三、東雲
三
「私は本部長の東雲だよ」
両手で指揮をするように、上機嫌な男――東雲に、翠は若干引きぎみである。
「だが、詰草くん。女は神喰いに成れないって、君が一番知っているだろう?」
ぎょろりとした目で東雲が詰草を見た。
「……この娘は、俺の刀を振り抜きました」
詰草の言葉に、東雲の動きが止まる。
そうして東雲は、翠にぐっと顔を近づける。
翠は気まずくも目をそらせなかった。
「本当かね?」
「えっと、一応……」
すると東雲は、くるくるとその場に回って、翠の手をぎゅっと握ってきた。東雲の行動は翠には理解しがたい。相変わらず焦りがら、されるがままだ。
「長らく神喰いを見てきたが、そんな人間は男でもいなかった」
東雲がさらにさらに翠の顔に自分の顔を近づける。
(近い……てか、神喰い人って変な人しかいないのかな)
翠は愛想笑いを浮かべる。
対して東雲も笑った。ただし、その笑顔にはうらがあるように見てとれる。
(神喰いの刀を振り抜ける一般人――しかも女、ねえ……)
東雲はぽんぽんと翠の肩を叩く。
「『他ならぬ』詰草くんの推薦ならば、皐月翠くん。君の仮入隊を許可する」
「仮?」
翠が不思議そうに聞き返すと、東雲は呆れたように詰草を見る。
「詰草くん、『また』説明していないのかい?」
「……この娘にどこまでの覚悟があるのかはかりかねたので」
はぁ、っと、東雲は頭を抱えてわざとらしくため息をついた。そしてそのまま、翠に同情の目を向ける。
「皐月くん。君は神喰い人になる覚悟はあるのかね?」
「……あります」
「ほう……」
東雲の顔は意外そうだ。
「『命がけの仕事』だよ?」
東雲の雰囲気ががらりと変わる。その圧力に翠はたじろぐ。
翠は脳裏に浮かんだ家族の最期の姿に、怖じ気づく。
「私は……」
(死ぬ。死……)
翠は動かなくなった家族を思い出し震える。
そして、翠が迷っていることに詰草は気づく。
(無理もない。まだ年端もいかぬ娘だ……)
詰草が口を開きかけるも、翠は震える手を押さえつけ、意を決したように、
「私、死ぬ覚悟なんか出来てない」
「ほう?」
「私は死にたくない。けど、神喰い人になって、復讐はしたい」
詰草は驚き目を丸くすることしかできなかった。
(俺は俺が許せなかった。だから神喰い人になった)
詰草は想起する。
(死ぬことなんて怖くなかった。死んだら『あのひと』に会えるから……)
過去の傷は、誰にも話したことはない。
(似ているようでまるで違う)
詰草は自身の過去を翠と重ねた。しかし、決意に満ちた翠の横顔を見て渋い顔をするほかになかった。
翠には並々ならぬ覚悟が見てとれたからだ。
「いいねえ、生に執着する人間は嫌いじゃあない」
東雲がくるくると部屋中を回る。
「じゃあ、仮入隊で決まりだね。詰草くんは上に報告にいっていいよ。あとは私が案内しておくから」
「はい」
詰草は翠の脇を通りすぎる際、
「生きろ。俺が言えるのはそれだけだ」
小さく、だがはっきりと、詰草は言うののだった。