第106話 肉叩きを装備したユラン
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さて、早速調理に取りかかろう。
僕はまずキマイラの胸肉を取り出す。
「何故、胸肉なのだ? 余はロースの方が好みだ」
見学のロラン王子が厨房の方を覗きながら指摘する。
「キマイラには翼が付いています。背中の肉は翼を動かす筋肉と連動していて、肉質が硬めなんです」
元々キマイラの肉は全体的に肉が硬めだ。
なるべく柔らかい部位を選ばないと、ステーキやカツには合わない。
スープや煮込み料理を作るなら、そっちの方がいいかもだけど、まずはお肉の味をなるべくダイレクトに味わってほしい。
「そのための胸肉のチョイスです」
キマイラの胸肉をまな板に置くと、僕は肉を薄く切り始めた。
ただの薄切りではなく、それよりも少し厚めに切る。薄く切れば、お肉が柔らかく感じるけど、あんまり薄くすると今度は歯応えがなくなるからね。
「ふむ。そのサイズ……。もしやカットレットか?」
カットレットというのは、昔からある王宮料理で、仔牛の肉を使った衣揚げのことだ。
庶民の間では豚、普通の牛肉が使われ、カットレットではなく、それを少し短くしたカツレツという愛称で愛されている。
「はい。ただ普通のカツレツではありません」
キマイラの肉なので、ちょっと工夫を入れようと思っている。
すべて薄切りにし、すべての肉の筋に包丁を入れていく。
触ってみると、薄切りにしたことによってだいぶ柔らかく感じた。あともう一工夫だ。
「ユラン、出番だよ」
「おう。我の出番か! 任せよ」
まだ何も指示していないのに、どこからそんな自信が湧き出てくるのか。
ユランは胸を張った。
僕は肉叩きを取り出す。炊事場にあるものではなく、僕のお手製だ。ミスリルでできていて、魔獣のお肉の弾力にも負けない。
そして、力ならばユランが最適だ。
「この肉叩きを使って、お肉を柔らかくしてくれる?」
「よかろう」
どこまで言っても、反省しても、ユランはユランだ。
さっきまで泣きそうになっていた可愛いメイドの女の子はどこへ言ったのだろう。
まあ、何事にもへこたれないのがユランのいいところだけどね。
「あんまり力を入れたらダメだよ。ユランが本気出すと、お肉が飛び散ってしまうからね。爪の先でチョンって弾く程度でいいから」
「ま、任せよ」
若干顔が青いように見えるのは気のせいかな。
「満遍なくお願いね」
ちょっと不安だったけど、ユランは僕の指示通りお肉を叩いていく。
「そおっと……。そおっと……。指で弾く程度……。指で弾く程度……」
ただ自分の力をセーブするのに腐心してるらしい。
思ったよりも作業がゆっくりだ。
でも、これは良い訓練かもしれない。
弓術の訓練の時もそうだったけど、ユランは何でもかんでも力を振るってきた。
ホワイトドラゴンの間ではそれでいいのだろうけど、人間社会で生きるにはそれではダメだ。
力をセーブすることを覚えないと、この先生きて行くのは難しいだろう。
それにしても、今日のユランは随分と従順だなあ。
カンナさんに何を言われたんだろうか。そうだとしたら、さすがカンナさん。こういうのは失礼かもだけど、年の功ってヤツかもしれない。
ユランの作業は時間がかかりそうだ。
ここで別の作業に移ることにする。
「リーリス、手伝ってくれる」
僕の調理を見ながら、ユランと同じくムズムズしていたリーリスを呼ぶ。
こちらは緊張した面持ちで「は、はい」と返事が来た。
「リーリスには、バッター液を作ってもらおうかな」
「バッター液?」
「小麦粉と卵を混ぜた液体だよ。衣揚げ料理を作る時、パン粉をまぶす前にあらかじめ2つを混ぜ合わせておくんだ」
衣揚げ料理の時って、小麦粉、卵、パン粉という順番にくぐらせるけど、あらかじめ最初の2つを混ぜ合わせておくことによって、時短になったり、パン粉を均一に付けることが可能になるのだ。
早速、僕は小麦粉を用意し、卵を取り出す。
「え?」
ドンと調理台に置かれた大きな卵を見て、リーリスは言葉を失った。
彼女の顔ぐらいあるので、驚いて当然かもしれない。しかも、普通の卵なら白い殻の部分も、黄金色に光っていた。
「る、ルーシェル、これは?」
「ゴールデンエッグだよ」
「「ゴールデンエッグ??」」
リーリスと、さらにロラン王子は声を揃えた。
「り、リーリス! 離れよ! それは卵の形をした魔獣だぞ!!」
ロラン王子は叫ぶ。
リーリスは小さく悲鳴を上げながら、1歩、2歩と後退った。
妙な空気が流れる中、肉を叩く作業に必死になっているユランの声だけが炊事場に響く。
僕は苦笑いを浮かべながら、一旦調理台に置いたゴールデンエッグを持ち上げた。
「ごめんごめん。怖がらせてしまったね」
ロラン王子の言う通り、これはゴールデンエッグといって、卵の形をした魔獣だ。
実は、魔獣の卵というのは、人間からも魔獣からも狙われやすい。
魔獣の卵は超レアな素材であり、魔獣にとっては貴重な魔力補給源になるからだ。
そうした人間や魔獣を狙って進化したのが、ゴールデンエッグと言われている。
別名ミミックエッグなんて言われていて、近づいてきた魔獣や人間を丸呑みすると言われていた。危険度の高さから、Dランクに上げられている。
「心配しなくても大丈夫だよ。これはゴールデンエッグの卵だからね」
「ゴールデンエッグの――――」
「――――卵??」
再びリーリスとロラン王子は、息を飲む。
「うん。だから、まだ魔獣としては覚醒してないから安心して。近づいて、襲われないでしょ?」
本来なら卵がパカッと開いて、分厚い舌で獲物を引き込むのだが、全く反応がない。
死んでる、というわけではなく、まだ魔獣として生まれてないのだ。
ゴールデンエッグは生まれても、卵の形だから見た目は変わらない。見分けるのは、至難の業だ。
だけど、僕の【竜眼】なら【透視】もできるので、簡単に確認することができるのだ。
「そ、そうだったんですね」
「驚かせるなよ、ルーシェル……」
2人は揃って胸を撫で下ろす。
「ごめんね。僕にとっては、いつものことだから」
鶏卵のイメージもあるけど、特別な食材を獲った時はゴールデンエッグって決めていたからね。自然とみんなの前に出しちゃったよ。
リーリスでは難しいので、僕がゴールデンエッグを割る。
デロン、と出てきたのは、大きな黄身と白身だ。
ゴールデンエッグだけあって、黄身の色が黄色というより、やはり金色に近い。炊事場に垂れ下がっている魔法光の灯りを受けて、朝日を受けた湖面のように輝いていた。
大きいだけあって、黄身10個分はありそうだ。
ここでリーリスにバトンタッチした。
ゴールデンエッグを入れた器の中に、水を入れ、かき混ぜる。最近、手伝ってもらうことが多くなったのだが、だいぶ手つきがそれらしくなってきた。
次に小麦粉を入れ、ダマにならないように混ぜる。ちょっと粘り気のある感じになったら出来上がりだ。
パン粉も用意し、揚げる準備もできた。
「よし! できたぞ、ルーシェル!」
ふー、と汗をぬぐったのは、ユランだった。
お肉の具合を確かめたが、うまくできている。額に光る汗は、うまく力をコントロールした証だろう。
「うん。うまくできてるよ。頑張ったね、ユラン」
「むふふふ……。我にかかれば、これぐらい造作もないが、存分に褒めるが良い、ルーシェル」
僕が頭を撫でると、頬を染めながら、褒め言葉を受けていた。
「さて、次は――と」
「ルーシェル、誰か忘れておるぞ」
ロラン王子は机に頬杖を突きながら、あっちと僕の後ろを指差した。
メイド服姿のリーリスが、もぞもぞと身体を動かしている。とどめは上目遣いで、物欲しそうに僕の方を見つめていた。
「えっと……。リーリスもありがとうね」
「い、いえ。こちらこそ、その……ありがとうございます」
リーリスの頭を撫でると、ユランと同じく頬を赤くしていた。
その姿を見て、ロラン王子は息を吐く。
「お前たちよ。料理を作るのか、イチャつくのかどちらかにせよ」
やれやれと首を振るのだった。
新作『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる ~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』を投稿しました。
元錬金術師の主人公が、おいしい時短調理器具を作って、隣国の王子にご飯を作ってもらうお話となります。『公爵家の小さな料理番様』を読んでくれている方にはご満足いただける料理をご用意しておりますので、是非読んで下さいね(ブクマと評価もよろしくです)。
只今、第2飯テロを終えたところです。読みごたえ十分なのでよろしくお願いします。
下記にリンクがございます。








