外伝 9月2日小説発売記念「相棒の誕生日」(後編)
皿にのっていたのは、狐色に揚がったハンバーグだった。たっぷりとかかったパン粉の衣は、食べずともさっくりとした食感を想起させ、香ばしい香りを広げている。
香りといえば、かかっているソースから立ち上る爽やかな香りも悪くない。
ややケバケバしい色の薬草のペーストは、椰子の実ミルクが加わったことによって、落ち着いた色になり、先ほどの揚げたハンバーグに1枚の布を着せるようにかかっていた。
見た目は美しく、何より食欲をそそる。
そんな皿を前にしたアルマは、辛抱たまらないとばかりに唾を呑んだ。
「ルーシェル、この料理はなんだ?」
本日誕生日を迎えたアルマは目を輝かせる。
僕は1度咳払いをした後、少し勿体付けながら答えた。
「これはね――――」
ハンバーグカツのグリーンカレー風だよ。
「おおおおお! ハンバーグカツ!! しかも、カレー…………。あれ、ステーキは?? ピザは????」
「それはまず食べてからのお楽しみだね」
「へぇ……。まあ、おいしそうだから別にいいけどな。いただきま~す」
アルマは口を近づけ、出来上がったハンバーグカツを囓った。
…………。
…………う。
「うま~~~~~~い!!」
アルマは飛び上がって絶賛する。
「囓った時のサクッという音がたまらないよ。何度も聞きたくなる。その後で、衣の中のハンバーグの肉汁がじゅわわわって溢れてくるんだ。口の中が肉の旨みで洪水を起こして大変なことになってる」
「気に入ってくれてよかった。ちなみに衣にはパン粉の他にも、粉チーズを入れてるよ。チーズを入れておくと、とても食感がよくなるんだ」
「だから、ピザ?」
アルマは食べながら僕の方に振り返った。
頬を膨らまして、咀嚼してる姿がまたキュートだ。
「まあまあ。慌てずに食べてみてよ」
「ふーん。でも、このハンバーグいつもと違うね~。食感がコリコリしてるというか。お肉のもぎゅっとした感触も残ってるというか」
「うん。挽き肉じゃなくて、お肉を細かく賽の目に切って、繋げているんだよ。だから、食感がダイレクトで面白いだろ」
「つまりはサイコロステーキがいっぱい入ってるみたいなものか。こういうのもありだな。さすが、ルーシェル」
すっかり機嫌を取り戻したらしい。
料理を作る前はあんだけむくれていたのに。
アルマはさらにハンバーグカツを囓る。
すると、中心から何やら黄色ものが垂れてきた。
「おおおおおおお! チーズが入ってる!」
「そうだよ。これはチーズインハンバーグカツなんだよ」
「すっっっげぇえ! ……でも、チーズだけでピザ要素ってのもなあ」
「あははは……。でもハンバーグの繋ぎの時に、食パンも混ぜてるから許してよ」
そもそもステーキに、とんかつ、ハンバーグ、ピザ、香辛汁を一緒くたに食べたいっていう要望の方が大変なんだから。
「う~~ん。トロトロのチーズ最高! 適度に酸味があって、ハンバーグから出る肉汁との相性も最高すぎる! チーズと肉汁が合わさって、舌が幸せ~~!」
アルマは今にも天に召されそうな顔をしてる。
実際、ちょっと浮いてた。
あれ? クアールって、スキルなしで浮けたっけ?
僕の気のせいだろうか?
満足そうな顔をしながら、アルマの食レポは続く。牙を肉汁で光らせながら、最後に注目したのは、チーズイン粗挽きハンバーグカツにかかったカレーだった。
「でも、このカレーが一番いいなあ」
「気に入った?」
アルマは食べながら大きく頷く。
「ハンバーグに、ステーキ、カツ、チーズ……。こんだけ重たい料理が食べてるのに、グリーンソースの爽やかな味が全部洗い流してくれるからいいんだよなあ。椰子の実ミルクのまろやかさが加わって、粗挽き肉の尖った感じも抑えられてるし」
「お気に召してくれて良かったよ。これでさっきの件は許してくれる」
モギュモギュと幸せそうに食べていたアルマだったけど、突然食べるのをやめた。
まだ半切れ残っていたけど、僕から顔を背ける。
「どうしようかなあ~」
「ええ~~。いいじゃないか。結構、作るのに苦労したんだよ」
「じゃ~あ……」
アルマが薄く笑みを浮かべながら、振り返ろうとした時だった。
僕たちは根城にしている樟の下で、食事をとっていたのだけど、そこに突然何かが飛来してくる。
普通は樟の下では魔獣が入ってこないのだけど、どうやら匂いに気づいて迷い込んだみたいだ。
魔獣は僕とアルマの間を一瞬にして通り抜けていく。
その速度は凄まじいものだった。
おそらく魔獣食によって鍛えられた僕とアルマの視力でなければ、見逃していただろう。
「今のはまさか――――」
「あっ!」
僕は目で飛んでいったものを追いかける一方で、アルマは突如大声を上げる。
すぐに理由がわかった。
アルマが残していたチーズイン粗挽きハンバーグカツカレーの半きれが、忽然となくなっていたからだ。
犯人は考えなくともわかる。
「今のはマッハバードだね」
魔獣界でも1、2を争うほど速く飛ぶことができる鳥だ。その飛行速度は音の速度と一緒と言われている。
「マッハバードに追いつくのは至難の業だよ。今からおかわり――――」
「いやだ!」
「へっ?」
すると、アルマはスキルを使う。
【浮揚】
【速度上昇】
【技術効果上昇】
【対圧耐性上昇】
【体幹上昇】
【重心制御上昇】
【連続技術使用】
【連続技術使用倍加】
【速度上昇】
【速度上昇】
【速度上昇】
【速度上昇】
【速度上昇】
【速度上昇】
【速度上昇】……。
「ちょ! アルマ!!」
「ついでに――――」
【蹴りの達人】
【筋力上昇】
【体術効果上昇】
力が集まっていくのを感じる。
これだけスキルを1度に使うと、スキルとスキルが反発し合うものなのだけど、アルマはものともしていない。
いつも柔らかくモフモフの毛を青白い炎みたいに逆立たせると、お腹を付けて伏せる。
次の瞬間、大砲のように空へと飛んでいった。
強烈な衝撃が空を覆った樟の枝葉を揺らす。
僕の目は飛んでいくアルマの放物線を見送る。最高速で飛んでいるマッハバードにドンドン近づいていった。
アルマは迫ってくる空気の層を掻くように進む。
鼻が曲がりそうだったが、アルマはひたすら堪えた。
薄紫の瞳が見据えるのは、相棒のルーシェルが作ってくれたチーズイン粗挽きハンバーグカツカレーだった。
アルマの気配に気づいて、マッハバードはさらに速度を上げる。
かなりのスキルを使って、極限にまで速度を上げたアルマだったが、徐々に離され始めていた。
「返せよ!!」
アルマは空で叫ぶ。
前肢をグッと伸ばしながら、アルマは猛る。
「返せよ! それはルーシェルが、ボクの誕生日に作ってくれた料理なんだぞ!!!!」
わぁん、と広がった声は一瞬音を置き去りにしたような気がした。
びっくりしたマッハバードは、チーズイン粗挽きハンバーグカツカレーの半切れを取り落とす。
アルマは慌てて方向転換し、地面へと落下していく半切れに向かって、前肢を伸ばした。
しばらくしてアルマは僕の下へと帰ってきた。
「お帰り――――って、アルマ……。ボロボロじゃないか」
アルマには土や木の枝、葉っぱなんかが貼り付いたままだ。
ただその口には、奪われたチーズイン粗挽きハンバーグカツカレーの半切れが咥えられている。
まるで勲章を見せびらかすようにアルマは、僕に見せつけた後、半切れをモグモグと食べてみせた。
やがてゴクリと飲み込む。
「別に。これぐらいどうってことないって」
アルマはまたぷいっとまた顔を背ける。
本当に素直じゃないんだから僕の相棒は。
「僕が作ってあげた半切れのために、追いかけてくれたんじゃないのかい?」
「別にルーシェルのためじゃ……」
すると、アルマはハッと何かに気づく。
相棒が向き直るのを見て、僕は和やかに笑う。そして自分の耳を叩いた。
アルマは銀毛がみるみる赤くなっていく。
「バッチリ聞こえたよ。ありがとうね、アルマ」
「ちちちち、違うぞ! 別にルーシェルのためなんかじゃないぞおおおおおお!!」
アルマは走り去って行く。
樟の小さな洞に入り、身体を丸めた。
「別に僕は気にしてないのに……」
クスリと笑う。
アルマは魔獣クアールの幼体だ。
皮肉屋で、モフモフで、そしてシャイな僕の相棒だ。








