6 ファーストコンタクト
本日3話目です。
「まる? ……まる? どこ? おいで!」
薄暗い建物内でまるを探す。
白い毛玉が動くのが目の端に映る。
見つけた!
その時、パッと電気が点いて、建物内の様子が明らかになる。
まるのいる方には小さなカウンターがあり、その向こうに人が立っている。受付のような雰囲気で、人がいる場所は事務室のようだ。知らない会社に勝手に入ってしまったみたい。どうしよう。とにかく謝ってさっさと出ていかなきゃ。
「すみません。犬が迷い込んでしまって。すぐに捕まえて出ていきます。ごめんなさい、お邪魔します」
いきなりの闖入者にびっくりしていた女性は、にっこり微笑んでカウンターから出てきた。
「かわいいワンちゃんですね。大丈夫ですよ」
言いながらカウンターの下に蹲っていたまるに近付き、何でもないように優しく撫でている。
その人はまるを抱き上げると私の手を引き、
「慌てて探していたんですか? 息が上がってますよ。少し休んでいかれたらいかがですか?」
自然に促され、椅子にストンと座らされた。腰掛けた私の膝の上にまるをそっとのせてくれる。
彼女はそそくさと奥に入ると、お茶を持って出てきた。
「さあ、どうぞ」
犬を捕獲できたことで少しだけ落ち着いた私は、周りを見回す。
ここはエントランスのようで、病院や役所にあるような待合用のシンプルな長椅子がいくつか置かれていた。私が座っているのもその内の一つだ。
「お仕事の邪魔しちゃってすみません。これを頂いたらすぐにおいとまします。ありがとうございます」
少し走っただけなのにフラフラだった私は、ありがたく差し出されたお茶をいただき、ふうと一息つく。
「いえいえ、本当に大丈夫です。他に誰もいないですし。それより、あなたこそ大丈夫ですか? 随分青い顔をしてフラフラだったので心配しました」
優しい言葉が胸に染みる。こんな親切な人もいるんだな。
「ありがとうございます。大丈夫です。お茶を頂いたら落ち着きました」
「良かった。薬草茶なんで少しクセがありますけど、疲労回復に効くんですよ。じきに効果が出ますから、少しお話していきませんか? 私も一人で暇してたので」
確かにガランとした室内に彼女一人きりだ。
お言葉に甘えて少しだけ休憩させてもらおう。なぜか、このお姉さんなら話していて怖くないし。
「ここは何の会社なんですか?」
「ここは、ギル……、えーと、相談所兼派遣会社みたいなものですよ。今の時代だとお仕事受けてくれる人がなかなか見つからなくて。出来て間もないので気付かれてないのかもしれないですけど、人が来なくて困ってるんです。昔はいい仕事を取り合いになるくらい人余りな頃もあったみたいですけど、今はちょっとクセのある仕事だと嫌がられたり、ましてや体力のいる仕事や汚れる仕事なんてもっての外。単調な作業を長時間繰り返す仕事なんてブラック呼ばわりされますからねぇ。頑張ってお仕事取ってきても、受けてくれる人材がいないという……、派遣業には世知辛い世の中になってしまいました……」
よほど暇だったのか、ストレスが溜まっていたのか。優しいお姉さんでも愚痴り出したら止まらなくなる状況のようだ。
「そ、それは大変なんですね」
「明るいオフィスで適度に責任のない楽な仕事して、でも収入や福利厚生は安定してて、残業なんてしたくなくて、社員はみんないい人で人間関係にも悩みたくなくて、休みはしっかり取れて、さらに正社員……。そんな夢のような仕事、あると思います!?」
お姉さんはうるうるっと瞳に涙を溜めて、私を上目遣いで見つめてくる。
うわあ、私のせいじゃないけど、なんかごめんなさい!
お読みいただきありがとうございます。
初日からブクマしてくださった方がいて、本当に嬉しかったです。
明日からも頑張りますね!
明日は2話投稿予定です。
引き続きお楽しみいただけますようよろしくお願いします。