1 白い部屋
たった一人のあなたに、この物語を捧げます。
「…………真っ白い……部屋?」
ぼんやりと開けた私の目に映るのは白い天井。寝起きの瞳は明るい光に眩んで「白い」としか周囲を判別できない。
混乱する頭でなおも様子を探れば、どうやら私はベッドに寝ているらしい。
起きようと身動ぎしてみたが、力が入らないしあちこち痛い。
徐々に明るさに慣れ、取り戻した視力で見直すと、ベッド脇には点滴。それにピッピッと小さな音を立てる機械。私の体から伸びるたくさんの線。
……ああ、ここは病院だ。
口には酸素マスクが乗せられ、腕には点滴の針が刺されてテープで固定されている。指にはクリップのような装置がつけられ、布団と術着のような服をめくれば、お腹には大きなガーゼが当てられていた。下腹部から伸びるチューブを見れば、オシッコの管も入れられているみたい。足先にも何かつけられていて、ググッと圧力をかけられてはプシューッと空気の抜けるような音が鳴る。
動こうとすると、それらが引っ張られたりして非常に動きづらいし痛い。何よりガーゼの下のお腹がすごく痛い。傷口が攣るような外側の痛みと、お腹の中からくる鈍く重い痛み。そしてどんよりとした気持ちの悪さ。吐きそうな感じがつきまとう。
痛みと悪寒に耐えて、無理して体を起こすと
「ピーッ、ピーッ、ピーッ」
部屋に警報音のようなものが鳴り響く。一瞬ビクッとする。
続いてバタバタという足音が近づいてきて、部屋の扉が開かれた。
「目が覚めました? まだ起き上がってはダメですよ」
看護士さんが来てアラームを止め、私をもう一度ベッドへ寝かす。
バイタルや器具の様子をチェックしながら、
「覚えていますか? 道で倒れられて、救急車で運ばれたんですよ。虫垂炎……盲腸ですね、が腹膜炎を起こしかけていて緊急手術になって、そのまま入院されたんです。お名前は言えますか?」
……そうだ。確かに私は具合が悪かった。
お腹が痛くて、痛くて。でも、病院に行くお金なんて無くて。相談できる、頼れる人もいなくて。どうしたらいいかわからなくて。
しばらく耐えていたけど、いよいよ嘔吐を繰り返す程の痛みに「これはやばいやつだ」と理解して、朦朧としてきた意識の中フラフラと外へ出たものの行く当ても無く彷徨って。
そこまでぼんやりとだけど覚えている。
倒れたのか……。
「どうしました? 大丈夫ですか? ここは病院です。わかりますか? 話せますか? お名前言えますか?」
看護士さんが矢継ぎ早に質問を投げかけてくるけど。
やばい……。手術? 入院?
どうしよう。手術代も入院費も払えない。
ああ、いっそそのままほっといて、死んでしまったらよかったのに。
…………いや。ダメだ。
まだ死ぬ訳にはいかなかった。
家で犬が待ってる。
小さい時からずっと、私の傍に居てくれたのはあの子だけ。私を見放した親なんかよりも、私の家族はあの子「まる」だけ。
あとどれだけ生きていてくれるかわからないけど、あの子を看取ってから死のうと。あの子が生きていてくれるうちは、なんとか頑張って生きようと。
――私はそれだけを支えに生きてきたんだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
本日、3話投稿いたします。
引き続きお楽しみ頂けますよう、よろしくお願いします。