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シンクロディピティ  作者: 恵善
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【四次元】 次元を超えた殺意は背信の神

 17:53 シンギュラリティ世界。本部病室。

 本体の鈴村と偽るRの鈴村から言われた言葉。それは愛する者からモンストラス世界にいる刈谷へ向ける銃口。


「撃つ? 恭介を? どういう……それに、やっぱりモンストラス世界に恭介はいるんですね!」


「はっきりはしていない。お前が自分の目で確認することだ。見ればお前は自覚するだろう。真実を知るには、モンストラス世界が不死の世界であるうちに、刈谷がお前の想う存在であるかを確認することだ」


「私が想う存在? 不死の世界……では、恭介は撃たれても死なないんですね?」


「ああ、色々な事がおきた。モンストラス世界で刈谷の姿はどうなっていると思う?」


 Rの鈴村の問いにモンストラス世界での計画を思い出す桜。そして自信を持って鈴村へ答える。


「それは……春日の姿です。シンギュラリティ世界の記憶のない」


「春日の肉体は、すでにモンストラス世界では存在しない」


「え!? どういうことですか?」


「モンストラス世界では、刈谷の姿が春日と呼ばれている。そして、刈谷の姿の男は自分が刈谷と言い張っているはずだ。もしかすると、心神喪失扱いにされて精神病棟に収容されている可能性もある」


「そ、そんな! 意味がわかりません! 何が起きたんですか!?」


 モンストラス世界で鈴村と語った計画や予定が全て狂っている現実を受け止めきれない桜は両手で握っていた毛布を強く握り、足元へ叩きつける。


「それを確認するために、お前が刈谷を撃つんだ……それだけでわかることがある。データが更新されることで、モンストラス世界の刈谷のデータを分析することができる」


 深い分析方法など想像もつかない桜。それでも、再び刈谷に会えて、言葉を交わせる事で明るい未来に繋がる事を願い、想像する。


「恭介は……死なないんですよね」


「ああ、まだ大丈夫だ。急いで着替えるんだ。モンストラス世界が不死であるうちに」


     ◆◆◆


 17:58 モンストラス世界。支所裏口。

 新たな能力に目覚めたRの桜。使いきれていない能力の底が見えない可能性に、鈴村からの次なる扱い方を待つ。


「水谷、お前にはまだらな認識色のある者を見つけてもらいたい」


「斑……その人物は私の知らない者ですか?」


「ああ……名前は『風間 かざまさき』という女だ。本来モンストラス世界の任務を与える予定だった。そのために春日の基本的な環境は調べていた。けれど俺も対面した事はない」


「知らない私がどうやってその者を」


「おそらく大丈夫だ。お前にシンクロの意識範囲が全てインストールされているのであれば、モンストラス世界、全てのRはお前に入っている」


「私に、この世界全てのRが、ですか?」


「目をつむり、呼吸を整え、風間咲という名を頭で唱え、ここを中心とした地域を想像しろ。見えてきたら、認識色を教えてくれ」


 鈴村の言葉通りに目をつむり、呼吸を整え、頭の中で風間咲の名を巡らせる桜。その桜の表情は、難しい表情から、顔の力が緩む表情に。何かを見つけたと察することのできる表情に鈴村は、安堵からか一息つけるタイミングを失わないようにジッポで葉巻に火を付け、桜からの言葉を待つ。

 桜は自分の居場所を中心に都市全体を想像する。それはまるで自分の影が浮遊し、ビルとビルの間を鳥のように滑り流れるような縛りのない空間。鈴村の前で立っている自分ではなく、別の空間で実際に人と景色と動きを観察し、一瞬で認識色を判別して、都市全体を一息で包み込むような支配感。鈴村からの命令がなければ、どれだけ自分の影で世界を見渡すことが出来るのかと期待しながらも、今確実に与えられた義務感を忠実に遂行する。


「都市全体でみれば……三人見えるわ……けれど、斑な者は一名。一番近い距離よ」


「それだ。次に、俺をその者のそばに飛ばすんだ」


「すぐそばにですか? その人は、そんなに重要人物なんですか?」


「ああ、シンギュラリティ世界での春日の恋人だ。つまり今回、春日に関わる人物で一番近い存在だ。この世に存在しないRである春日の肉体に、存在しないRである刈谷の認識の影響。その中で風間咲が何も影響を受けていないとは思えない。風間咲が斑な認識色であるならば、説得して、刈谷と対面させ、刈谷の信用を得られ、モンストラス世界を落ち着かせる事に繋がるかもしれない」


「わかりました。やってみます」


 目をつむり、自分の影を先ほど確認した風間咲の認識色を再び影で追う桜。影の目線で空から認識色を確認する。そして近づき、おそらくは風間咲がいる室内。住居が並ぶある一室であり、透き通るように同じ空間に入った桜の影は、すでに目の前で立ち並ぶほどの接近を感じる。


「風間咲に意識を集中し過ぎるな。お前が飛んでしまう。そしてまだ連れてくるのは早い。お前がその場にいる気持ちで俺をすぐ近くへ置くイメージだ」


「わかりまし……あ!」


「水谷!!」


「はあ! はあ! か……管轄!! え……ここは」


「キャアー!!」


 桜が目を開けて見た光景。それは住居空間の部屋。生活感のある家具に電化製品が目に映る。桜が後ずさりしたその手に触れたものはキッチンの冷たいシンク。突然現れた桜に、存在の意味を確認する前に悲鳴となって表現した女性。風間咲。その表情を確認した桜にとっても、その場を取り繕う余裕もなく、逃げる事もできず、声も出せずに混乱する桜は、まだ名前を確認することもできない女性の前で苦い顔をしながらたたずむ。


     ◆◆◆


 18:00 シンギュラリティ世界。林道。

 春日と対峙した形相のまま地に堕ちる男。おそらく事態が把握出来ていない程の一瞬。造林の葉が自然と男に舞い落ちる。春日は近づき、独り言に近い言葉をこぼす。


「どこで能力を得たのかな。お前の発した言葉は、まるで全てが初めて知る言葉のオウム返し……そっか……ジャメヴュ(未視感)かあ。無意識の怪物……不完全な能力……理解したよ! お前の正体! ……きっとRの鈴村が連れてきたんだね。いいだろ! あいつの気まぐれに付き合ってやろう! 咲には『永遠』か『無』か……お前が時間稼ぎしてくれそうだね」


 車通りの見えない林道も都合良しと判断した春日は、男の服を掴み、剥ぎ取り、同時に自分の服を脱ぎ始める。


「治療の跡か……邪魔だなあ」


 手術が終わって数時間しか経っていない男の包帯を解き、男が着ていた『本部』の服を着る春日。そして自分の着ていた『支所』の服を男に着させる。


「お前はツイてるのかな。生への執着かな。連れてきたあいつの悪戯は理解出来ないけど……最後は同じなんだ。変わりようがない。どっちを選ぶかなんて、どっちでもいいし。あいつには必要な事は伝えたし。でも、あいつ、全てを活用する気なの? 面白い! モンストラス世界でも見に行ってみようかな! 人間の醍醐味のはずだよ! カオスを奇跡と思い込みたい野次馬な習性! ハハハ! ねえ……お前に見せられなくて残念だよ。見てもわからないかな? じゃあ、咲をしばらく頼むよ……あっちの春日雄二くん」


     ◆◆◆


 18:07 モンストラス世界。風間咲の自宅。

 目を離せない桜とひとりの女性。すでに眉間をいっぱいにシワを寄せて叫ぶ声を溜めている様子がわかる桜は名前を尋ねようと言葉をこぼし始める。


「ちょっ、あの、あなたは風間……」


「キャーー!! 誰!? 誰なの!!」


 桜の突然の出現により混乱が増す咲は、部屋の奥へ後ずさり両手を前に構えて、手のひらで壁を作りながら桜を凝視する。その姿を見た桜も説明ができない現象の説明を後回しに考えて、自分の素性を明かす。


「あの、突然の事ですみません……私はLIFE YOUR SAFEのチーフをしてます水谷桜と申しますが……風間咲さんでよろしいでしょうか」


「し、知らない間に勝手に訪問されたんですか!? どっから現れたのよ!!」


 咲からの常識的に攻める声に気まずくなり、言葉につまる桜。それでも鈴村より聞いていた情報により少しでも会話に歩み寄りたい気持ちもある。咲に近づこうとするが、警戒した咲は助けを呼ぶためか、携帯電話を操作しようとする。


「お、お話を聞いていただきたいのですが……あ……これは」


 桜が話しながら近づこうとする傍らに見えた本棚に、ある写真立てが目に付いた。人に見せる角度ではない横向きであり、おそらく咲と写っているだろう二人写真。本と本棚の間に挟まれた写真立て。本棚の板に咲が隠れてしまい、見えたのは一人の男性。その男性の顔、刈谷の顔が桜に見えた。桜が一歩本棚に近づくと、ビクッと反応して警戒する咲の挙動を気にせずに、写真立てを手に取る。


「か、刈谷とは……親しいご関係だったのでしょうか」


 携帯電話の操作の手が止まり、桜の手にある写真たてを見る咲。表情は変わり、目が泳ぐ困惑と悲しみを滲ませて、口元は何かを語ろうと感じられる


「そ、その人の事……私……知りません……面識が全くないんです」


「え……面識がない? ではなぜここに」


「私の……私の恋人と……写真が入れ替わったんです!」


     ◆◆◆


 18:10 シンギュラリティ世界。管轄室。

 ひとりで管轄室にたたずむRの鈴村。病室で桜との会話を切り上げ、その続きをする空間は病室ではふさわしくなかった。そして待ち人が入室しやすいように、管轄室の厳重な三重のドアを簡易に一枚のドアで待つ。


「水谷です」


 管轄室のドアが簡単に開く。病室で着替え終わった桜はRの鈴村に呼ばれ普段管轄以外入室禁止の管轄室へ入室を許される。入室すると同時にRの鈴村は桜の体をねぎらうと同時に、ANYの報告も部屋に響く。


「水谷。体は持ちそうか?」


<モンストラス世界-更新-下村敦>


「はい。思ったより大丈夫です。ここで……モンストラス世界を操作しているんですね」


「そうだ。モンストラス世界の時系列はここで操作できる。ただし、大きく過去に戻る事ができるわけではない」


<モンストラス世界-更新-下村敦>


 同じ者がモンストラス世界で自殺を図る。桜にとってはANYの報告する言葉の意味はまだピンとこない響きではあるが、それだけここではモンストラス世界のデータが手に取るようにわかることから刈谷を救うことにも繋がると感じる。


「けれど、先ほど言われた、死なない世界というのは」


<モンストラス世界-更新-下村敦>


「死んだ事をなかったことにする程度に過去にデータをさかのぼる事ができる」


---*---

 デジャヴュ(更新)。

 それは常に毎秒過去60分のモンストラス世界全体のRを記録し、最大60分までにさかのぼれる程度のもの。

 それ以上の過去をデータとして記録するのは膨大な容量がシンギュラリティ世界のANYへの負担が必要になる。その負担が最低限影響なく保てるボーダーラインを定めて60分とANYは計算した。その中で死の影響がない過去までさかのぼり、回避させられてきた。

---*---


「それを繰り返し、同じ死への行動をすると、先の未来にいけないのでは」


「それが問題だ。今報告が部屋へ流れているように、一度自殺をしたものは何度も同じ行動をする」


---*---

 自らを殺める者。それを続けると、Rの世界では劣化が始まり、ANYはその者と他のANYを護るために、その者のRの記憶を削除する。自殺をする理由も忘れるように。

---*---


<モンストラス世界-下村敦-R劣化-強制記憶削除-開始>


「恭介がそれを繰り返すと」


「今、強制記憶削除の情報が聞こえているように、お前との記憶が蘇る保障はないだろう」


「わかりました。ところで、管轄のRは……今、どうしているのですか?」


 Rの鈴村のことを聞かれ、まゆ一つ変化させないRの鈴村は、自分の事ではないように言葉を切り替えした。


「シンギュラリティ世界を乗っ取るつもりだ」


     ◆◆◆


 18:11 モンストラス世界。風間咲の自宅。

 やっと会話ができるかと言葉を聞き入るRの桜。深く、そして自然な会話になるように丁寧に話を進めていきたい。けれど、モンストラス世界でおきるデジャヴュは、目覚めている者にとって、強制的にも時間が戻される。


「あなたの恋人は……は!!」


 18:06 モンストラス世界。支所裏口

 Rの咲と会話している最中に5分前の鈴村との対話した時間まで戻される。


「水谷、デジャヴュが起きたぞ」


「か、管轄……誰か死んだのでしょうか」


 突然のデジャヴュ。それは目覚めたと言われる者にとって共通の出来事。

 そのデジャヴュの発端は、データの刈谷と同じ精神病棟に収容された男。下村敦。モンストラス世界の朝。女性と崖から心中しようとした男である。


「ここでは誰が原因だかわからないな。お前は会ったか? 風間咲に」


「はい、会いました。彼女の持っていた写真立ては刈谷の写真でした」


「面識は刈谷とありそうか?」


「いえ……最後に言っていた言葉では、知らない人物と言ってました」


「どうやら今までも……う!」

 

 18:06 モンストラス世界。支所裏口。

 繰り返される下村敦の自害。


「管轄! 同じ者の仕業でしょうか!? まさか、刈谷が?」


「田村の可能性もある。あまり続くと……く!!」


 18:03 モンストラス世界。支所裏口

 下村敦の考え通りに少しずつ過去に戻る時間。


「こ、これは……私や管轄には影響は! あ!!」


 17:56 モンストラス世界。支所裏口。

 すでに日が暮れていたモンストラス世界は繰り返されるデジャヴュにより夕日が再び目にすることになる。


「自害しなければ、大して影響はないはずだ! 映画を巻き戻されたようなものだ……だが、俺たちみたいに事情をしらない者にとっては、つまり風間咲にとっては精神的ダメージが大きいはずだ!」


「はい……半年前から今日までに、何度同じ体験をしたか……知らなければ、誰にも理解されず、自分の精神を疑う事でしょう」


「すぐに風間咲の元に戻るんだ! 落ち着かせて! そして、ここに連れてこい!」


「わかりました! ハァ……ハァ」


「水谷……体力はあるか?」


「少し……疲れやすくなってます……ハァ……ハァ」


「気をつけろ……体力が低くなると、能力が発揮しづらくなる」


「わかりました……ハァ……『シンクロ』」


 17:58 モンストラス世界。風間咲の自宅。


「ハァ! ハァ! 風間さん! 大丈夫ですか!?」


「あ、あなた……こそ、大丈夫ですか」


「ハァ……ハァ…………」


「キャッ!! チーフさん!? チーフさん!?」


 慣れないシンクロの多用により、倒れこむ桜は気を失う。

 そして咲にとってこの世界の理解者であろう桜の体を支え、優しく横に寝かせると、すぐ濡らしたタオルで顔を拭き、意識が戻るのを待つ。


     ◆◆◆


 18:13 シンギュラリティ世界。林道


「ん……んん……雄……二」


 春日に眠らされた咲は目を覚ます。そして運転席にいない春日に気づき、車の中で辺りを見回す。すると咲は後部座席に気配を感じる。

 支所の服を着た男。車のシートにしがみつきながら咲は男の顔を確認する。


「雄……二。雄二! どうしたの? なんで後ろで寝てるのよ! もう!」


 その男は春日。服を着替えさせた者も春日。咲が眠っている間に、二人の春日が対面と対峙、そして争い。それを理解しているのは、その場にいない春日。

 出来事を知るよしもない咲。目を覚まさない春日にため息をつく咲は、運転席に移動し来た道を戻ろうと車を動かす


「もう! どこに連れて行ってくれるつもりだったの!? 急に眠るなんて!」


 反応がない春日に腹を立てながら、起きていれば聞こえている程度の口調で独り言に似た責め言葉をこぼす。


「珍しくすごくときめく事言ってたのに寝ちゃうの!? 薔薇を用意して永遠の世界とか! 場所が決まったとか! 楽しみにしてたんだからね! ねえ! 聴いてる? 雄……あ」


 言葉責めを繰り返していた最中、バックミラーに起き上がる春日が映り、その様子を察した咲はにこやかな表情を浮かべながら優しく語りだす。


「やっと起きた、寝坊助さん! ねえ! どこに行こうとしてたの? まだ間に合う? もう暗くなってきたけど」


「くらく……なってきた?」


「雄二? 目が開いてないの? 外を見て、外。」


「そと」


 春日同士での出来事にあった形相はなくなり、落ち着いた表情で外を眺める春日。まだ林道の途中、街灯が目に映っては消え映っては消える。

 咲の言葉を真似、力の入っていない目は時折泳がせる。


「どうしたの? どうかした?」


「どう……か、い、いえ、どうしたかと……いえば」


「あはははは! 雄二どうしたの! 面白い言葉の返し方! まるで言葉を忘れた人みたい!」


「ことばを……わすれ……いえ、なんと…なく、ことばはわかり……ます」


 二人の乗った車は突然止まる。そして咲は後部座席に振り向く。

 咲の眼差しに春日は特に挙動を変えず、咲の目をずっと見て、それは言葉を待つ子供のように素朴な印象を受ける春日の顔を凝視しながら話しかける。


「ねえ、雄二? 変だよ。何かあったのかな……私、眠ってたみたいで何があったかわからないんだけど」


「ぼ、ぼくが……いました」


     ◆◆◆


 18:16 モンストラス世界。咲の自宅

 倒れた桜は咲に介抱され、10分ほどで意識を取り戻した。その様子に咲にも笑顔が溢れて、用意していたコップに入れた水を桜に飲ませる。


「もう大丈夫よ……ありがとう。そして、あなたの恋人は、春日……雄二ね」


 意識を取り戻すと、すぐに桜からでてくる春日の名前。その名前を聞いて、まばたきを忘れた咲にとっても春日に関係した理由があってここに現れたと思われるには十分だった。

 咲の見開く目を見る桜にとっても、ここに現れた理由の話が早くなると感じ、一呼吸つき、確信にせまった言葉を話し出す。


「咲さん、あなたはこの世界が、何かおかしい景色に見えたりしませんか? ふと、気づくと同じ時間を何度も繰り返すような」


「先ほどのように……半年くらい前から、何かおかしいんです。恋人だった春日雄二の消息がなくなり、一緒に撮った写真が知らない男性に……私は以前、何度も自分をこの世界から消えてしまいたいと思ってました。けれど雄二に何度も止められて……彼が消えてから! 私はやっぱり見捨てられたと思ったんです! 何度も! 何度も! 私は……やっと死ねたと思ったんです! おかしいですよね! 死んだつもりなのに死ねたと思うなんて……戻るんです。死ぬ前に」


---*---

 桜が加藤達哉の館で、春日と現場にいた時に生じた爆発によるデジャヴュ。それは春日の姿をした人間の刈谷による、予定と異なった者を道連れにした爆発の誤算の結果。同時に死んだ事による肉体と精神が正常に戻らなかったANYのバグ。そんな理由を説明しきれないと考える桜。誤解と説明の放棄をするために思いつくところは、それを上手く説明できる鈴村の存在だった。

---*---


「あなたの気持ちはわかるわ。私も体験してる。それでね、咲さん。私が来た理由は、それを説明してくれる可能性がある方に会ってほしいの。いいかしら」


「え! ホントですか!? お願いします! どうすればいいですか? どこに行けば!」


 躊躇する桜。覚えたてのシンクロでうまく鈴村の元へ飛ぶことが出来るか。不安がありながらも自分の影を咲に近づかせる。けれど、触れればいいのか、抱きしめてみれば良いのか、少し悩みながらも、咲の見つめる目が落ち着いて考えられなくなる。


「えと、その……ちょっと……目をつむってくれるかしら?」


「え? 何するんですか! 怖いことしないで下さい!」


「い、いえ、そういうことではないんですが……わかりました。そのままでいて下さい」


 シンギュラリティ世界では親友だった桜と咲。モンストラス世界では面識もない関係性。

 桜の生きてきた環境の違いからか咲の反応に調子が狂う桜。混乱をなるべく防ごうと、咲にひと時の視界を無くしてもらおうと考えたが、更なる混乱を覚悟して、そのままの状態でシンクロを試そうとする。目をつむり、感じる。自分の存在と、咲の存在と、鈴村の存在。

 桜は自分と咲が鈴村のそばにいるようなイメージをつくり、慎重に行くべき位置を決める。自分と咲を認識色の世界で見る。同時に鈴村の位置を確認する。咲の部屋から自分の咲の認識色を駒を配置するように移動させる。けれど実際の世界はまだ移動していない。少しずつRと認識色の違いを理解しながら、同時に何か感じるものがある。


――何か音がする……ジッポ? 「叫ばないでね……『シンクロ』」


     ◆◆◆


 18:19 シンギュラリティ世界。管轄室


「シンギュラリティ世界を乗っ取る? モンストラス世界をどうするつもりなんですか!?」


---*---

 自分が本体の鈴村と思わせるRの鈴村。

 本体の桜の前にいるRの鈴村は春日と手を組み、本体の鈴村からすればファクターと呼ばれる不安因子。モンストラス世界の管轄として君臨していたが、春日のささやきにより、本体に背く行動に走り、本当の世界の住民であることを願い、支所の幹部であるRの桜を取り込み、「世界を一つ」にするという目的で動いている。

 不可解な行動が続くRの鈴村。加藤達哉の館跡で見つけた負傷の春日雄二を治療させた理由。管轄室を乗っ取り、モンストラス世界の成長を500億年進ませる事で待ち受けることは、惑星が完全に寿命を終わらせる事ができる年数を眺めることができる。その後に待つものは惑星の死。EMP放射によりRの鈴村自身、長くはいられないシンギュラリティ世界。加えて、Rの桜に与えた『シンクロ』。目に浮かぶ混乱と破滅の数時間後までに本体の桜をモンストラス世界の刈谷と接触させる不可解な狙い。

 人間の鈴村の本来の目的。

 ANYにより制御されたこの世界。人の住める世界は、惑星を包むようにオゾン層が存在する。

 酸素の原子が三つ結合することによってできる分子。それは酸素より軽く、上空に舞い上がり、生物を太陽光線から守る。


 すでにシンギュラリティ世界は温暖化、人口増加により、人間が優先されて住みやすく作られてきた。しかし、必ずしも生物の生きられる世界になっているわけではなかった。

 人間が陸で生活できる世界より昔。その頃はオゾン層が薄かった。しかし海の生物は紫外線から保護された。次第にオゾン層は厚みを増し、陸に生物が生息できるほどに時間を掛けて作られた惑星。

 シンギュラリティ世界は、惑星が誕生して四十六億年。今まさにオゾン層に隙間が空き、ドームで世界をおおう限界が迫り、人類以外の動物、植物、全てが危険にさらされていた。

 そして、モンストラス世界は、シンギュラリティ世界の技術により、オゾン層が一番厚い世界に成長させられた一万年ほど若く新しい地球。データの記憶をコントロールし、進化させた世界。

 人類があふれたシンギュラリティ世界の住民をモンストラス世界に移す。それがシンギュラリティ世界人類を護る責任が課せられた鈴村の最重要任務であった。

---*---


「モンストラス世界という惑星は、元々この世界から移住する新天地として作られた環境のいい世界だ。あっちの鈴村は何も知らず、この世界の機能を支配するつもりだ。だから、刈谷の現在のデータ更新のため、お前との記憶を呼び戻すために、刈谷に自害をされる前に、お前が刈谷を撃つんだ」


「Rの鈴村がファクターね。わかったわ。すぐにモンストラス世界に行かせて下さい。私は、恭介を救います!」


「よし、水谷。そのリンクルームに入るんだ。刈谷のすぐそばに転送する」


 Rである鈴村の言葉に納得した桜は、管轄室に設置されたモンストラス世界へのリンクルームに素直に入り、拳銃の有無を確認し、目をつむる。


「ANY! リンクルームから転送だ! モンストラス世界! 春日雄二のそばへ飛ばせ!」


<リンクルーム-モンストラス-目標-春日雄二-目標-ロック-転送開始>


     ◆◆◆


 18:23 モンストラス世界。支所裏口。

 本体の鈴村がひとりたたずみ、ゆっくりまばたきをした瞬間、Rの桜のシンクロにより鈴村の前に現れるRの咲。その一瞬の出来事に咲はとまどい、辺りを見回す。葉巻を吸いながらその場で待っていた鈴村。影もぼやけてくるほど薄暗くなってきた時間。それでも裏口の蛍光灯により人相の確認ができる。桜の様子に、咲への問いかけよりも桜の体調を確認したくなる様子だった。


「大丈夫か、水谷」


「ハァ……ハァ……管轄、風間咲です」


「え! 何!? どうなってるの!? え……和明!!」


「和明? 咲さん、あなた……管轄を知っているの?」


 咲が目を泳がせ、目の前に立った鈴村を直視した時、咲に湧き上がった感情は、初対面では表現できない憎しみであった。


「なんのつもり!? もう関わらないって言ってたでしょ!!」


「風間咲さん……私に会ったことがあるようですね」


「会ったことがある!? 私を捨てて!! 私は!! 私は…………自殺したのよ」


 咲の告白にその背景を察する鈴村と桜。Rの鈴村との間にあった関係。払拭する必要のある誤解と説明。シンギュラリティ世界の春日との繋がりがないかヒントが欲しい鈴村。意を決して慎重に話し出す。


「わかりました。風間さん……混乱するかもしれませんが、私は、あなたと違う世界で生きている人間です」


「何を言ってるの!?」


「風間さん。あなたは、春日の行方不明とこの世界の違和感に、悩まされていませんか? そして、私があなたの知っている鈴村と……同じに見えますか?」


 鈴村の落ち着いた口調に、咲は表情を見定め、隣に立つ桜の軽いうなずきと、この場にシンクロによって突然飛ばされた不可思議に、咲にとって計り知れない出来事が起きていると察する。そして感情的な言葉を抑え、鈴村に質問をする。


「あなたは……何者ですか?」


「春日と、もう一人の私の事以外、全てのことを知る者です。あなたに何があったか教えていただけますか?」


 咲は語る。Rの鈴村との関係。偽物呼ばわりされ、突然の破局。

 Rの鈴村との別れにより自殺を図った事。それを助けたRの春日。支えられた心。

 突然の破局による強引な振り方に、Rの春日も、Rの鈴村を憎んだ。しかし天地の差がある役職に、面と向かって文句のひとつも言えなかった春日。

 ちょうど半年前、Rの春日から咲に電話があった。その日から連絡が途絶えたRの春日。

 最後に電話があった時間。加藤達哉の館に向かった 12:08 そして咲に伝えた電話の内容。


「刈谷という人物の存在を抹消する事が始まりだと言ってました」


     ◆◆◆


 18:28 シンギュラリティ世界。林道。


「どうしちゃったの……雄二」


 咲は思う。咲の心配する表情が、自分に向けられた感情と読み取ることが出来ていないと思えるほど素朴な印象を受ける春日の表情。


---*---

 咲の目の前にいるのは、Rの鈴村に運ばれて、本部の病室で起き上がった春日。その後の道のりは、この春日にとって意識的な目的ではなかった。引き寄せられる感覚。終わりの見えない引力。その見えない終点に向かうために、進みたい道の障害を無事に乗り越えるために自然と歩んだ道。けれど、その道に立ちはだかった同じ姿の者。冷静ではなかった自分。飛び掛かる事しかできなかった体。そんな記憶はある。理由はわからない。何か大事な、忘れてはいけない記憶。それがなければ導かれない自分。感じるのは上半身の痛み。

 目的は、場所なのか、人物なのか。

---*---


「わかり……ません」


 咲にとっては涙を流したい感情。けれど、何に涙を流せばいいのかわからないもどかしさ。小刻みに震える表情と気持ちを春日に伝えたい咲。どこに走ればいいのか。どこまで質問すればいいのか。

 意識を失っていた時間は、咲にとってなにかを壊された落胆。それでも、記憶にない者でも、人間的に感情を読み取るクオリアは感じられた。


「かなしい……の……ですか?」


 感情をくみ取った春日に、希望を感じた咲。理由を知りたい。そんな気持ちが湧き上がった時、冷静になった咲は、車の室内ライトをつけて春日に語る。


「あなた……雄二じゃないわ」


 意識を確かにして春日を見る咲。

 眉毛の伸び方。髪の長さ。装飾品。少しずつ近づいて、唯一感じられるのは、匂いの残った制服。

 そのシャツの胸から見えた違和感は、ゆっくり広げるほどわかってきた大きな傷跡。


「新しい傷……それに縫合された跡。ねえ!! あなたはどこから来て、どこに行こうとしたの!?」


「この……まま、まっすぐ……なぜか……いきたいです……このまま」


     ◆◆◆


 18:34 モンストラス世界、支所裏口。

 Rの咲の言葉に、桜は復唱する。


「刈谷を……抹消?」


「雄二は言ってました。止めなければならないって! もしかして、やっぱり雄二は何かに巻き込まれたの!? あの人達に!!」


 半年前。加藤達哉での爆発後、刈谷の存在を認識する唯一の存在である咲。貴重な情報は、人間の鈴村が探していたファクターのひとりであるRの鈴村の存在。

 消息が見えなくなった春日。存在が認識されなくなった刈谷。咲からの貴重な情報。桜の知らない出来事に、複数と感じるファクターの特定される人物に、桜は息をのむ。


---*---

 咲からの情報。それは半年前、加藤達哉の館である現場に春日が遅刻をした理由は、想像をしなかった何者かとの接触。元々、本部の受付係をしていた咲。一年程前、Rの鈴村との破局をきっかけに退社したが、職員にも備わっている半年間の保護義務適用により、専任の研修として咲の担当にあてられていた。

 Rの鈴村との破局のショックで、何度も自殺を図り、何度も春日に止められた。春日は、咲の一途さと、咲の心を支えるうちに、咲に恋をした。けれど、職務規約により、保護対象との恋愛を禁止している。

 保護期間が終わり、春日は咲に好意と交際の告白をした。それは婚約を前提とした本気の告白。咲との半年間の保護交流により積み重ねた信頼。春日の真心に、咲も心を救われる。そして、交際を承諾したひと月後、春日は消息を絶った。それは咲の知らない加藤達哉の館で。

 立ち直れない咲が必然的に行動した自害。それは半年前のデジャヴュの開始から、何度試みても、無意識に死ねない世界。次第にデータ劣化により目覚め、他人のデジャヴュを何度も体験し、写真立ての刈谷を見て、震えていた。自分は異常者になったと。

 そんな精神状態で、春日が直前に教えてくれた者達には、立ち向かえなかった。誰にも言えなかった。

---*---


「あの人達、と呼ばれる人の……名前は言ってましたか?」


「はい、その協力者を教えてくれました。雄二は言ってました。弱みを握ったと。私、怖くて」


「教えていただけますか」


「それは……怖いです」


「あそこに見える建物はわかりますか?」


「なんでしょうか……知りません」


「あそこには、この世で春日雄二と呼ばれている、刈谷恭介という人物が収容されている精神病棟です。刈谷を救えるのは、あなたしかいません」


「刈谷さんが……雄二。あの……会えますか?」


 鈴村はうなずき、案内をしようとうながす。

 後をついてくる桜に、鈴村は伝える。


「水谷……お前は今、刈谷をあそこに閉じ込めた張本人になっている。順番が代わったが、今は俺から慎重に話したい」


「わかりました。私も自殺を図った田村の様子を見るところでしたので、ここで失礼いたします」


 鈴村と咲は、自殺未遂者が主に収容される精神病棟に向かう。その背中を見送る桜。


---*---

 桜は知りたかった。鈴村が追いつめたいファクター。咲が刈谷に会う理由は何か。Rの春日からの警告か、それとも、鈴村と桜の言葉の裏付けか。刈谷が咲から得る情報は、自分にとって不利益にならないか。

 桜自身、一番求めているものは、自分の存在意義か、人間の肉体か、神の力か。それとも、『鈴村に伝えていない』シンギュラリティ世界で聞いた、春日の目的と、別の存在者か。

 咲に伝わった、Rの春日からの情報は、桜を不安にした。その不安は、追いかけずにはいられなかった。

---*---


 Rの桜は追い始めた。別の次元から、自分だけの世界から。鈴村から見えない影の世界で鈴村のそばを歩く。鈴村から見えない世界で監視する。桜から見える世界は、赤の鈴村と、斑の咲。二人の姿を中心に、モノクロに映し出される周辺の草花、建造物、風景。

 二人の跡をつけることが可能だと感じた理由。桜は思い出した。咲の家から、鈴村の目の前にシンクロするとき、自分だけの世界で赤い鈴村の姿を発見して、自分と咲の斑に映る影で鈴村の前に立つイメージを集中したとき、鈴村がジッポで葉巻に火を付ける『音』がした。その場にいなくても、自分の影を近づけられれば聞こえると。

 精神病棟に向かって歩く赤と斑の二人。その二人の後ろに、一緒に歩く斑の桜。

 モンストラス世界において、唯一『四次元空間』を歩ける桜。真後ろの斑の影は、その場にいるように声を拾う。その『四次元の声』は、こもるように響くが、理解できる程度には聞こえた。


『ほかの 収容者の 声は 無視して くだ さい』


『はい わかり ました』


『刈谷 に 会ったら 何が 聞きたい ですか』


『伝え たい だけで す。狙う 者と 狙われ る 理由。運命の 保有者 である「キャリア」 という 存在 を』


『キャ リ ア?』


――キャリア……言葉遊びなの? 保有者はキャリア、別の発音でキャリヤ、カリヤ?


 桜だけでなく、簡単に連想できる名前。聞き間違いでも起こり得るほど似た名前。故意か、遊び心か、悪意の誘導か。

 桜にとって、Rの刈谷に知られる事は良い事か。別のファクターの名前が出た場合、それを収容所で知った本体の鈴村とRの刈谷はどう判断するのか。


『刈谷 さん に、全て お話 します』


 18:39 LIFE YOUR SAFE 支所敷地内。精神病棟収容所。

 その建物は二階建ての、窓に鉄格子も見えない建造物。


 外壁は自然と溶け込んだ穏やかなレンガに見立て、中身は鋼鉄をアルミニウムと亜鉛によってサビや耐久性に優れたガルバニウム鋼板を通常の居住建物の三倍以上に重ねて仕上げた収容所。

 見えない収容者の部屋は、地下三階にまで深まる完全隔離の収容施設。

 会話が成立できる程度であり、危険性の少ない隔離者ほど地上に近い階層に収容されていたが、通常初日の隔離は地下二階とされ、様子を眺められていた。そして今日は稀に見るほど自殺未遂者が少なかった。そのため、収容者に頻繁な階層の移動もなく、警備員の数も少なく、二人の警備員で守られた収容所。鈴村と咲が近づくと、門番と言わんばかりに警備員は立ちふさがった。


「今の時間は面会謝絶です!! 約束もない突然の訪問も禁じられています!! 異議申し立てはLIFE YOUR SAFEの本部へご連絡下さいませ!!」


「管轄の鈴村だ。指紋と静脈を照合しろ」


「失礼致しました!!!! こちらに手のひらをかざして下さいませ!! お付添いの方もお願い致します!!」


 生体認証の読み取り機に手を入れる鈴村と咲。すでに保存データに登録されている二人と、鈴村の最高責任者としての実権の有効性により、容易に入館する。

 当直の医師であり、本体であれば本部常駐医をしているが、Rである香山弥生。警備室からの連絡により地下収容所への入口内部で弥生が鈴村と立ち会う。


「春日雄二は、おとなしくしているか?」


「あ、はい。管轄、お久しぶりです。えと、連行した職員によればですね、暴れないにしろ、言葉で自分が刈谷恭介と訴え続けて、あきらめたのか、せめて食事をしっかりした物を出すようにと言っていたようです。自分自身の認識を除けば普通の会話はできると思いますね。今まで黙認されていたくらいですので」


「そうか、突然ですまないが、面会をさせてもらうぞ」


「わかりました。階層毎に守衛がいますので、私から地下二階に連絡しておきます。あ、あと、春日さんの隣にいた収容者が突然、統合失調か記憶喪失とみられる症状が出ました。そのため地下三階に移しましたので、今、地下二階は春日さんだけですね」


 下村の度重なるデジャヴュによりデータが劣化。シンギュラリティ世界から安全対策により復元処理とされたケース。想像しやすい現象に軽くうなずく鈴村は咲と共に、地下二階へ向かう。


「厳重ですね」


「自殺未遂者が増えましたからね」


 初めて入館する咲にとって、外観からは想像できないほどに厳重な収容所。階層の間にも無人でロックされた扉があったが、遠隔操作により開錠される扉。一階、地下一階、地下二階、刈谷の階層までに五回もの扉を開錠されて入室する地下二階。

 守衛からは刈谷の姿は見えないその階層はコの字に廊下が繋がっていた。刈谷が収容されているのは、守衛がいる場所から角を二回曲がる部屋。明らかに叫べば声が響く気密性を知っている守衛は、春日と呼ばれる刈谷が静かにしていることを鈴村に説明した。

 廊下を静かに歩く二人。けれどその視界は三人で眺めていた。


――ここが刈谷のいる収容所……見えるわ。けれど、二人の声が聞こえづらい。もう少し近づかなければ


『ここに いれば、刈谷 さん は 安心 ですね』


『は い、部屋 は プライバシー保護 のため映りま せんが、廊下は監視カメ ラで見られ ています』


『キャッ!!』


『どうか しま したか?』


『今、肩に何か 触れた ような』


 咲の肩に触れた違和感。それは四次元で近づく桜が、二人の前に出ようと狭い廊下で追い抜こうとした時。桜にも予想外の出来事を知ることができた

 

――触れられる!! この世界でも!! なんてすごい世界なの!! 私はやはり神の力を得たのよ! 肩が触れれば相手にも感じられる。けれど私にはなにも感じない。それは……無敵よ。


 支所の裏口の回りに植えられた樹木の陰でシンクロを操る桜。新しい発見の連続に、もっと対象を変えて試したい気分でもあった。その時、裏口より外にでてくる集団を桜は目撃した。それは専任補佐である田村が、自分の率いる職員十名ほどを連れてどこかに向かおうとする姿。


――田村……どこにいくの? ついさっき支所の屋上で飛び降りたばかり……まさか。


「お前ら!! 今管轄は、本部で不死現象会議の真っただ中だ!! この世界のカラクリを示すいいチャンスだ!! 発見者の我々を中心に世界が動くぞ!!」


 Rの桜は鈴村と咲への意識を置きつつ、自分の場所を含めて地図を見るように視野を拡大する。集中して、頭の中でいくつもの目を持つような気持ちで、それぞれの様子が途切れないように監視する。

 駐車場で三つのグループに分かれる集団。田村が率いる三人を眺めると、田村を含めた四名は赤と青が交互に重なった斑に見える。


――目覚めた四人か。他の集団はまだ目覚めてない。公表する気? 政治家や一般人や職員たち数百人の集まる会議の最中に実演……その中で目覚めた有力者からの恩恵を受ける気? させないわ……神は私だけよ。


 支所の駐車場に向かって歩く集団。田村率いる職員三名の四人は、職員所有する車である一台に全員が乗り込もうと近づく。

 桜を中心にモノクロな世界が広がる。最初は見えなかった風景は、慣れた四次元の目によって鮮明に。斑の桜は田村達の周辺を自分の目の前に世界を動かすイメージで、その場に五人で行動しているように、触れないように、離れないように、今できる足止めを考えながら様子を見る。


――私の能力を、開花させてもらうわ。


---*---

 三次元空間には見ることのできない四次元空間。

 次元とは、空間の集まり。

 もしも四つ目の空間を『時間』とするならば、地球上の生物は『三次元空間の四次元時空(時間と空間)』で生きている。

 もしも、『一次元の人類』がいるならば、その次元の者は、『前と後ろ』にしか歩けない。もしも、前と後ろに障害物があるならば、一次元の者は動けない。それを見た『二次元の人類』は言う。『右か左』に逃げればいいと。

 『二次元の人類』がいるならば、一次元に加えて『右と左』にも歩ける。もしも、前後と左右に障害物があるならば、二次元の者は動けない。それを見た『三次元の人類』は言う。『上か下』に逃げればいいと。

 『三次元に生きている人類』は、二次元に加えて『上と下』も認識できる。もしも、前後、左右、上下に障害物があるならば、つまり、『箱の中』にいるならば、三次元の者は動けない。それを見た『四次元の人類』は言う。『あちらから』逃げればいいと。

 箱の中にいても『あちらから』逃げることができる『四次元空間の五次元時空』で行動出来る桜。自分の未知なる力に興奮する者。その力は、誰かを対象に試される。

---*---


 運転席から乗り込もうとする職員。車のロックが解除されるのを待つ三人。

 職員の頭部に近づく影。三次元空間には見えない四次元空間。車のドアを開けた時、影の手は両手で斑の頭をつかんだ。


「ぅぐあぁ!!」


「どうした!!」


 ドアを開けた車体の上部に頭部を打ちつけられた職員。それを真後ろで見ていた田村。一瞬の出来事だが、田村は違和感を拭えない。


 職員本人の意思を感じられなかった出来事は、目覚めた思考は柔軟に『なにか』を感じた。


「何かいるぞ!! 警戒しろ!!」


 田村の声に左右を素早く振り向く職員。別の車に乗り込もうとした職員も田村の声に反応して走って近づいてくる。


「頭を!! つかまれました!! ぁあ! ああぁ!!」


「職員!! この車を囲め!! 目覚めを理解させてやる!!」


 気絶までには至らず、真後ろにいた田村を疑わずに痛みに叫ぶ職員。車を囲む職員達。中途半端な職員への攻撃をしてしまったことに苦い顔をする桜。四次元の世界で桜が今感じられる五感は聴覚と視覚。それ以外をまだ開発できていない桜には力加減がわからなかった。

 次第に桜の表情が変わった。それは桜にとってひとつの目的を果たすため芽生えた殺意。もしも、全力で力を込めるイメージをしたらどうなるか。加減が無限ならどうなるか。Rを人と感じられなくなった桜。その野望は本人も想像できないほど膨らんでいた。


――こんな奴らはどうでもいい! 私が運命の保有者となるわ!


 桜の視野が移動する。桜の野望の優先順位が変わった。その目線は再び収容所へ移り、鈴村と咲に接近する。

 その時鈴村は一室の前。すでに刈谷と鈴村が接触していた。


「さっき言った通り、肩書を気にせず話をしたい。手荒な事をした。悪かったな。あの場を収めるためだった」


「あ、あの、いやぁ……謝らないで下さい! それは頭冷えて理解してます……えと、どんな御用ですか?」


「町田との会話をボイスレコーダーで聴いた。お前は正直どう思う? この世界」


「あのぉ……自分は取り調べと所長に話した通りですがぁ……強いて言うならぁ……まるで造られた世界ですか? という印象です」


「そうか、お前はどうしたい。もしこの世がお前の言う、造られた世界であったなら、抜け出したいか?」


「難しい質問ですねぇ……けど、今自分が不自由しているのは……自分の『身元』であって、それ以外は都合悪くありませんがぁ」


 ゆっくりと語りかける鈴村。直前に無理やり拘束したことを詫び、役職を外した会話を求める鈴村。その低い腰に気を取り戻す刈谷。桜のような野望を持たない刈谷は自分の存在を求めた。自分自身が刈谷でありたいことを、それだけ戻ればこの世界で困ることはないと。


「そうか。会わせたい人がいる」


 鈴村のうなずきに気づき、廊下の角から現れた咲。そして真後ろには、影の姿で咲の後ろから歩くRの桜。

 今から聞ける情報より、まずは鈴村の行動を制限させたかった。それが自分の安心感に繋がると桜は本気で感じた。


「私は……春日雄二の婚約者です」


「春日の!! どおりで! 俺の記憶じゃ春日は婚約指輪をしてた! じゃあ!」


「あなたも春日雄二らしいですね」


「私の担当は春日でした……何度も自殺を止められて、彼の真っ直ぐな心に惹かれ、彼も私を愛してくれてました。」


 春日に惹かれ、愛し合った咲。ひきこもった心と生活は、春日の無念を伝えたい気持ちが高まり、咲を刈谷の前にまで足を動かした。


「ですが、半年前から異変が起きました。私と彼の写真が……全てあなたとの思い出になってるんです!」


 恐怖だった。咲が自分の知らないところで想像もつかない事態が起きて、自分はきっと巻き込まれているかもしれないと。普段から感じるデジャヴュに自分も死ねない恐怖に、苦しんで、泣き崩れて、絶望していた。


「私はあなたを知らない!! 周りも私の知っている春日雄二の存在を知らない!」


 誰の記憶にも存在しなくなった春日。咲自身、半年前までの記憶と存在が嘘でないという真実が欲しかった。それを証明できるのは、この世で春日と呼ばれている刈谷ひとり。それは咲にとって勇気となった。心の強さを取り戻せる要素でもあった。


---*---

 咲だけでなく、咲の言葉に、自分の存在が間違いないと、自分を取り戻せる刈谷でもあった。味方は誰もいないと思った。

 隣の収容室で何度も違う世界と感じ、何度も自殺を図った下村。ひとり、またひとりと、自分の存在理由を見つけるため、抜け出すために一歩を踏み込んだ。

 咲は世間的に見られると、自殺志願者。その行動と言葉に、精神を疑う世間の評価では、刈谷の存在証明を確かなものにしないかもしれない。刈谷の認識が春日になった事で、交際相手のひいき目だと、先入観にとらわれた色眼鏡に目を曇らせる者もいるかもしれない。それでも組織のトップである鈴村からの後押しと、確実に増える違和感の世界を感じる者。それはこの世界しか知らない者達の救いと存在意義となった。

---*---


 期待する刈谷と、刈谷に伝えたい咲と、その先にファクターの正体を知ることができる鈴村。四次元空間の、この場にいるRの桜の存在は、咲の首元に忍び寄る影の手は、誰にも、温もりも感じられなかった。


「これはいったい……な………ん……な……あ……あ……たす……けて……きゃぁ……りぃ……ぁあ……さ」


 締め付けられる首。自分で首に手を当てても、何も触れない首回り。異変に気付く鈴村と刈谷。誰の目に見ても、『ひとりで苦しんでいる』ようにしか見えない。四次元の目を持つ者には、おぞましくも、後ろから首を締める桜の影。邪魔する相手もなく、影へ触れられる存在もなく、桜の思うがままに、首は締まっていく。


 深い話を聞く前に、ファクター全ての名前が鈴村へ聞かれる前に、狂気の神となった背信の桜。影である桜の両手の指が、根本まで絡み合ったとき、ここまでの出来事を全てふりだしへ戻した。

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