56 近況
本日2話目です。
突然だが、今、私のギルド残高は六百二十G貯まっている。日本円にして六十二万円。
スライム掃討作戦の報酬は、まだ入ってきていないものの、ギルド初登録から三カ月。諸々の支払いという戦いをくぐり抜け、五十万円近い出費があったにもかかわらず、すでにこれだけの貯蓄ができている。
以前のバイトなら六カ月分以上だ。
毎月の光熱費や税金などの支払いは三万円ほど。
今年は二十歳になるし、去年より収入があるので、これからもっと高くなっていくのだろうけど、今のところはそれくらい。
スーパーくらいなら買い物にも行けるようになったけど、食品や日用品はギルドの購買を利用できるし、どこかに出掛けたり、おしゃれに興味もないのでほとんど現金を使わない。使うとしたらまるの物かお菓子の材料だ。
家賃はタダだし、車もスマホも持っていないので、働けば働くほど貯蓄が増えていく。
三カ月前には仕事もできず、体を壊し、食うに食われず、三千円の電気代が払えなくて死を覚悟していたというのに嘘みたいだ。
かといって、未だ夢や希望や未来なんて言葉にはピンと来ない。今の私は、まるとのんびり平穏に暮らしていける毎日に幸せを感じている。それだけで十分だ。
ちょう子さんとおしゃべりするのも楽しいし、ワンワンパラダイスではたくさんの犬たちに癒やされつつお仕事している。
生きることは辛いだけだった私が、全てを克服して受け入れられた訳でもないのに、「幸せ」とか「楽しい」という気持ちを持てるようになった。
「犬を撫でるだけの簡単なお仕事です」
あの日のちょう子さんの嘘みたいな言葉から、私の人生は劇的に変わった。
私のように現実世界という自分にとっての異世界に適応できず、生きることが辛いと苦しみながら戦っている人たちはたくさんいるだろう。
まだ、もう少し先の話になるけど、そんな誰かがギルドを訪れられるチャンスが近づいてきている。
偶然なのか、導かれたのかはわからないけど。
そんな誰かがギルドとちょう子さんに出会って、幸せという気持ちを持てるようになる。
そうなったら、私は今ほど心穏やかではいられなくなってしまうかもしれないけど。
私のこの奇跡のような体験を、今も戦っている誰かにもして欲しい。
そう思えるだけの心の余裕を持てるようになった。
すごく不思議だけど。
自分を愛してあげることはまだできない。
それでも、少しだけ自分に優しくできるようになって、一歩踏み出せた。
人に優しい気持ちを持てたなら、もう一歩踏み出せそうな気がする。
まだわからないけど。
できることからやっていくしかないけど。
◇
そんな私が最近頑張っているのは、魔導オーブンの火加減に慣れること。
ちょう子さんがあの日、どんな交渉をしてきてくれたのか。
今週の頭に届いた最新式魔導オーブン。
従来のものよりも火力の調節が簡単で、時間設定もできる非常に素晴らしいオーブンだ。
それでも、使い慣れないオーブンは自己調整が必要で、生焼けや焦げ過ぎの失敗クッキーを量産したけど、やっとクセを掴みちょうど良い焼き加減を安定させることができるようになってきたところ。
使い慣れてさえしまえば、以前同様のお菓子作りができる。
ギルドに急遽設置が決まった魔導キッチンにも同じタイプのオーブンが付いているので、そろそろちょう子さん待望のお菓子作り教室が始められそうだ。
計量道具や調理器具などにも違いがあるだろうから、異世界向けのレシピを確立するのは骨が折れると思うけど、試食をとてつもなく期待しているちょう子さんと共に頑張っていきたい。
それでも、最初はこちらの器具もあった方がやりやすいだろうと、今日は気合を入れて百均に来てみた。まだオドオドしちゃうけどね。
平日の昼間なので、それほど混んでいなくて助かった。
ホイッパーやゴムベラ、計量カップにスプーン、ボウル各種にケーキ型などなど。
クッキングシートやラップもあった方がいいか。
さすがに量りやハンドミキサーは高いので、家の物を持っていこう。
大盤振る舞いであれこれ物色していると、カラフルなハンカチや手袋が目に入った。
もちろんいつもならば私の興味を引くようなことはない品物なんだけど。
こちらは真冬。今年は暖冬とはいえ春を待ち遠しく思うこの頃だが、向こうの季節は秋。これからだんだん寒くなっていくのだろう。
そうだ、孤児院の子たちにプレゼントしてみようかな。
ふと、そんな考えが頭を過ぎった。
お読みいただきありがとうございます。
幸せと感じることに臆病ですが、少しずつ前向きになってきたななです。
怖がらないで幸せになってもいいんだよ。
明日も2話更新頑張りたいです!
応援よろしくお願いします。
引き続きお楽しみいただければ嬉しいです。




