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犬をなでるだけの簡単なお仕事です  作者: maochoko
第七章 新たな訪問者
79/94

79 行かないで




「さ、さよなら…………」




 ズクンと心臓が音を立てた。


 ――何か、何か言わなきゃ。伝えなきゃ。


 そう思うほどに胸が詰まって言葉にならない。カーテンの向こうにはすでに気配が感じられない。静けさが心を引き裂く。


「……や、やだよ。お願い、さよならなんて言わないで。いか、行かないでぇ!」


 なんとかひねり出したのに、子供のワガママみたいなことしか言えてない。


 行ってしまう。もう、声を聞けなくなってしまう。早く、もっと。


「私の方が、嫌われたと、傷付けたと思ったの。許してくれるなら、行かないで。一緒に、一緒に頑張りたいの……。お願い!」


 遅かった? もう間に合わなかった?






 なんで私は、こんな大切な時にもうまくできないんだろう。情けなくて、悔しくて、おうおうと声をあげて泣いた。


 溢れる涙も、嘆きも。この後悔も。

 止められる訳がない。止めようとも思わない。

 痛い、苦しい、つらい。


 その時、テーブルに突っ伏して、頭の中で自分をなじるばかりの私の耳に、小さく、おずおずと囁くような声が届く。


「……お、俺を……許してくれる、の?」


「……! わ、私を許してくれる……?」


 がばっと顔を上げると、カーテンの向こうには、なくしてしまったはずのシルエットが浮かんでいる。


 震えを、嗚咽を、力尽くで封じ込めて、すぐさま返事を返す。もう後悔したくない!


「お願い、また、……ここに来て」


「来てもいい……の?」


「私、何にもできない。してあげれないけど」


「うん、これ以上、近づいたりしないから」


「……ありがとう。心は傍に居るから」


「……ありがとう。行かないでって言ってくれて」


 また手放してしまわないように、息をするのも忘れて言葉を交わした。


 二人して思い出したように、ほお、と大きく息を吐いた。はかったかのように同時で、それがなんだかおかしくて、流れる涙もそのままに声を出して笑った。


「ふふふ、……はあ、あんなに泣いて苦しかったのに笑ってる」


「ハハハ、俺もだ。調子良いな。俺、笑えるんだな」


「私ね、テレビとか見て笑っちゃった時、その後で心がひやっとするの。笑ってる自分にゾッとして。……なのに、今はあったかい」


「俺はもうずっと、ここに来る前は笑ってなかったんだけどなぁ。ここでなら笑えるんだ……」


 二人ともきっと、涙で顔はぐちゃぐちゃだ。それなのに、なぜだかスラスラと口から言葉が飛び出して、会話がつながっている。それがじんわりと嬉しい。


「これからも一緒に笑えるよね?」


「うん、ここでなら声を出して笑っても、誰も責めない……よな?」


「責めないし、誰にも責められる筋合いもないよ」


「……! そうだな。俺も自信持ってそう言えるようになる。頑張るよ」


「うん、私もちょう子さんも応援してるからね」


「二人がついててくれるんだ。俺も一歩ずつ進めるはずだ」


「一歩ずつでいいからね。頑張りすぎないでね」


「……!!」


 つかの間、たぶんひと呼吸ほどの静寂(しじま)を破ったのは、もうすっかり冷め切ってしまったであろうお茶を飲む音。


 ゴクンと大きめの音を立てて飲み干した彼は、


「そんなこと言ってくれる人、……いるんだなぁ」


 どこか寂しそうに、吐き出すように呟いた。


「……?」


「今日は帰るけど、また話したい。愚痴っちゃうかもしれないけど、聞いてくれる?」


「もちろん。今日来てくれて本当にありがとう」


「来て……良かった」


 ありがとう、と再び背を向けて歩き出す彼を、今度は止めようとは思わない。ちゃんと何かをつなげられたとわかるから。

 ただ、カーテンの隙間から、その背中をじっと見つめて見送った。


「なんかお騒がせしました。すみません」


 照れくさそうにちょう子さんに会釈した彼の横顔が、少し大人っぽく見えてドキッとした。






 笑顔で手を振って、彼を外まで送り出したちょう子さんは、ドアが閉まった途端、くるりとこちらを向いてニマァと笑った。


 目を瞑って、ほおっと大きくため息をついてから、


「ああ、キュンキュンきました。友情? 初恋? これがアオハルってやつですね……」


 うっとりしたような顔をした。


 その言葉を聞いて、私の顔はボッと熱くなる。




 エ? エ? エ?

 ユウジョウ!?

 トモダチ?




 私に…………、友だちができた!?





お読みいただきありがとうございます。


これにてこの章は終わります。

明日から最終章に入ります。


引き続きお楽しみいただけましたら嬉しいです。



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