67 春の訪れ
本日2話目です。
三月ももうすぐ終わる。
季節はすっかり春めいて、頬をくすぐる風にも冷たさよりも暖かさを感じる。
スーパーへ向かう途中にある小さな児童公園には桜が並んで咲いている。今年は例年よりも早い開花ということで、公園の桜も満開に近い。
ふと足を止めた地面には、風に吹かれて舞い落ちた花びらが白い絨毯を広げており、見上げるとほんのりピンクのこんもりとした桜の木と青い空のコントラストが美しい。キラキラと木漏れ日を降り注ぐ陽射しが眩しくて、軽く目を細めると頭に浮かぶ思い。
不思議だな……。
顔を上げて景色を見るなんて。
その景色を美しいと感じるなんて。
こんな日が訪れるなんて。
去年の今頃は、母に見捨てられた悲しみに胸にぽっかり穴が開いていて、桜の花を見た記憶も無い。
生活に追われて、死なないことに必死で、そんな余裕もなかったのかもしれない。目に映るものは白黒に見えたし、体は動いても心は死んでいた。
そう。何かを感じることも、何かに心動かされることもなかった。
冬が訪れる頃には、言葉違わず身も心もボロボロで、身近に、すぐそこに死を感じていた。次の春よりも先に訪れるであろう、死を覚悟していた。自分をあきらめていた。
そんな私が生きながらえて、その目で肌で春を感じている。止まって動くことないと思っていた時間が動き出し季節が巡る。奇跡。
今でも人ごみは苦手だし、会話をすることもきついけど、この現実世界の外の空気を吸うことは少しだけ上手になったと思う。こうしていても以前より呼吸がずっと楽だ。
――――十年。
死にたいと死ねないを交互に考え続けるだけの日々だったけど、最近はあまり考えなくなった。
ただ、ぼんやりと過ごす毎日を繰り返せるようになった。
「生きる」とか「死ぬ」とか。そんな言葉で占められていた頭の中に。
「おいしい」とか「楽しい」とか「美しい」とか。
前とは違う言葉が増えてきて、そしたらなぜだか体の力が抜けた。
今は平穏な心で毎日を過ごせる。
まるも今年で十三歳になるおじいちゃんだけど、まだまだ元気だし。それだけでも毎日を繰り返す意味がある。今の私には明日が来る。
終わりのことだけを考えていた私が、今を考えられるようになって、明日のことを思うようになって、「いつか」に思いを馳せるようになった。
いつかは未来。
思いを馳せるは夢や希望。
私の頭の中に、また新しい言葉が増える。
それは「私なんかが」と蓋をしてきたもの。
「おいしい」も「楽しい」も「美しい」も「明日」も。私なんかには相応しくないと。感じては考えてはいけないと頑なに閉じこめてきた。
そして、何より封じられていたのが「夢」「希望」「未来」。
ちょう子さんがその蓋を開けてくれて、感じてもいいんだよ、と許してくれた。許してもらえたから、自分に優しくしてあげることができた。
ちょう子さんが私を許してくれたみたいに、私も許してあげることができるだろうか。自分に優しくなれたように、誰かに優しくなれるだろうか。
いつか。
私に「いつか」を思い出させてくれた彼と話してみたい。
いつか。
私から「いつか」を奪った母のことも許せる日が来るだろうか。
いつか。
この景色を誰かと一緒に見上げて、「キレイだね」って笑って言い合える日が来るのだろうか。
未来を、夢を、希望を思うことが下手くそすぎて、まだまだ今の私には難しそうだけど。
いつか。
一歩を積み重ねていくからね。
いつかね。と、この桜に誓う。
まるで空を見上げる私の背中を押して応援するかのように、一陣の風が吹き抜けて、ふわりと花吹雪を舞い上がらせていった。
私のもとにも春はやってきた。
お読みいただきありがとうございます。
明日からはまた1話更新に戻ります。
引き続きお楽しみいただければ嬉しいです。




