第102話 首級
拙作『劣等職の最強賢者』の単行本が7月19日発売されます。
イラストレーターでもあり、漫画家でもある猫猫猫先生に超美麗な表紙を描いていただきました。
すでにAmazonなどご予約が始まっておりますので、是非よろしくお願いします。
『ぶおおおおおおおお!!』
再びキマイラは叫ぶ。
まさに復活の狼煙――いや、復活の雄叫びを言ったところだろうか。
鼻息を荒くし、まるで自分の身体を確かめるように身体を揺すった。案外キマイラ自身も驚いているのかもしれない。
その横でペタンとお尻を付けて、ロラン王子は目を剥き、「復活」という言葉を口にした。
「はい。といっても、魔獣限定――しかも、完全な状態の魔晶石があれば、ですけどね」
【再構築】の回復魔法は、物を修理する時に使われるものだ。
魔獣は魔力生物ではあるのだが、その核自体は生き物というよりは、やはり鉱物というに近い。
魔獣の歴史を紐解くと、太古の昔に魔族が人間を支配するために世界に放ち、それが時間ともに増えて、進化を繰り返して今の姿があるという。
だから生物と鉱物2つの特徴を持つ、珍しい生命なのだそうだ。
だから、仮に魔獣を回復させる場合、生物的特徴が色濃い外殻部分は通常の回復魔法に対して、魔晶石を再生する場合は先ほどの【再構築】が使われる。
「面白いのは、魔晶石の再生が叶うとそのまま外殻の再生も行われることですね」
これは【竜眼】や【知恵者】を使ってもわからない未知の技術だ。
本当に魔族が魔獣を作ったのだとしたら、彼らはやはり人間の2歩も、3歩も前に技術を持っていることになる。
それも、人間がまだ鉄を精錬するのがやっとだった頃からだ。
「ルーシェルよ。そなたの魔獣知識は非常に勉強になるのだが……」
「はい。何でしょうか、ロラン王子?」
「その……。復活した守護獣をどうするつもりだ? 随分とお主、嫌われておるようだぞ」
『ぐわああああああああ!!』
再び叫ぶと、守護獣ことキマイラは憎々しげに僕の方を睨む。
時折、大きく口を開けて僕を威嚇していた。
さっき死んだことを覚えているのだろうか。
だとしたら、それはそれで面白い。
魔晶石に記憶する機能があると同時に、死んでも保存されていることを意味してるんだからね。
「ご心配なく、ロラン王子」
僕は手を掲げる。
スキル【支配】
このスキルは【使役】――つまり魔獣やあるいは精霊など、自分の命令を聞くように従者化するスキルの完全な上位互換だ。
【支配】は昔戦ったグランドドラゴンや、大精霊、神獣といったクラスのものまで手懐けることができる。
勿論、この魔法は人間にも通じるから、悪用は厳禁だ。
何故、僕がこんなおっかないスキルを持っているかというと、とある食材を食べたおかげなのだけど、今は割愛する。
『ぐおおおおおおお!』
守護獣は何か抗っていた。
おそらく守護獣に元々掛かっていた誓約魔法と、僕の【支配】の狭間で苦しんでいるのだろう。
確かにかなり前の誓約魔法のようだけど、僕の【支配】には及ばない。
次第に守護獣は従順になり、叫び声は甘えた声へと変わっていった。
「これでいいかな? 伏せ――」
というと、キマイラは伏せた。
「お手!」
そういうと、大きな手を差し出してくる。
「おかわり! ちんちん!」
次々と僕の命令に従う。
頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を細め、蛇の尻尾を振った。
「ま、まさか守護獣を手懐けるとは……。もう何でもありだな」
「どうですか、ロラン王子。触ってみません?」
「よ、余は遠慮しておこう。大昔の動物だ。シラミとかひどそうだしな」
確かに昔の疫病とか持っていたりするかもしれないし、過度な接触は避けた方がいいかもね。
まあ、その時はその時で僕が治すけどね。
「これで、ここの守りも完璧ですね」
「ん? どういうことだ?」
「【支配】は自分の言うことを聞いてもらう代わりに、僕の魔力を与えるスキルなんです」
「ルーシェルの魔力を与える……? ということか――――」
「はい。僕並みとはいいませんが、守護獣が強化されたということですね。おそらくAランクからSランクになったかと思います」
「Sランク……。ルーシェルよ。本当にお前は――――いや、これ以上はもう何も言うまい」
最後は諦めながら、ロラン王子は首を振った。
無事ブルーシードを採取し、僕たちがエルドタートルから脱出する。
かなり長い間、中に籠もっていたようだ。
東の山の稜線が薄らと明るい。もうすぐ朝が来る。
リーリスとの約束で、もうすぐ僕たちを探して騎士たちがやってくる。
「ルーシェルに礼を言うのは、屋敷に帰ってきてからのようだな」
「はい。早く戻りましょう。リーリスが心配してると思います」
「お前のな」
ロラン王子は僕の胸をコツリと叩く。
いや、そ、そんなことはないと思うけど。
「ルーシェル。余が戻る前に、お前に1つ頼みがある」
ロラン王子はある計画を話し始めた。
◆◇◆◇◆
「ルーシェル!! ロラン王子!!」
山の麓に降りてきた僕たちを出迎えたのは、リーリスだった。
姿を見つけるなり、息を切らしながらまだ山の斜面を歩いてる僕たちの方へ走ってくる。
すると、隣のロラン王子が僕の肘を小突いた。
「ほら。そなたの名前の方が早かったであろう」
ニヤリと笑う。
「たまたまですよ」
僕は苦笑いを浮かべた。
他の騎士や家臣たちもホッとした様子だ。
その中で、クライスさんだけが仮面を付けたように冷静な顔で、ロラン王子の姿を見上げていた。
その時だ。
何か影のようなものが、僕たちとリーリスの間に落ちてくる。
轟音を響かせ着地したのは、あのゼブライガーだった。
まずい!!
僕たちよりもリーリスの方が近い。
咄嗟に身を乗り出したが、僕よりもロラン王子の方が早かった。
「リーリス、伏せよ!!」
ロラン王子は叫ぶ。
同時に背中の弓を構えると、素早く矢をつがえ狙いを絞った。
意図を察したリーリスは、注文通りに地面に伏せる。
瞬間、ロラン王子の手から矢が放たれた。
見事、ゼブライガーの急所である眉間を射貫く。
それでも子どもの引いた矢である。堅い獣毛に阻まれるかと思われた。しかしロラン王子の矢は眉間に刺さるなり、さらにその頭蓋を吹き飛ばす。
致命傷を受けたゼブライガーの外殻は、魔力を維持できず、ついに消滅した。
たった一瞬の中に、驚きの連続が詰め込まれていた。
朝の山麓がシンと静まり返る。
野鳥すら息を呑んでいるようだった。
その中で、ロラン王子だけが転がったゼブライガーの欠けた魔晶石を拾い上げる。
まるで首級を掲げるように叫んだ。
「ゼブライガーは、このロラン・ダラード・ミルデガードが討ち取った!!」
勇ましい声を上げる。
その瞬間、ロラン王子の護衛騎士たちが諸手を上げて、小さな王子の成果を讃えたんだ。
お待たせしております。
『公爵家の料理番様』の書籍化ですが、近々発表できると思います。
しばらくお待ち下さい。








