2 人間がこわい
本日2話目です。
◇◆◇からうつ設定のモノローグとなります。
嫌いな方は、明日投稿予定の4話にジャンプして下さい。
まるが待ってる。
帰ってごはんをあげなくちゃ。
支払い能力も無いから、逃げ出すしかない。
名前を、身元を言う訳にはいかない。
私はとっさに何もわからないふりをした。一声も発さず首をふるふると振る。
「…………。先生を呼んできますからね。休んでいて下さいね」
呆けたようなふりをした私を残し、看護士さんは部屋を出ていった。
今のうちだ。急がなきゃ。
体中についた管を気合いでぐぐっと無理矢理抜いた。痛みに涙ぐみながらも、ベッド脇の棚に入っていた元々着ていた服に着替えて、こっそり病院を抜け出した。
◇◆◇◆◇◆◇
私は佐藤南那。十九歳。
七歳の時から飼っているマルチーズっぽい雑種犬のまると二人暮らしだ。
春先までは母親がいた。今はいない。父親は私が小学生の頃に離婚したのでいない。
他に親戚がいるのかもわからない。いたとしても会ったことも無いのでいないに等しい。
おばあちゃんだか、ひいおばあちゃんだかが建てたという、築五十年だか百年だかわからない古いぼろ家に住んでいる。
父がいた頃はまだそんなに貧しくなかった。
父も母も働いていたし、母の持ち家だったこの古い家をリフォームして、家族三人仲良く暮らしていた。
学校から帰ると一人ぼっちの私が寂しくないようにと犬を飼ってくれて、私はいつもまると一緒だった。
優しかった父が変わったのは、私が小学四年の頃だ。その頃から私は父に性的虐待を受けるようになった。
父は私をいやらしい目で見るようになり、不快な手つきで体を触るようになった。
心も体も凍りついたように冷たくなり、悲鳴を上げることも、抵抗することも、逃げ出すこともできない。されるがまま固まっている私を前に、父が一線を越えるのも時間の問題だった。
気持ち悪くて、怖くて、でも母にも相談できなくて。私の味方はまるだけだった。
私の様子がおかしいと、ある日、私と父の歪な関係に母が気付いた。
母は激怒して父を追い出し、離婚した。
それから母は必死に働いて私を育ててくれた。
でも、優しかった母も日々の暮らしに疲れ、だんだんと変わっていった。笑わなくなり、あまり話もしなくなり、いつも疲れていて寝込むことも多くなった。
私は父のことがあり男性恐怖症になっており、中学までは不登校だった。義務教育は不登校でも卒業できる。
卒業後の私は通信制の高校に入学した。私の事情から通常の登校は免除してもらい、週に一度、女性の教師と面談をこなしレポートを提出することで、学力さえ基準を満たして単位を取れば卒業できるシステムの高校だ。
母はどうしても高校は卒業して欲しいと言い、無理して働き、私立の高い入学金や授業料を工面して私をこの高校に入れたけど、無理がたたって心と体を壊していた。
しまいには、私が自分でバイトして学費や生活費も用意しなければいけなくなっていた。
女性だけしかいないお弁当工場の調理補助のバイトをした。
一生懸命働けば、なんとか学費とその日暮らしのような生活は成り立っていたけど、女だけの職場のドロドロした恐ろしさを知ってしまった。
目立たず、邪魔せず、ひっそりと、しかし、一生懸命に働くことによって、ドロドロに巻き込まれないようにやり過ごすことはできたけど、私は女性にも恐怖を感じるようになってしまった。
人間がこわい…………。
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