気まずい二人
――そして話は現在に戻るが――
口論の末、少々気まずくなってしまった、ジェイクとルビィが歩を進める砂漠――
『トキヨ砂漠』には眉唾物の伝説が、あるにはあった。
移動する泉と、そこに住まう、鱗の一枚一枚が美しい宝石でできた大蜥蜴という、民俗伝承である。
しかし、そんな信じ難い与太話にさえ、浪漫を見出してしまうのが冒険者の性というもの。
対して、端からそのような伝説には懐疑的な学者達の間では考察の末、結論は出ており、
根拠のない浪漫とやらにを現を抜かすばかりで、なんら成果を出せない冒険者達を、『夢追い人』と揶揄し、見下していた。
そんな夢みる数多の先達が、伝説に挑んでは敗れ、涙を飲んで残した成果といえば、学者達の説を立証したことというのは、なんとも皮肉な話である。
しかしながら中には説を覆し、鼻持ちならない学者達の鼻をあかす偉業を成し遂げる冒険者もおり、奴等に吠え面をかかせる瞬間のカタルシスこそが、浪漫などと嘯く強者も居れば、知識に精通し、一部の学者達と協力関係の者もいるし、魔物討伐しか頭にない脳筋や、どこぞの二人のような洞窟探索家等、冒険者の在り方は千差万別である。
話が少し逸れてしまったがトキヨ砂漠の伝説は、検証の結果、大昔の誰かが幼児を寝かしつける為にでも考えた、作り話が語り継がれてきたものと、結論付けられていた。
推測ではあるが、トキヨ砂漠北西に隣接する何世紀も前に堀り尽くされた廃鉱山で、かつて得られた宝石と、掘削の障害となり滅ぼされた大蜥蜴、そして砂漠の蜃気楼。
それらを組み合わせモチーフとした伝承である説が有力である。
そもそもが、様々な蜃気楼を映し出すトキヨ砂漠で、泉だけがビックアップされているのが、疑わしいポイントではあるのだが、泉以外は、実在する町や宮殿が遥か遠方の地から投影されている事実を鑑みれば、唯一その存在が確認されていない泉が、かつて冒険者達を挑戦に駆り立てた要因となっていたのだ。
偉大? な先駆者達のお陰で、今現在では挑戦する者は皆無ではあるが。
――そんな徒労に終わることが分かりきっている、行軍ではあるが、ジェイクはそれよりもルビィの機嫌を損ねてしまったことに言い知れぬ罪悪感を覚えていた。
徒労に終わろうと、元の予定通り東の国へ進路を変更すれば良いだけの話なのに、勝負に負けた腹いせに口を滑らせてしまった。
なんだかんだで、離れずにいてくれる彼女に感謝くらいはしている。
だから彼女の決めたことには、それとなく合わせようと決めていたのに、つまらない冒険者としての自尊心が邪魔をした。
魔力で身体強化するくらいの不正に目を瞑れなくてどうすると、自嘲する。
(この空気たまらん。謝るか? いや、俺悪くねーし)
――ルビィは後悔していた。
自分が張り切ったところで、ジェイクの気力が戻らないことは分かっている。
それでも胸に去来するのは、夢を語りながら楽しく冒険した過去の思い出。
あの頃に戻れるのであれば、僅かな可能性であろうと賭けてみたい。
そんな想いが先走り、彼を傷付けてしまった。
それに比べたら、己の胸の苦しみなど、取るに足らない細事なのにと、自嘲する。
(気まずいよ~。ジェイク怒ってるよね? でもズルしてボコした上に逆ギレした私が何を言ったって……)
――そして、
「「あのさ――」」
重い雰囲気に耐えられなくなり、観念した二人が口を開いたのは同時だった。
先行していたルビィが、おずおずと振り向き、合わせて立ち止まったジェイクは、困り顔で立ち尽くす。
「「…………………」」
暫しの沈黙ののち――
「「……どうぞお先に」」
「「…………………」」
どうも間の悪い二人ではあったが、ばつが悪そうに発言したのはジェイクだった。
「あー……なんつーか、俺が悪かったよ。機嫌なおせよな」
「え? ……怒ってないの? ………でも……でも、私の方こそごめんなさい」
その意外な言葉にきょとんとしたルビィが、見開いた目を数回瞬かせ、ぎこちない返事を返すと、彼女等はお互いにフフッとはにかみ、気恥ずかしそうに肩を竦めた。
「……行くか」
「……うん」
――そして今度は別々にではなく、肩を並べた歩みを再開するのであった。
――暫くして、ルビィは進行方向から視線を移すと、何かを訴えるかのようにジェイクをジーっと見つめる。
「……な、なんだよ?」
なにを勘違いしたのか、ぎょっとするジェイク。
「どうせまた勘とか思ってるんじゃないの?」
「え? 違うの」
「失礼しちゃうわね。……とか今更言えないけど、今回は……、なんと今回は違うのでした~」
「まじかよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべたルビィに、ジェイクが疑惑の表情で返すと、今度は嬉しそうな微笑みで返す。
驚くジェイクに彼女は続けた。
「私がピンときた理由はね、きっとあの泉に実体がないと思ったから」
「……は? それ普通じゃね?」
「よく考えてみて? 他の蜃気楼は離れているだけで実在するから、泉も何処かにあると思うのが落し穴だと思うのよね」
「……ああ、言われてみれば確かに逆だな」
「でねでね、なんでそう思ったかというと、この前発掘した魔術書から復元した投影術の特性と似てると気付いて――」
――得意気に語り始めたルビィの言葉を要約するとこうなる。
先の冒険で手に入れた魔術書から復元した投影術の特性は、対象の意識に干渉して幻を見せる幻影術と違い、空間に景色を直接投影するため、大勢の認識を騙すのが容易であるということ。
そしてトキヨ砂漠の蜃気楼は諸説あるが、泉以外の実在する景色を投影しているのは事実であり、ならば、泉は存在するのか? という疑問に対する答えは否であり、投影術との関連性を想起したというわけだ。
投影術は繊細な術で、投影されている範囲に近づくと術が霧散してしまうのが、トキヨ砂漠の蜃気楼の特性にそっくりではあるが、実在する景色の投影は、恐らく太陽光が関連した自然現象とされている。
対して、泉だけが実在しないとすれば、何らかの理由で投影術が使用されている可能性に行きつく。
何者かが、術を継続させ続けることには無理があるという考えから予測されるのは、投影術を再現する設備が、近辺に埋もれているのではないか? というものである。
投影術の射程距離は広いが、トキヨ砂漠全体を覆う程ではないことから、この予想が外れていたとしても、確かめてみる価値は充分にあると考えたわけだ。
投影術は先日、ルビィが復元したばかりの魔術であり、その特性上、個人レベルの冒険者が習得しても汎用性に乏しいと言わざるを得ないし、
軍の欺瞞作戦等では、大いに活躍できそうではあるが、頭の固い軍の偉いさんが、貴重な術容量を割いてまで採用するかは疑問であり、結局、商業的にも微妙な術という評価に落ち着いてしまう。
そんな予想から、ルビィ達は新魔術の利権譲渡に魔術ギルドに赴く気にもならず、投影術はまだ一般に認知されていない魔術となっていた。
つまり、投影術を知り得ない冒険者や学者が、トキヨ砂漠の泉の謎の真相に辿り着けなかった理由としても、一応の辻褄が合ってしまうのだ。
――途中、蜥蜴との関連性についてジェイクが言及すると
「与太話とは切り離して考えない程、子供じゃない」
だそうで。
ジェイクは関心すると共にこうも思った。
ここまでの考察ができて、何故勘に頼るのか?
そう内心苦笑しつつも、その考察に五分五分以上の期待を持てると感じた彼は、こう尋ねてみる。
「少し苦しいところがある気もするが、確証はあるのか?」
「んー……、そこは……勘!」
そう言うとルビィは、にっこりと憂いを感じさせない満面の笑みを見せるのであった。
「……結局最後は勘じゃねえか!!」
あまりに清々しい、居直り強盗の如き振るまいに、ジェイクは頭を抱えた。
うーん、厨二設定垂れ流しすぎですね(汗)
もっとシンプルに出きれば良かったのですが……