⑥ 夏の香り
蹲るだけの小さい母親を見つめていると、諦めのような、達観のような、何かよくわからない気持ちが芽生えてくる。
この弱い存在は、もう私を守ってくれるものではないんだ。
そして今の私は、もう守られるだけの存在ではないんだ。
「お母さんは……、どうしてたの? あれから……、どうやって生きてたの? こんなに痩せて。一年以上も……どこにいたの……」
「ななちゃん……」
お母さんの頬にも、私の頬にも、後から後から涙が溢れて伝って落ちる。
「許さない……、許さないよ……。辛くて、辛くて、生きてるのが辛くて……。毎日死にたいと思った。でも、まるがいたから。私はまるを捨てられないから。必死で生きて、でも、もう……」
「ごめんね、ごめんね……」
謝るしかできない母をずるいと思った。
悔しかった。
「逃げないでよ……。悪いと思ってるなら、もう逃げないでよ」
「……うん。ごめんね。わかった。……でも、私、ななちゃんに何もしてあげれない。何をすればいい? どうすれば……」
そんな言い方ずるい。
私に聞くなんてずるい。
それでも……。
「……まるが。……まるが喜ぶから。毎日、来て。ギルドでもいい。ここでもいい。私……、私はまだ許せないから。また一緒に暮らそうとは、すぐには思えないから。
だから毎日来て、話を聞かせて。今どうしているのか。あの日なんで出て行ったのか。逃げないで、ちゃんと話して。ごはんも食べて、前を向いて生きて。自分に優しくして。
私はギルドの職員だから。手伝うから。急がなくてもいいから、そうなれるように勇気を出して。自分で一歩踏み出して。私……、手伝うから。また頑張れるようになるまで手伝うから」
その時の母の顔は、驚愕なのか、恐怖なのか。目を見開いて顔色をなくしていた。
「だから、まずは会いに来て。少しずつでもいいから話を聞かせて。……生きていてくれてよかった」
私はまるみたいに素直には喜べない。
でも、生きていてくれて、また会えて、よかったと思うこの気持ちに嘘はない。
「……お母さんも辛かったんでしょ? 苦しかったんでしょ? 誰も頼れなくて、一人で頑張って。守ってくれる、助けてくれる人なんて誰もいなくて。限界だったんだ……」
そう口に出したら、妙に納得がいって、なぜか私の中の恨めしい気持ちも落ち着いてきた。
「あ、あ、あああ……」
お母さんは崩れるように泣き出した。
「今は……わかるよ。少しだけ。私も同じだったから。私はギルドに、ちょう子さんに救われた。おかげで私は前よりは少し元気になれたから。全部は無理だけど、今ならちょっとは助けられる。
だから、今度は私の番だから。お母さんがまた元気になってくれたら私も嬉しいから」
泣き続けるお母さんをまるが心配そうに見てる。
私もそっと近づき、母の背中を、小さくなってしまったその背中をポンポンと擦る。
「お母さんが私のこと嫌いじゃないなら助けさせて。お母さんがあの時守ってくれたから、私、何とか生きてて、ちょう子さんに出会えて、元気になれたから」
「わ、私は……、駄目な母親で……、何もしてあげられなくて……」
泣きながら、絞り出すようにそんなことを言うけど。
「……いいよ。何もできない時は何もしなくてもいいよ。だから、毎日顔だけ見せに来て。話を聞かせて。少しでいいから。それだけでいいから」
その日は、それで母は帰っていった。
私も母もへとへとだったし。
落ち着く時間も必要だった。
後はもう、母の気持ちに委ねるしかない。
◇
本当に来てくれるか心配だったけど、次の日、母はギルドにちゃんと顔を出してくれた。
頑張って勇気を出してくれた。
青い顔をして、やっぱりふらつきながら、それでも一歩踏み出してくれた母に、私は一つのお仕事を紹介した。
「私と話をするだけの簡単なお仕事です」
私がギルドに依頼を出した母への指名依頼。
休みながらでも、短い時間でもいい。
それがきっと、変われるきっかけになると信じて。
◇◆◇◆◇◆◇
あれから、しばらく時間が経った。
今、私は母と二人、自宅近くの児童公園で青い空を見上げている。
季節はすっかり盛夏を迎えて、力強い緑が目に映える。早朝だと言うのに、照りつける太陽はジリジリと痛いほどだ。
「空が……、青いと思ったの、久しぶり……」
母がポツリと呟いた。
「……うん。私も、誰かとまた空を見上げる日が来るとは思わなかったよ。でも、いつか……って思ってたからよかった」
私と母は、昔のような親子として暮らせるほどには、まだわだかまりが取れていない。
お互い遠慮してる部分もある。
でも同じように辛さの中で耐えた戦友としては、少しだけ近づけた気がする。
こうして、朝一のまるのお散歩に付き合ってくれるくらいには。お母さんと一緒のお散歩は、まるがごきげんだからね。
今では母も、私からの指名依頼ではなく、ギルドからの依頼を受けられるようになった。一歩ずつ前を向いて進めているんだと思う。
母が自分に優しくなれて、のんきでいられるようになったら、その時には二人の関係もまた変わるかもしれない。
そうしたら私もまた一歩、強く変わっていけると思う。
「全部まるのおかげだなぁ。まる、ありがとね」
名前を呼ばれたまるは一応こちらを振り向いたけど、微笑む私の顔を見て特に用がある訳じゃないとわかったようだ。
私と母を見比べると安心したように、また夏の青い香りを楽しむために草いきれの中へと突っ込んで行った。
これで本当に完結です。
最後悩みましたが、母親との再会で終わらせることにしました。まるにもまだまだ元気で幸せに生きて欲しいです。
作者の自己満足のような話を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
感謝を込めて
まおちょこ (≡ε≡)/




