第98話 魔物の中に潜む物
本日『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』のコミカライズ更新日になります。ニコニコ漫画で無料で見れますので、是非読んで下さい。
エルドタートルの体内で真っ赤な炎が閃く。
火蜥蜴がなぎ払った炎は、万単位のクラヤミマウスに襲いかかった。
瞬間、断末魔の悲鳴が響く。
同時にクラヤミマウスは魔晶化していった。
不気味な赤星のように光っていた魔獣の瞳が次々と消え、体内に内在されている魔晶石へと変わっていく。なかなか爽快な眺めだった。
あっという間に、万単位でいたクラヤミマウスは駆逐される。
燃え滓はなく、ただ壊れて光を失った大量の魔晶石が静かに佇むだけだった。
驚くべきはエルドタートルの体内だろう。
あれほどの火力を食らっても、表面を焦がしただけで燃えていない。
石とも木とも違う。長年動かず、大地と一体化しているだけのことはある。
「すごい……」
ロラン王子は目を見張る。
こっちはたくさんのクラヤミマウスの魔晶石と、火蜥蜴の火力に驚いていた。
火蜥蜴も少し得意げだ。腕を組み、鼻穴を膨らませている。
「しかし、室内で火は危険ではないのか?」
ロラン王子は疑問を呈する。
「ご安心下さい、ロラン王子」
普通のこんな室内空間で大量の火を使うのは自殺行為に等しいのだけど、火蜥蜴の火は純粋な精霊の力によるものなので、空気を汚すことはない。
それに空気の心配をしなくも良さそうだ。
エルドタートルはまだまだ生きている。
どうやら空気(その中に含まれる微量な魔素)を取り込む器官は動いているらしい。
人間の息のように気流が微かに行ったり来たりしていた。
「なるほど。安心だな。では、先に進むことにしようか」
再びロラン王子は歩き出した。
しばらくエルドタートルの中を歩いていると、ロラン王子から話しかけてきた。
「そう言えば聞くのを忘れていたのだが、ルーシェルよ。お前、なんで我が王族が管理する山にエルドタートルがいるとわかったのだ?」
王子の疑問に答えるならば、全くの〝勘〟と言ってもいいかもしれない。
それほど情報の確度として不正確なものを頼りにして、僕はこの山にやってきた。
「歴史的に見てブルーシードは権力の象徴みたいな食べ物でした。時の君主はそれを独占するために、ブルーシードが実る場所を隠してきたのだと思います。彼らがエルドタートルの中でブルーシードが実ることを知っていたかどうかはわかりませんが、その実る場所を禁足地にしていたはずです」
「ああ。なるほど。確かにこの山も『狩初めの儀』が行われる時以外、山開きはしない。それは獲物を獲りやすくするためだと思っていたが」
「はい。ここを禁足地として余人を遠ざける狙いがあったのかと思います」
「それでエルドタートルがいると考えたのか?」
「確証はなかったですけどね」
「いや、素晴らしい推理だ。さすがルーシェル。将来、我が参謀になる男だ」
さ、参謀って……。王子のってこと。
恐れ多いなあ。僕は料理人になりたいだけだけど、ロラン王子と一緒にいたら退屈しないで済みそうだ。その代わり、お願い事が多そうで大変だろうけどね。
先へと進むと、不意にフルーティーな香りが鼻腔を衝く。
かすかな香りだけど間違いない。ブルーシードは近いぞ。
期待に胸踊る。僕たちはいつしか小走りで香りの元へと走った。
やがて広がっていた光景に息を呑む。
「うわっ!」
まるで水晶の鉱床のように青い実がそこら中に垂れ下がっていた。
間違いないブルーシードだ。
ここはエルドタートルの胃の中だろうか。
粘膜上皮のようなものがだらんと垂れ下がっている先に、寄生するみたいにブルーシードが実っていた。
けれど、胃と言ってもほとんど白骨化したみたいに白くなっていて、全く動いていない。それはこれまで見てきたエルドタートルの中と変わらなかった。
「これは凄いな」
「ええ……。思ったよりも多いです」
おかしいなあ。僕が見つけたエルドタートルの中にあったブルーシードは、これほど実っていなかった。精々実が10個ぐらいなってるだけだったと思う。
しかし、ここにはざっと見渡すだけでも100個以上のブルーシードがなっていた。
ブルーシードは魔獣にとっても栄養価が高いから大好物のはずだ。
人間よりも遥かに臭覚に優れる魔獣なんかは、すぐにこのブルーシードを見つけて、むしゃぶりつくだろうに、なんでこんなにも残っているのだろう。
「考えている時間はないぞ、ルーシェルよ」
立ち止まって考える僕に、ロラン王子は声をかける。
「そうですね。今はブルーシードを――――」
次の瞬間、何か巨大な殺意が目を覚ましたような気がした。
僕は反射的に叫ぶ。
「火蜥蜴!!」
『お任せあれ!』
火蜥蜴も感じていたらしい。
まるで岩のように振ってきた殺意に向かって行く。
火ではなく、その怪力を以て殺意を排除しようとした。
炎を吐けば、ブルーシードに燃え移る可能性があるからだ。
ギィンッ!
凄まじい音がした。
吹き飛ばされたのは、火蜥蜴の方だ。
「なっ! 火蜥蜴が力負けした!?」
火蜥蜴は決して弱い精霊じゃない。
Bクラスのクラヤミマウスを圧倒する力を持っている。
いくら火が使えなくても、簡単に力負けするなんて。
やはりただ者じゃない。
重苦しい音とともにそれはエルドタートルの胃の中心に降り立つ。
音と衝撃によって、いくつものブルーシードが揺れた。
現れたのは、獅子の顔。いや、それだけじゃない。
種類の不明な蛇に、鷲の頭まで付いている。
体躯は獅子、そこに鷲の羽毛がびっしりと生えている。頭頂から背中付近まで馬のような鬣が靡いていた。
尻尾の先には、獰猛な毒蛇が歯牙を開き、立派な鷲の翼が広い空間で目一杯広げている。
「これは――――」
ロラン王子は息を呑む。
それは僕も同様だった。
「キマイラだ!!」
突如、現れたAランク魔獣を睨み付けるのだった。
 








