二、本部到着
二
小さな葬儀だった。
九十九堕ちの仕業ということは誰にも言えない。言ったところで信じてもらえないし、下手をしたら狂人扱いされるのが落ちだ。故に翠は、通り魔の被害者家族、として世間に認知されるのを避けるために、葬儀はひとりでとり行ったし、化け物に荒らされた家は神喰い本部の計らいで、引き払うことになった。
葬儀と納骨を終えると、どこからともなく詰草が現れた。遺影を抱く翠に、詰草はただ淡々と、
「神喰い人になると言っても、成れるか成れないかは俺が決めることじゃない。もちろんオマエの覚悟次第でもない」
だめ押しだと言わんばかりに念を押した。
「それでも私は、進むと決めたので」
翠には、悲しむ暇も生き残ったことに安堵する暇もなかった。ただそこにあるのは、新しい道だけだ。神喰い人になるという、険しく厳しい道のりだけだった。
神喰いの本部までの道すがら、翠は詰草にあらかたの説明をうけた。
翠の家族を殺した化け物は、『九十九堕ち』と呼ばれている。日本でいう、百鬼夜行などもこの類いで、太古の昔から九十九堕ちたちは人間の魂を喰わんとひとを襲い続けている。
そして奇しくも、最近ちまたを騒がせていた通り魔も、まぎれもなく九十九堕ちの仕業だった。
「詰草さん、通り魔が九十九堕ちだとして、なんで目撃者がいなかったんですか?」
「……そこは、神喰い本部が手を加えた」
「え……?」
「九十九堕ちは、怨みの念により産まれる。逆に、多々の愛情を受けた物たちは、九十九神になれる。だから、余計な怨みを生み出さないように、九十九堕ちに襲われた人間の記憶は、神喰い本部で改竄する」
翠は納得いかないといった顔であるが、詰草は顔色ひとつ変えずに続ける。
「ひとの怨みの念を受けたモノたちは、九十九堕ちとなり人間の魂を喰わんと人間を襲う。ゆえに、ひとの怨みを生み出さないことも、俺たちの仕事だ」
詰草は九十九堕ちしたフランス人形をじっと見つめる。
今回の通り魔は、このフランス人形がすべての元凶なのだ。このフランス人形にどんな怨みが募ったのか、なぜこのフランス人形が九十九堕ちしなければならなかったのか。
それはきっと、翠にも詰草にも、ついぞらわからぬことなのだろう。
詰草の足がとまる。しかしそこは、スナックであった。翠はじとりと詰草を見る。
「……詰草さん、ここ……」
「見た目に惑わされるな」
しらっとした詰草に、翠は気まずそうに汗をかいた。確かに見た目だけで決めつけるのはよくない。
詰草がガチャリとスナックのドアを開ける。すると、中には男性が一人、カウンターの前にたたずんでいる。
「ご注文は?」
男が詰草に問う。
「オーナーの淹れたコーヒー」
詰草の答えに、男はぴくりと眉根を寄せる。
そしてカウンターの裏の棚のグラスを一つ取り出すと、カウンター裏の棚が左右に開いていく。
翠は驚き目を丸くする。
(隠し扉?)
隠し扉が現れると、詰草は無言でカウンターを飛び越えた。
翠はあたふたするも、
「し、失礼します!」
詰草に続いてカウンターをよじ登り、隠し扉をくぐる。
隠し扉の先にはドアがひとつ。
詰草はドアに手をかけながら、
「ドアを開けたら、一思いに一歩踏み出せ」
「? はい」
翠は首をかしげながらも返事をする。
そうして詰草がドアをくぐる。
翠もなんら疑うことなく大きく一歩を踏み出した。だがそこに床はない。スカッと足が空振りした。
「きゃぁああ!?」
翠がずんずん落下する。詰草も隣で無表情で落下している。
(暗い、下が見えない)
考える間にも翠はどんどん下に落ちていく。
(神喰い人に成れるか成れないかって、つまりここで死ぬかもってことなの?)
焦りながらも、思い出すのは家族のことだ。
(こんなところで死ぬわけにはいかない……!)
翠は両手を組んで念じる。
(浮け、浮け、浮け!)
しかし変わらず翠の体はずんずん落ちていく。
このまま地面に叩きつけられる。翠が諦めかけたとき、地面すれすれで二人の体がピタッと止まる。
翠の体がふわふわと漂う。詰草はなに食わぬ顔で先を歩き出していた。
(浮い、た……?)
翠が恐る恐る地面に足をつけると、浮いていた体に重力が戻る。
重力が戻った体で、翠はらふらしながらも詰草を追いかける。
「詰草さん、待ってください」
「……」
「さっきのあれ、浮いて止まれるかが「神喰い人に成れるか成れないか」の試練ですか?」
「……あれは本部の最新技術だ。誰だって浮く」
「……!」
(この人……言葉足らずなんだよなぁ)
翠がじっとりと詰草を見るも、詰草は涼しい顔である。
詰草は大きな自動ドアを潜り抜ける。どうやらここが、本部の入り口らしい。
翠も一緒に自動ドアへたえ歩いていく。
潜り抜けたドアのさきには、小太りで、ぎょろりとした目を持つ中年の男性が待ち構えていた。
中年の男性が嬉しそうに声をあげる。
「まあ! 『また』詰草くんはこうやって新人候補を連れてくる!」
男はくるくると駒のように回りながら翠を覗き込む。
(『また』……?)
男性の言葉を訊き返すこともできず、翠は気まずそうに目をそらすことしかできなかった。