【CHAOS】 視線は混沌の始まり
16:08
「報告書以外で直接聞いた事ないが……聞いてもいいか?」
「え~……いや」
町田の言葉に刈谷は悩む。それは半年前におきた出来事。その頃に起きた桜の異変に刈谷は陰ながら桜を心配していた。
桜には口止めされていた出来事。むやみに語れば誤解され、神経を疑われる出来事。
刈谷にとって、それを内密にすることはできない事でもなかった。けれど、近くに理解者がいないと、桜に対して偏見を持たれる事も案じた刈谷は、桜の上司である町田にその頃から相談をしていた。業務に支障がないことを刈谷が監視することで、万一、他の職員からの好奇の目にさらされても、町田からの協力を得られるようにと。
「何か報告書以外の事があるんじゃないか? 大丈夫だ、何かがおかしい事は既に感じている」
「はぃ、チーフはこういう話は誰にも話すなって言いますけどねぇ……俺の頭を疑われるので」
刈谷は今日の出来事を体験し、それ以外に自分自身への不安もあった。説明がつかないスローモーション現象を体験し、半年前からの自殺者の皆無。言葉の釘をさしてくる桜の様子。それ以外にも、毎日のように体験する刈谷が感じる出来事。違和感をすでに抱いている町田に語るには良いタイミングだと。
刈谷は意を決し、町田に半年前の状況を詳しく語る。
◆◆◆
「水谷チーフぅ。こんな紅葉が素敵な場所で、なんだかやっぱこのお客様はぁ、立て篭もりぃ、明らかな自殺を図ろうとしてますねぇ」
「ふぅ……なんでこうも自殺したがるのよ!」
桜は眉間にしわを寄せ、頻繁に起こる自殺者への憤りを愚痴る。
「120年以上前から始まった『monstrous』時代と呼ばれる、不条理な核爆発を起こすような戦争で人口が減ってぇ、今に至って復興の最中にもぉ、職が見付からない人間とぉ、核が存在する限りぃ、同じ事が起きる可能性への不安ですかねぇ」
「馬鹿馬鹿しい! もっともがいて生きろ!」
「いやぁ~チーフみたく強い人ばかりじゃないですしぃ、強さに関係なく遺伝子レベルや、後天的な病気もありますからねぇ……今でもたまに幻覚を見たようなモンスターじみた存在を語る年配者もいますからねぇ。やっぱ放射能の原因とかあるんですかねぇ」
刈谷は苦笑いを浮かべながら、世間の事情をフォローするかのように、叱咤する桜をなだめる。
「さぁ……どうしますぅ? この、下手に厳重な警備よりタチが悪い自殺館わぁ」
紅色や黄色に変色する季節の山林の中に囲まれる三階建ての大きな木造の一軒家。
その建物は全面にガソリンが撒かれている。恐らく室内にも振り撒いたと想像出来る程の臭いが辺りに立ち込めている。
「政府が縮小してぇ、公務員を賄う税金が徴収出来ない世の中……俺達の様な機関が必要になるわけですねぇ。一人でも多く救うって理念ですかぁ、よく立ち上げられたものですねぇ」
「ふぅ……そうね、立ち上げた創始者『鈴村和敏スズムラカズトシ』は当時、そんな志で人を救う手段を組織した。今はシステム化する組織だから収入や職業の審査があるけれど、当時なら、表面的な信用や腹黒い裏切りに怯えて、心休まる環境じゃなかったでしょうね」
憤りが落ち着き、息をついた桜。
封印された時代。多くを語らない先人の者たち。時折語る者がいても、それは今を生きている桜や刈谷にとって、何かの影響を受けた世迷言のように感じられていた。
共食い。奇怪な生命体。導かれる運命があると。
まるで何かの信奉信者であるかのような語りべの先人達は、好奇な目と悪い子供を怖がらせるために語る物語程度のように受け止められ、多くを語らなくなっていた。
その物語の最中に出来上がったLIFE YOUR SAFEの組織。120年の歴史は何度か社名の変更などもあり、そんな当時の戦争の最中に登場した伝説的な影響力のある組織。奪い合う世界にこそ個人を護る組織は需要と安心感をもたらした。
それが今の世代まで続き、その中で一度でも契約した顧客が解約する事は、解約することが自殺のサインでもあるかのように感じられ、慎重な対応が慣れた行いであった。その慣行の影響からか、解約されても半年間は保護の義務が課せられていた。
「この『元』お客様『monstrous』時代以前から生きてるんですよねぇ……世間の平均寿命が今や110歳ですよぉ? 何があったんすかねぇ」
「まだ解約成立してないわ。そして当時の話は誰もしたがらないわ。そして人を近付けない人も多い……爆発がモンスターなのか……まあ、違いないわね。このお客様は契約も書面で交わしたから誰も目の前で会ってないのよ。対面契約にしなきゃ駄目ね」
「128歳で焼身自殺ですかぁ……今更過去を悔やむ年齢じゃないですよねぇ。あと……誰がこれを振りまいたんですかぁ? いくらなんでもぉ、お客様には無理じゃないですかぁ?」
桜は建物を改めて眺める。三階に鍵の掛かっていない窓。風により開閉している。
窓にあるカーテンが違和感のある揺れ方をした瞬間を桜は目撃する。
「他にも誰かいるかもね」
「はぃ……でもどう接近しますぅ? 入った瞬間俺ら人質ですよぉ」
「その為の用意は……刈谷! 春日に電話して! 遅い!」
刈谷が携帯電話で掛けようとした時、車の近付く音。それは『LYS』とロゴのある社用車である。
車から降りてきた男は、慌てた物腰で桜に向かって来る。
「すいません! 遅れました!」
「おい! お前今日から専任の『春日カスガ』だな!! 仕事ナメるんじゃないわよ!!」
少しふくよかなで大きな体型に同じ制服を着た男。焦りが混じった表情で現れる。
社内の通例とすれば、解約成立後、半年間ある保護期間は専任になりたての者が、これから特定者を警護するにあたって研修の意味も込めて、責任が契約者より免除されやすい免責事項の多い期間を春日と呼ばれるこの男に任せる予定であったが、初日からの遅刻により、桜は現場に12:00に来る予定であった春日を叱咤する。
回想を語る途中、刈谷は町田に強く提言する。
◆◆◆
「所長……俺はぁ、ちゃんと春日を見たんですよ! そこで」
「春日ねぇ」
釘をさすように刈谷が念を押した春日の存在。
この半年間、刈谷は職員への研修でも、危険な任務の可能性がある者にへも、その頃の春日の出来事を持ち出して、危険性や重要性を伝えたことがあった。
入社したての職員には、肝に銘ずる教訓にもなったが、以前から在籍している職員には、違和感を覚える反応があった。町田からの反応も例外でなく、少し前までは必要以上に顔を直視されていた。
深い理由を刈谷が尋ねても、職員からは『問題ないですよ』や『そうですね』といった無難な相づちを表情と違った印象で聞いていた。町田からは話をそらされる通例。
そんな町田の思考の答えを待たずに刈谷は話を続ける。
◆◆◆
「す、すいません! チーフ!」
「12:18……春日ぁ 、お前持ってきたぁ?」
桜に詫びる春日。
春日の到着の遅れが時間に厳しい桜の機嫌が悪かった原因の一つでもあった。そんな二人の様子に区切りをつけるように、会社用の腕時計の時間を確認して話を変える刈谷は、普段からそのように叱咤する桜から職員をフォローする慣れもあった。
「はい! 防護ウェアですね! 防炎薄型に改良されたのでこの上からスーツも着れます!」
「そう、私は車で着替えるわ」
「じゃあ俺達はあっちの方で着替えますねぇ」
桜は春日から奪うようにウェアを取り、春日が乗ってきた社用の四駆車に向かう。
刈谷と春日は館の玄関付近にある鉄柵へ。
館と鉄柵の間で上着を脱ぎ始める二人。
刈谷は桜に叱られた春日をなだめるつもりで語りかける。
その瞬間、事実は吹き飛ぶ。
「春日ぁ、まぁ深く考えすぎるなょ……ぐぁ!! ああああぁぁぁ!!」
「はがあぁ!!」
突然、館が爆発する。その爆発の威力は、桜と刈谷が予想していた以上に。ガソリンをまかれていただけとは思えないほどの勢い。
館に背を向けて立っていた刈谷と春日は、爆風で吹き飛ばされる。
「刈谷ー!! が! あ!!」
爆発に反応した桜は振り向いた瞬間、爆風で飛んできた破片が頭に直撃して倒れる。その視界は桜が目を閉じたと同時に暗闇に。そして刈谷が町田に語るには、前もって『混沌』という言葉を使っていたほうが良かったほどに。
――ん!? 俺は今……どうしてる!?
刈谷は四駆車で一人、山林に挟まれた道路を走行している。そしてゆっくり停止して状況を判断する。
――どういうことだ!? 俺は今……爆発が……今の時間は? 11:46……日付は……変わってない!! チーフに連絡……携帯は!? な、なんで俺は持ってない!?
刈谷は困惑しながらも、爆発の起きる32分前である事を理解する。そして助手席に置いてある防護ウェアを確認する。
――これは……春日の状況じゃないのか? お、俺は……俺か?
刈谷はバックミラーで自分の顔を確認する。つねったり、目を見開いたり、髪を上げたり。当たり前に自分の特長を確認する。
「はぁ?……良かった……俺だぁ……ハハッ! 馬鹿馬鹿しい」
刈谷は自分であることに安堵し、この理解不能な出来事を見極めるため、急いで現場に向かう。
――12:05! 間に合った!
刈谷の記憶の中で春日が到着した時間より12分早く、爆発が起きた時間に余裕を少しでも持ちたいがために急いだ刈谷は、早く桜に説明をしたかった。そして予想通りの場所で桜を見つける。刈谷がいない状態の一人きりで。そして防護ウェアを握り桜に駆け寄る。
「チ、チーフ! 今ぁ……俺ぇ」
「おい! お前今日から専任の春日だな!! 仕事ナメるんじゃないわよ!!」
「はぁ? チーフ何言って……いゃ……とりあえずチーフ! あと10分で建物は爆発します! すぐこれ着て下さい!」
「ん? 根拠あるのか?」
「説明は難しいです! ただお客様を確認するためにも一刻を争います! 急ぎましょう!」
刈谷にとって理解が出来ない桜の認識。不可解な現象の元は、爆発に原因の発端があると感じた刈谷は原因の元を探るべく館に入る事を優先した。
桜は刈谷の必死な表情を見て、刈谷から見ても半信半疑な雰囲気で、それでも足早に、防護服に着替えために車へ向かう。
刈谷は爆発を警戒し、少し館より距離を開けて鉄柵の外側で着替える。そんな時、爆発の前に見た三階の窓の違和感あるカーテンの揺らぎを見る刈谷は、その揺らぐ隙間から刈谷を眺める人の気配を感じる。
――誰だ? お客様か?
目を凝らしてもっと鮮明に人相を確かめたかった刈谷だった。けれど、その観察は刈谷自身がせかせた桜の言葉によって確かめられなかった。
「春日! 行くぞ!」
「え……は、はぃ」――見えないな……それに春日はどこだ
「いいか! 今日は契約解除の連絡が顧客よりあったから、半年の義務期間の説明が目的だった! けれど事態は変わった! まずはお客様の安全確保だ! 二次災害を恐れない事が、今の時代の私達の仕事に意義がある! 顧客の自殺行為を防ぎ! 建物から遠ざける! 携帯している拳銃は許可しない!! 引火の恐れがある!! そのために私たちは鍛えている!! あと15分以内に支所に連絡しなければ自動的に応援が来る!! わかったな!」
「了解です!」――先ずは今の仕事を片付けることだな。
桜は通例的に、今から行う行動目的と、危険な可能性がある仕事を、あらかじめ理解してここにいることを言い放つ。
他人を護る事の難しさ。
入社したての職員は、顧客だけでなく、自分自身が危険に巻き込まる二次災害に躊躇し、突入直前に逃げ出す者も少なくない。
常に覚悟と迅速さが必要な現場。その覚悟を既に抱いている二人は、まがまがしい雰囲気が隠しきれない建物の玄関をゆっくり開ける。
「ふぅ……息苦しいわね……思ったより広そうよ」
「チーフ……よく見ると、爆発物が入口に固まっています。火薬まで乱雑にまかれて……簡単な引火で発火しますね。俺は先に三階行きます! 時間がないんです!」
「わかったわ……刺激しないようにね」
緊張感のある現場では、刈谷の癖のある話し方はなくなり、相手に伝わりやすい言葉になる。緊張感は桜にも伝わり、危険な業務に集中する。
古い年代の建物。玄関のドアを開けると目の前に横幅の広めな屈折階段。
階を上がるたびに、U字に階段への方向を変えるための踊り場がある。
刈谷は音を沈め、自然と猫足(膝を落とし爪先を内側にした状態)の動きで、突然の事に構えながらも迅速に三階を目指す。
一階を一部屋ずつ確認を始める桜はドアの開くきしみを気にしながら慎重に見回す。
二階を表面だけ見回す刈谷。部屋は二つあるが、中は確認せず、三階への階段に足を進める。
先急ぐ刈谷の胸中の複雑さ。刈谷を見て春日と呼ぶ桜。姿のない春日。爆発を起こした者。爆発によって時間がさかのぼった出来事。爆発物を設置して、ガソリンをまいた者。
刈谷にとってわからない事ばかりのなか、唯一の手がかりは、三階に気配を感じた誰か。同じ事が起きる前に。今を理解するために。