第105話 ユランの改心
お待たせしました。
『公爵家の小さな料理番』改め『公爵家の料理番様 ~300年生きる小さな料理人~』が、
Kラノベブックス様より、9月2日に発売されます。
イラストレーターは『勇者になれなかった三馬鹿トリオは、今日も男飯を拵える。』シリーズなど、多方面にご活躍されているTAPI岡先生に描いていただきました。
先生のあたたかく、やさしいタッチは非常にこの作品とマッチしておりますので、
是非お買い上げ下さい。
「どうだ、ルーシェル! 我の恰好は!!」
ジャジャーン、とばかりに珍しく炊事場に登場したのはユランだった。
少し眠ったおかげで、身体がだいぶ軽くなった。
ただまだ頭がぼやけていて、包丁の柄がいつもより重く感じる。
若干身が入っていない中、ホワイトドラゴンことユランの登場を見て、僕の身体は一気に目覚めた。
同じく手伝いに来たリーリスと、見学に来たロラン王子も驚き、唖然とする。
神秘的な銀色の髪を振り乱し、颯爽と現れたユランはエプロンを着けていた。
その下には落ち着いた黒のロングワンピースを着ていて、頭にはカチューシャまで付けている。
所謂、レティヴィア家のメイド服姿なわけだけど、他の女給さんとは違って随分とヒラヒラ成分が多い。
僕は誰かの作為を感じずにはいられなかった。
「どうしたの、ユラン? その恰好……」
僕は恐る恐る質問すると、ユランはよくぞ聞いてくれたばかりに、得意げに胸を反らした。
「ふふん! 驚いたか、ルーシェル! これは神聖なものしか着ることが許されない聖衣なのだ。どうだ、ルーシェル! 恐れいったか!! かっかっかっ!」
かっかっかっ! って笑われてもなあ。
確かに仕事着は、大事な商売道具。聖衣と言わればそうだ。特に女給の皆さんは、接客もすることがある。身だしなみは重要だから、毎日洗濯していた。
まあ、いいか。随分とご機嫌なようだし。
「それで、炊事場に何の用?」
「この恰好であれば、この炊事場に入ってよいと、蝙蝠女が言っておった」
蝙蝠女? ああ、カンナさんのことか。
やっぱりそのメイド服の趣味は、カンナさんだったのか。
「それで?」
「我も料理を手伝う!」
「え? ユランが!?」
いつもは「我は食客だぞ。なんでご飯を作る手伝いをせねばならんのだ?」って言って、料理ができるまで、中庭でゴロゴロひなたぼっこしているのに……。
それに、1度ドラゴンの料理を見せてやろうとか言って、リーリスが顔を真っ青にするぐらいのとんでもない料理を作ってきたのは、どこの誰だっけ?
総合的に考えて、断ろうとしているのだが、ユランはロラン王子の方をチラチラと見ている。
何かの合図だろうか。僕が首を傾げていると、リーリスが僕に耳打ちした。
「ルーシェル。多分ですけど、ユランなりにロラン王子を危ない目に遭わせたことを償おうとしているのではないでしょうか?」
ああ。そういうことか。
木をぶっ倒した後から、ずっと謹慎させられていたからね。
カンナさんか、屋敷長のヴェンソンさんに諭されて、自分が犯した罪に気付いたのかも。
だとしたら、凄いのはカンナさんとヴェンソンさんなんだけど……。
「どうしようかな?」
僕はちょっと意地悪をしてみる。
すると、いつものなら不遜な態度を取るユランが反論するどころか、ムズムズと身体を動かす。
「た、頼む、ルーシェル。手伝わせてくれ」
ユランが涙目になる。
「良いではないか、ルーシェル。余は別に気にしていない。ドラゴン娘を許してやれ」
ロラン王子からの援護射撃をもらう。
背後を見ると、リーリスもジッと僕の方を見ていた。
これじゃあ、僕が悪者みたいじゃないか。
「わかったよ。ただしこの炊事場では僕の言うことを聞くこと。あと勝手に道具を触っちゃダメだからね」
「許してくれるのか?」
「許すも何も、ロラン王子がこう言ってるんだ。僕よりもロラン王子に謝りなさい」
「やった! あっ! ロラン、すまん!」
おざなり! それは一国の王子様に謝罪する態度と言葉じゃないからね。
「あははははは! 本当にドラゴン娘は面白い。また背中に乗せてくれるか?」
「構わんぞ。ふふふ……。我の背中の虜になったようだのぉ」
すっかり元のペースのユランだ。
やれやれ……。
「ところでどうだ、ルーシェル。この恰好の感想は?」
わざわざスカートを摘まんで、ユランはメイド服を見せつける。
白い歯を見せているおかげで、メイドさんの楚々とした雰囲気は皆無だけど、似合ってはいた。
元がいいと、何でも似合ってしまうね。
「似合ってるよ。すっごく」
「おお! 一応、通じてはおったのか。カンナ曰く、これを着れば、男はすぐに我の謝罪を受け入れてくれると聞いたのに」
カ~~ン~~ナ~~さ~~ん~~。
ユランになんてこと教え込んでいるんだよ。
あの人とはいつかきっちり話し合わなければならないようだね。
「――――――なのね」
何かリーリスがブツブツ言っている。
「どうしたの、リーリス?」
「あ。ルーシェル、私ちょっと用事を思い出しました。すぐ戻ってくるので、ここで待っててくれませんか?」
「はい?」
そう言うと、リーリスはそそくさと炊事場から出ていった。
なんだ? 何があったんだろう。
用事なんてなかったはずだけど。
「ルーシェル、追わなくていいのか?」
ロラン王子はニヤリと笑う。
どうやら王子には何か察しがついているらしい。
「追うって、リーリスですか?」
「なんだ? 鈍いヤツだな。リーリスが何をしに行ったか本当にわからないのか? 女心を察せぬとは、リーリスも大変だな」
「え?」
まさかリーリスまで、メイド服姿に……!
そう言えば、さっき呟いていたのって。
『ルーシェルってメイド服が好きなのね』
ってことだったりする?
ちょ! 誤解だよ、リーリス。
別にそういうことじゃなくて!
僕はリーリスを追いかけた
◆◇◆◇◆
数分後……。
「如何でしょうか?」
ちょっと照れながら、ユランと同じくメイド服姿になったリーリスが立っていた。
こちらもロングスカートだ。
僕が慌てて追いかけると、リーリスはカンナさんに短いスカートを勧められていた。
『こっちの方がルーシェル様喜びますよ』
と、まさしく悪魔のように囁いていたのだが、寸前で僕が止めた。
とはいえ、リーリスの意志は固かった。
どうやら前からリーリス自身も可愛いなあと思っていたらしい。
300年前なら考えられないなあ。
家臣が着ているものを、雇い主が欲しがるなんて。
でも、すっごく似合ってる。
流れるような金髪と、白黒のコントラストが殺人的にマッチしていた。
これにはロラン王子ですら、5秒ほど惚けた程だ。
「それで、ルーシェルよ。今回は何を作るのだ?」
僕の心境も知らず、ユランはロングスカートからはみ出した竜の尻尾を振る。
1度、平静を保ち、僕は魔法袋から食材を取り出した。
出てきたのは大きな肉だ。
「これは?」
「キマイラの肉だよ」
「ロラン王子と出会った守護獣のお肉ですね」
「キマイラか。どんな味がするか楽しみだ」
リーリスが感心したように頷けば、ユランは涎を飲み込みながら、爛々とした目で肉を見つめる。
「ステーキにするのか、ルーシェル。任せよ。焼くのは、我の得意技だ」
「その得意技は後に取っておいて。それに残念だけど、ステーキにするわけにはいかないんだ。キマイラの肉はちょっと硬いからね」
「では、どうするんですか?」
「お肉を柔らかくして食べるのさ」
どんな料理かは、次回のお楽しみに。
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