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犬をなでるだけの簡単なお仕事です  作者: maochoko
第七章 新たな訪問者
64/94

64 大丈夫じゃない


本日1話目です。





 数日前にちょう子さんから報告があった。


「ななさん、やっと魔道具が届きました! 先ほど作動しましたので、新しい入り口が設置されたと思います。どこに開いたのか、誰かが見つけてくれるのか、それがいつになるのか……。まだわかりませんが、もしかすると数日中に新しく登録者さんが増えるかもしれません」


 ちょう子さんは私を気遣うように、それでもやはり嬉しそうにしていた。


「良かったですね! やっとですね。上手くいくといいですね!」


 もちろん本心からの言葉だ。

 新しい入り口が上手くつながって登録者が増えること、ここを必要とする誰かに新しい世界が拓けること。


 良かったと思う。上手くいくことを願っている。


 だけども、それでも、その日から毎日ビクビクしてしまっているのは仕方ないと思う。



 ◇



「今日も……誰も来てないかな……」


 ギルドの自動ドアの手前で、思わず立ち止まってしまう。


 「来てくれるといいなぁ」と「誰も来てないといいなぁ」のせめぎ合い。そんな自分が嫌になる。


 誰かが……、たくさんの人が訪れるようになったとしても……。

 変わらない。

 私は私のやれることを、やれる範囲で頑張るだけだ。


「無理はしない……。しなくていい……」


 自分に言い聞かせるように呟き、ヨシッと一歩踏み出す。自動ドアの前に立とうとした瞬間、私の一歩が踏み下ろされるよりも先に。

 ウィーンとドアが開き、中から人が飛び出してきた。


 当然ぶつかり、中途半端な体勢だった私はよろめき尻もちをついた。

 目の前にいたのは若い男性。一瞬目が合った。


「ひっっっ!」


 痛いよりも何よりも悲鳴が飛び出し、硬直して動けなくなる。怖い、息が詰まって呼吸できない。なのに目も離せない。


 相手の男性も驚き、目を見張り、そのまま蹲り、頭を抱え丸くなった。ガクガクと体を震わせながら、


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 とひたすら繰り返している。


 カウンターから飛び出してきたちょう子さんが、そっと声を掛ける。


「あ、あの……」


 手はしっかりと頭をかばい、丸くなったまま体を強張らせた男性は、顔を上げることなく、


「ち、違うんです! ごめんなさい! 触ろうとしたんじゃない! ぶつかってしまっただけで……!」


 叫ぶように、ヒステリックな声を上げる。


「と、とにかく、こちらに来て座りましょう? 大丈夫ですから……」


 長椅子の方へ(いざな)おうと、ちょう子さんが彼の肩に触れると、


「ヒッ!」


 悲鳴を上げて転がり、壁際にすがりつく。

 目がキョロキョロと動き回り、自分の拳に噛み付いてフーフーと荒い呼吸を繰り返す。体はガチガチに強張っていて小刻みに揺れている。


「あ、あの……、大丈夫ですか?」


 ちょう子さんの声掛けに、さらにウーウーと呻くような声が漏れる。


「……大丈夫じゃないです」


 言ったのは私。

 だって、ここにいるのは少し前の私。


 自分で自分を制御できない。

 体も感情も呼吸すらも。

 叫び出さないように、拳に齧り付いて小さく丸まるしかできない。


 自然と声が出た。


「大丈夫に見えますか? 大丈夫な訳ないです」


「……そうです、ね。ごめんなさい」


 パニック状態の男性を刺激しないように、青ざめたちょう子さんを連れてそっと事務所の中に入る。

 ちょう子さんには心が落ち着くお茶を淹れてもらい、それを受け取ると、その人から少し離れたところに置いて、


「私の言葉はあなたに届かないかもしれないけど……」


 追い詰めないように、静かに、なるべく落ち着いた声で遠くから話し掛ける。


「ここにはあなたを傷つける人はいないよ。ここはどこよりも安全だから。呼吸が落ち着いたら、そのお茶を飲んで。

 ……それで、気が向いたら、またここに来てね。何にもしなくていいから。何にも喋らなくてもいいから。また、お茶だけ飲みに来てね」


 それだけ言って、私とちょう子さんは事務所の奥に引っ込んだ。遠目だけど様子は見える。でも、できるだけ見ない。事務所の奥で二人で無言でじっと待つ。


 何分経っただろう。


 だんだんと呻き声が落ち着いて、荒い呼吸も落ち着いて、ガタガタと鳴らしていた体を震わす音も止まった。


「…………お…………ちゃ?」


 彼の方を見ないように、視線の端で窺う。

 震えながら手を伸ばし、そっと口に運び、素直にコクンと一口飲み込んでくれた。


「ふ、う……」


 息を吐く音が聞こえる。

 彼がお茶を飲み終えるまで何も言わない。

 コトンとカップを置く音がした。


「……あなたが、今、大丈夫じゃないなら、……また、来てね」


 それだけ伝えると、彼はビクッと反応し少し戸惑っているようだった。そのまま何も言わず、逃げるように事務所を出ていってしまった。




 彼は、私だ。

 ほんの少し前の私だ。





お読みいただきありがとうございます。


新しい訪問者もだいぶ傷が深そうな感じです。


本日は2話更新なので、続きは19時に更新します。

引き続きお楽しみ下さい。



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