第111話 初めての感触
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本日は本作ヒロイン「リーリス・グラン・レティヴィア」をご紹介。
Web版では小さな可愛いヒロインですが、
なんと書籍版でもボンキュボンの大人なリーリスが登場(当者比)。
またWeb版では山を下りる決断をした時にルーシェルと初めて出会うのですが、書籍ではちょっと変わっております。ピュアエルフという彼女の背景をより活かした構成となっているので、是非ご購入ください。
ミルデガード王国王家による『狩初めの儀』が始まった。
秋の豊作を願うための神事でもある『狩初めの儀』は当初、ロラン王子が毒殺されかけたことを受けて、催行が危ぶまれたが王子の体調がよくなったこともあり、予定通り執り行われた。
ロイヤルファミリーが一堂に会すなど、国王陛下の誕生日以外にほとんどない。
儀式に同行した騎士たちも必死になって獲物を追い込み、日頃の鍛錬を陛下の御前で見せていた。
次期王位を狙う子どもたちも必死である。
すでに成人済みである長男や次男たちは、慣れたものだが、三男以下ともなればこういう場でもなければ、自分の優秀さを見せつけることはできない。
それに家族が集まるといっても、子どもたちにとってはライバルである。
いつ寝首がかかれるかわからない状態で、ミルデガード王国の王子たちは山の中で密かに覇を競っていた。
中でも弱冠8歳という年齢で目覚ましい成果を上げていたのは、ユージェヌであった。
ロランの3歳年上だが、弓術に優れ、馬術も大人顔負けだ。性格は野蛮で絵に描いたようなわがまま王子だが、次期国王後継者として注目されていた。
ちなみに暇を出したロランの側付きの代わりに、クライスを寄越したのはユージェヌである。
そのユージェヌが射止めたのは、ユージェヌの肩ぐらいまである大猪だった。
「父上!」
8歳らしい無邪気な笑みを浮かべる。
可愛い盛りのユージェヌを見て、ミルデガード国王は目を細めた。
「これは大きい」
「1番の大きさでは?」
「さすがユージェヌ様だ」
「まだ8歳とは……。末恐ろしい」
大きな猪を見て、周囲はどよめく。
だが、国王から言葉を賜ることはない。
家族でも国王の声を聞く事は滅多にない。逆に言えば、その声を聞かせた者は讃えられる。
ユージェヌとしても是非国王から声を賜りたいところだったが、どうやら自分の父親の心を揺るがすほどの感動は与えなかったようだ。
小さく舌打ちした後、ユージェヌは周りを見渡す。
「ん? ロランはどうした?」
たいていの王子たちが、それぞれ獲物を持ってすでに集合しているにもかかわらず、ロランの姿はない。
『狩初めの儀』には制限時間があって、太陽の一部が山の稜線にかかった瞬間、終了のホルンが鳴らされることになっている。
その制限時間もあとわずかだ。
そんな時、ついにロランが現れた。
「なんだ、あいつ? 馬に乗ってないじゃないか!?」
ユージェヌは歩いて戻ってくるロランを指差した。
「馬に嫌われたか? あははは! 徒歩で戻ってくるなんて。なんて見窄らしい姿なんだ」
ユージェヌは笑う。
だが、その笑声はすぐに止まった。
ロラン王子の背後に荷台を引いた馬が現れたからだ。
荷台に乗っていたのは、先ほどユージェヌが仕留めた猪よりも遥かに大きなものだった。
「はっ!?」
これにはユージェヌ以下、他の兄や見学に訪れた姉妹たちすら驚いている。
かくいうロランは、さも当たり前のように国王の御前で膝を突き、頭を垂れた。
「遅くなり申し訳ありません、父上。そして兄上、姉上」
まず両親に詫びを入れる。
普段であれば、重箱の隅を突くように糾弾する兄や姉たちも、この時ばかりは真っ青になっていた。
その金縛りからいち早く抜け出せたのは、ユージェヌである。
国王が語る前に、ユージェヌは質問した。
「卑怯だぞ、ロラン! 俺よりも3歳年下のお前が、こんな大きな獲物を仕留められるはずがない!」
喚き立てた。
ユージェヌの言葉に同意する兄姉も少なくない。
まだ5歳の王子は、四面楚歌となっても以前冷静さを保ったままだった。
「普通に獲ってきただけです。気になるなら、他の者に確認を」
「ぬぬぬ……。クライス!!」
ユージェヌはロランの横に控えた自分の元側付きの名前を呼んだ。
クライスもまた、ユージェヌから質問が飛ぶことを予期していたのだろう。
ロランと同じく至って冷静に答えた。
「ユージェヌ殿下。ロラン殿下がおっしゃることは本当です。ご本人のお力によって倒されました」
「嘘だ! 5歳のロランにそんなことが……。そもそもこいつは目が――――」
何か言いかけて、ユージェヌは慌てて口を閉じる。
ロラン王子は目を細めた。
5歳とは思えない、寒気のする表情で兄を睨む。
「目が――――なんですか、ユージェヌ兄さん」
「な、なんでもない」
「なんでもないことはないでしょう」
「なんでもないと言っているだろう!」
ついにユージェヌは一喝する。
場は静まり返った。
妙な緊迫感が生まれた中で、さらに空気が引き締まる出来事が起こる。
「ロランよ」
その一言で、周りの空気が一変した。
一斉に皆の視線が、言葉を発した国王陛下に向けられる。
それまで諍い合っていたロランとユージェヌも、顔を上げて、父の言葉を待った。
「馬に乗って射止めたのか?」
「いえ。森に入って、すぐ馬から下りました」
例え実子であっても、言葉をかけられることは稀だ。
しかし、ロランははっきりとした口調で、かつ短く返答した。
「何故だ? 獲物の足は速い。馬の足がなければ難しかろう」
「はい。ですが、障害物の多い森では移動手段として馬は不向きです。それに蹄の音が大きいと、獲物に気付かれます」
「続けよ。それだけではあるまい。これほど遅れた理由も」
「はい、陛下。ですから私は、まず獲物の通り道を見つけ、ずっと待っておりました」
「朝からか?」
「その通りです」
「その方法で、小さなお前が大きな猪を倒したというのか?」
「大きいからといって、弱点がないわけではありません。肝心なのは、弱点を正確に射抜ける適正な距離まで近づくことです」
「ふふ……。なるほどな」
それまでやや仏頂面で質問を続けていた国王陛下は、ついに破顔する。
その反応を見て、益々周りの空気が硬くなる。言葉を賜るばかりか、陛下が笑ったのだ。
ロイヤルファミリーの間でも、1年に1度あるかないかのことだった。
「誰に習った?」
「友人から教わりました」
「ふむ」
するすると国王陛下の手が伸びていく。
とんと優しくロランの頭に置かれると、わさわさと音を立てて、金色の頭を撫でた。
「よく学んでおるな」
ただそれだけを言って、ミルデガード国王陛下は翻る。
そこで『狩初めの儀』は終わった。
他の王族たちが少し羨ましそうにロランを見つめる中、当の本人は1歩動くことなく、立ち尽くしていた。
やがて思い出したように頭を撫でる。
「初めてだ」
撫でられたことではない。
父親に触られたことが初めてだった。
赤子の頃は抱いてもらったことぐらいはあるだろうが、物心がつくようになってから、初めてのことであった。








