしがちな兄弟子の目が、カッと大きく見開かれた。
「こいつはすげぇ……」








