第97話 魔獣の体内へ
本日、拙作『劣等職の最強賢者』のコミカライズ最新話が、
ニコニコ漫画で更新されました。こちらも是非読んでくださいね。
エルドタートルは、巨大な亀の魔獣だ。
『魔獣生態調査機関』の調査によれば、Aランクとされているものの、その姿を見た人はほとんどいないとクラヴィス父上は言っていた。
何千年と生きる魔物で大きくなればなるほど、自重で動けなくなり、ついには止まってしまう。
そこに草木が生い茂り、動物や魔獣まで集まり、そして最終的には山になる。
それがエルドタートルの生態であり、一生なのだ。
動けない魔獣がどうやって生きているのか。その答えは簡単だ。自分の身体にくっついた植物や死んでしまった動物の遺骸から少しずつ魔力を摂取しているらしい。
基本的に身体は動かないから、必要最低限の魔力でいいみたいだ。
僕はたまたま住んでいた山の中で、エルドタートルを見つけたのだけど、山そのものが魔獣だと聞いた時は飛び上がって驚いた。
今のロラン王子みたいにね。
「この山自体が、エルドタートルという魔獣だって!!」
ロラン王子は叫んだ後、ぴょんと飛び上がる。
自分が見つけた時のことを思い出して、僕は思わず笑ってしまった。
そういう反応になるのは、無理もないと思う。
だって、今まさに僕たちは魔獣の口の前に立っているのだからね。
説明を聞いたロラン王子はしげしげと山の中にポッカリと空いた空洞を観察する。
「確かに言われてみれば、口のように見えるが……」
それでも、にわかに信じられないようだ。
「ルーシェル、口を見つけたはいいが、どうするのだ?」
「この中に入るんだよ」
僕は何気なく答えると、ロラン王子はまた大げさに驚いた。
「わざわざ魔獣の餌になりに行くのか?」
「危険がないとは言いません。ただ長い間、内臓が動いてないので、胃液や唾液で溶かされることもないと思います。変わったダンジョンだと思って下さい」
内臓を動かすにしてもエネルギーが必要だからね。
だから、エルドタートルの内臓はもうこのサイズになると機能していないのだ。
「王子がどうしてもって言うなら、ここで待ってて下さい。僕が取ってくるので」
「待て! 肝心なことを忘れそうだった。まさかブルーシードがあるというのは?」
「はい。ブルーシードはエルドタートルの中で育つ、世界的に見ても珍しい植物なんですよ」
「それにしても、まさか『狩初めの儀』が行われる山にあるとは思わなかったぞ」
やれやれ、とロラン王子は首を振る。僕も同意見だ。
「よし。余も付いていくぞ」
「いいんですか?」
「ここで待っていてもつまらんからな。それに余には最強の騎士が付いておるのではないか?」
最強の騎士って……。何か照れるというか、ロラン王子らしい発想だな。
「わかりました。では、僕1人が護衛というのも心許ないので、戦力を補充しましょう」
「なんだ? あの竜の娘でも呼ぶのか?」
ユランを呼んでもいいけど、さすがにエルドタートルの中で大暴れされても困る。
最悪、魔獣を怒らせることになりかねないからね。
「召喚獣を呼びます」
僕は手をかざす。
精霊召喚魔法【火蜥蜴】
火柱が渦を巻きながら空へと上っていく。
火の中から現れたのは、竜の頭と翼を持つ竜人だった。
竜人は僕の前に立つと、膝を折って頭を垂れる。
『ご無沙汰しております、ルーシェル様』
「ルーシェル〝様〟! ルーシェルを〝様〟呼びって!」
ロラン王子は出てきた竜人と僕を交互に見ながら驚く。
僕は苦笑したが、火蜥蜴は真剣だ。一国の王子であろうとも、金色の目線を鋭く光らせると、殺意を漲らせた。
『我が主を愚弄するか?』
「ぬっ! す、凄い覇気!」
「すみません、ロラン王子。火蜥蜴は僕が契約している精霊でして。その態度が偉そうというか」
「名前からしてもしやと思っていたが、本当に精霊とはな。それを軽々と使役するとは……。相変わらずの出鱈目ぶりだな、ルーシェル」
ロラン王子が僕のことを褒める。いや、褒めてるのだろうか。
気をよくしたのは僕ではなく、火蜥蜴の方だった。
ニヤリ、と牙を剥きだし笑う。
精霊の中でも火蜥蜴はとても気位の高い精霊だ。
自分が契約し、忠誠を誓った人間を愚弄すれば怒るし、褒められれば自分のことのように喜ぶ。
古い騎士みたいな精霊だった。
「火蜥蜴、ロラン王子の護衛を頼むよ」
『かしこまりました。身命に代えて』
僕たちは早速、エルドタートルの中へと入っていく。
見た目は普通の洞窟と変わらない。まだそれよりも広いぐらいだ。
壁は白く固くなっていて、骨が出ているところもある。
野生動物も住んでいて、鼠や蝙蝠が住み処にしていた。
鼠が苦手なリーリスにとっては、このエルドタートルの身体に入るのは難しかったかもしれない。その点、王子は堂々としたものだ。
火蜥蜴の尻尾から吹き出す炎を頼りにドンドン進んでいく。
「なるほど。身体の中というよりは、普通に洞窟だな」
「ええ……。エルドタートルの栄養摂取方法は、上の木々の栄養分を少しずつもらうことですから」
「でも、そんなことをしてよく青々と茂ってられるな、山の樹木は」
「エルドタートルと草木は共生関係にあるんです。山の樹木から魔力という栄養をもらう代わりに、自分の排泄物を樹木に与える。それが樹木の栄養になっているんです」
「排泄物を押し付けるのか?」
ロラン王子は鼻を摘まんで、顔を顰めた。
「排泄物といっても、エルドタートルには要らないものであって、山の樹木にとっては必要なものと言う話です。自然界の流れと同じことですよ、王子」
「ルーシェルといると、色々勉強になるな」
すると、前方を歩いていた火蜥蜴の足が止まる。
「どうしたの、火蜥蜴?」
『お静かに……。魔獣です』
静かに状況を伝えてくれたが、すでに遅かったようだ。
聞こえてきたのは、何か悲鳴のような鳴き声。そして無数の赤い瞳だった。
「なんだ、鼠か?」
「いえ。違いますよ、ロラン王子」
洞窟には定番の魔獣だけど、ここはよほど心地が良かったんだな。
赤い瞳はさらに増えていく。
横たわった夜空を見ているかのようだが、赤い瞳が明らかに不気味だった。
「ロラン王子、僕と火蜥蜴から離れないで下さい」
「なんだ、あの魔獣は?」
「クラヤミマウス……」
「クラヤミマウス! あのBランクのか」
洞窟では定番の魔獣だ。
名前の通り、暗闇を好み、洞窟の深奥などに潜んでいる。
彼らの栄養源は闇そのもの。暗闇に含まれる微量な魔力を食べて生きている。
一方、自分のテリトリーに入ってくる外敵を許さず、大群を以て攻撃してくる。
繁殖能力が高くて、1~2万匹いて、人間をあっという間に噛み殺すことができる力を持つ。
言うまでもなく恐ろしい魔獣で、度々神話や挿話に出てくる魔獣である。
「大丈夫なのか、ルーシェル。1万、いや2万はいるぞ」
「ご心配なく、ロラン王子。この時のための火蜥蜴ですから。行け、火蜥蜴!!」
『お任せあれ!!』
火蜥蜴は目の中に飛び込んでいく。
大きく息を吸い上げると、周囲いっぱいに火を吐くのだった。








