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シンクロディピティ  作者: 恵善
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【シンクロニシティ】 意味のある偶然の一致は想いが同調した必然の願い

 18:26 モンストラス世界。精神病棟。

 鈴村と桜と弥生の前に現れた春日。その春日に向かって鈴村が話し出す。


「手間を掛けさせたな。だが、もうあいつには何も出来ない」


「中々諦めてないよ、あいつ賢いからね」


 春日は目の前にある事務用のデスクの上に葉巻を3本転がす。それは本体の鈴村がZOMBIEより受け取ったリンク用の葉巻である。


「君たちにあげるよ。でも、無くしても知らないからね」


「え、これって何なんでしょうか?」


 鈴村と桜は葉巻をデスクから拾い、胸の内ポケットへしまう。そして桜が弥生へ答えを伝える。


「町田にでもあげればいいわ。貰っておきなさい。使い道がない人には持っていても意味ないわ」


 冷たさも混じる言葉に、一先ずは受け取っておこうと白衣のポケットにしまう。


「じゃあ、まあ、あとは君たちに任せているから、好きにすればいいよ。ANYから情報は聴いたし、管轄がどうしたいのかわかった気がするから、みんな仲良く頑張ってね」


 気のない雰囲気で、今にもあくびでもするのではないかと、これからの出来事に興味を持たない春日。それを聴いた桜は、今しか聞けないと思える事を問い出す。


「あの、キャリアってどんなものなの?」


 その言葉を聞いた春日は、頭を掻きながら鈴村へ向かって話し出す。


「なんだ、結構みんな本当に仲がいいんだぁ! 俺は、目の前の鈴村くんにしか言ってなかったのに、水谷くんまで知ってるなんて! 今さら、そんなに意味のないゲームのつもりだったんだけどね! まぁいいけど、あれはねぇ、宇宙の答えかな」


 雲を掴むような語り口調で答える春日。皮肉を込めたような名指しで鈴村を見るが、鈴村は動じない。その具体性を持たない答えに桜は言葉を返す。


「ただの遊びなの? 意味がないの?」


「意味を作れる環境も、もう鈴村くんがやってくれてるよ。じゃあ、どうなるか眺めさせてもらうよ。まだ刈谷くんが保有してるみたいだから」


「え? それって」


 三人の前からシンクロにより姿を消す春日。その言葉を聞いて、今必要な事を考える桜。それは、もしも地下二階にいる刈谷に備わっているものならば、デジャヴュが無くなる今、桜にとってチャンスであり、その正体がわかる可能性。けれど、もしも鈴村も狙っているのであれば、どのように奪えば良いかと頭によぎる。そんな思考が桜を支配している時、鈴村は桜に伝える。


「お前が刈谷を殺ればいい。奪うつもりはない。世界をひとつにすることだけが俺の目的だ」


 その言葉を聞いた桜は、心を読まれたような気分を隠すように自分の行動を話し出す。


「それでは、とにかく刈谷の所に戻ります。そして、自分がオリジナルの世界にします」


「ああ、そっちは任せた。弥生、尋ねたい事がある」


「は、はい。どんなことでしょう」


 Rの鈴村が弥生に尋ねる話に興味がない素振りで、春日が入ってきた地下への階段に向かい駆け出す桜。その時、桜の影は別の所いた。

 職員研修室で熱弁を振るっていた田村。すでに主要な目覚めている職員を残して、それ以外の職員はチーフである桜を探していた。


「また時間が戻りましたね田村さん!」


「ああ、これを本部の不死会議で実証できれば、俺たちは本部の職員となれるぞ! 所長になるまで待ってなんて老けるような事は飛び越すんだ!」


「僕の最大級のコネできっと管轄も聞いてくれますよ!」


 田村を含めた四人。その中にいる田崎。半年前に管轄に見込まれた事を自負する田崎は、普通なら対面も難しい管轄である鈴村との対面は可能である事を強く発言する。


「おお! 今すぐ俺たちの存在を、重要会議の顔として知らしめるぞ!」


「はい! 行きましょう!」


「そうですよ! さっきの駐車場で起きた不可思議な材料も言ってやりましょう!」


「さっきより早い時間なら邪魔されないかも知れません!」


 動き出す田村と取り巻き。意気揚々と四人で本部へと向かおうとした瞬間、その後ろに歩く五人目の桜の影は、その四人に見えている景色を変える。


「お? おい、ここは……お前らどこに見える」


「こ、ここは、さ、さっき来ました! ここは!」


「シッ! 静かにしろ……精神病棟か?」


「はい……そうです」


 声が響く広くない廊下。小声で話し出す田村と職員三人。守衛が気絶している様子と、開錠された扉から階段を覗けば、全ての鉄格子が開錠されているのがわかる。


「この階層は、刈谷と偽った春日がいる所か?」


「そうです。この階層の奥です。あ、声が」


 耳を澄ます四人。それは地下二階の階層の奥から響いてきた。それはRの桜がRの刈谷と、この世界について語り合っている声。


「じゃあ……さっき見たチーフは」


「さっきの私は、きっと人間……私はRよ。加藤達哉の館が爆発した時から、私は何度も時間が戻り、目覚め、理解した。意識が目覚めてからシンギュラリティ世界に行ったから」


「なんなんですか? シンギュラリティ世界ってとこは……え、チーフ!!」


 銃声が響く収容所。横から腕を撃たれた桜。その衝撃に、白い天井を見上げながら、刈谷の目の前で倒れこむ。しかし、その様子を桜は知っていた。影で田村の様子を監視していた桜。この階層にシンクロさせ、想像通りにこの階層の事を調べ、そして声を張り上げる自分の声の元に近づき、この話に興味を持つことを。


「あああ!!」


「春日さん……俺もそこんとこ気になるんですよ?」


「田村!? お前……何してる!!」


 即座に職員によって囲まれ、行動を制限させられる桜は、自分が緊迫した状況であることを演出する。


「くぅ……田村! 私を殺せ!」


「チーーーフ! 近いうちに会えましたね。そんな事したらまた逃がしちゃうだけでしょ~! さぁ! 俺の話をちゃんと聴いてもらえますか?? こ・こ・に 導かれた理由も含めて! そして、シンギュラリティ世界~? なんですか~? その興味の絶えない世界は~! そこが俺達の求める世界なんでしょ~? ず るいなぁ~……拘束しろ!!」


 桜にとって悪人としての演出を期待以上に天然でこなしてくれる田村の言動に、下をうつむいた桜は、微笑みが止まない表情を長い髪で上手に隠す。

 刈谷を助けたかった全てを知っている上司が、真実を伝えるタイミングを見て、今やっと伝え始めた時に現れた田村という悪人。体を張って守りたいが、後ろ手に手錠をされて猿ぐつわにより発言力もない無力な自分。あとは、いつ刈谷が収容されている白い鉄格子の鍵を開錠しようかタイミングを図っていた。それは田村と刈谷で同士討ちとなる可能性。


「春日さん。あんたも拘束したいが……あんたはあなどれない。ちょっと厄介だ。しばらく留置されててよ! 用があるときに来るからさ?! ハハハハハ!!」


「チーフ!! てめえ田村ー! かかってこいよ!!」


「耳付いてんのかい? カ・リ・ヤ・さん! ハハハハハ! 壊れたあんたから聞いても役立たないでしょ! 撤収するぞ! ん? なんだ?」


 気配を感じない田村の取り巻き。それは息を殺したようなものか。振り向けば突然の暴力により声をあげる職員。


「がぁ!」


「ぎゃ!!」


「おい! 職員! 誰だ~? あんた!」


 桜に放った田村の銃声が耳に入ったRの鈴村。その経過を眺めに来た地下二階。そこに立ちふさがった田村の取り巻きである三人。一番後ろから構えていた職員の田崎は後ずさり、言葉も出せず口を何度も開閉させると、戦意を失ったように廊下へ腰を落としていた。その様子を知らない職員は立ち向かい、一声を発すると同時に廊下へ沈んだ。


「鈴村管轄!!」


「か! 管轄!?」


 田村が一番に対面したかった管轄である鈴村。その人物が目の前に現れるということ自体が世界に対して疑いの止まない田村にとって、それを受け止める気持ちの余裕はなかった。


「か、管轄~? は! なんでこんなタイミングで……俺は騙されねえよ! 今日の全体業務は確認してる! 管轄は本部の不死現象会議の真っ只中だ!」


「あぁ……出席してるさ……俺が」


 Rの鈴村からすれば真実。本体の鈴村がZOMBIEを利用したことはANYで確認していた。この世のわずかなことわりだけしか体験していない田村にとってZOMBIEの存在は知るよしもなかった。そして、それを丁寧に話して理解してもらう気も、鈴村にはなかった。


「は!? 馬鹿な……ん……俺は目がおかしいのか!? 色が……とりあえず、もう上下関係なんてどうでもいい! あんたも倒れときなあ!」


 それはZONEを備えていない腰を落とした田崎から見れば、1秒を数えたかどうかの一瞬。神と崇めていた田村が世界のトップである鈴村にまばたきの間に倒される瞬間。現実を理解しきれない田村にとっても、それは次元が違う強さであり、悔しさの言葉だけを残し、心も折られる瞬間でもあった。


「がぁ! う゛がぁ! ご、ごの化け物があ゛!!」


「刈谷!」


「え!?」


 収容室の鍵を投げられた刈谷。それは刈谷からすれば隔離の必要性が無くなった事を伝える行動。


「か、管轄!」


「お前は身元だけ自分に戻れれば問題ないのだろう? 戻してやる……そして今日からお前がこの支所のチーフだ」


 突然伝えられる昇格。それは現チーフである桜の身を案じる。


「管轄、けれど……それでは水谷チーフが」


「いいの……あなたが無事であるなら。私は春日が死んだのを確認した時に芝居をした。あなたが春日であることに否定を続けると、壊されてしまう可能性を感じたから」


 芝居を何度も繰り返すRの桜。全ては刈谷のために動いた芝居であり、その答えが今明かされた事を誠実に伝える言葉の裏には、刈谷からの完全な油断を誘う。


「水谷。余計な事はしない事だ! だがお前は賢い女だ……二度同じ事はしないだろう。お前にはこの支所の所長に任命する!! 町田は本部への転属。事実上の昇格だ。皆でここの秩序を護ってくれ。田村は職員のマインドコントロールによる職務妨害により警察に連行! その他共謀した職員は追って処分を下す!  以上だ!!」


 全ては直前に決まっていた筋書き。一切の隙も与えない言葉。善意の者は誰も犠牲にならず、悪意の者は制裁を受ける決定。その静まり返る空間で、唯一納得のいかない無知なる悪意は立ち上がる。


「はぁ……はぁ……こんな茶番……俺がリセットしてやる!! ハハハハハ!! もう失敗はしねえ! あばよ」


「くっ!! 田村!!」


 その銃弾の反響音が無くなったとき、Rの鈴村と桜は理解した。予定通りにデジャヴュは終わり、この世の不死現象が終わった事を。


「どういう事だ? 戻らない……管轄、これは」


「田村はこの世の歯車から外された。誰にも、田村を落ち着かせる場所が見当たらなかったんだろう……タイミングでもあるのかもな」


「管轄……春日の婚約者は」


「壊されてなければ、どこかにいるだろう……大丈夫だ。もし消えたとしても、消えたのはRであり、本体は生きているはずだ」


 Rの桜から聞いていた直前までの出来事。刈谷にとっても、それを疑う理由はどこにもなかった。いまだに部屋で震える咲の姿は、桜の影にしか見られていなかった。


「この世界は……造られた世界なんですか?」


「この世界の住人である限り気にする事はない。余計な詮索は本体ごと消えるぞ。ここは戦争の頃から呼ばれ始めたモンストラス世界という地球。事の大きさで勝手に呼ばれてきたが、そのうち……いや、とにかく今の秩序を保ってくれ」


「え……はぃ! 職務は全うします!」


 平和であることが全てである刈谷。自分の存在を認められれば、不都合のない世界。期待を込めた昇格とは別の思考で、鈴村と桜は目を合わし、これから起こることの合図でもあった。

 田村の死体を残したまま、すぐに立ち去る田崎を含めた職員三人。その目撃証言として十分な役割として、見られて良い全てのことは完了した。


「水谷、次するべき事はわかっているな? 後の事は任せる」


「はい、承知してます。お任せ下さい」


 事態が収まり、居る理由が無くなった鈴村は走り去った職員の後ろから続いて歩き出す。鈴村の足音が聴こえなくなった時は、倒れた田村を含めた三人しかいなくなった収容室前。


「チーフ……いゃ、所長。ここから消える理由がないんじゃないですかぁ?」


「ふぅ……綺麗にまとめられたものね。立場も処分も目覚めた者の混乱も、全てを静めた……あれが鈴村和明……モンストラス世界の管理者として適任ね」


「はぃ……まあ、悪くないですねぇ……ん……共感覚が消えた。これって、何か意味があるんですかねぇ」


「本体とRが同じ世界に現れる時、本来あってはならない情報が近い場所にいることで、同じ情報があるために、この世界に負荷がかかる」


「じゃあ、管轄はこの世界に2人?」


「そうね……そして、負荷が掛かり過ぎると何かを削除、又は最適化され存在の一貫性を保つ事になるのよ」


「昔から、ドッペルゲンガーを見るとぉ、早死にするっていう理屈な訳ねぇ」


「管轄以外で見えはじめた時には、何かある時よ。用心しなければ」


「ありましたよねぇ、共感覚見えた事。あの館で。そしてぇ、これで平穏なんですよね。今まで通り、自分の世界でいられるんですよね」


「そうね……そして、さよならよ刈谷」


 桜からすれば、田村を利用することで確認が終わった最後の作業。その一発の銃弾は、桜の野望が詰まった未来への期待。春日の言い放ったキャリアが手に入る期待。田村を追いかけるように、田村の上へ覆いかぶさる刈谷。支所の中でも非凡な身体能力を持つ二人は桜の野望という眼下に沈む。

 銃弾がかすかに聴こえたRの鈴村。ひとつの節目が終わった事を理解した。Rの鈴村は振り返ることなく、地下一階にある倉庫へ向かって歩く。Rの弥生から預かっていた鍵を使って開錠すると、そこには、焦げ臭い動物性の皮のような匂いが漂っていた。それは、加藤達哉の館の倉庫に固めてあった品々。

 各々の目的にたどり着き、先に進もうとするRの鈴村と桜。デジャヴュの存在しない新しい時間が進みだす。


「やっと……殺せた。始まるわ、私の新天地」


     ◆◆◆


 18:59 シンギュラリティ世界。管轄室。

 ノイズ混じりなANYの報告アナウンス。拳銃に銃弾を装填する桜。壁中のモニターは割れ、破損し、どれだけの機能を有しているのかわからない管轄室。それはすでに緊急事態と判断された空間。外部の音が遮断されていた管轄室のドアは緊急解除され、救急セットの鞄を持ちながら、すでに管轄室の外まで来ていた弥生は室内の様子に驚き、桜へ近づいた。


「桜さん!? あなた大丈夫? ひどい傷じゃない! 病室から消えていたから探していたのよ!」


 無言でゆっくり立ち上がる桜。弥生の声を一切耳に入れない様子と管轄室の破損状況を見て、続けて話しかける。


「これ、あなたの仕業なの!? どういうつもりなの? 管轄は? いったい何があったの!!」


 その言葉にも反応を見せない桜は、静かにリンクルームへ近づく。そして、ANYに言葉を放つ。


「ANY。聴こえてるでしょ? 私をRの鈴村和明まで運んで」


<モ……ト……-LI……YO……FE-R-鈴……明-……ス……ス-不在>


 ノイズが酷く、聞き取れないアナウンス。その空間の中でも、ノイズが混じっていないスピーカーの音が聴こえてきた。それは今から入室しようとするリンクルームのスピーカーである。


「ANY……Rの鈴村のところへ連れていって」


<モンストラス-R-鈴村和明-ロック不能>


「どういうこと?」


<R-鈴村和明-認識データ不足>


「ANY……それなら、人間の鈴村和明のところへ連れて行って」


<リンクルーム-モンストラス-目標-鈴村和明-目標-ロック-転送開始>


「ちょっと!! 桜さん! どこに行くつもり!?」


 本部の職員のほとんどは管轄である鈴村の行方を追っていた。桜の暴挙に、すぐに見つけられない職員を探して助けを呼べばいいか、拘束すれば良いか悩む弥生はリンクルームの桜に駆け寄る。すぐにリンクルームのドアを閉めようとする桜。しかし、破片がスライドドアの途中に挟まり、勢いよく閉めることが出来ない。その破片を先に拾う弥生。そして、自分の行動を投げかける。


「桜さん! 私は医者よ!? どんな気持ちであなたを治療したと思ってるの! 怪我人を一人で放っておくことなんか出来ないわ!」


「早く閉めないと、あなた死ぬわよ?」


 リンクルームはすでに作動している。その空間に一歩足を踏み入れている弥生。体の半分をリンクさせられる可能性と桜と一人にさせられない事に、桜の入室しているリンクルームへ入り込む。


     ◆◆◆


 19:03 モンストラス世界。精神病棟。地下三階。

 白い鉄格子が並ぶ地下三階。そこは一人部屋の存在しない共同収容室。1部屋に10人は収容できるその空間では鉄格子にしがみつきながら叫ぶ声が階層に響く。


「おいおいー! メシはまだかよぉー! 食わせる気がねーなら最初から助けてんじゃねーよ!!」


「あはははぁぁあぁははあ……これ、白って言うんだぜぇ……白って知ってるかい? 白だぜぇ白! 白!! あははははあ!!」


「本当だぜぇ!! 屋上で地割れが起きたんだぜ!? 地割れ!! 割れたんだよ!! 俺は頭おかしくねーぞ!!」


 自殺を繰り返し行った者の収容室。改善が見込まれる者は地下二階の階層へ上げられるが、自分は真実を言っていると言えば言うほど、改善の見込みがないと判断され、長期に渡って収容されている。ほとんどは叫び、自分の真実を訴える者。中には収容者へ暴行を繰り返し、中には自殺を繰り返し、中には、繰り返した自殺により、自我を失った者が集団生活をしていた。

 その収容者が鉄格子に立ち並ぶ奥に一人、片膝を立てながら座りこむ銀色のフードコートを被った男がいた。その男は、長身な体は座っていても存在感がある鈴村。そして、鈴村に対して話しかける者がいる。


「なあ、あんた、いつからここ居る? 俺も今日入れられた者だけど、あんた、居なかったと思うんだよな」


 フードを深く被った鈴村が少し見上げると、その話しかける男に見覚えがあった。それは、ファイルの写真の男。本部で渡された支所でトラックを暴走させた男である。


「なんだ、無口な奴だな。俺は『出浦いでうら』って言うんだけどな、俺は、なんでやっちまったのか、よくわからないんだよ」


 まるで自分の意思とは無関係にやってしまった暴挙だと独り言のように話す出浦。まともな話し相手が見つからない地下三階の収容室では、言葉を発さない鈴村が一方的な話を聞いてくれるような相手に思えた。


「なんだろうなぁ……確かにここの審査に落ちてムカついてはいたけどさ、俺には大事な家族がいる。あんな事、考えもしなかったんだぜ? なんていうか、やらなきゃいけないって思ったんだよ、て言っても、実際やっちまったからなぁ、まあ死人が出なくて良かったよ」


――ここの収容者たち。中には目覚めて死を繰り返した者もいれば、自殺をする直前に幻覚のような物を見せられ躊躇したもの。確かに自殺を実行する前には、それを食い止めるための緊急処置プログラムは用意していた。しかし、シンギュラリティ世界の物体がモンストラス世界に強制リンクを繰り返すバグが度々発生したため、プログラム停止をしていた。それに、今話しかけているこの出浦は、明らかに自分の意思とは違う。春日の仕業か。


---*---

 自殺者に対して行っていた緊急処置プログラム。それは自殺を躊躇させるためにデータを作り出し、それを具現化させるもの。しかしそれは目覚めた者にとって、この世界に対して疑問をもたれることにもなり、狂信者を作り出す材料にもなった。それが再び作動した理由を考えたとき、それはANYに潜伏していた春日の存在が頭に浮かんだ。

---*---


――春日が俺をシンギュラリティ世界から遠ざける理由。それはANYに対しての命令を防ぐため。ANYに命令をした場合、命令をした者にしか解除できない。声帯が同じなRの鈴村の命令であれば、俺の声で解除できる。それを防ぐため。それ以外で解除するには、命令の優先順位が高い者から、死亡が確認された時のみ。俺を殺したいが、殺せない、というところだろう。


---*---

 自分がここにいる状況を分析する鈴村。鈴村が生きている限り、Rの鈴村の命令はくつがえされない。その命令が完成するまで邪魔がされない精神病棟へ収容された本体の鈴村。そして、この階層の収容者が叫ぶ言葉にも一理あり、違和感があった。普段は収容者が騒げば守衛が見回りに来たり、定期的に食事を配給する。その様子が見えない事に、守衛の身に何かあったのではないかと想像する。それはすでに全ての階層にいる守衛を気絶させている春日の仕業。丁寧に地下三階から上階に向かってひとりひとりの意識を奪っていた。

---*---


――葉巻は全て奪われた。今俺が止めるすべは見つからない。可能性があるとすれば、シンギュラリティ世界のエンジニアである町田が全てに気づいていれば、何か対応をするかもしれない。今日も何度か潜入していたはずだ。しかし基本的には秘密の漏洩を防ぐため、町田が死亡しない限り代わりはいない地下施設。シンクロの開発報告以降、連絡はとっていない状況で、誰かを派遣させる可能性は不明だ。


「……ってどう思うあんた?」


 独り言のように話を続けていた出浦。何を話していたか耳に入っていなかった鈴村はゆっくり立ち上がり、それまで一度も言葉を返していない鈴村は出浦に発言する。


「出浦さんだったね。なあ、あんた、俺を殺せるかい?」


 出浦の目は仰天していた。それは、鈴村のこぼした言葉よりも、鈴村の向く方向の逆に立つ、桜の姿だった。


「私にはできるわ。鈴村―――!!」


 鈴村へ向かって地面を蹴り出す桜。その桜の脚力は一瞬で鈴村の懐まで飛び込む。両腕を交差して防いだ鈴村は、肩から突進してきた桜に弾かれるように吹き飛ばされる。鈴村より後方にたむろをしていた収容者たちは、その鈴村を支えることも出来ず巻き込まれるように飛ばされる。背中を鉄格子まで弾かれた鈴村は、意識を失わないようにすぐ立ち上がり、鉄格子に手を持たれながら話し出す。


「水谷……ハァ……ハァ……その力……は、まさか、加藤の……」


「があああああああ!!」


 再び鈴村へ突進する桜。その形相は鈴村が加藤達哉の館でみた加藤そのもの。横に避ける鈴村が着るコートの脇には桜が鷲掴みに突き出した右腕がコートを貫き、鉄格子の外へ肘まで抜き出ていた。鈴村はその腕を脇で挟み、問いかける。


「水谷!! しっかりしろ!! お前は、加藤の能力を受け継いだのか!?」


「ぅらぎり者があ!!!!」


「ぉおおーケンカだぞ!!」


「お? 女じゃねえか!! ハハハ!! 何の余興だ? 俺も混ぜろよ!!」


「裏切り者? 水谷!! お前はなぜ俺を狙う!!」


 別の収容室から野次を飛ばす声。それらが耳に入らない桜は腕を引き抜こうとする。しかし鈴村はそれをかたくなに離さず、問いの答えを待つ。


「鈴村!! お前は言った!! 恭介を助けるために撃てと!! なぜ恭介は死んだ!!」


「加藤の館で俺が言った話とは違うぞ!! 殺すのはお前と春日だと言った!! 何の話だ!!」


「お前は本部の病室と管轄室で!! 私にモンストラス世界にいる刈谷を殺せと言った!!」


「俺は治療室にお前を運んでからは、一度もお前と会っていない!! それは俺のRだ!!」


 桜の力が弱くなる。それは食い違う話。動きを止められた事で話を聴くことができた瞬間、お互いの認識が大きく違うことに鈴村を攻撃できなくなった。


「ど、どういうこと……私は……騙されたの?」


 腕を離す鈴村。そしてゆっくり語りだす。


「お前とは管轄室で会っていない。俺は、ファクターである春日と、Rの俺によって、ここに閉じ込められた……全ては、罠だ」


 桜からの言葉が返ってこない。初めて聞いたファクターの名前。聞き覚えが強い名前。呆然としたその背中には、桜の力によって弾き飛ばされていた収容者たちが立ち上がり、桜と鈴村を取り囲む。


「おい、あんたら一体なんなんだよ……何のつもりだあ? 殺すつもりかぁ? 殺せるもんなら殺してみろよぉ」


「へへ、あははぁ……女だぁ……あひゃひゃ、なんのサービスだぁ、これはぁ」


 拳銃を取り出そうとする桜。そして腕に付着した赤に気づく。その赤は、鈴村の脇から流れていた。


「水谷、俺は……しばらく動けそうにないが、お前の拳銃を貸してくれ。こいつらを抑える。お前の……今の力なら、ここからは出られるだろう」


 言葉を返せない桜。自分は何か大きな間違いを犯してしまったのではないか、そして我に返って気づく、自分にある不可思議な力。それが何か全く理解できなかった。どうして良いかわからず、そして収容者がジリジリと間合いを詰めてくる切迫に、ひとりの声が響く。


「ちょっと!! あんたたち!! 何してんのよ!!」


「ぃて!」


 鈴村と桜の前に立ちはだかり、近寄ろうとする男に突然平手打ちをする弥生。


「女囲んでいきがってんじゃないわよ!! だからあんた達モテないのよ!! それで、ここは何!? 刑務所? 違うわよね!! 鉄格子が白い刑務所なんて知らないわ! 精神病院かなんかなの!? 誰か答えてよ!」


 弥生の一喝によりたじろぐ収容者。その収容者によってできた人の壁の奥から、出浦が前に出てくる。


「気持ちのいい啖呵たんかだね、お姉さま。確かにここは精神病棟ですよ。自殺志願者が必ず閉じ込められる場所です」


「そう! じゃあ私が全員の話を聞いてあげるわ! 座りなさい!! ……早くしなさい!!」


 弥生の言葉に声も出ず、ひとり、またひとりと座りだす収容者。その気合に、桜の表情にも笑みがこぼれた。


「ハハ……弥生さん、すごいわ」


「桜さん、事情は知らないけどね、管轄と話さなきゃいけないことあるでしょ! 納得するまで話しなさい! これ、救急セット! 手当してあげてね。消毒と止血用のテープ使って!」


 弥生の指示を受けながら鈴村の治療をする桜。その間に、鈴村に起きた出来事を桜へ話した。弥生は横耳で聞きながらも、興奮していた収容者の話を聞いて落ち着かせようと、まずは最初に話し掛けてきた出浦の話から聴き始める。


「……というわけで、俺は、ここで審査に落とされて、なぜか誘導されるようにトラックでここの支所へ突っ込んだんですよ。そこの水谷っていう女性に向かって……なんか雰囲気違うけど」


「じゃあ、あなたは自分の意思じゃないわけね! 私は信じるわ! だってすでに今日はおかしいことばかり起きているんですからね! きっと何か理由があって、あなたは巻き込まれたのよ!」


「本当は、今日は息子連れて、家族で夜桜を見に行く予定だったんだ……それなのに、こんなことになって……ああ、息子に会いてえよ!!」


「え? あれ?」


 弥生が疑問を発するその収容室で、皆が息を飲んだ。目の前で起きた事態に、理解が出来なかった。

 19:11 モンストラス世界。本部会議会場。

 本部の職員が総動員で警護している会場。政治家だけでなく、自殺者ゼロという不可解な不死現象を疑問に思う一般人も含めて討論し、話し合う会議。代表的な要人が座る円卓の中の一人、鈴村のZOMBIEが熱弁を奮っていた。


「皆さま!! これがおかしい事とは思わないで下さい!! 我々LIFE YOUR SAFEは自殺者が未遂で終わるように完全なる監視の元!! 多発する自殺に対して要警護してきた結果が自殺者ゼロとなったにすぎません!! それが100年以上前から始まった我々の理想であり、価値でもあるのです!!」


 ZOMBIEの鈴村が放つ言葉に、一般人が手を上げる。その手はどの大人よりも低いところから伸びた手であり、目につかないその手を見つけた職員がマイクを持って近寄る。それは母親と一緒に訪れた男の子の手だった。年がふた桁になったかどうかの子供の手は震えながら、それでも鈴村へ伝えたい言葉を話した。


「ぼ、ぼくのお父さんは……今日、悪いことをして……捕まり……ました。けど、けど……僕のお父さんは……そんなこと……絶対しない……です。だって……今日は……山でのお仕事のあと……夜桜を見に連れて行ってくれる約束したんだ!! お父さんに! 会いたい!!」


 その言葉は会場中に響く、それは、父親を心から信じている子供の叫び。それは、この世界で何かおかしい事が起こっているという訴え。心に響く者。涙を流すもの。すでに目覚めて、この世界に疑問があると思いうなずく者。その中で叫び始めたのは、すでに目覚めている者だった。


「キャーーー!!」


「どうかいたしました?」


「消えたわ!! 子供が消えたわ!!」


 マイクを持ちながら叫び始めた女性に近づく職員。叫ぶ女性が目を疑うように直視する位置。そこは直前まで発言した子供と、その母親の座っていた席。すでに二人の姿はなく、それは最初からその場にはいなかったように、その席は別の人物で埋まっていた。けれど、目覚めている者にとっては、それは直前まで確実にあった事実であり、注目されたその子供を何度も目を配っていたはずであった。

 目覚めていない者たちからすれば、突然取り乱した女性の精神を疑ってしまう光景。左右の者とざわめき始めながら苦笑混じりに理解を求める。これが何か蔓延した病気か何かではないのかと、腕を組み、この会議の意味を再認識しながらうなずく者や、哀れな目で心配しながら心を痛める者もいる。その中で、その取り乱す女性を後押しするように、発言する者も現れてきた。


「俺も聴いていたぞ!! 姿は見えなかったが、確かに父親に会いたい気持ちを語っていたぞ!!」


「私もよ! 確かにその辺りで、勇気を振り絞って、発言してたわ!! どうしてみんな! それを忘れてしまっているの!?」


 数百人が眺める広大な会議会場を傍観する者の中で、すでに目覚めた者からの発言は、あまりにも弱かった。見間違え程度や聴き間違え程度にあしらわれる雰囲気。再び、鈴村を含めた中心人物だけの会議となり、それまでのことは風のように流される。

 19:12 モンストラス世界の本部と支所の間にある川を挟んだ陸と陸をつなぐ陸橋がそびえる付近には、桜一色に咲き乱れていた。川沿いの歩道を歩く三人の家族がいる。それは母親と父親に挟まれて手をつなぐ満面の笑みを浮かべた子供の姿。


「予定通りに桜が見れて良かったわね」


「ああ、まだまだ仕事を頑張るからな! 父さんは出浦家の柱なんだから、こいつが大きくなるまでは父さん頑張るぞ!」


「うん! お父さん! 頑張って!」


 本部の会議会場にいた事を知らない子供。そして、その日にあったトラックの暴挙も知らない出浦。強く願った想いは、目覚めていない者たちには、それが間違いのない現実。それは世界で、相次いで発生していた。

 19:13 モンストラス世界。精神病棟。地下二階。

 シンギュラリティ世界と時間が自動調整され同期した現在。


 目の前に倒れている田村と刈谷の亡骸を眺めながら、壁にもたれて座り込むRの桜。すでに最後の会話から20分ほどその場で考え込んでいた桜は、立ち上がり、倒れた刈谷を見ながら独り言を漏らす。


「なんなの? 何にも感じないわ。私は二人の刈谷を殺したのよ? どうして実感が沸かないの? キャリア? ふざけないでよ! 無駄ね」


 二人の亡骸に背を向けて階段へ向かう桜。歩きながら目を細めて、自分の野望の成就を想像しながらも、刈谷の亡骸の隠滅をするために自分の影だけを振り返らせた時、それは影の視界で二人の亡骸を見た瞬間、見たこともない認識色が見えた。


「な、なんなの!?」


 振り返る桜。そこには虹色に光り輝く二人の亡骸。それは亡骸のはずだった。

 デジャヴュが起こらない世界。時間が戻らない世界では、刈谷と田村が動き出す事は起こり得ないはずだった。喜怒哀楽を感じず、恨みも疑問も感じられない表情で、桜に正面を向かせながら立ち上がる刈谷。続いて刈谷の背中で横を向きながら立ち上がる田村。二人に感じるクオリアは、本人以外の誰かだった。

 胸を張りながらハの字に両腕を広げ、媒介ばいかいしたパフォームが確認をする。


媒体ばいたいR-田村龍平-完了】


【媒体R-刈谷恭介-完了】


【ミッション-開始】


 19:14 精神病棟。地下三階。

 収容室の中では歓声が上がっていた。それは弥生を取り囲み、目覚めている者も、目覚めていない者も、目の前で起きたその事実に弥生を崇める。


「神だ!! あんたは俺たちを救いに来たんだ!!」


「あんたは俺たちを新しい世界に導いてくれるために現れたんだ!!」


「俺もあんたに懺悔する!! 願いを聞いてくれ!!」


 収容者であった出浦の想いを聞いていた弥生。その最中に、強く家族に対しての願いを念じた出浦は、その日に行う予定だった家族との夜桜を楽しんでいる。息子に会いたいと願った出浦。それを強く弥生に懇願した結果、その場から消えた事実は、願いを受け止めたと錯覚させた。


「ちょっと……え、どうしよ」


「あははぁはあぁ……神、かみ、あはははぁ、神っているんだなぁ」


 自我を失っていた下村敦。地下二階から地下三階へ収容された男。少しずつ言葉の認識を取り戻しつつ、収容室の男たちの間を這いずるように弥生へ近づく。


「神……さまぁ……俺……俺……だいじな……人、いた、はず……思い……出せない……逢い……たい」


 デジャヴュを繰り返していた下村。記憶がほとんど壊されながらも、欠落した記憶に、温かい感情が残り、目からは涙を流していた。その悲痛な声は、桜にも痛いほど伝わる。大事な存在を失う気持ち。その気持ちはこの世界の被害者だと感じ、弥生の後ろより言葉をこぼす。


「きっと思い出せるわ。強く、強く思い出して。大事な人の思い出は、きっと苦しくないはず」


「そうよ、そんなに逢いたいなら、相手も願っているはずよ」


「死ぬ……前に、一度でも……思い……出し……たい」


 下村へ期待の言葉を投げる桜と弥生。記憶では思い出せない下村は、その感情だけを強く感じて、感情が逃げないように、大事に心を保つ。

 19:16 モンストラス世界。郊外。

 一片の灯りも見えない場所。そこは風が強く、波の音が響いた。そこに激しく光る二つ。車のヘッドライトに照らされた先には、柵のない眼前の崖。ひとりの女性が乗車していた。簡単に稼働するエンジン音。ギアをDに合わせる。女性は強くまぶたを閉じるとブレーキから足を離し、着実に前進する車。強く瞑ったまぶたを見開くと、アクセルに足を踏み変えた。


「え!!」


 その時、ボンネットに柔らかい衝撃と共に、何かが墜ちてきた。誰の存在も感じないはずだった。むくりとうごめくその物体は、明らかに人である様子を形どっていた。サイドブレーキを上げ、運転席から外に出る女性。ライトに映し出す前に、女性には誰であるか察しがついた。


「敦!! 敦でしょ!? どうして、あなた……私を止めに?」


「うぅう……神さま……に、助けられた……俺、逢った……ことある……君に逢ったことが……ある」


「あなた……私が……わからないの? 精神状態が悪化したって聞いて……もう、何も理解できる力がないって聞いて……わたし」


---*---

 精神病棟の地下一階から半日で解放されていた下村の妻。その時に聞かされた夫である下村敦が完全に自我が崩壊して、無期限で長期な入院を強制させられた事をRの弥生から伝えられた。それを知って向かった先が今朝訪れたこの崖だった。一人では未来が見えないこの世界。今朝、二人で飛び立とうとした別の世界。自殺願望のある夫。バグにより娘が妻となった混沌の世界。目覚めていない妻。同じように心が壊れることが出来ないのであれば、先に無になろうとしていた。

---*---


「俺は……あなた……を思い出せない……けれど……あなたが……大切」


「私も、あなたがいればいいわ。あなたは、私の一部よ」


 ボンネットの上で抱きしめ合う二人。空では、人工的に作られた流れ星が、まばたきを二回できるほどゆっくりとした時間を二人へ運んだ。

 全てが混沌であり、けれど、最後には繋がる『意味のある偶然の一致』。

 目覚めていないものには、それは日常的に、予定通りに、当たり前に訪れた再会。

 目覚めた者には、試練の果てに見ることのできた『神に与えられた必然的な願い』。

 実際は、お互いを想いあい、願った『必然的な想い』がシンクロニシティを生み出した。


     ◆◆◆


 19:18 シンギュラリティ世界。地下施設。

 町田は壁全面にいくつものモニターが360度に張り巡らし、眺めることのできる広大な部屋で、モンストラス世界におけるシンクロの状況を眺めていた。


「んー。中々いい話だなあ。気持ちが同調した人間は、全てが偶然で運命的に思える奇跡、かぁ」


 傍観者としてシンクロが発生した現場を眺める町田。全てのモニターには、全て違うシチュエーションでお互いを想い合う者同士の出来事。近くで、または離れた場所で奇跡の体験をする。


---*---

 遠く離れた地域で親友の愛用する眼鏡を偶然見つければ、もう一人の想われている親友は、遠い地で眼鏡を偶然見つけた親友の愛用するコートを見つける。お互いの記憶は都合よく、そして直前の日に交代するように遠い地へ訪れた話となる。それはお互いが相手への友情や愛情を強く同調した時に、相手に関係するものを見つけたいという気持ちがシンクロにより結果だけを体験させる。

---*---


 想い合う者同士が、いつも意識していれば、それが想像もしなかった場所で出会い、発見し、伝わる奇跡。目覚めていない者には、直前の記憶は、つじつまの合う記憶としてインストールされ、目覚めている者は、自分に備わる未知なる能力に酔う。


 Rの鈴村が最後にANYへ命令した『全R人類へのシンクロ』は、すでに再会を諦めていた者は出会い、すでに生還を諦めていたものは助かり、すでに見つからない大事なものが見つかるという奇跡を運んだ。それは時には感動を呼び、時には悲しい結果にも繋がる。強く願う目的は、強く願えば達成できるという全ての可能性をモンストラス世界の全人類に備わせた。それはRの鈴村にとって、追悼の記念品を配るかのように。


 Rの鈴村の真意がわからない町田。そしてモニターには、町田の目に映る桜の姿がある。


「Rの水谷桜か。桜ちゃんじゃぁ、パフォームには勝てないよ。逃げることしかできないだろうな。見届けるよ、ここで最後まで」


     ◆◆◆


 19:19 モンストラス世界。精神病棟。地下二階。


「くぅ!!」


 自由がきかないように垂れ下がった左腕。右手で拳銃を握りしめ、狙いながらも後退を続けるRの桜。地下二階の収容室の鉄格子は曲がり、白い壁や床は所々ひび割れ、砕けている。近づくことを避けるRの桜は完璧に拳銃で照準を合わせ、防ぎきれないという自信を持って田村へ発砲する。


【フェム-second-time+10(秒)-確認済】


 それはRの桜が発砲する10秒前の田村の視界。目を使って見るものではない世界。Rの桜の影が見るR人類の認識色のように、パフォームには光を放つ認識できるラインが見える。そのラインは光り輝き、その光が強いほど、その波のように揺らぐ波長が緩やかなほど、田村を媒体として活動するPの『行動すれば良い方向』がわかる。それは常に10秒先を同時に観察している。

 モンストラス世界はシンギュラリティ世界の操作により、近い未来へ進ませることができる。そして大きく影響のない数秒は過去へ戻ることもできる。それはレコーダーの早送りと巻き戻しを常に繰り返すように、パフォーム自身が災難に合わない運命となる道を選ぶ。どこにいれば自分が無事でいられるか。どこから攻めれば良い10秒先の運命が待っているか、それが見えている。


――当たらない!! 全然命中する気がしない!! なぜ!! どうして!! 何なのこいつらは!!


【シンクロ】


 ほんの数歩の距離をシンクロで足元まで接近するP田村。田村が過去に災難が降りかかった右手の3度熱傷のただれ固まった腕がRの桜の左足を掴む。


――しまった!!


【EMP(電磁パルス)-放射】


 放射される電磁波でんじは。それはRの機能停止に合わされた通常電流以上であるサージ電流。シンギュラリティ世界で作られたデータであるRの桜は、その一瞬触れられたサージ電流を流された瞬間、直前に同じ攻撃を受けた左腕同様に動かす事ができなくなる。その理由がわからず、拳銃を固く握った右手でP田村の頭を横から殴る。その暴力に悲鳴を上げたのはRの桜である。


「あああ!!」


 痺れる右手、動かない左腕、動かない左足。距離を空けるために放った右手に流れる衝撃、それはPの田村に触れただけで自分に降りかかる。

 全身が対R用に開発され、周波数をRの消滅に合わせたサージ電流を帯びたパフォームは、Rが触れることも許さなかった。


――駄目!! やられるわ!! くそ!! シンクロ!!


【ZONE-1/1000】


 パフォームの刈谷のZONEにより時間が緩やかになる。それは誰にも見つからない場所へ退避しようとした桜のシンクロに対して千分の一秒の速度で世界が進む。刈谷が虹色の影となる。その影は桜の影を四次元で追う。漆黒な海の真ん中にシンクロした桜。影と同化させ、宙へと留まる。シンクロを使いこなしている桜。集中力が必要な影との空中同化。考える時間が欲しい。そして、きっと振り向けば、Pの刈谷が空中でたたずんでいる事も気づいた。


「くっ!!」


 真っ黒な海へ潜る桜。その瞬間、影を都市部へ飛ばす。桜が探したい人物は春日。この事態に一番長けていると感じるファクター。刈谷が、海に沈んでいくRの桜とシンクロする影、どちらを追うのかは一瞬判断が遅れていた。

 シンギュラリティ世界でその様子を眺める町田。


「海かあ……いいところ逃げたね桜ちゃん。ちょっと海は予想不可能性があるからパフォームは行かせられないな。そして、やっぱパフォームはシンクロで影を追い始めたみたいだね」


 月の光が揺らめく波。町田が眺めるパフォームの刈谷の視界に映るモニターの横には、パフォームの田村が別のファクターを追っていた。


 19:19 精神病棟。地下三階。

 出浦に続き下村も自分が想う居場所へシンクロした収容室。鈴村の応急処置が完了し、桜と共にRの鈴村を探しに向かおうと立ち上がる二人に対し、弥生は思うことを伝える。


「桜さん。あなたが救急処置で運ばれたあと、再び管轄が現れて、一人の男性の処置をしたわ。その人は、今のあなたの能力と同じ影響なのか、筋肉の伸縮や回復が普通じゃ有り得なかったのよ。多分、ここにいる管轄に身に覚えがなければ、その管轄は、モンストラス世界の管轄。その管轄が連れてくる人って、どういう人だと思う?」


 シンギュラリティ世界の病室で桜の脳裏によぎった人物。本部を抜け出し、さまよい歩き始めた何者か。名前も明かされず、人間だと伝えられた人物。


「弥生さん、ありがとう。希望が見えてきたわ」


 振り向く弥生に感謝する桜。その弥生が再び正面を向けば、自分の願いを聴いて欲しい収容者が期待に目を輝かし、弥生が聴いてくれるのを待っている。


「じゃあ、桜さん、管轄、私はここでみんなの心のケアをしなきゃいけないから、二人がこの世界を落ち着かせてくれるのを待ってるわ!」


 うなずく桜は収容室の鍵がついた鉄格子に近づく。能力により、桜には想像以上の力を身につけたと実感した桜と鈴村であったが、どれだけ強く念じて鉄格子を曲げる事を試しても動かない。それはまだ、能力の扱い方の理解が及ばず、緊急事態のみに、自分が無意識に近い状態の時だけ発揮できた不安定なフェムの能力。


「管轄、どういたしましょう」


「仕方ない、皆を離れさせて、拳銃で……」


 その時、守衛室から近づいてくる足音が聴こえた。足取りの悪い足音。それに加えて引きずる音が聴こえる。


「誰か近づいてくるわ」


 その這いずる足あとに加えて、細い金属がぶつかり合う音が聴こえた。見えてきた人物は二人。それは直前にシンクロをした下村敦とその妻だった。


「神……さま、ここ、出たいですよね。俺……出します。鍵……見つけました」


「夫を助けてくれて、本当にありがとうございます」


 世界に目覚めている下村と目覚めていない妻は、下村のシンクロにより二人で精神病棟へ戻ってきた。その現象に下村の妻はすでに見た奇跡の出会いを体験した事で抵抗なく笑顔で現れ、信じる夫の言葉通り、鍵を探し、収容室までやってきた。


「助かるわ! ありがとう」


 弥生の言葉に照れを表現する下村。そして収容室の鍵が開錠した音と共に、下村と、その妻は、笑顔で向き合いながら収容室の前から消えた。


「弥生さん、行ってくるわ。そして、外よりここの方が安全だと思うから、なるべく外に出ないようにね」


「わかったわ。気をつけて」


 掛け走る桜。負傷しながらも桜に遅れをとらない鈴村。地下二階、地下一階と上がり、地上一階の事務室まで上がった。すでに職員が不在の精神病棟。Rの弥生も含めて、地下二階で起きた銃撃音や、地下三階の騒動に恐れた守衛もいったん精神病棟から逃げ出していた。そして、桜と鈴村が耳にしたのは、巨大なスピーカーから流れる音なのか、それでも生々しい生き物の悲鳴と、存在感の証明と言わんばかりの胸に響いてくる何かが外の空気を占領していた。

 19:24 支所屋上。モンストラス世界を四次元の世界で眺める春日がひとり。そこに映る認識色の変化に言葉を発する。


「Rの鈴村くんは、滅ぼしたかったんだね。シンギュラリティ世界も、モンストラス世界も。てっきりモンストラス世界は残すのかと思ったけど……『1』より『0』を選んだんだね。もしかして『3』より『1』の意味かな。ふふ、だからいい。誰もが今まで、どちらかの惑星を残そうと考えたよ。だから、宇宙の運命が見えなくなった。今回こそは、俺がキャリアを保有してみようと思ったんだけどね……まあ、鈴村くんの事はもういいよ。どうしてもシンギュラリティ世界の君が交代したいって言ってたから、この世界へ潜入する役を譲ったのに、殺されちゃうだなんて、間抜けだったね、田村くん」


 気配を感じ取っていた春日。屋上で春日が振り向いた先にいるパフォームの田村。言葉が通じる相手に感じないたたずまいで春日と向き合う。


---*---

 シンギュラリティ世界で加藤達哉に惨殺された本体の田村。本来は重要任務でANYに選ばれ、そして『ANYに選ばせた』春日が潜入する予定だった。二番候補の刈谷。三番候補の田村。その田村は昇格を狙い、春日に懇願して叶った潜入の権利。そして加藤達哉の館で一時的なジャメヴュ状態の加藤に理由もわからず惨殺された。その死体をモンストラス世界で田村の取り巻きが見つけ、別の世界があることを疑わなかったRの田村。二つの世界で生きたそれぞれの田村の願いは叶わず、野望の下に倒れた。それでも肉体をパフォームのうつわとして選ばれた田村。それはパフォームの動きにも耐えられる身体能力を兼ね備えていた人物である証拠。そして、器は、死に直面した者にしか、同化することが出来なかった。命令更新によるデジャヴュの制限時間は最大でも60分以内。可能性が残っていた器は、田村の意識がないところで活用された。

---*---


【ミッション-開始】


「笑わせないでね。田村くん」


 支所の屋上に突然ヒビが入り、人が簡単に吸い込まれそうな地割れが起きる。地割れの先には立っていた田村の姿は居なかった。すでに見えていた事なのか、うろたえる事なく田村は地割れから逃れている。

 深い地割れ。それは屋上だけでなく、一階まで破壊されていた。地割れの奥、裂け目の奥深く、高い声が聴こえる。


「仁!! 仁!! そんなぁ!!」


 Rの弥生が叫ぶ声。精神病棟からすぐに向かった先。それは所長室で恋人である町田と対面していた二人。突然の屋上からの地割れにより崩れた天井に埋まる町田。一階の所長室から助けを呼びに走り出したRの弥生の頭上には晴れた夜空が見える。稲妻と共に。そこでは田村と春日による戦いが続いている。


【フェム-second-time+10(秒)-確認済】


「墜ちろ」


 煌々と照る月に雲が少ない夜空から墜ちてくる稲妻。それは春日を守る壁のように隙間なく二人の間に堕ちる。


【シンクロ】


 虹色の影が稲妻をすり抜ける。それはすでに春日の背後。田村の影が振り向いた時には、すでに春日は30メートル離れた屋上の端までシンクロしていた。


「面白くない奴だな。もっとアナログな自然災害を楽しもうよ」


 満面の笑みを浮かべながら春日は両手をかざし、田村に向かって振り下ろす。


 その動作から現れた生き物。全長15メートルを超える10トン近い太古の生物。手足に比べ、頭部が異常に大きく、歯と顎だけを武器とした最大の生物。その鳴き声が聴こえていれば、直視した直後には絶望だけが待ち受ける最強の生物。ティラノサウルス。

 地割れに足を挟まれながらも、頭部はすでに春日の眼前。支所の屋上から飛び降りるように、開いた口から田村へ倒れこむ。


【ZONE-1/1000】


「させないよ」


 田村の後ろへシンクロしていた春日は、その背中をティラノサウルスに向かって蹴り込む。

 精神病棟の外へと駆け出した桜と鈴村。その轟音の元を直視したとき、拳銃を握ればいいのか、逃げればいいのか、太刀打ちの出来ない恐竜の存在に立ちすくむ。

 二人は動けない。動けない理由は、目を薄めた先に見えるティラノサウルスの目の前に居る人物が春日と田村であると確認できた事を含めて、助けられる距離でも敵う相手もでないことに。そして、食べる事だけを優位に進化した太古のティラノサウルスに、下半身を外に残した状態で噛まれる瞬間だった。


「あ、あれは……何!? どうなってるの!?」


「水谷!! あれはきっとデータで作り出したRの生物だ!! 春日の仕業か!」


     ◆◆◆


 19:26 シンギュラリティ世界。地下施設。

 モニターに映るティラノサウルス。

 パフォームの田村が噛まれた瞬間、その巨躯な肉食動物は、口元から虹色の光を放ち徐々に体、手足に侵食してひび割れが一瞬見てとれたと同時に、割れて細かく弾けた。それをシンギュラリティ世界のモニターで見ている町田は円卓に両手の平を乗せ、立ち上がり、弱音を零す。


「あれは、まずいな。触れたと同時にEMPは放たれたが、衝撃も同時に……フェムに守られていても、本体の生命力が深刻だ。そして世界の寿命もな」


<全惑星-500億年-準備進行中-完了再計算-10分以内-準備完了後-更新予定>


     ◆◆◆


---*---

 Fortune(幸運)Electro-Magneticwave(電磁波)。FEMフェム、それは自らを守るプログラム。先の未来を察して、それを視覚的に、自分を守る道を導いてくれる『幸運の道を見せる電磁波』。死に直面した意識の薄い器を必要とし、自らを守るため、肉体を限界以上に強靭とする。それは防衛プログラムとして活用していきたかったが、いったん本体の生命力が弱まると、プログラムの主導権の認識は混乱し、自我が崩壊し、理性を失った動物的な本能のジャメヴュ(未視感)となる。

---*---


 腹を一瞬裂かれたパフォームの田村。意識レベルは低下し、ミッションの重要性よりも、自分の身の危険を優先する。


【ミッション-停止-防衛mode-開始】「ぐるらあああぁぁああああ!!!!」


 降下しながら叫ぶ田村。身の危険を優先されたパフォームは、自分に災いをもたらす可能性がある者を察する。それは精密な分析ではなく、野生的なものだった。

 豹変しながら地面へ落ちていく田村を空中で見下し眺める春日。パフォームの機能を弱めたフェムだけに支配された田村を驚異とは思わなくなっていた。それは春日が見せる油断でもある。


「ああなれば、ただの猫だね。じゃらす気も起きないよ。そしてほかにもいるね」


 春日が確認したそれは、田村同様に送り込まれたパフォームの刈谷の虹色の影。それはRの桜の影を追いかけながらも、春日へ真っ直ぐ向かってきていた。


「君らじゃ俺に勝てない!! 俺を一瞬でも超えられる事ができると思う……あ、が、ぁ」


 向かってくる刈谷を影で眺めながら空中で待ち受ける春日の油断。それは自分の敵となる存在がパフォームと地にたたずむ鈴村しかいないと思っていた事。目の前に赤く光り輝く鋭利であり、終わりが見えない長さの物が自分の胸から伸びてくる。そして、春日の後ろに居る者が語りだす。


「お前に会ったら殺すつもりだったと言っただろう? それが変わったわけじゃない。お前は『我々』が人間の必要性があるか見たかったと言った。だがな、それは『我々』ではなく、お前だけだ」


 春日の胸から飛び出ている刀剣。それは生物を殺傷する為として一切の無駄がない。先端の切先きっさきから刃先はさきへ流れる赤は生き物である証拠を表し、物打ものうちにしたたる刃紋はもんの波は、元から赤だったのではないかと思えるほどしたたる鮮血が、月の照りに白い線を浮かべる。


 それと同時に、濡れた全身を重だるくさせながら地面へ沈むRの桜と、それを追いかけてきたパフォームの刈谷。

 春日の背中で語る男は、影から見ればらせん状に伸び上がる青い光の束の頂上で足を固め、刀剣を握るつかの終わりとなるかしらに平の手を当てながら、引き抜く事を考えない絶対の殺傷を狙った一撃を放っていた。

 パフォームの刈谷は目標をとらえる。それは春日とRの鈴村。


「す、鈴村……いや、加藤……き、さま」


「そうだ!! 加藤達哉だ!! お前から、地球と信じていたモンストラス世界の真実を120年前に聞かされ!! シンギュラリティ世界の進化を待ち!! 『monstrous時代』を生き抜き!!  お前にシンギュラリティ世界へ送り込まれ!! Rの鈴村の体を得て復活した加藤達哉だ!! 『EARTH(地球)』!! 惑星はお前の遊び道具じゃない!! この刀は!! シンギュラリティ世界で磨いた刀!! 崩れた館から、ここに運ばれた俺の刀!! 俺の怒りの塊だ!!」


 春日をEARTHと呼ぶ加藤達哉。モンストラス世界の住人。monstrous時代が始まったころ、加藤の父親の体を器として現れ、現在の春日の体に巣食う者。EARTH。


---*---

 130年前、フェムが世界を覆い、全ての者が狂い、襲い、食すmonstrous時代。世界の進化を遅らせるモンストラス世界は失敗作と判断したEARTH。それを作り出したシンギュラリティ世界をも滅ぼすか、それともどちらかを残すかを委ねられた加藤達哉。

 モンストラス世界の管轄である鈴村の肉体を奪い、加藤の館が爆発したデジャヴュ後も加藤としての存在を隠して、鈴村として活動していた加藤達哉。

 繰り返される惑星の破滅や破壊の対象となった生まれ故郷のモンストラス世界。その世界がまやかしであり、それを作り出したシンギュラリティ世界もまやかしであると伝えてきたEARTH。何度も人間の進化を見続けて、何度もそれを価値がないものと判断させられてきたEARTHは、それを終わらせる者を探していた。それが加藤達哉。それは、その現場を見る全ての者、本体の鈴村を含めて、皆、認識する。

---*---


「俺のRの肉体とエクスチェンジしていたのか。加藤達哉」


【ミッション-開始-目標-S春日雄二-R加藤達哉】


 シンクロでEARTHのすぐ目の前に現れる刈谷。その姿を目に止める事ができた本体の桜。


「恭介!!」


 パフォームの刈谷はEARTHの右腕と頭を鷲掴みしながらミッションを遂行する。


【電力-放射-10000ボルト-5アンペア


 黄金色に輝く刈谷の両手。人間であれば確実に生きられない電流が流される。


「俺がRと同じ周波数や! 人間に有効な電力や! 物理的な攻撃で死ぬとでも思ったか!!」


 電力をまともに受けても変化のないEARTH。そのEARTHはまだ刀剣を胸に刺したまま、刈谷の肩をつかみ、パフォームに対応したEMPを放射する。


「EMP放射。周波数Pパフォーム


 それはシルバーの濃い色、薄い色、様々なメタリックな正方形がモザイクとして重なり合ったエネルギー。

 シンギュラリティ世界で作られた、対R用のパフォーム。加藤の刀剣。その周波数は刀剣をも砕き、消滅させ、パフォームの刈谷を機能停止とさせた。墜落する刈谷に対して、更に上空へ逃げる加藤。


「恭介―!!」


 パフォームの機能が無くなった刈谷が墜落する。それを受け止めようと掛け走る桜。しかし間に合わない距離。能力が発揮できない桜。

 桜が追いかける支所で茂る木々の裏側に墜落する刈谷。けれど、地面に叩きつけられる衝撃音は、桜に聴こえなかった。


「【シンギュラリティ世界の桜ちゃん。間に合ったよ】」


 木々を超えて目視した桜に映り、初めて耳にする者の声。それは刈谷を抱えた町田の姿があった。


「あなた、は……誰?」


「【こいつともう一人には、無理をさせたようだ。やはりシンギュラリティ世界の科学を超えた存在。さすがEARTHだ】」


 額から血を流し、引き裂かれたスーツで現れる町田。それは所長室で崩れた天井の下敷きとなったRの町田を媒体にしたパフォーム。シンギュラリティ世界の町田が媒介した存在。何度かRの町田の姿を借りて、パフォームを試験していた町田。

 その日、朝と夕方の二度、Rの町田の意識をほんのひと時パフォームとして潜入していた。朝にはRの桜に世界への違和感を訪ねたひと時、田村が屋上に現れたひと時、その度にモンストラス世界の認識を確認していた。

 残り時間が無い世界。間もなく500億年先の世界へ進むモンストラス世界。それは確実に惑星の寿命が終わる年数。その終わりを見届けにきた町田。刈谷を地面に横たわらせると、EARTHの方向へ歩き出す。


 その時、刈谷の体から抜ける認識色。それはパフォームとしての機能が消滅した虹色。そしてRの刈谷としての機能が終わり、本来の姿を現した者。それはデジャヴュのバグにより春日の姿に変えられていた、本体であり、シンギュラリティ世界が故郷である刈谷恭介の姿。


「恭介!! やっぱり、恭介だったのね!!」


 刈谷を抱きしめる桜。その体からは鼓動を感じる。


「生きてる!! 生きてるわ!! 恭介!!」


 更に刈谷の体から抜けるパフォームとは別の認識色がある。それは桜に見えない認識色。それを見ることが出来るのは、EARTHとRの桜だった。


「ここに来ていたんだね。キャリア」


 EARTHが零した言葉に反応するRの桜。刈谷の体中から終わりなく抜け続ける銀色の光。それが刈谷の体から出尽くすと、それは次第に肉眼で確認できるほどに上空へ集まる真球しんきゅう。時折歪み、形を自在に変化させながらも、一定の場所から動かない銀色の球。

 Rの桜が求めていたキャリア。EARTHがANYを経由して埋め込ませた成分。キャリアを備わせられていた刈谷。肉体を春日へと変化させ、パフォームを備わせ、Rの自分と同化して、全ての能力を使い果たしたあとに残る本来の姿。誰かに殺められた訳でもなく、誰かに奪われた訳でもなく、護りきった自分。護りきった体と、タイムリミットが終わった世界。その世界での人類に保有させる必要が無くなったかにも思えるキャリアは自ら外に出た。


「ゲームオーバー。誰も奪えなかったね」


 支所の屋上と高さが同じ空中で、うつむくように降下し始めるEARTH。そのEARTHの眼下でフェムの防衛modeで待ち受ける田村。地面に墜ちる前に、EARTHの眼前にシンクロしてくるパフォームの町田。EARTHの両腕を握りしめ、決着の言葉を放つ。


「【EARTH!! シンギュラリティ世界で分析させてもらっていたぞ!! 周波数E(EARTH)! これで! THE・ENDだ!!】」


「いや、終わりは、この世界だよ。もがいてごらん」


     ◆◆◆


 19:34 シンギュラリティ世界。地下施設。

 誰もいない地下施設で、加藤達哉がANYへ命令した最後の計画完了のアナウンスが鳴り響く。


<全惑星-500億年-準備完了-更新開始>


     ◆◆◆


 世界が蠢く。それを感じられるのは、目覚めている者。


 世界が泣く。屋上でたたずみながら、それを心で理解する加藤。

 世界が血を流す。それはマグマとして。

 その世界に浮かび上がるキャリア。それは逃げる事なく、何かと共鳴する。全人類の頭に鳴り響く。

 町田はEARTHの両肩を掴む。流し込まれる周波数は、EARTHの両腕の自由を奪う。そのまま全身に流れ込む電流。流され続けるEARTHである春日の表情は、何を恐れるわけでもなく、抵抗するわけでもなく、モンストラス世界の悲鳴を楽しんでいた。


「これがこの世界の消滅かあ……けれどあのキャリアの動き、もしかすると、宇宙の運命に情報が届いたのかもね。俺が見たかったものが再び……」


 EARTHが町田に漏らす言葉。科学者として、理解をしたい町田。弱める電流。

 動き始めた世界。それはシンギュラリティ世界の惑星管理室で動き出している。


     ◆◆◆


 19:35 シンギュラリティ世界。上空。

 その空は、包まれていた。曇った色よりも、鮮やかな銀色。白にも感じる世界の上空には、宇宙に散りばめられた成分が形を成し、巨大なキャリアである『宇宙の果てからの意思』が伝達された。


---*---

 宇宙の果て、それは誰もが見ることもできない神秘。常に宇宙に漂う電磁波。宇宙の誕生から、影響を受けずに宇宙の中を漂う電磁波。それは宇宙の果てから常に放射され続ける。

 いくつもの銀河の先、無数にある銀河を超えてもたどり着くことのできない宇宙の果て。

 宇宙に出現する惑星は、全てが奇跡であり、全てが限りなく可能性ゼロという確率で星々は誕生する。その誕生の確率は、『宇宙にとって』残す価値がある存在は残されるという『完璧を創造する宇宙の意思』。その一部を保有する者を、EARTHはキャリアと呼んでいた。それは人の体ではなく、モンストラス世界が保有した。

 シンギュラリティ世界に集まる意思であるキャリアの塊。それは無数の銀河から集められる。形と成し、そしてLIFE YOUR SAFEの本部、地下、惑星管理室へそれらは潜る。

 輝く白銀の意思の塊。シンギュラリティ世界とモンストラス世界を切り離し、持ち上げ、未完成な惑星も二つ包み込み、宇宙に向かって引き寄せる。

---*---


     ◆◆◆


 同じ時間。モンストラス世界。世界の外壁。


 引き寄せられながら、その惑星の壁はひとつひとつ剥ぎ取られ、見せかけの月は消え、見せかけの輝く星々も消え、モンストラス世界の住人が初めて目にする宇宙の星が顔をのぞかせる。

 宇宙に伝えた情報。光の速さで何億年宇宙の果てを目指しても届かない宇宙の果てへのメッセージ。それはモンストラス世界に存在した分身からのメッセージ。護られた宇宙の意思の一部が伝え、同調する宇宙のシンクロニシティ。新しい惑星として『YES』という意思が宇宙中に広がった。


「俺は、お前たちに感謝する。再び、宇宙の意思と遭えた。やはり、存在したんだよ。宇宙には意思が……」


「【これは……なんだ!? モンストラス世界が、独立したのか!?】」


 すでにEARTHを削除する目的を失っている町田。R人類から見れば、今まで信じていた空の景色は、全てシンギュラリティ世界から作られた壁のある空。剥がれていく外壁は白銀の宇宙の意思により引っ張られ、シンギュラリティ世界のANYからの命令は届かなくなった。中止される500億年の未来。宇宙の意思、それは、この世界は、『宇宙に必要』だと判断された。


「もう、俺は、満足だよ。自分の世界に戻る。でも、君たちは知りすぎた。この奇跡の意味を知る者は、俺以外、本当は居てはいけないんだよ」


 空に目を奪われるモンストラス世界の住人。桜、鈴村、加藤、町田、そこにいる全ての者が空を眺める中、田村に向かって降下するEARTHは自分を中心に磁場を発生させる。それは磁力がぶつかり合うEARTH独自のリンクワームホール。危険を察知して飛ぶように離れる田村。常に10秒後の自分の未来を眺めながら自分が無事にいられる立ち位置を測る。


「【EARTH!!】」


 そこにいる全ての者がEARTHへ振り返る。引き込む引力。見えないワームホールの先。拡大していく大きさに地面に伏せる者。木々に掴まる者。


「お前たち!! 続きはこの中だ!! お前たちがいる限り、この惑星にも未来はないぞ!! お前たちの知識や技術は! この惑星をダメにする!! そして、この先に、お前たちが知りたかった真実がある!!」


「くっ!! これ、は、もう……無理よ」


 Rの桜のあきらめ。右腕と右足だけで体を支える限界。

 台風が外から内側へと吸い込まれるような引力。ブラックホール。その先に待つEARTHの真実。それを知りたい者は、ここにはいなかった。


 木々が引っ張られる。刈谷を支える桜に激突してくる樹木。それは再会できたばかりの温もりが遠ざかる。地面に爪を立てながらブラックホールへ引きずられる桜。


「恭介ぇ―!!」


 耳に響いた大切な者の声。嵐のような現象でも樹木に叩きつけられても気づかない刈谷の耳に響いた桜の声。それはまぶたを開かせた。

 桜の耳に聴こえてくるEARTHの声。それは、決別への運命を語る。


「お前が刈谷と!! 間違いのない運命を築いていたのなら!! いずれ会うことができるだろうね!! けれど、それがないなら!! お前たち二人には!! シンクロニシティは起こらない!!」


 謎めいた言葉を桜へ投げるEARTH。それはEARTHにとって確実に存在する現象。桜にとって、二人以外に決められたくない運命。


「お前に……お前に運命を左右されてたまるか!!」


 ブラックホールの横に立つEARTHに向かって地面を蹴り出す桜。拳銃を握り、EARTHに向かって発砲する。


「がああああぁぁあああ!!!!」


 EARTHの背中に向かって地面を蹴り出す田村。


「ぐるらあぁぁああああ!!!!」


 最初にブラックホールへ吸い込まれたのは、鈴村だった。


「くぅ!! あああ!!」


「【シンクロ! 管轄!!】」


 ブラックホールから見えなくなりそうだった鈴村は、影と同化したパフォームの町田に支えられ、支所の屋上へシンクロする。その屋上では、真下に見えるブラックホールへ向かって体を落とそうとする鈴村の姿をした加藤がいた。


「加藤……」


「鈴村! 俺は世界をひとつにしたかった。シンギュラリティ世界でも、モンストラス世界でもない真実だけを!! だが! 全ては人間が考えるような代物ではないようだ! 俺は、奴の願いを叶えただけだ!!」


「加藤!! お前はまともな世界を作りたいか!!」


「まともな世界なんて存在しない!! 平和は!! ただのまやかしだ!!」


 世界をひとつにしたかった加藤。それはまやかしの無い真実の世界。裏切られた世界で暴走したフェムによるモンスターの世界で育った加藤には、平和は遠い存在だった。


「シンギュラリティ世界にリンクしろ!! 今なら間に合う!! そして、お前がシンギュラリティ世界を!! お前の思う平和を作れ!!」


 足が止まる加藤。その言葉の意味を一瞬理解が出来なかった。鈴村は続けて言葉を投げる。


「この惑星では!! 俺の平和を作り上げる!! それがこの惑星を作り上げた俺の責任だ!! 加藤!! お前はこの世界で見た良い部分を!! 自分で作り上げてみろ!! 行くんだ!! お前の世界を作った世界で!!」


「仁!! どうしてここにいるの!?」


 屋上の地割れ現場に上がってきていたRの弥生。恋人の町田を失い、轟音の止まないこの世界の終わりを眺めようとも考えた矢先、目の前にはすでに生き埋めとなったはずだった町田の姿。町田は、モニター画面でも、パフォームを利用してでも、自分のRの恋人が弥生であることは知っていた。その様子を鈴村は察する。


「町田。お前もリンクするんだ。お前がパフォームを利用出来ているということは、シンギュラリティ世界とはまだ繋がっている証拠だ!! 目の前にいる弥生も連れていけ!!」


「【で、でも管轄!! 向こうには本体の弥生さんが……】」


「弥生はこの世界の精神病棟の地下三階にいる!! 同じ世界に同じ二人を存在させるな!!」


「【で、でも】」


「早くしろ!! そして、加藤と平和を保ってくれ!!」


 鈴村に推されたシンギュラリティ世界の平穏。モンストラス世界は宇宙に出ようとしている。リンクを可能に出来る限界を過ぎようとしていた。


「【ああ!! か、管轄!! リンクする手段が!! 】」


 困惑する町田。パフォームでは本人以外リンクが出来ない決定的な事情。その町田の目の前に見せる葉巻。


「大丈夫だ。香山も葉巻は持っている。鈴村、お前の代わりをやってみよう」


 笑みを交わし合う鈴村の姿をした二人。葉巻を割り、カプセルを風上にする加藤。それを真似するように葉巻を割る弥生。


「鈴村!!」


 カプセルを割る加藤。鈴村の名前を叫び、顔を向ける。


「お前がモンストラス世界を見てくれていて良かったぞ!! ほかの奴なら、もっと酷かった!!」


 笑顔が虹色に消える瞬間、加藤本来の表情が映る。それを鈴村は眺めながら、加藤はモンストラス世界から消えた。そして鈴村は、町田に最後の指示を出す。


「地下施設の場所までシンクロしてからリンクしろ!! そして、一人のRをすぐに作ってくれ!!」


 轟音の中、町田にRの作成を指示する鈴村。それを聞き受けて、町田は別れを告げた。


「【管轄! さよならです! 出会えて良かったです!! 加藤とシンギュラリティ世界を再生してみせます!!】」


「これでさよならだ! 世話になったな!! 町田!」


 鈴村の目の前からシンクロで消える町田と弥生。屋上から下を眺めると、EARTHを中心に桜とパフォームの田村に挟まれた硬直状態が続く。

 自分を護る以外攻めに転じられない田村。パフォームである田村の能力は機能が消えかかっていた。

 EARTHに銃弾を命中させる事ができない桜。

 桜に備わった加藤の能力。それは何世代も続いたフェムの能力。進化したフェムは枝割れして、分け与える事もできた。その能力の意味を教わっていない桜。けれど、それは自然と理解していた。

 この引力の中、引き込まれる場所、引き込まれない場所、それらを体が教えてくれる光の道。常に選ぶ光る道。それが途切れなければ、最後には辿り着くEARTHの最後。


「恭介!! 私があなたを助ける!! 生きているだけでいいの!! 死んでいなかったから、あなたは生きていたんだから」


 ブラックホールとEARTHを前にして笑みを浮かべる桜。一瞬、踏み入れた道に、幸運へ繋がる光は無かった。


「あああああ!!」


「あああ!!」


 桜の横から飛んできた人物。それは自分を支える限界がきてブラックホールへ向かってきたRの桜。衝突する二人。その二人は、足場を失い、掴まる存在を失い、ブラックホールへ引き込まようとする。


「桜!!」


 目を覚ました刈谷。ブラックホールの引力に自分を飲みこせながら、吸い込まれる引力を利用して一人の桜の腕をつかむ刈谷。


「あああ!!」


 支所の地割れによって割れた壁の中に体を挟ませる刈谷。吸い込まれるもう一人の桜。

 パフォームの田村は、EARTHの背中の刀剣が刺されたところを目掛けて腕を埋める。突き出てくる手刀。再び貫かれるEARTH。それは、EARTHの誘いだった。


「アハハハハハハ!! 真実を見るのは、この二人で決まりだね」


 身を投げるようにブラックホールへ飛び込んだEARTH。その時、白銀の宇宙の意思はシンギュラリティ世界である惑星からモンストラス世界を宇宙へと連れ出した。

 大気は、初めてその意味を与えられた。

 オゾンは、初めて惑星を守る役目を与えられた。

 守られていたモンストラス世界。それは宇宙にでた時から、自分の活力で守る役割を与えられた。

 海底の火山は激しさを増し、黒煙が空の色を変え、溶岩は新しい大陸を作り出す。そこには『自然』というものが動き出した。


 データで作られたものは、姿を消し、当たり前にあった建物や森林、それも姿を消し、元々自然に存在していた木々が残った。

 川には橋もなく、電車もなく、飛行機も飛んでいない。それは与えられたものだったから。

 降り注ぐ白銀の霧雨。それはRに染み込み、土に染み込み、海に染み込み、それはRという言葉をこの世から消滅させた。そして、宇宙に存在を認められた。

 ブラックホールはすでに閉じていた。この世からEARTHの存在も無くなった。目覚めるという概念は無くなり、シンギュラリティ世界という概念は未来のものとなり、新しい惑星の、新しい銀河に向かう旅が始まった。

 それは川のように流される惑星の旅。

 モンストラス世界に付いてきていた二つの惑星は旅の途中で白銀の川から落とされた。

 惑星の予定だった未完成な星のひとつは衛星えいせいとなり、新しい主人となる惑星の周りを回りだす。

 惑星の予定だった未完成な星のひとつは彗星すいせいとなり、新しい主人の光り輝く恒星こうせいの周りを回りだす。

 新しい銀河への旅は、寒さとの戦いだった。知恵と技術は、簡単に光を作った。木々を燃やす技術、生き物を狩る技術、新しいものを作り出す技術。それを兼ね備えた人類には、生き残る知恵が十分に備わっていた。

 宇宙には星との均等な距離が必要だった。

 光り輝く太陽があれば良いわけでなく、静かな月があれば良いわけでなく、重力のバランスや距離。お互いを邪魔しない関係。それを得られる銀河に惑星の存在は重要だった。そしていつしか、その旅は終わり、そこに近づくほど、初めて見る光と、初めて見る夜に輝く星たち。

 惑星の裏側にいる住人は、惑星の回転である自転が追いついていない表側の人類より早く、その奇跡に気づいた。それはひとつの惑星が出来上がる物語。

 その惑星の中心となった表側。暗闇と濃霧が行く手の視界を奪う。見えない先を歩きつづける二人。女を支える男。女の歩幅に合わせて急がない道を進む。


「桜、大丈夫か?」


「ええ、大丈夫よ」


「きっと動き出すよ。左足も左腕も」


「あなたは、どうやって生きられたの?」


「桜に撃たれたあと、胸にあった葉巻を割ってから、なぜか覚えてないんだ」


 人類は生き続ける。そして、愛した者の代わりになる者はいない。それはお互いわかっている。守る者と、守られる者。その波長は少しでも足並みを揃えた時、それが元々寄り添わなかった者同士でも、一度は殺意を向けてきた者でも。二人で前に進む。

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