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The story of Quisalpina  作者: 汪海妹
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エピローグ













   エピローグ












   

312年年末から313年年初にかけて

バルフォルト


「これからしばらく甘い物はお控えください。」

「それだけが楽しみなのに?」

これでもかと食ってかかったが、サンドラは頑として譲らない。

「あと一週間しかないのに、準備した衣装が入らなくなります。」

「ここにいるとちっとも体、動かせないのだもの。」

「どこの世界に走り回る王妃がいるのです?子供みたいに。」

じっとにらみ合った。


「その王妃っていうのはやめてちょうだい。」

「現実をちゃんとご認識いただくには、何度も呼んで慣れていただかないと。」

「でも、正確に言えば来年まではわたしは正式には王妃ではないですし、それに、王妃って子供を産むまでは本決まりではないのではなくて?」

そうか。その手があったかと思う。子供を産まなければ別の子供を産んだ女の人と交代できるのではないか?


「いたっ」

「またくだらないことを考えてましたね。」

「どこの世界に王妃をたたく侍女がいるの?」

「まだ王妃様ではございませんのでしょう?」

その後サンドラは盛大にため息をついた。

「全く、エドワード様もどうしてエミリア様を?ジーン様かフェリシア様にしてくだされば、わたしがここまで苦労することもないですのに。」

「……」

「ご機嫌うかがいに参りましたよ。」

にこにこしながらエドワードが入ってきた。慌ててサンドラと部屋に控えていた小間使いが礼をする。礼をして気を利かせてそそくさと出て行ってしまった。

エミリアはしかめっつらのままでのろのろとたちあがると、

「殿下、本日もご機嫌うるわしゅう。」

そう言ってスカートをつまみ、うやうやしく頭を下げた。


「まだその嫌がらせ続けるの?名前で呼んでほしいんですが。」

「おそれおおくてそんなことできません。」

エドワードはその様子を見てぷっと笑った。

「あなたも結構頑固ですね。まだ無理に話を進めたことを怒ってるの?」

「ここは自由がなさすぎます。」

「うん。」

「いろいろと学ばねばならないことも多いし、肩がこります。」

「うん。それから?」

「それから、えーっと。」

エミリアは王宮に来てからの毎日を思い浮かべる。


「お菓子がおいしすぎます。モナチェスターにいた頃と段違いです。あれはどうやって作っているんですか?」

「気に入ったの?」

「あんなにおいしい物がこの世にあるなんて知りませんでした。」

「それなら少なくともひとつはいいことがあったんだね。」

「はぁ」

「わたしからあなたに出すものは特に腕によりをかけるように言っておきます。」

そう言うとエドワードは立ち上がった。

「もう行ってしまうのですか?」

エミリアがそう話しかけると、エドワードが不思議そうな顔でこちらを見た。

「僕がいないと寂しい?」

「……」

エミリアは何も答えられなかった。エドワードはそっと笑うと、エミリアの髪を一回だけ優しくなでた。

「また来ます。時間を見つけて。」

ぱたんとドアが閉まる。


正式な即位式もまだで、婚儀も先送り。だけど、忙しい中でも、明るい知らせを世に示したいという意向もあって、王の婚約をお披露目することになった。

エミリアはそれまでに王妃としてのあれこれをたたきこまれている。

もともと大公のご令嬢なのだから、エミリアだってその気になれば一通りのことはできる。でも、今までと気合いが違うのである。ちょっと手を抜くとすぐにばれて、びしばし言われる。窮屈なことこの上ない。


やっぱりあの日、徹頭徹尾断り続ければよかったと悔やむ。

ほんの少し隙を見せたせいでこんなことに。エドワードだって言ってたではないか。エミリアが死ぬほど嫌がったらあきらめたと。

失敗したと思う。ほんの少し失敗しただけでこんなことになってしまうなんて、運命とは恐ろしいものだ。


習い事の合間にそんなことをひたひたと考えていて、だからエドワードの顔を見ると、その瞬間は恨みがましい気分になるのに、そのまま二言三言と言葉を交わしていくと、いつのまにか恨みとは別の感情がある。

そして、それがデオルフォードにいたときの感情と似てはいるのだけど少し違う。

ゆっくりとだけど違うものになってきている。

そのことに自分で戸惑っていた。

自分にこういうことが起こるのがもう少し先なら、きっとここまで戸惑わなかったのだと思う。だけど、時に、運命のほうが待ってはくれないのかもしれない。


新しい年を迎えたその日、その日は雪も降らずにきれいに晴れていて、遠くまで見渡せる。王領とトランサル領を分け隔てる山並みが美しく見えていた。

新年のこの日は王族が、城の前の広場から見える塔に並んで民に対して顔を見せ挨拶をするのが習わしとなっている。今年はその席で王の婚約者が披露されるということは以前から公表されていた。城の前の広場にはたくさんの人たちが集まっていた。

先にエドワードが一歩前に出て皆に向かって手を振っている。歓声があがる。その声、たくさんの人々の迫力にさらされて、エミリアは後方で今更ながら足がすくんだ。

しばらく経つと、エドワードがこっちを向いてエミリアに向かって手を差し伸べた。


「エミリア、おいで」


やっぱりできません、と言って、ここで逃げ出したらどうなるのだろう?

死罪?にはならないだそう。さすがに。

でも、きっととにかくエドワードをはじめたくさんの人が大いに困るだろう。


この土壇場にそんなどうでもいいことを考えて、少し動作が遅れた。

でも、エドワードはいらいらしたりせずに穏やかな顔でずっと手を差し伸べたままで待っている。しょうがなく手を伸ばして、その手を取った。

自分の手は震えていた。エドワードには伝わっただろう。自分が緊張していることが。

でも、彼は何も言わず、表情にも出さずに、エミリアを引き寄せて自分の横に立たせると、その手を外して腰にまわした。


まだ若い王様の横に初々しくてかわいらしい許嫁が立った時、その場にいた人々は喜んだ。王の突然の病気や皇太子の行方不明、内乱等、国外の情勢も決して予断を許さない状況の中で、国内も乱れに乱れずっと暗いことばかりが続いていた。沈みがちになっていたこの数年。でも、ひさびさに人々は明るい物を見た。エミリアの清らかさが憂いがちだった皆の心を軽くした。


熱狂する人々の目にさらされながら、エミリアは見様見真似で自分も手を振った。


この時、エミリアは自分は今こどもの自分に向かって手を振っているのだとふと思う。

自由で奔放な自分。

自分はそう言う自分が好きだった。できることならそのまま変わりたくはなかった。

だけれど、青虫だっていつかは蝶になるように、自分が望まなくても心とは裏腹に体は大人になるべく進んでいたのかもしれない。そして、気がつけば自分は、不自由な大人の世界に一歩足を踏み入れてしまったのだな。


そっと横を見ると前を見ていたエドワードもまたエミリアの方を見て笑った。

幸せそうに。

自由の代償に得たものはこの人の笑顔なのだろうか?


大人になるのは痛いとエミリアは思う。

時の流れは変えられず、自分の体の形を変え、最後には心の在りようさえ変えてしまう。

それは怖いし、痛い。

痛いのだけれどその芯にしびれるような甘い快感を隠している。

それが怖い。


儀式が滞りなく終わった。

この後も場所を移して諸侯たちを交えて様々な儀礼が続くのだが、次の予定まで少し時間が空いている。


「疲れましたか?」

エドワードがそう声をかけて近寄ると、エミリアはそっと少しだけ体を離した。

「少し」

「次の予定までどこかで休みましょうか。」

「あの、殿下はお忙しいでしょうから、わたしは一人で大丈夫ですので。」

そう言うとエミリアはちょこんと頭を下げてぱたぱたと向こうへ駆けて行ってしまった。

「また、エミリア様ったら。」

サンドラが逃げていくエミリアを追ってゆく。


また、殿下と呼ばれてしまった。

自分としてはエミリアに対する態度をそんなに変えたつもりはないのだけれど、なんだか最近彼女のほうが変である。怒ってるわけではないし、嫌われているわけではないようだけれど、よそよそしい。

デオルフォードにいた頃はもっと向こうからよってきたように思うのだけれど、最近はいつも追いかけている気がする。

まぁ、考えてもしょうがないかと思う。


「殿下」

声がしたほうを見て、驚いた。

「テルマ、それにルシアスじゃないか。」

バルフォルトに戻ってからずっと気にはかけていたけれど、一度も顔を合わせてはいなかった。

「ご無沙汰しておりました。」

「いいから、こちらに来い。」

ルシアスが周りの目につくのを恐れて、近くの適当な小部屋に入る。


「2人ともずっとどこで何をしていたのだ?気にはかかっていたのだけれど、自由のきかない身でな。」

ルシアスはヒューとヘクターと病の起こった村へ行った話をした。その後状態が落ち着いた後はケンソルブリーに戻ったと。

「ちょうどそのころ、わたしも村に戻っておりまして……。」

ルシアスとテルマが顔を見合わせて微笑む。


「また夢を見たんです。ヘカトーの。」

「ほう」

「クリオスの封印を済ますようにお告げを受けました。」

「クリオスの?」

「はい。」


夢でお告げを受けたルシアスはテルマに相談し、太刀を仕上げた。現在神事の儀礼で用いるような刀をうっている鍛冶屋を探し出し、特別にあつらえてもらった。


「これで少なくともエドワード様の治世にはあのようなことは起こりません。」

「そうか。ありがとう。そなたには本当に感謝しても感謝しきれない。」

ルシアスはきれいな笑顔で笑った。

「何が欲しい?わたしに与えられるものならなんでも与えるぞ。」

「それならばお言葉に甘えてひとつよろしいですか?」

「申してみよ。」

「テルマとわたしに王国の認可のもとの通行証を与えてください。」

「通行証?」

ルシアスはそっとうなずいた。

「大陸の国も行き来できる通行証です。可能ですか?」

「おそらく無理ではないと思う。」

そういうと2人は嬉しそうに笑った。

「なんだ。金銀や地位ではないのか。ほしいものは。」

「はい。」

「自由か。」

2人とも伏し目がちになって何も答えない。


「お前は俺の従者ではなかったのか?」

「クリオスの契約者は今やわたしですから……」

ふふふとエドワードが笑う。

「そうそう。お前は俺を守るのではなく、監視していたのだったな。必要がなくなれば離れていくというわけか。」

テルマはその口調にそっとエドワードの顔を見た。

「殿下にしていただいたことは一生忘れません。」

そう言って頭を下げた。

「もう二度と命を粗末にするなよ。」

しみじみとした感情が胸に広がった。


「そうそう。大事なことを忘れておりました。ご婚約おめでとうございます。」

「ありがとう。」

「まさかエミリア様ととは思っておりませんでしたが、お似合いのご夫婦になられるでしょう。」

「うん。向こうはいやいやだったけどな。」

「エミリア様がですか?」

テルマがちょっと驚いている。

「王様と結婚するのなどいやだとはっきり言われたからな。」

テルマとルシアスもちょっとぽかんとした。その後テルマがぷっと笑う。

「テルマ殿、失礼ですよ。」

ルシアスが言ったら、ますます止まらなくなってしばらく笑ってる。

「すみません。エミリア様らしいと思いまして……」

他人事ひとごとだと思って。」

まだ笑ってる。


「ルシアス、お前は正しいな。王なんて不便なものだ。全く自由がない。金銀よりも自由を選ぶお前は賢いよ。王なんて、王様だからって理由で好きな人に嫌がられるのだからな。」

「でも、エミリア様は……」

やっと笑いやんだテルマが口を開く。

「今はどうあれ、必ずエドワード様を何より大切にしてくださいますよ。最後には。」

「何を根拠にそんなことを言う?」

「それは、もう、今までもそうだったではないですか。」

「そうか?」

「ええ、そうです。お二人は深い縁で結ばれていますよ。」


そういうとエドワードは少しはずかしそうに、また、嬉しそうにした。

その顔を見られてテルマは安心した。


エドワードは約束を守ってくれた。表向きは王室公認の商人として2人に通行証が発布された。

「たまには国に戻り、他国の話を聞かせておくれ。それと何か困ったことがあればいつでも連絡しろ。」

そういった後に2人のことをまぶしそうな目で見た。


「夢のようです。こんな広い世界へ出られるなんて。」

フランへと向かう船上でルシアスが言う。

「ヘクターのように村に残るっていう選択肢もあったんだよ。」

テルマは何度か言った言葉を繰り返した。ヘクターはケンソルブリーで自分の力が医術に利用できないか学びたいと言っていた。

ルシアスはそっと首を振った。

「僕は危険な存在なんです。今でも。」

海を見つめながらぽつんと言う。

そうではないと言ってあげたいけれど、それは事実だから言えない。

「あなたこそこんな僕に付き添ってしまってよかったんですか?」

きれいな澄んだ目で見られた。

「ルシアス、わたしたちが一緒にいることは非常に合理的なのですよ。」

「え?」

「ほら、わたしたちはいわば敵同士のようなものでしょ?わたしが何か間違いを起こしそうになったら、あなたは探す手間もなく抑えられるわけだ。」

「ああ。」

「だからこれでいいんですよ。ずいぶん簡単になったじゃないですか。」

はははとルシアスが笑っている。


かつて父が逃げ出した国を今、自分も離れていく。また戻ってくることがあるだろうか?

エドガーは結局、あの時エドワード様と同じような状態になって、深く眠ったまま目覚めることなく次第に身体を弱らして亡くなった。

何かが終わり、自分は自由になったのだけれど、全然うれしいと思えない。

失ったものが多すぎたのだと思う。


ルシアスはきっと一人では心細いだろう。まだ子供である。

だけど、ルシアスのためだけではなくて、テルマにとっても旅に道連れがいることが頼もしかった。


今日の海は凪いでいる。このままフランまで行ければいいのだがとテルマは思う。

















   あとがき












   

ただただ、感無量です。


この作品が、絶対に今度こそ書くと決めて、次の仕事も決まっていない中で、生まれて初めて真面目に書いた小説でした。途中で自分の下手さにがっかりしてやめてしまった。


それから10年近く何も書けませんでした。

ただ、いつもこのままでいいのかと焦る気持ちがあった。僕のを書き終わった時も嬉しかったですけど、このキサルピーナも感無量。


塔子さんを失って何に向かっていいのかわからない私に、もう一度いちからいろいろな物を生み出したいという原点の気持ちを、このお話の中のみんなが思い出させてくれた気がします。


人は生きながらも同時に、死と再生を繰り返している気がします。


私にとっては物語を読むことも、そして更には書くことも、生まれてそして死ぬことに似ている。

始まればワクワクするけれど、終わると何もなくなってしまう。その喪失感は痛みを伴うし、悲しい。次何を始めればいいのか途方に暮れる時間があって……。


でも、自分はやっぱり生きている。

もう一度無から何かが生まれるのだなとつくづく思いました。


エミリアが走ればモノクロの世界に色がついたように、何度でも、それこそ死ぬまでずっと私の世界にも色をつけてくれる人がいますように。


この長い物語に最後までお付き合いくださった方、本当にありがとうございました。

次作でもまた、お付き合いいただけましたら嬉しいです。


会社の休み時間に

自分のデスクから

汪海妹

2020年10月15日

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