五、絶との手合わせ
五
場所を道場に移す。
絶は左手から抜刀する。詰草の時もそうだったが、抜刀の仕組みについては首を傾げるばかりである。
絶は自分専用の派手な赤色の刀を手にしている。
(抜刀ってどうなってるんだろ……)
ふんわりと考えながら、翠はほうっと絶の刀を見ている。
道場には紅、梅乃、進もきており、壁際で絶と翠を見守っている。
「翠はまだ自分用の刀ないよね? 練習用の貸したげる」
と、絶が壁に掛けてある刀を一本選び出し、翠にほいっと投げる。
慌てて受けとった刀は、絶が持っているものとは違い、普通の刀である。
なんなくキャッチした翠は、その刀を抜刀し、試しに振ってみる。
「!」
絶をはじめ、紅も梅乃も、進も。四人とも、翠が刀を振ったことに驚きを隠せない。
なかでも絶は、
「俄然やる気が出てきた」
わくわくしながらその場で準備運動を始める。
その傍ら、翠は刀を何回か素振りして、手に馴染ませる。
(……?)
そのとき、ふと翠は神喰いの刀に違和感を感じる。
ドクンと刀が脈打って、驚き翠は刀を投げた。
「!?」
驚き、床に落ちた刀を見つめる。
「どうかした?」
「ううん」
気を取り直し、翠は刀を拾う。もう一度刀を握りしめるが、刀は「しん」と脈打つことはない。
(気のせい……?)
「……」
絶たちには翠がなぜ驚いているのかわかっているようだ。
神喰いの刀は持ち主の血肉を混ぜて打った刀のため、生きている。
(一度握っただけで脈動を感じとる、ね……)
紅が感心する。
(今、刀の脈に気づいたよね? やっば、わくわくするじゃん)
絶は刀を構えて笑う。
「じゃあ行くぜ」
「え、ちょ、え」
ぎゅん、と絶が床を蹴り翠に切りかかる。翠はかろうじて絶の刀を受け、絶に切りかかるも空振りしてしまう。
ギン、ガガガ、シュッ。
絶の刀を受けることはできる。しかし、反撃はかなり厳しい。翠は刀を振ることで精一杯である。
そして刀を空振りする度に、翠の刀が重くなっていく。
(なんで? 刀が重くなって……?)
絶の刀を受け始めてからものの数回で、翠の手から刀が落ちる。
カラン。
進はふぅっとため息をついて、道場から出ていく。
「なんで?」
刀を拾おうとするも、重くて持ち上がらない。
「神喰いの刀って」
絶が床に落ちた刀を軽々と拾いあげる。
翠は驚きの表情だ。
「この刀は特別なもんだから。筋力とかそんなんで振るもんじゃないんだわ」
絶はぶんぶんと刀を二本振る。翠はなにがなんだかわからない。
見越した紅が翠たちの傍まで歩いてくる。
「まあ、言うなればこの刀を振れるようになるために基礎体力の訓練があるようなもので」
紅が穏やかに笑う。
「……筋力で振らないなら、なにで振るの?」
翠は思ったままに紅に問う。
紅は目をぱちくりさせるも、ふっとため息をついた。
「翠ちゃん。素直なのは翠ちゃんの長所かも知れないけれど、時には自分自身でとことん突き詰めることも大事だよ」
紅はそれだけ言って道場をあとにした。
(もっとも、初見で神喰いの刀をあれだけ振るえる君なら、すぐに気づくと思うけど)
絶のみならず、紅もまた、翠を『特別』に見ているのは明らかだ。
翠は疲労から道場の床に座り込む。
「はー。先は長い」
絶は翠に倣って床に座り込む。
そうして翠の顔を覗き込んで、
「でも翠、やっぱ才能あるよ」
「そう? 詰草さんにも言われたけど、私にはよくわかんないや」
翠は、はーっとため息をついた。
「ふうん。まあ、あれよな」
一変、絶の表情が厳しいものに変わる。
「翠がどんな理由で神喰い人になりたいのかしらんけど」
絶の圧に、翠の額から汗が流れる。
「『俺ら』の足だけは引っ張んなよ?」
翠はごく、と喉をならす。
口を開くも言葉が出てこない。
絶はそんな翠を笑い飛ばし、
「なんてな! まあ、せいぜい頑張んなよ!」
ぱすぱすと翠の背中を叩いて立ち上がる。
翠は震えながらも拳を握りしめる。
刀を軽々と振っていた絶を思い出しながら、決意を新たにする。
(私だって、生半可な覚悟でここに来た訳じゃない)
翠は家族を思い出す。
同時に、血まみれになりながら自分を助けてくれた詰草を想起する。
(詰草さんはあの時命がけで私を助けてくれた)
翠にとって大切なもの、それは。
(助けられた命を恩返しに使うなんて、馬鹿げてるかもしれないけれど)
詰草が何故自分を神喰い本部に連れてきたのか、分からないほど鈍くはない。
心から翠を憂う詰草が、神喰いとして生きる詰草に、翠は助けられたのだ。
翠は握りしめた拳を見詰める。
(今はとにかく、『生きる理由』が欲しい)
神喰いとして生きていけば、なにかが見つかるかも知れない。そうでなくとも、翠は知りたかった。詰草という人間を。神喰い人という人間を。
(例え理由が中途半端なものだとしても、私はここで生きていく)
翠は、刀を壁に戻しながら鼻歌を歌う絶の背中を見つめ、決意を新たにするのだった。
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