砂漠を行く二人
太陽が空高く、煌々と輝く昼下がり。
その光は容赦なく大地に照りつき、限りなく続く地平線を歪んで映している。
起伏の激しい辺り一面の砂原は、乾きに強い乾性植物すら育たない不毛の大地。
その砂原を横切る街道は、足跡や車輪跡が目印となっているだけの、街道と呼ぶには些かお粗末なものではあったが、とりあえずの用は成しているようだ。
その街道のど真ん中で、生命の気配を感じさせない静寂を破るかのように、取っ組み合う二人の男女がいる。
男の方は、目の下に青痣を作り、唇の端を切りながらも、なんとか組み付きに成功した様子だ。
対する女は、長めの赤髪が乱れ、口に入ってしまってはいるが、組み付かれたわりに焦った様子はない。
炎天下の砂漠で馬鹿か? と言いたいところだが、この二人組の冒険者には、意見が割れた時は、無手格闘で勝った方に決定権が委ねられるというルールがあった。
お互い怪我をしないための取り決めではあるが、既に怪我をしているように見えるのは、気のせいだろう。
腕力で劣る女は、このままでは不利と悟り、体勢を崩そうと男の踵の内側を掬うように足払いを仕掛けるも、待っていたと言わんばかりに足の位置をずらされ、その足払いは空を切ってしまう。
回避も兼ねた男の足運びは、投げを打つ体勢であり、そのまま女の身体が宙を舞う。
勝ちを確信する男だったが、不意に後頭部を衝撃が襲った。
気付いた時には、女の右足が男の顔半分に巻き付くようにして、踵が後頭部を捉えており、続け様、左足の蹴りが挟み込むようにして、側頭部に炸裂した。
女はそのまま身体を捻ると、男を頭から砂の大地に叩き付けた。
頭を拘束していた足を解き、素早く体勢を整える女であったが、地面に顔をめり込ませた男が手にしていた物が目に入る。
それは棒状の柄に括り付けられた白旗であった。
――その後、街道から外れた道なき道を二人は歩んでいた。いや、正確には一人かもしれないが。
「なあルビィさん。格闘家に転職したほうが良いんじゃないすかね?」
地平線から視線を移し、不満気に嫌みを垂れる青年はジェイクという。
年齢は二十代前半と言ったところだろうか。
日除けのフードから覗く翡翠色の髪は片目を隠すように垂れており、彫りの浅い容貌はどことなく愁いを帯びている。
「あら、魔法剣士が魔術師に負けた負け惜しみ? 言ってる暇があるのなら、歩くことに集中したら?」
対して、浮遊し移動する砂の塊の上にシーツを敷き、荷物を枕代わりに寝そべる女性はルビィという。
腕を胸の前で組み、足も組んでいる。
ジェイクと同程度の年齢と思われる整った容姿だが、不遜な態度がそれを台無しにしている。
癖の無い、腰程まで延びた赤髪は、背で潰されていた。
砂の塊は半球状の魔力の幕で覆われており、その内部は外気の影響を受けないようで、すこぶる快適そうである。
ジェイクとルビィは、『洞窟探索家』と呼ばれる二人組の冒険者だ。
『洞窟探索家』とは、かつて栄華を誇ったとされる、古代文明の数ある遺跡を探索し、発掘した魔術書を元に古代の魔術を復元したり、価値ある遺物を持ち帰る事を生業とする冒険者の事である。
彼等は、砂漠の蜃気楼に映し出される、泉に向かっている途中であった。
先程の戦いは、蜃気楼に向かったところで徒労に終わるというジェイクの意見と、泉から遺跡の臭いがするという、ルビィの意見が対立したものである。
「さっきから気になっていたんだけど、なんで俺は徒歩でお前はくつろいでんの? そしてその術なんなの?」
先程こてんぱんにやられたこともあり、気にしないように努めていたジェイクだが、遂に堪えきれずに聞いてしまう。
「さっき作った術だけど文句でも?」
横目でじろりとジェイクを見やるルビィだったが、何かを思い付いたように、身体ごと向き直し、こう続けた。
「……あっ! もしかしてだけど……」
「……なんだよ?」
「もしかして添い寝したいとか? キャッ」
両手で顔を隠す仕草をするルビィ。
――辺りを沈黙が支配した。
添い寝はちょっとしてみたいけど後が怖いし、それよりも、彼女の考えなしの術開発にジェイクは呆れていた。
術の修得数には個人差はあれど限りがあり、その容量を『術容量』と呼ぶのだが、術容量を超えると新たに術の習得が困難になるため、習得する術は個人のスタイルに合わせ、慎重に吟味するのがセオリーとなっている。
よって、考えなしに術を開発するなどもっての他なのだ。
「添い寝? 寝言は寝て言え! 才能の無駄使いしくさって」
暫しの沈黙の後、吐き捨てるように言うジェイクに、ルビィは少しムッとした様子で砂の塊から飛び降りた。
彼女が指を鳴らすと砂の塊はドサリと崩れ落ちる。
そして魔法衣をパンパンと払うと、ジェイクに詰め寄り、尻に痛烈な蹴りをかますのであった。
「あんた勝負に負けた癖に生意気なのよ!」
「痛ぇなクソっ。俺は納得してねぇ。体幹制御に魔力使ってんじゃねーよ」
「……あら、バレてたの? でもだったら最初から言えば良いのになんで?」
不正がバレて多少尻込みするルビィだったが、開き直るように尤もな疑問を口にする。
「華は女に持たせるもんだろ? ……ていうのは建前だが、つい口が滑っちまった。
俺は一般的意見は言うが、正直どっちでも良かったんだ……。面倒なんだよ。
惰性で冒険者やってはいるがな。
まぁ、有りもしない遺跡の夢物語には付き合ってやるから、好きにしてくれ」
「あんたがそんなだから私が……」
ルビィはあまりに投げやりなジェイクに何か言い返そうとしたが、思い直す。
「だったら言わないでよ」
そしてそれだけ言うと彼から目を背け、泉に向かい歩き始めるのだった。
「口が滑ったって言ったろ?」
そう溢すとジェイクも後へ続く。
二人の間に、険悪な空気が漂い始めたように思えるが、ジェイクに背を向けて歩くルビィの表情は、悲しみに沈んでいた。
(私の気も知らないで……)
もったいない病が発病したので、昔、書いてボツにしたやつを投稿。
エタったらすいません。
余裕がある時に、更新していきたいと思います。