表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンクロディピティ  作者: 恵善
6/29

【ZONE】 スペックスローモーション

 15:38


「トラック!」


 刈谷はトラックが建物に衝突し、人工樹木を引きずりながら所内に侵入してきた事を確認しつつ、目の前の女性スタッフを飛散するガラスの雨から護ろうと思考する瞬間、刈谷は『現象』を目の当たりにする。


――なんだ!? これは!!


 それは刈谷にとって理解を超えた現象であったが、理解するのに十分な空間でもある。


――止まってるのか!? いや……ゆっくりだが動いてる! このガラスの破片……行き着く先の軌道! だ……だけど俺が早く動ける訳でもない! 意識だけがこの空間を理解している! 音までも!


 刈谷の回りにある無数の破片、耳鳴りのような音響の中、刈谷は破片を払いのける手が簡単に動かない。

 そして驚愕した表情で横に倒れようとする女性を抱き抱えようとする。

 あまりにも緩やかな空間。通常の何十倍にも感じる動くまでの時間。膨大に考えて行動できる思考時間。


 簡単に首も回せず、簡単に目も動かせないが、目に映る危険に対してだけを考えられ、散らばるガラスの様子から最悪な状況までにおちいるタイミングも感じられる。


――だ! 駄目だ! 彼女の頭の後ろに向かおうとする大きな破片! このまま抱き抱える前に彼女の頭に直撃する! そして、この現象はこの子には見えてないって顔だ! 俺を見ない! 何が起きているんだ? 俺だけか? 無駄に時間がある。もう一分近く経つか? この一瞬の事だけに!


 厚みのある硬化ガラスが、おそらく倒れずに女性にとって危険な位置でとどまる様子に見える。予想通りに先端を尖らせて女性の後ろにそびえる。

 刈谷の意識は先走るが、体は他の物体と変わらない為にもどかしい。そんなもどかしい表情を浮かべるのも時間が掛かるため、表情は端正に。しわ一つよせるであろう感情は頭の中で終わらせ、目の前の女性に集中する。


――駄目だ! 刺さる! 刺さる! どうする! 深く刺さらないために! 彼女を持ち上げるか! ガラスを蹴るか! 何かガラスに投げるか!


 すでにガラスに刺さるであろう女性の倒れる角度を考え、被害最小限にするために倒れる先を読み、体の向きを変える試みの最中、危険な角度に待ち受けていた大きなガラスが突然、一方からの力によりゆっくり破壊される。


――チーフ!


 破壊されたと思われる軌道の先には異常事態に即反応した桜が刈谷と受付の女性の緊急事態に反応できていた。その刈谷の行動を察し、拳銃により発砲していた。

 そして現象は終わる。


「がああ!」


「キャア!?」


 刈谷は素早く女性を抱えると体を反転させ女性の下敷きとなる。


「チーフ!!」


「刈谷!! トラックだ!」


「はい! 君はすぐにあっちに逃げろ!!」


「はぁぁぁ!」


 トラックが向かえないと思える先に刈谷の指で示す。

 女性スタッフは周りを見る余裕もなく走る。

 トラックは刈谷の真横を暴走しながらタイヤの向きが桜の方向に向き、付近の物を弾き飛ばしながら暴走する。


「この!」


 即走り出す刈谷はトラックの助手席側のサイドミラーに飛び付く。そして運転する男を確認する。

 そこには先ほど桜に契約を断られた男が柳刃包丁を助手席に置き、目に力を込め、歯に力が入っていると感じさせるほど固い顔をして桜を睨んでいた。


「この! ば……バカヤロウがぁ!」


 刈谷は両手で頑丈なサイドミラーをしっかり握り、左足をフロントガラスで踏ん張り、足のつま先を自分の頭の上に近づけ、爪先とかかとに鉛を仕込んだ靴で窓をかかとで蹴り割る。

 その無茶な身体能力に凶行を強いる男は桜を見る余裕がなくなり、刈谷を警戒する。


「く、来るなーー!」


 男は上着をめくり、山林開拓用かと思えるダイナマイトを見せる。そして一瞬ハンドルから手を離し、ライターを胸のポケットから取り出すと、短い導火線に火を付けた。


「バ! カ!!」


 その瞬間、また見える世界の動きが変わる。


――またか!?


 スローモーション現象とも言えるゾーンの世界に、刈谷は今最善と思える事を判断しトラックに乗り込む。


――間に合うか!?


 男は刈谷が車に入ったと同時に柳刃包丁を握り威嚇するが、ゾーン空間の中、意識のある刈谷は包丁の軌道を読み取り、簡単に奪い、体からダイナマイトを切り離す。導火線は既に指でつまめないほどの状態で消すことが出来ない。

 刈谷は被害を最小限にするため、柳刃包丁で滑らせるようにダイナマイトを切断しようとするが、おそらく一瞬だけ本音を表した微表情だったのだろうが、その男の顔はこの空間の中、はっきりと笑みに見えたため、切断を躊躇する。


――これは……お手製……この感触! まさか、原液のニトログリセリンか!? 外に! 無理か!?


 もしも原液であれば、明らかな接触や熱で簡単に爆発する代物。

 車の室内にいる刈谷にとって、この永い思考時間にあっても、間に合う手段が見つからない絶命覚悟の最中、運転席側の窓がゆっくり割れる。そこには拳銃で叩き割った黒い袖の手が見える。


――チーフ!


 刈谷は振動を与えるだけで今にも発火しそうな不安定なダイナマイトを、肘を曲げて投げる時間も短縮する様に、手の甲側で撥ねるように窓の外に向かって飛ばす。


――チーフ! 先端が発火! 無理だ!


――刈谷、正解よ!


 桜は既に爆発の秒読みも終えたダイナマイトを窓の外から右手を伸ばし、掴み、自分を中心に右に振り向き、遠心力で広い建物の高い位置に投げる。

 ダイナマイトはゆっくりと火の塊となり、ボール状のエネルギーが弾ける。

 桜はその衝撃に備えて低く構える。

 そして現象は終わる。


「わはははは! 死んだ! 死んだ! 死ん……え……ぎゃあ!!」


 目線で起きた一秒の出来事に思考が追いつかない凶行の男は叫ぶ余裕のある距離での爆発に混乱する。

 そして想像以上の爆発に回りのガラスは全て割れ、付近のインテリアは弾け飛ぶ。


「う! うわあああ! 何なんだあ! お前らは!?」


 刈谷はサイドブレーキを掛けると、余裕を取り戻し男に語る。


「はぃ~……明らかなぁ、諸々のぉ、事件の現行犯としてぇ、逮捕権行使してぇ……あなたを逮捕しますねぇ~」


 桜や刈谷にとっても現実味のない、余りの一瞬の出来事に、特に抵抗もしようとも、抵抗出来ないとも感じた男は言葉を失い、刈谷の取り出した手錠に素直に拘束される。


「水谷チーフ! か、刈谷さん! 大丈夫ですか!?」


「だ! 大丈夫だ! この男を連行してくれ!」


 激しい爆音に職員がすぐに集まる。

 既に手錠を掛けられている男は抵抗することもなく、職員により連行される。

 刈谷は苦い顔とはにかむ顔を交差させながら桜に近付く。


「ごほっ! ごほっ! 助かりましたぁ! 水谷チーフぅ! それでぇ……きっと……見えてましたよねぇ……さっきの現象」


 ちりやほこりの舞う所内。

 黒いジャケットや髪に降りかかったほこりを払い、頭を掻きながら上目遣いで桜を見る刈谷。その目の先には普段は見せない考え込む桜の表情がうかがえる。

 刈谷の言葉に即答しない桜の沈黙に刈谷は続けて話し出す。


「これってぇ……自殺者が出ない事に関係してないんすかねぇ……ていうか、前にも言いましたけどぉ、俺にとっては今朝も含めて毎日がぁ」


 刈谷の抽象的な疑念に、桜は非現実的な現象への思考を遮断する。


「刈谷! お前が感じた事は誰にも言うな!」


「言わないですよぉ……ていうか説明出来ないですよぉ……頭おかしいみたいでぇ」


「わかっているならいい……きっと緊急事態で頭が働いただけよ! スポーツ選手にはよくある話」


「野球のバッターが球が止まって見えるような……ですかぁ? まぁ、結果オーライですよぉ! 現場に戻りますねぇ」


「そうして! 無事で良かったわ……私は所長に報告する」


 桜は刈谷に背中を向け所長室に向かう。

 刈谷は桜の姿が見えなくなるのを見送ると、トラックの衝突により形が無くなった玄関に向かう。


「あ~ぁ……これはぁ叱られるだけじゃ済まないだろうなぁ……チーフ」


 白に美しく彩られたはずだったエントランスの変わり果てた風景に、爆発により人工造花の桜が散らばった玄関に、刈谷は溜息を残し支所を後にする。

 その頃所長室に到着した桜は体にまとわりついたほこりを軽くはたき、落ち着いたテンポで二度ドアをノックする。


「失礼します!」


 桜は室内に踏み入れるが、室内は誰の気配も感じない。桜は所内騒動の現場なのかと思考する。

 その頃刈谷は専任先に向かうため、駐車場で車に乗り込もうとする。


「刈谷!」


「あ! 町田所長ー! お疲れ様です! あの……支所が」


 刈谷が車に乗り込む瞬間、所長の町田が止めるように声を掛ける。それは刈谷にとっては慣れたタイミングであり、違和感なく町田の声に反応する。


「あぁ……散々な状態だな。本部への申し開きを考えなきゃだな……あの連行された男は契約希望者なのか?」


「あ……はぃ……水谷チーフの判断で審査に通らなかったのでぇ……基本説明した後断った様です。ですがぁ……その憤怒にしては行き過ぎてるとぉ……俺は思いますがねぇ」


「そうか……それで、今日の桜の様子は?」


 桜の様子を確認する町田。それがいつもの報告と思える雰囲気で自然と刈谷に尋ねる。

 そんな刈谷も素直に報告する。


「俺の見た限りではぁ、適切以上の判断力があるように見えますねぇ……ただ」


「ただ?」


「やはりちょうど半年前の専任道連れ……いゃ……巻き込まれ事件が引っ掛かりぃ……審査を厳しくしてるとは感じますがぁ」


 半年前の話を持ち出す時、無意識か、町田は刈谷にゆっくり背中を向ける事が多い。おそらく桜の様子を報告するようになったきっかけ。大抵町田はその時の話を聞くと簡単な相づちを返す程度である。


「そうか」


「一種の……記憶障害ですか……ね」


「わからんが……とりあえず謹慎10日と減給ってとこかな」


「え、水谷チーフに責任あるんですかねぇ」


「今回の事を本部に報告しなきゃだろう? そうすると誰の責任か追求される前に、即処分出した方が桜の為じゃないか?」


「まぁ……そうですねぇ」


「しかし、その事件以降かな……死亡者が現れないのは」


 体を向き直して刈谷に再び振り向く町田。町田にとっては珍しく半年前の話を持ち出す内容。それは今朝のような自殺未遂者の増加のせいか。そして、その自殺者の体験した不可思議な現象のせいか。


 思い出したのは自殺希望者が目的を果たせなくなった頃の出来事。それは刈谷が普段、町田に簡単に伝えていた出来事。

 時折町田から深く聞こうとすると、刈谷は口を閉ざすか言葉をにごしていた。ただ今日の出来事を桜と体験したこともひっかかり、刈谷にとっても理解者を増やしたい心境もあった。


「はい……チーフの視点で俺・が・死・ん・だ・以降……ですかねぇ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ