④ 訪れたその人
ギルドの職員としての日々にも慣れてきた。
だんだんと人が増え、のんびりギルドに賑やかさというスパイスが加味された中にいても、私とまるは毎日を幸せにのんきに過ごしていた。
まるもギルドのマスコット的存在として受け入れられ、一緒にギルドに通っている。ドッグセラピーのように、傷ついた訪問者さんの心を癒やすのに一役買っているんだ。
メンバーと喧騒が増えた今でも、ちょう子さんのギルドの基本は少しも損なわれていない。
決して傷つけられることの無いオアシスのような場所として訪れる者を癒してくれる。
何もできない、自分なんて……、と縮こまっていた人たちも、不思議なお仕事を通して生きる力を取り戻していった。
ちょう子さんたち異世界側としても、私たちとの関わりで確かに刺激を受け、少しずつ世界が変わり始めているという。
双方が良い関係を築いて、お互いに良い変化を享受しあえていた。
私の面談部屋にも、毎日代わる代わる誰かが訪れる。カーテン越しというのは思った以上に話しやすいのかもしれない。
お仕事に関する不安や疑問を話す人もいる。
今の自分を誇らしげに語る人もいる。
自分の思いをポツリと独白する人もいる。
過去の過ちを懺悔のように告解する人もいる。
自分だけで完結せずに言葉として口に出す。
誰とも関わりたくないと思っていたはずなのに、それを求めている人は意外にも多かった。
今までどこにも吐き出せなかった心の澱を言葉にしても許される場所。そこは敷居の高い特別な場所ではなく、初めての人でもお馴染みさんでも、誰でもふらりと立ち寄ることができる。
そこが私の今の仕事場だった。
聞いて欲しい人には、ただ耳を傾け。
答えを欲する人とは一緒に悩み。
否定することなく認めてあげる。
それはとても難しいことだけど、同じような苦しみを抱えた者同士、ちょう子さんやまるにも助けられながら、一緒に少しずつ前に進んでいけた。
時には何でもない話をして笑い、ただのんきに過ごすこともあった。
私にできることはたったそれだけだけど、話せる相手がいる、のんきに笑える場所がある、それが大切だって知ってるから。
引きずられて落ち込むこともあるけれど、私は以前よりもずっと元気になれていた。この役割を引き受ける覚悟を持てるくらいに。
◇
ある日、その人はやってきた。
新しく入り口に導かれてやってきた女性。
憔悴しきった様子のその人は、抱えきれない心の内を吐き出す場所を求めていた。
カーテンの向こう側に案内されたその人は、ふらふらとした足取りで椅子に近づき腰掛けると、俯いたまま前置きも無く独り言のような告解を始めた。
「私のような者が、なぜ今も生き続けているのでしょうか……」
暗く沈んだ声音。
全てに疲れ果てたような抑揚の無い語り。
たった一声発しただけで、ゾッとするほどの深い暗闇に包み込まれたように感じられた。
「私は取り返しのつかない罪を犯してしまった。生きる価値の無い人間です」
その声が耳に入ると、鋭い刃を宛がわれたかのように、ヒヤッと心臓が縮み上がる。
「それでも、どんなに苦しくても、生きてあの子の幸せを祈り続けることが、謝り続けることが……私の罰なんです」
背筋に嫌な汗が伝う。膝が震える。その声に引きずり込まれ、私の心も暗闇に飲み込まれそうになる。
「私は幸せになってはいけない……。救われてはいけない……」
底冷えする低い声が、呪いの言葉のように頭の中で反響する。思わず叫び声を上げて逃げ出したくなる。それなのに私の体は動かない。硬直して声も出ない。
「私には何もできない。あの子に何もしてあげられない。どうやって贖罪すればいいのでしょうか」
嫌だ。嫌だ。やめて、もう聞きたくない。
「私という存在自体が罪なのに……」
私は知っている。その疲れ果てた声を。カーテン越しに仄かに見えるシルエットを。全てを諦め、捨てて、逃げたその人を。
「うわんっ! わんっ、わんっ、わんっ!」
「…………ま……る?」
まるが尻尾をブンブン振り回して、嬉しそうな声で吠えている。カーテンの向こう側、その人に飛び付いてキュンキュン鼻を鳴らしている。
「…………なんで?」
涙が溢れて止まらない。体の震えも止まらない。その涙の意味も、震えの理由も、理解できないほど混乱している。
なんでまるははしゃいでいるの?
なんでそんなに喜んでいるの?
まるは私の味方じゃないの?
私はその人をそんな簡単に許せない。
なのにまるは許してしまうの?
私が誰より大好きだった人。
いつも守ってくれた人。
なのに私を置いて出ていった人。
私を見放して捨てていったその人を。
「…………お母さん」




