第113話 公爵家の冬
☆★☆★ 書籍発売まで あと3日 ☆★☆★
いよいよ発売日が迫ってきました。
久しぶりの小説の発売なので、緊張しすぎて体調が悪い作者に、
励ましの声をいただけると助かります。
今回もおいしくできました! 是非ご購入ください。
母上の夢を見た。
それはソフィーニ母様ではなく、僕を生んでくれたリーナ母上の夢だ。
山に捨てられ300年。
冬を越え、春になれば、301年となる。
すでにトリスタン家は解体され、リーナ母上もその後どうなったかわからない。
でも、僕の目にはしっかりと優しい母上の姿が焼き付いている。
温かい……。
優しく、くるまれるように僕は母上の腕の中に抱かれる。
色々なことを話したかった。
でも、久方ぶりの母上の温かさに包まれて、僕は言葉をかけることなく、癒やされる。
レティヴィア家にいてなお、僕のトリスタン家に対する未練は拭うことができていない。
いつかこのことを、クラヴィス父様にお話したことがある。
クラヴィス父様は僕の話を聞き終えると、僕の頭を撫でた。
『お前を生んでくれた家族のことだ。忘れられないのは当然だ。そなたの父上がしたことは人として親としてやってはいけないことでも、その家族を完全に忘れることは別の問題だと私は思う。自分が生まれてきたことすら根こそぎ否定するからだ。むしろやってはいけないことなんだよ』
レティヴィア家でこんなよくしてくれているのに、今でもトリスタン家のことを思い出すのは、どこか後ろめたい気持ちがあった。
でも、クラヴィス父様は許してくれた。
当然のことだと……。
それを聞いて、僕はまた1つ救われたような気がした。
僕は、はたと気づく。
そういえば、どうしてリーナ母上のことを思い出したのだろう。
夢に見るのだろうと。
それを夢の中に尋ねようと、僕は顔を上げた。
すると、よく見るとリーナ母上のお尻あたりに何かが揺れている。
「尻尾?」
間違いない。
柔かそうな、モフモフの尻尾が揺れている。
リーナ母上は獣人だった。
いや、そんなことはない。
「これはどういうことですか、リーナ母上」
僕は母上を見つめる。
その頭には狐のような耳がピコピコと動いていた。
「え? えええええええ??」
思わず叫び声を上げながら、僕は目を覚ます。
天蓋付きのベッドの布がわずかに揺れていた。
そこは僕の自室だった。クラヴィス家の……。
一瞬、何が起こったかわからず、荒い息を整える。心臓がバクバクいってる。
なんて夢を見たんだ、僕は。
リーナ母上の夢を見たばかりか、その母上に尻尾と耳がついてるなんて。
なんだろう、これ。
僕って何か獣人の尻尾と耳に、異常な執着でもあるのだろうか。
いや、嫌いではないのだけど、まさか夢の中とはいえ、リーナ母上にそれを求めるなんて。
もしかして病気ではと思わず顔面を覆ったけど、次の瞬間元凶がわかった。
僕は起き上がってから、髪の毛先だって動けなかったのだけど、それは当然のことだった。
僕の身体をガッチリとホールドする人間がいたからだ。いや、訂正しよう。人間ではない。その頭には、狐のような耳があって、さらにモフモフの尻尾が僕の布団の中で動き、時々僕の足に当たっていた。
恐る恐る横を見る。
僕の側付きであるミルディさんが、寝息を立てて、とても気持ち良さそうに寝ていた。
「うえぇぇえええええええええ????」
再び叫び声を上げる。
直後、バタバタと部屋の外から足音が聞こえると、勢いよく扉が開いた。
息を切らしながら現れたのは、眼鏡にメイド服を着たリチルさんだ。
「何事ですか!?」
リチルさんは慌てて部屋に入ってくる。
僕の布団に入ってきた悪戯な狐獣人を見るなり、神官騎士の顔は鬼のように歪んだ。
まるで暗殺者のように静かに近づくと、リチルさんはそっとミルディさんの耳元に口を寄せた。
ちなみにこれだけの騒動になっているのに、ミルディさんは未だに気持ち良さそうに寝ている。口元には涎が光っていた。
「ミルディィィイィイイイイイィイ!!」
「ぎゃひひひいいいいいいいいいい!!」
リチルさんとミルディさんの叫び声が重なる。
すごい声だ。ベッドが……いや、屋敷がひっくり返るかと思った。
すぐにリチルさんはミルディさんを僕のベッドから引きずり下ろす。
まだ寝ぼけ眼のミルディさんの後頭部を掴むなり、揃って絨毯に額を付けた。
「申し訳ありません、ルーシェル坊ちゃま!」
リチルさんは平謝りだ。
「坊ちゃまの布団に入るなど言語道断。この度は死んでお詫びします。ところで坊ちゃまは狐鍋はお好きでしょうか?」
あははは……。狐鍋って……。
僕は笑ったけど、リチルさんは本気だ。
リチルさんは顔を上げて、ギラリと瞳を光らせる。
それを見て、目を覚ましたのはミルディさんだった。
「ひっ! ちょっと! リチル、それは本気の目だよ」
「当たり前でしょ! ルーシェル坊ちゃまは旦那様のご子息様なのよ。その寝所に潜り込むなんて。あなたも謝りなさい」
「ご、ごめんねぇ、ルーシェルくん」
「軽い! やはり狐な――――」
「ひぃいいい! だから、その本気の目は辞めて。あたしなんて食べてもおいしくないから」
朝から大騒ぎだ。
言ってることは物騒だけど、とにかく2人の息ピッタリだった。
僕は思わず笑ってしまう。
「ふふふ……。大丈夫。特に気にしてないよ。それにいい夢を見たし」
「夢……ですか?」
「あたしが出てくる夢とか」
「調子に乗らない!」
ポカッ、とリチルさんはミルディさんの頭を叩く。
再び僕に向かって頭を下げさせた。
「夢の内容については、内緒かな。それより、なんで僕の隣で寝ていたの」
「そうよ。わたしは『そろそろルーシェル坊ちゃまを起こしてきて』って言っただけなのに、なんで坊ちゃまと一緒に寝てるのよ」
「だ、だって……。今日寒いでしょ」
「寒い?」
そう言えば、今日は随分と冷える気がする。僕には【耐寒】のスキルがあるから、そんなに感じないけど、確かに肌を刺すような寒さを感じた。
屋敷内には伝統的な暖炉の排熱を利用した管が伸びていて、比較的温かいはずなのに今日は息を吐くと、少し濁るほどだった。
「今日はすっごく寒いけど、ルーシェルくんを起こしにきたら、とっても気持ち良さそうに寝ていて……。それで」
「それで――じゃないでしょ。あなたはともかく、ルーシェル坊ちゃまに変な噂が立ったらどうするの?」
変な噂……?
変な噂ってなんだろうか?
クラヴィス父様ならわかるかな?
「リチルさん、それぐらいにしてあげて。獣人の方って、寒さに弱いんでしょ? 冬眠をする種族もいるって聞いたけど」
「ええ。それは間違いないのですが……」
「へへん! それなら大丈夫よ、ルーシェルくん。黄狐族は冬場も強いの。そろそろ毛が生え替わって、黄狐族が白狐族になるから楽しみにしててね」
ミルディさんは胸を張る。確かに薄らとだけど、ミルディさんの耳や尻尾の毛が白くなりつつある。毛の生え替わりがあることは知っていたけど、こうしてその過程を見るのは始めてだ。
でも、それって、今僕の布団の中はミルディさんの毛がたくさん落ちてるってことでは?
あは……あはははははは……。
「それなら余計に我慢しなきゃならないでしょが!」
再びリチルさんの雷が落ちる。
「仕方ない。随分寒いからね」
「ええ。そういえば、ルーシェル坊ちゃま。外はご覧になられました?」
「外?」
僕は厚手のカーテンを開く。
ガラス窓を開けると、一面広がっていた光景に息を呑んだ。
雪だ!
山も、森も、遠くに見える街にも、足が埋まるぐらい雪が積もっていた。
砂糖をまぶしたような銀世界を見て、僕はしばし呆然とする。
こんな綺麗な世界があるのかと、その時魂を奪われた。
「雪は初めてですか、ルーシェル坊ちゃま?」
「そんなことはないよ。でも、山では景色を望むほど余裕はなかったかな」
特に冬山での1年目はきつかった。
木の実は動物に食べ尽くされてしまって何もないし、ほとんどが穴蔵で冬眠をして、獣も見つけづらい。
見つけても、こちらが襲われることなんてしょっちゅうだ。
慣れてくれば、余裕はあったかもしれないけど、僕にとって冬は厳しさそのものだった。
だけど、今の僕は違う。
温かな屋敷と、家族がある。
こうしてレティヴィア家に来て、初めての冬が始まろうとしていた。








