64 大丈夫じゃない
本日1話目です。
数日前にちょう子さんから報告があった。
「ななさん、やっと魔道具が届きました! 先ほど作動しましたので、新しい入り口が設置されたと思います。どこに開いたのか、誰かが見つけてくれるのか、それがいつになるのか……。まだわかりませんが、もしかすると数日中に新しく登録者さんが増えるかもしれません」
ちょう子さんは私を気遣うように、それでもやはり嬉しそうにしていた。
「良かったですね! やっとですね。上手くいくといいですね!」
もちろん本心からの言葉だ。
新しい入り口が上手くつながって登録者が増えること、ここを必要とする誰かに新しい世界が拓けること。
良かったと思う。上手くいくことを願っている。
だけども、それでも、その日から毎日ビクビクしてしまっているのは仕方ないと思う。
◇
「今日も……誰も来てないかな……」
ギルドの自動ドアの手前で、思わず立ち止まってしまう。
「来てくれるといいなぁ」と「誰も来てないといいなぁ」のせめぎ合い。そんな自分が嫌になる。
誰かが……、たくさんの人が訪れるようになったとしても……。
変わらない。
私は私のやれることを、やれる範囲で頑張るだけだ。
「無理はしない……。しなくていい……」
自分に言い聞かせるように呟き、ヨシッと一歩踏み出す。自動ドアの前に立とうとした瞬間、私の一歩が踏み下ろされるよりも先に。
ウィーンとドアが開き、中から人が飛び出してきた。
当然ぶつかり、中途半端な体勢だった私はよろめき尻もちをついた。
目の前にいたのは若い男性。一瞬目が合った。
「ひっっっ!」
痛いよりも何よりも悲鳴が飛び出し、硬直して動けなくなる。怖い、息が詰まって呼吸できない。なのに目も離せない。
相手の男性も驚き、目を見張り、そのまま蹲り、頭を抱え丸くなった。ガクガクと体を震わせながら、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
とひたすら繰り返している。
カウンターから飛び出してきたちょう子さんが、そっと声を掛ける。
「あ、あの……」
手はしっかりと頭をかばい、丸くなったまま体を強張らせた男性は、顔を上げることなく、
「ち、違うんです! ごめんなさい! 触ろうとしたんじゃない! ぶつかってしまっただけで……!」
叫ぶように、ヒステリックな声を上げる。
「と、とにかく、こちらに来て座りましょう? 大丈夫ですから……」
長椅子の方へ誘おうと、ちょう子さんが彼の肩に触れると、
「ヒッ!」
悲鳴を上げて転がり、壁際にすがりつく。
目がキョロキョロと動き回り、自分の拳に噛み付いてフーフーと荒い呼吸を繰り返す。体はガチガチに強張っていて小刻みに揺れている。
「あ、あの……、大丈夫ですか?」
ちょう子さんの声掛けに、さらにウーウーと呻くような声が漏れる。
「……大丈夫じゃないです」
言ったのは私。
だって、ここにいるのは少し前の私。
自分で自分を制御できない。
体も感情も呼吸すらも。
叫び出さないように、拳に齧り付いて小さく丸まるしかできない。
自然と声が出た。
「大丈夫に見えますか? 大丈夫な訳ないです」
「……そうです、ね。ごめんなさい」
パニック状態の男性を刺激しないように、青ざめたちょう子さんを連れてそっと事務所の中に入る。
ちょう子さんには心が落ち着くお茶を淹れてもらい、それを受け取ると、その人から少し離れたところに置いて、
「私の言葉はあなたに届かないかもしれないけど……」
追い詰めないように、静かに、なるべく落ち着いた声で遠くから話し掛ける。
「ここにはあなたを傷つける人はいないよ。ここはどこよりも安全だから。呼吸が落ち着いたら、そのお茶を飲んで。
……それで、気が向いたら、またここに来てね。何にもしなくていいから。何にも喋らなくてもいいから。また、お茶だけ飲みに来てね」
それだけ言って、私とちょう子さんは事務所の奥に引っ込んだ。遠目だけど様子は見える。でも、できるだけ見ない。事務所の奥で二人で無言でじっと待つ。
何分経っただろう。
だんだんと呻き声が落ち着いて、荒い呼吸も落ち着いて、ガタガタと鳴らしていた体を震わす音も止まった。
「…………お…………ちゃ?」
彼の方を見ないように、視線の端で窺う。
震えながら手を伸ばし、そっと口に運び、素直にコクンと一口飲み込んでくれた。
「ふ、う……」
息を吐く音が聞こえる。
彼がお茶を飲み終えるまで何も言わない。
コトンとカップを置く音がした。
「……あなたが、今、大丈夫じゃないなら、……また、来てね」
それだけ伝えると、彼はビクッと反応し少し戸惑っているようだった。そのまま何も言わず、逃げるように事務所を出ていってしまった。
彼は、私だ。
ほんの少し前の私だ。
お読みいただきありがとうございます。
新しい訪問者もだいぶ傷が深そうな感じです。
本日は2話更新なので、続きは19時に更新します。
引き続きお楽しみ下さい。




