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到達する二人

  

 太陽がだいぶ西に傾き始めたものの、その光は容赦なく、相も変わらず砂の大地を焼いている。

 空の青も、陰りを見せる気配はない。



 ――あれからだいぶ進んだジェイクとルビィは、(オアシス)まであと目と鼻の先というところまで来ていた。

 しかし砂漠の熱と悪路に疲労した身体とは裏腹に、足取りは軽く……とは、ならなかった。


 あと一歩のところで、緑に囲まれた(オアシス)は嘲笑うかのように、背後の景色を透過させ始め、その姿を薄めていく。そして、何の痕跡も残さず消え去ってしまうのだった。

 


「やっぱり消えちまったなあ……」


「まぁ、ここまでは普通よね~」


「あぁ……俺の心のオアシスが……」

 

「馬鹿言ってないで、ここからが本番なんだからっ……と」



 分かっていたこととは言え、淡い期待を砕かれ、名残惜しそうに嘆くジェイクとは対照的に、特に動じる様子もないルビィは、ふうっと、軽く息を吹くと、意識を集中させるべく目を瞑る。


 彼女の全身を赤い光が薄膜のように包み、淡い光を放ち始める。魔力を練り上げているのだ。

 眉根を寄せるその様相は真剣そのもので、気圧されたジェイクは、無言でそれを見守る。そして彼女の動向を探るべく、神経を研ぎ澄ます。

 

 ルビィの魔力が、陽炎のように揺らぐ最中、先程消え去った、(オアシス)が、逆再生されるように、その姿を復原させていく。


「まじかよ……」   


 横目でそれを確認したジェイクが呟く。


 (オアシス)が以前と変わらぬ完全な姿を現したところで、ルビィがゆっくりと瞳をあける。

 彼女を包んでいた赤い魔力が、薄らぐのに合わせて、再び(オアシス)が姿を消してゆく。



「まじかよ……」


「あんた、まじかよ……。しか言えないわけ?」 


「ああ……いや、わりい……。正直駄目だと思ってたんだが……俺も魔力を同調させてみて分かったよ。お前が何をしたかったのか」


「……分かればよろしい!」


 鼻を鳴らしニヤリと笑うと、ルビィはジェイクの肩を、ぽんぽんと叩く。


「それじゃ、出発~」


「……ああ」



 そうして、彼等は先程の進路とは外れた方向に歩き出す。


  

「……お前、元気だよな」

 

「ジェイクが暗いだけ~」


「いや……そうじゃなくて、さっきの疲れなかったのか? って意味。うざっ」


「……あんなコスパの悪い術、疲れるに決まってるでしょ? この根暗人間!

あんたも後で、ひと働きして貰うから覚悟しておいてよね」


「……まじかよ!?」 

  



 ――さて、先程ルビィは何をし、ジェイクは何を理解したのか?


 蜃気楼(オアシス)が投影術の(たぐい)だと仮定していた彼女は、消え失せる程度にまでそれに近づけば、投影術が消えた時と同様、魔力の残滓が残ると踏んでいた。

 ならばその残滓に干渉し、蜃気楼を再現させることによって、魔力の発信源を探れると考えていたのだ。


 そしてジェイクとて、それを惚けて眺めているだけの木偶ではない。

 自らも魔力を同調させ、相棒の思惑を探る努力くらいは怠らないのだ。

 その結果に驚き溢した、「まじかよ」の台詞からは、マダオ臭を感じるのは否めないが……。


 要するにルビィの仮定は当たっていて、蜃気楼を投影していた発信源の座標を掴むことに成功したわけだ。






 ーー更に陽が傾き、空の青に朱が混ざり始めた頃、二人は無数に存在する砂丘の内の一つ。その麓まで到達していた。


 疲れた身体を労いたいところだが、その巨大な砂丘を見上げたジェイクは、先に起こることを想起し、渋面を作る。



「まじかよ……まさかこれを掘ると?」  


「当たり前でしょ? 今まで発見されなかったんだもの、分かりやすく露出している訳ないでしょ? 馬鹿なの?」


「……そりゃ、そうだろうけど」



 同じく彼の隣で砂丘を見上げながら、ルビィは肘に手をかけ伸びをする。そんな彼女から返ってきた返答にジェイクはげんなりと肩を落とす。


 感知した座標の位置は、この砂丘の下にあるのは間違いないのだが、これだけの質量を撤去すると考えただけで、気が沈んでしまう。



「埋まっているものが、遺跡とは限らないのでは?」


「……往生際が悪いわよ?」


「ひと働きってこのこと?」


「分かりきったことを聞かない! はい、手を出して」



 尻込みするジェイクに業を煮やしたルビィは、唐突に手を差し出し、繋ぐように促した。

 視線は砂山を見据えながら。



「へ? え……あ、ちょっとほら、そういうのはまだ早いというか、心の準備が……」


「……馬鹿言ってないで、ほらっ」



 うぶなふりをして誤魔化そうというのか? 恐る恐る差し出されるジェイクの手を強引に掴むと、ルビィは意識を集中する。

 対してジェイクは突如襲われた脱力感に、彼女が手を繋ぎたい等という、年頃の乙女のような思考ではなく、人の魔力を使って何かを企んでいることに気付く。

 


「くっ……ひと働きってこっちかよ。こういうことは先にだな……」


「つべこべ言わずに、魔力を練る!」



 二人分の魔力を制御し、一つに纏めると、先程より力強い赤光がルビィの身体から遡る。

 そして、開いた方の手を前方前に翳すと、ザザーという音をたて、砂丘が部分的に巻き上げられていく。


 襲い来る脱力感に顔を歪めながら、ジェイクは口喧嘩する前にルビィが寝そべっていた、砂の(寝床)のことを思い出していた。 



「これってもしかして、あの術の応用かよ?」


「……逆、あれが応用。こんなこともあろうかと、開発した術を試していたってわけ。

……そんなことより、出力上げる!」


「……ったく、無茶言いやがる」



 悪態とは裏腹に、ジェイクは口の端を歪める。


(こいつがここまで想定していたのは驚きだが、よく喋るわりに肝心の説明が足りてねえ……)


 それは、ルビィの考察力を認めざるを得ないながらも、言葉足らずな彼女に対する苦笑だった。


(……比べて俺はなんだ?)


 そして同時に、過去に囚われたまま前に進まない、己の不甲斐なさも感じていた。

 


 

 ――巻き上げられた砂は放物線を描き、遠方へと積み重なっていく。

 それが砂の小山を作り上げた時、二人の眼前には、先の見えない地下への入り口が顔を覗かせていた。



「まじかよ……」


「……あんたまたそれ?……他に何か言うことあるんじゃないの?」


「ああ、いや、わりぃ……大したもんだよ実際」


「分かればよろしいってね! でも、流石にちょっと疲れたわね~」


「ちょっとどころじゃないけどな~」



 誰が言うわけでもなく、自然と二人は砂の大地に腰を下ろし、足を投げ出す。

 気付けば辺りは薄暗く、夜の帳が降りようとしていた。

 空を見上げれば、月が顔を覗かせ、ぽつらぽつらと星が輝き始めている。



「今日はここいらで夜営ね~。明日はお待ちかね、遺跡探索!」


「……ああ、でもその前にお客様のようだぜ? お前のストーカーかもな?」



 二人はおもむろに立ち上がる。



「そのようねぇ……じゃあボディガード頼めるかしら?」


「……必要なくね?」



 耳を澄ませば四方八方からカチカチという音が聞こえ、目を凝らせば武装した人形(ひとがた)が、操り人形のようなぎこちない動きで、近付いて来ているのが分かる。

 痩せ細った白い腕、中身のない暗い眼窩。カチカチと剥き出しの歯を打ち鳴らすその姿は、髑髏人(スケルトン)だった。


 過去にこの砂漠で命を落とした冒険者の成れの果てが、光に惹かれる羽虫のように、生者である二人を仲間に迎え入れるべく、集まったのだろう。

 時は黄昏時、不屍者(アンデット)が活性化する時間帯である。


 

 日除け外套を脱ぎ捨てると、ジェイクは背負っていたブロードソードをスラリと抜き放つ。その幅広の直剣は淡緑色の光に包まれ、淡く輝いている。


 全身に赤い魔力を纏わせ、ルビィは戦闘態勢をとる。掌を上に片腕を前方へ伸ばし、弛く開かれた指の先には、各々に小さな炎が揺らめいている。


 

 ジェイクが襲い来る髑髏人の一体目に、開戦の狼煙代わりの一撃を叩き込む。

 髑髏の肩口から胴にかけて奔る線。その線の周囲から細かい皹割れが広がり、髑髏人は崩れ落ちる。

 思い思いの武器で武装した、髑髏人の剣や槍の攻撃を躱しつつ、彼は的確に斬撃を決めていく。


 ルビィは指先の炎を弾くように飛ばす。吹けば消えそうな頼りない炎だが、髑髏人の一体に着弾すると、螺旋状の激流が地面から吹き出すように燃え盛る。炎が消えた後に残るのは原形を留めない灰のみであった。

 

 次々に髑髏を切り伏せるジェイクと、炎を放つルビィ。

 数が多かろうと脅威度の低い骸骨人が、二人の相手をするのは些か役者不足なようで、戦いは危なげなく終わりを告げる。


 そうして夜のトキヨ砂漠は静けさを取り戻すのだった。




 ――二人は一息つこうと、再び砂の大地に腰を下ろす。



「は~、流石にしんどいわ~」


「私も根暗な奴ばかり相手にして、しんどいわ~」



 さりげなくディスってくるルビィを無視し、お返しとばかりにジェイクは彼女の戦闘スタイルに言及する。



「それにしても、ルビィは相変わらず力押しだよな。不屍者(アンデット)には浄化の方が効率がいいのは常識だぜ?」


「浄化嫌~い。焼いた方が早いし。それに、あんただって斬ってるだけじゃない?」 


「は? 武器に浄化付与してるし」



 そのような他愛のない会話がしばし続き、休息を終えた二人は、夜営の準備に取りかかるのだった。



 ――ルビィが結界を張りに行っている間、ジェイクは自分の役割をこなす。

 腰に括り付けてある鞄から、掌に二つくらいなら乗りそうな大きさの、小屋の模型を取り出し、それを慣らした地面に設置すると、その場から距離を置く。

 充分に離れた場所から手をかざし、魔力を込めると、模型は急速に拡大を始める。

 

 実はこれ、模型ではなく、予め用意した宿泊小屋を小型化したものである。

 ジェイクがルビィに脅されて開発した術であり、これが長期の旅を可能にしている。


 中には水と保存食が貯蔵されており、寝具や浴室まで完備されている。

 簡易ではあるが、充分な休息がとれる作りになっているのだ。

 因みに浴室もルビィに脅されて増設したものである。



 仮宿作成が完了すると、いつの間にか戻っていたルビィが「あー疲れた」などと宣い、そそくさと小屋の中へ消えていく。



「………………」


 

 ガシガシと頭を掻くと、ジェイクは自分用のボロテントを用意するのであった。


中学生かよ?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでしまいました! 砂漠の遺跡ってロマンがあっていいですよね! 今から始まる二人の夜! 別々なんですね……
[良い点] 砂漠と遺跡はロマンですね! どんな感じの探索になるか楽しみです。 そして、この小屋……超ほしい!! 昔日本縦断の歩き旅とかしてみたかった頃が甦りました。 こういうの夢があっていいですよね…
[良い点] おおう……遺跡到達まででも結構な文量いったでしょうに、戦闘まで組み込むとは、気合い入れましたな~……。 そしてここからが遺跡探索、本番ってやつですね。 ……え、中学生? カンベンして下…
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