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シンクロディピティ  作者: 恵善
23/29

【バタフライ・エフェクト】 蝶の羽ばたきは惑星終焉序曲

「どうだ? あれでも助かるか?」


「不思議ですね……あれだけの出血で命を取り留めているなんて」


 13:51 シンギュラリティ世界。LIFE YOUR SAFE本部。救急治療室。

 モンストラス世界よりリンクしてきた鈴村は、救急診断と治療の経緯である患部状態を尋ねる。


「何があったんでしょうか? 無意識の中でありながら、見た目からは想像出来ない筋肉の質量と収縮による止血。一言……有り得ない事例です」


 常駐医である『香山弥生かやまやよい』は、未知な回復症状に、鈴村への答えを遠回しに出来事の真相と興味を尋ねる。


---*---

 通常であれば、医師に詳細を伝えることは義務でもあり、治療にあたって聞くべきでもあるが、シンギュラリティ世界とモンストラス世界を行き来する鈴村へ、出過ぎた言葉や、鈴村本人が伝えてこない事は、全てが差し出がましいと思うのが普通であった。それは支所の職員と違い、噂以上にモンストラス世界へのリンクを慣行している事を知っている本部職員であるがゆえ、鈴村の職務は、混乱を防ぐために『言えないこと』の方が多いからである。

---*---


「あ、すいません……余計な事を言いました。まず、命は取り留めました。ただ……傷ついた臓器は……すぐに手術して人工臓器を使用する事になるでしょう。他の臓器への負担を減らすためにも広い範囲で……」


「人間と言える範疇か?」


「はい! 人間です! 男女生殖機能の肉体構造があるか、寿命もあり、遺伝細胞がある限り、どれだけ臓器を人工的にしても、シンギュラリティ世界の定義では人間です。ただし、もしこの方がRの場合は……」


「Rの場合は?」


「はい……ご存知の通り、毎週シンギュラリティ内を、周波数をRに合わせた『EMP』により、人間とシンギュラリティ世界のANY以外の、意思を持ったRが拡散しないよう、その場で機能停止とされるでしょう」


---*---

 EMP。高エネルギーであるサージ電流が発生して、通常以上の電流が伝わる現象。Rの機能停止のみに考えて作られており、都市を包むドームの路線より規則的に放射されている。シンギュラリティ世界では本部内の職員のみ、日程を認識しており、鈴村が知らない訳が無いこともわかっている上で、弥生は日程の認識確認をされているのかと感じながらも、素直に鈴村へ伝える。

---*---


「次の予定は?」


「はい……確か、今夜……ですね」


「一応聞いてみたが問題ない。こいつは、人間だ」


「そうですか! 安心しました。必要ならクローンの肉体にと思いましたが……鈴村管轄がその点を踏まえていない訳がないと思いますので……余計な事を言いました」


「いや、いいんだ。細かいシステムを見直さなければならない時期もあると思うから、再確認したかった」


「重責は理解しております」


「では任せるぞ」


「はい! あ……この方のお名前は」


「特別任務中だ……救急と言えど、今、個人情報は開示出来ない」


「先程は……いえ、管轄がおっしゃるなら」


 言葉を続けたかった弥生。しかし鈴村をこれ以上わずらわせる事も出過ぎた言葉と感じ、聞きたいことがあれば鈴村から漏れなく聞いてくるだろうという意識に切り替えた。

 そのまま鈴村は弥生に聞こえない程度の息をつき、処置室を退室する。


「さぁ……始めるわよ」


 弥生の上部天井から患者体内の構造が映るモニターが天井と平行してゆっくり下がってくる。手術代の下、内側から弥生をサポートする関節の多く長く伸びた鉗子かんしやゾンデや剪刀せんとうが触手のように伸び上がる。

 その中のひとつ、ボイスレコーダとして機能している触手が、弥生の口元に近づき、弥生も顎を近づけ、これからの展開とボイスレコーダーに吹き込む。


「14:00……本日2件目の緊急手術……Aさん……男性」


 14:06 LIFE YOUR SAFE 本部管轄室。

 その部屋は、応接する為の部屋として使われることのない、完全に閉鎖された空間。厳重な壁と、多重に開閉される交差する扉。光沢あるドアに黒い影が近づく。


「鈴村だ」


 手のひらを扉にヒタリと密着させ、振れないように真っ直ぐ扉に映る自分をほんの数秒眺めていると、指紋、網膜、声紋の全てが一致と判断され、一枚、二枚、三枚と交差に開く扉。鈴村は認証されると、静かに頭から入室する。


 入室と同時に点灯する照明。壁一面のモニターは、本部内全ての監視映像が一望できる。その空間に佇む鈴村は、特に何かに触れるような気配も出さない。ただ、聞き耳をたてる。


<モンストラス-誤差-現在-ゼロ日。更新-調整完了。モンストラス-誤差-現在……>


「わかった……ANY! 『180日』進めてくれ! 時間はシンギュラリティ世界と同期しろ」


<モンストラス-180日-advance(進行)-了解-準備完了-約20分-準備完了後-自動更新予定>


---*---

 180日。それは刈谷の任務期間を意味する。刈谷や桜にとっては長い半年間であっても、鈴村にとってはモンストラス世界の進化を強制的に進ませて、結果だけを見ることができる。モンストラス世界という惑星自体が若いままの変わらない星であっても、Rにとっては、その半年間は『確実にあった出来事』であり、早送りで進む世界でも、体感できない。それは太陽を中心に周る星たちが、さらに自転という星独自で回転していても気づかないものと同じであり、一秒で数千キロメートルで自転する星でも、その星で地に足をつける者には一切体感できないものである。

 鈴村の言葉を的確に認識して、その問いに答えるANY。わざと人間らしくない言葉にしてあるのか、それはとても機械的な音声であり、単語を並べたような返答。そして無駄がなく、人間と機械を区別したかのような声が広すぎない反響しそうな部屋の中で響く。

---*---


 鈴村は監視映像モニターを眺める。外のモニターには、普段着陸している向きと逆の方向にヘリコプターが止まっているのが確認できる。ヘリコプターのロゴには『LYS』と表記されているが、本部使用のヘリコプターではなかった。


――支所から誰か来たか。俺に係わることであれば入口で一旦止められるが……警備員……モニター上、特に問題ないな。


 警備室やその他のモニターを眺めても、警備員の挙動に問題が無いことで、意識を切り替える鈴村。


――まずは潜入開始した刈谷を確認したところで『ZONE』をインストールしなければ。いや、万全を期すなら新プログラムの『シンクロ』を試す手もある。すでにRの水谷には急遽優先して更新と共に『ZONE』適応してるはずだ。「モンストラス更新情報を教えてくれ」


<更新回数128>

<R強制消去回数6>

<予想更新との誤差+54>


---*---

 更新。それはデジャヴュがモンストラス世界全体で行われた回数であり、同時にデータの劣化により強制消去されたRの人数。

 デジャヴュがモンストラス世界で開始するまでに集めていた自殺者の統計情報により予想された人数は、この2時間ほどで74人だった。その数よりも54人の誤差、予想より大きく上回った合計128回ものデジャヴュ。

 各国ごとに更新地域を定めており、デジャヴュによりさかのぼる時間は更新された地区を中心とした一定地域だけだった。その他の地域は微調整させるように時間が緩やかとなり、全ての地域は数分から数十分で時系列を同期させていた。モンストラス世界のRがデジャヴュに違和感を持つには早すぎる短時間。そこに鈴村は違和感を持つ。

---*---


「54? ……モンストラスLIFE YOUR SAFE所属、春日雄二のR生存情報を教えろ」


<モンストラス-LIFE YOUR SAFE-R-春日雄二-行動中-データ-14%劣化>


――劣化の統計が取れていないが、今のところ問題ないだろう。刈谷は春日として潜入が始まったな。問題はその後の誤差の原因だ。「春日雄二のRにプログラム『ZONE』適応だ」


<春日雄二-プログラム『ZONE』-インストール-了解-更新完了>


「新しいプログラムの『シンクロ』は準備できたか?」


<プログラム『シンクロ』-現在-使用不能-可能時間-計算開始>


「計算はあとでいい。予想更新の誤差原因や認識不明Rはいるか?」


<計算停止-モンストラス-R-認識不明-行動不能-肉体基礎-春日雄二>


――何故春日が残る……54回のデジャヴュのバグか? 混乱が起きるとまずいな。「認識不明Rを削除しろ! その後の環境や削除は自動で任せる」


<モンストラス-認識不明R-削除-了解-15分以内-更新予定>

【next-selections(慎重に選択して下さい)】-

自動更新デジャヴュ-advance(進行)-自動削除(劣化R自動削除)】-

【命令が3種類重複しました】-

【ANYの自動環境保全に不安がある場合、『自動更新環境』を解除し、その都度、『命令更新環境』に、しますか? しませんか?】


 モンストラス世界を管理しているANY。ANYの判断よりも、直接の命令が増える場合、ANYの判断に不安がある可能性を考慮して、三種類の命令を受けるたびに命令する者へ確認をするANY。


---*---

 その声は、今までの機械的な音声とは違い、人間に対して柔らかく確認する人間らしい声。単純な音声では誤解が生まれる可能性もある。

 モンストラス世界を人間が管理するか、ANYが管理するかどうかの選択。それは自動的にデジャヴュを行うかどうかでもある。人間の命令を優先するように作られたゆえの機能ではあるが、鈴村が常にこの管轄室に居るわけにもいかなかった。

---*---


――この確認機能はそのうち無効にするべきだな。不死現象が始まった今、命令更新にするとデジャヴュが起きない。「更新命令は以上だ! 自動更新環境は続行してくれ」


<自動更新環境-続行-了解>


「モンストラス管理室には入室者はあったか?」


<モンストラス-管理室-本日-入室人数-0>

<52時間34分前-1>


「最後の入室者は誰だ」


<モンストラス-管理室-最終入室者-不明>


――やはり、何度確認しても、今から52時間前の認識されない入室者……これを発見したのは俺のR。モンストラス世界で突然現れて、管理室の存在と侵入を俺のRに予告したファクター。俺のRは今どこまで知っている……ファクターはなぜ侵入出来た!? ここに入れるのは、俺だけだ。ZOMBIEを作り出した者は、この星でハッキングでなければ……まさか……「モンストラスR! 鈴村和明情報を出せ」


<モンストラス-LIFE YOUR SAFE-R-鈴村和明-モンストラス-不在>


「なに!? どこにいる」


<R-鈴村和明-シンギュラリティ-63分前-リンク完了>


――どこに居る。「R鈴村和明! 携帯電話位置情報!」


<R-鈴村和明-携帯電話-位置情報-現在-不明》


――これでは居場所がわからない。それより……まずは異常がないかモンストラス管理室を確認するべきだな。「モンストラス管理室に入る! 専用エレベーター」


<モンストラス-管理室-エレベーター-機能開始>


 モニターの向かいに面する壁が、一部分、縦横に開き、三人は入れないほど狭く、一人で昇降することを考えられた管理室へのスペースが現れる。そのスペースに侵入して後ろを振り向いた鈴村は、見送りも存在しない管轄室に一言告げる。


「俺以外、入室させるな」


<入室制限-鈴村和明-了解>


 エレベーターの扉が閉まると同時に、壁も痕跡なく元に戻る。

 鈴村の懸念するファクターの存在。Rの鈴村に対する疑念。モンストラス管理室の安全確認など、多様な不安要素を排除するべく、管理業務を粛々と進める。


 Rの鈴村の行動は90分ほど前に始まった。


     ◆◆◆


 12:38 モンストラス世界。

 桜との電話を切り、森林の中たたずんでいたRの鈴村は、遠目で桜と刈谷を眺めながらしばらくたたずんでいると、少しずつ響いてくる馬力を感じる音。応援が到着したと感じた鈴村は館より遠ざかり、それと同時に震える携帯電話の着信に耳にあて、誰かともわからない相手と連絡をとっていた。


『管轄!! 間もなく到着致します!! 連絡により、いち早く応援に駆けつけましたので、荷台に職員は数名いますが、このトラックの室内は私ひとりです!! 私のような一職員に、ご命令いただきありがとうございます!! よろしければ直属の上司である田村に、このことを伝達致しようとも考えておりますが』


『それはあとでいい。君の名前は確か……』


『はい!! 職員の田崎健太たさきけんたと申します!!』


『そう、君が先ほど電話に出てくれたのがひとつの縁だ。やはり直前に話した者の方が話しやすいものだ。そして、先ほど話したように、春日という者が現場の事故で心神喪失気味な様子となっているが、それは水谷桜の指示通りに動いてくれ。それと……』


『はい!! しっかり頭に入れました!! 春日に関しては水谷チーフの指示通りにします!! そして別件でのご指示、わたくし田崎健太は!! 確実に『見つけて』確実にお届け致します!!』


 モンストラス世界の絶対的存在である鈴村と直接会話が出来ているという感動や興奮からか、復唱を先走る田崎。鈴村が刈谷の存在を確認するために支所へ電話したときに、受付係から取り次いだ職員。

 鈴村は桜との電話のあと、すぐに支所へ電話を掛けなおし、少し不器用にも感じる雰囲気と実直な性格に何かの利用価値を感じたか、何かを捜索する命令を下していた。


『そうか、それでは宜しく頼むぞ。君のことは覚えておく。そして、探し物の『二つ』のうち一つは……』


『はい!! それはすぐにお届けします!! そして、もし『死体』があった場合は田村と内々に埋葬することで良いでしょうか?』


『そうだ、事故の影響を考えて、なるべく水谷と春日には目に触れないようにしてくれ。事故に遭遇した二人の精神状態を見ていきたい。そして、この電話での命令の復唱は不要だ』


『はい!! 復唱いたしません!!』


『俺のいる場所は伝えた通りだ。俺から連絡がない限り電話はするな。静かに行動しろ』


『はい!! 連絡いたし……』


 田崎の復唱を確認する間もなく、通話を切断する鈴村。秘密裏に動きたい鈴村にとって、田崎の生真面目さの難をみせる対応に不安も感じつつも、身動きがとれないのか、森林の中、少なからず周りの鳥の鳴き声や草むらの揺らぎの気配に神経を傾ける聞き耳と視野を用いて、とくに行動を始める初動もなく、その場でたたずむ。

 その表情は、先ほどまでの電話をしていた表情とは違い、力を抜いた穏やかさを感じる。木々の揺れる葉からまばらに降り注ぐ日差し。あまりにも自然を感じられる空気感。その殺意も悪意も感じない『違和感のない』一人だけの無限と感じる時間に、目を閉じながらも深い呼吸を味わっているかのようでもある。

 自然の静けさから耳に入ってくる異音。鈴村から見て館の方向には話し声が聴こえる。桜の指示により館への瓦礫撤去による顧客捜索が開始したと思われる。

 館の玄関付近は完全に吹き飛び、中央の階段が剥き出しに正面にそびえている。どこから捜索を始めるか迷うほどの中、先ほどまで鈴村と会話をしていた田崎は、誰よりも先に階段の正面へ向かい、体を低く屈めながら左右を見渡す。一見瓦礫の様子を眺めているだけの自然な振る舞いにも見えたが、階段の一番下の段でバランスをとるように寄りかかっている左手は、細かい動きをしていた。そして突然立ち上がると、桜へ振り向き、はっきりとした声で自分の行動の許可を求めた。


『水谷チーフ!! わたくし田崎は、爆発によって森林に火種が飛んでいないか簡単に見て回りたいと思います!!』


 うなずくだけで了解をした桜が違和感を持つことなく、田崎は館を背にして、アナログ時計で言えば短針が9時の方向へ、迷うことなく向かった。

 けもの道も感じない森林への入口には草の低いと思えるところから足を踏み入れ、数秒で館の前で思案する職員には、田崎の姿は確認できないほどの茂みへと入っていた。

 田崎が森林へ侵入すること約2分、田崎の右手側より静かに鈴村は現れた。


『あ、あの……もしかいたしますと……』


『ああ、鈴村だ……見つかったか?』


『あ!! お!! お疲れ様です!! わたくし!! し、支所職員の!!』


『もう挨拶は十分と電話で聴いた。もしあるなら見せてもらえないか?』


『は!! はい!! こちらになります!!』


 極度に慌てながら作業用のズボンの左側ポケットから、鈴村が求めていた葉巻がでてくる。震える左手から自分に向けられた葉巻を丁寧につまみながら引き抜く鈴村は、静かに葉巻を両手の指でつかみ、潰れない程度の力加減で感触を確認していた。その感触に何かを感じたのか、言葉を待つ田崎に伝えた。


『良くやった。君は実に職員として優秀な存在だと感じるよ』


『は!! はい!! 恐縮であります!!』


『その調子でもう一つの捜索も上手くやって欲しい。そして田崎、君の功績は頭にしっかり入れておくから、何か進言したいことがあったときはしっかり耳に入れよう』


『は!! はい!! ありがとうございます!!』


『あと、君の支所の所長の名は……』


『はい!! 町田です!!』


『そうか……では、その町田には、俺はしばらく支所を周ることはしないと伝えておいてくれ。個人的な調べ物があってな……そして、半年後には、これから世間で起こる現象の会議を行うと言ってくれればいい』


『現象、ですか? どのような』


『まだ詳細は言えないが、その確認にしばらく時間が掛かる。君にもその現象が理解出来たとき、半年後、君からもその現象の感想を聞きたいものだ』


『は!! はい!! 了解いたしました!! 町田にはそのように伝えておきます!!』


『ああ、もう一つの捜索は信用できる人間と、上手くやっておいてくれ。そのうち写真や映像で確認できればいい。そして、話はこれで終わりだ』


『はい!! ご命令いただき!! ありがとうございました!!』


 田崎に背中を向けた鈴村は、振り返ることなく、更に森林深く、そして田崎は目で確認できなくなると、鈴村の方向に一礼して、瓦礫の館に戻る。

 鈴村が森林を少しの時間巡っていると、森林がひらけた空間に出る。静かに目だけを辺りに泳がせると、岩石が埋まっているであろう草木の生えないところに目を止め、静かにそこの上に立つ。


 田崎から受け取った葉巻を取り出して、一度は使用したと思われる先が黒く焦げた葉巻を両手に持ち、巻かれている、茶黒な葉をはがし始める。丁寧に、中に潜む、壊れてはならないものを無事に確認するため、落ち着いて広げていくと、葉巻の中からは、虹色に輝く粒子が積もるカプセルを手にする。片手の指でつまみながら、覗くようにその輝きを眺めていると、目をつむり、意を決したように両手の指でつまみ直し、自らの体にまんべんなく広がるように振り撒いた。光に包まれたRの鈴村は、誰に知られることもなく、モンストラス世界より姿を消した。


     ◆◆◆


 13:08 人間の鈴村が管轄室に入室する58分前。

 Rの鈴村は、リンクソースの光により形が形成され、シンギュラリティ世界に現れる。モンストラス世界と同じような岩石の上でたたずみ、どことなく周りの景色は違うが、その場所だけは草木がない。その場所に選んだ理由は、鈴村がほかの物体と同化してしまうような不穏な可能性を最低限防ぎたかったからである。

 館の近くでリンクを始めた事で、モンストラス世界と同じ付近にリンクされた鈴村は、すでに無くなっている館に向かって歩きだす。


――シンギュラリティ世界か。携帯電話は破棄した。俺の位置の全ては把握されないはず。本体に気づかれる前に接近……水谷桜に言ったように、まず世界をひとつに……そして…monstrous時代はモンストラス世界ではもう起きないだろう。


 館の有無を確認したかった理由もあり、そして自分の所在地を確認したかったため、まずは館の場所まで歩く鈴村。今後の考えを巡らせながら、目的の場所に踏み入れると、やはり館は消失しており、不自然なくらい鮮やかな芝生がその一帯に生えていた。しかし、目に触れたものに、多少なりとも驚きを隠せなかった。


――この星を……ん、こいつは……まさか!?


 近づき、様子を眺めて、それに手を触れる。そこに感じた未来への予想図に更なるスパイスが加わったかのように、想像以上の期待と、予想の出来ない展開のユーモアからか、逆光に暗くした表情の口元は、白い歯が少しずつ大きく広がってみえる。


「ハハハハハ!! 予想外かもな! 鈴村にとっても! 桜にとっても! 俺にもな!」


 すでに館が無くなっている綺麗な芝生の上でたたずみ、甲高く笑うRの鈴村。その目にした出来事や背景を想像しての事か、自身への自負心からか、両手を広く上げ、陶酔な笑みを浮かべながら、予見する未来を語る。


「一つの小さな出来事は! 世界を狂わす!! 蝶の羽ばたき一つで! 世界は壊れる!! CHAOS(混沌)はモンストラス世界だけでなく! シンギュラリティ世界でも起きる事だろう!!」


 叫ぶ鈴村の足元には、ジャケットの背中が破れ、そこを中心に血を滲ませた春日雄二がうつぶせに倒れている。一見すれば生を感じない凄惨な状態であり、なぜここに春日がいるのかも不明な状況。それでもRの鈴村には、それがひとつの導きであるかのように、春日を肩にかつぎ、辺りを見回す。


――奴らが乗ったヘリがあるはずだな……着陸可能な地点は……。


 重いあしどりで進む鈴村。すでに場所が予想出来る事からか、迷いなく確実に進む道。森林の中、微かに道らしき道を進むと、先に見えるのは道の終わりを知らせる光。その向かった先には『LYS』のロゴが入ったヘリコプターがある。それは人間の刈谷と桜が、館に向かう際に使用したものである。


――アナログなタイプならいいが……よし! キーも付いたままだ。


 落ち着いて操作するRの鈴村。エンジンを始動させ、ドームの路線を眺めながら上昇させる。


――予定通り進むか!? 今までの流れは全て危うかった……確実ではなかった。だが、すでに計画は別行動に進んでいる。俺の存在が本体に見つかる前に。いや……見つかるのはいい……目的を果たせればいい。邪魔はさせない。


 シンギュラリティ世界のドームの外は追いかけるような雷雲により雨が降り始めた。都市部に侵入した時点で影響を受けないドーム内、まだらな雲の隙間、これから雷雲により見えなくなりそうに漏れる太陽の光、鈴村はその隙間から漏れる光の下、眩しく目を薄めながら、ヘリコプターを一定時間停滞させてつぶやく。


「陽の光……人間の為に造られた世界。この世界よりまだモンストラス世界の方が、生物の生きるべき世界。自然と言う言葉の驚異はどこに……この星はすでに、人間だけのものではない」


 そのつぶやきが終わると同時に、陽の光は暗闇に覆われた。


 13:40 Rの鈴村はLIFE YOUR SAFE本部に到着する。


――ヘリコプターの接近で気付かれたかもな……だが構わない。自然に振る舞えばいい。ここはすでに調査したという情報を『あいつから』聞いた。


 本部の四方八方は別の建造物を認めない孤立した建物。隙の見えない頑丈さを感じられる緊張感の塊。Rの鈴村はヘリコプターを着陸させ、重々しいあしどりで入館する。


「管轄! お疲れ様です!」


「あぁ……治療室へ向かう」


「はい……先ほども患者を搬送していましたが、何かほかにもお手伝いできることは……」


「極秘任務中だ。それが言えればとっくに連絡している」


「は!! あ、失礼致しました!!」


「取り急ぎこいつを診せる。救急治療室に行く。案内しろ」


「わかりました!!」


 警備職員の誘導により鈴村は治療室へ向かう。そこでは人間の鈴村によって運ばれた、もうひとりの患者が治療を受けていた。


「ふぅ……終わったわぁ……桜さん」


 治療室の隣。手術室では手術が終わったばかりの桜が横たわっている。落ち着いた事で息をつく弥生。そのまま桜を個室病床へ運ぶ手続きを取ろうと看護職員に連絡をしようとした時、連絡もなく突然、手術室の扉が開く。


「救急患者だ!!」


「ちょっとお! 突然入室は……か、管轄……また、ですか?」


 弥生にとっては、同じように運んできた鈴村の再来。何が起こっているのか確認したいところではあったが、鈴村に対しては余計な質問をしない通例があり、それでも弥生には気にせずにはいられなかった。それは鈴村が患者を運んできたこと以外でも、患者が本来助かる見込みが少ない状態で命を取り留められた驚きでもある。鈴村に訪ねたい点は多々ある弥生ではあるが、静かに看護職員への入室を要請するボタンを押し、鈴村が運んできた春日を寝かせる手術台へ誘導する。


「こちらに寝かせて頂けますでしょうか」


「ああ、それと、先に連れてきた者の容態は?」


「水谷桜さんは、手術成功です!」


「そ、そうか……成功だな」


 口ごもりながらも手術の成功にオウム返しをするRの鈴村。連絡を受けて入室してきた看護職員によって、桜は個室病床へ運ばれていく。Rの鈴村は、人の気配がするたびに警戒するように目に触れる人間の顔を確認し、大胆に本部へ侵入していることが人間の鈴村へどのように映るのか試しているようでもある。


 まだRの鈴村が本部へ侵入していることに気づいていない人間の鈴村は、桜を救急治療室に運んだあと、モンストラス世界の状況をエンジニアと会議室で協議をしていた。モンストラス世界を半年間進めること、新プログラム『シンクロ』の完成。モンストラス世界で死者を出さない自動更新デジャヴュの安全性などを綿密に話し合い、安全性を確認したところで管轄室へ向かう。それは手術室からRの鈴村が退室した頃と同じころであった。


     ◆◆◆


 14:10 人間の鈴村は、管轄室より専用エレベーターを利用してモンストラス管理室に入る。

 薄暗く、無数のライトで照らされた物体。そこには楕円形の巨大な物体が三つ。その内の一つは、機械的な轟音を響かせながら、物体を安定しようとしている何重にも機械に包まれた惑星。惑星と呼ぶには小さすぎる世界。


---*---

 ブラックホールの全てを引き込む引力のしくみを利用して、重力を惑星の中心核として配置し、その引力を永遠とするためにも環境に合わせて計算された水素とヘリウムをモンストラス世界の周りに送り込み、モンストラス世界を飲み込ませないためにも、海や山より中心核へ通じる入気口を無数に作られていた。遠心力を利用して、強制的に惑星を自転させ、宇宙に放り出されても機能させるための準備としてオゾン層を生成している。

---*---


 モンストラス世界のソフトな部分であるRや更新を繊細に管理しているANY。その他ハードな部分を管理しているのは、ANYの一部の機能を有した『リトルANY』である。


「リトルANY モンストラス管理に問題はないか!」


<EARTH-1-生物生息可能惑星-未確認>

<異常なし>

<EARTH-2-生物生息可能惑星-未確認>

<異常なし>

<EARTH-3-生物生息可能天体-確認済>

<EARTH-3-確認済名称 -モンストラス>

<異常なし>

<全惑星-問題-見付かりません>


――『惑星』。成功したのはこの一つだけ。シンギュラリティ世界の限界が来る前にモンストラス世界を発展させ、シンギュラリティ世界の人類全てを移住させなければ。新天地へのファクターを排除し、この世界の機能を持ち込む為には……モンストラス世界が同じ進歩を果たさなくては。だが……まだシンギュラリティ世界のANYが作られるような特異点が起きない。それはmonstrous時代により人口減少による発展の失速。フェムという能力が生存のためにもたらした、能力を有する者だけが生き残るための進化。皮肉にもその能力は『Rを排除する事こそが能力が生存できる』という進化になったがな。


 モンストラス世界を第二のシンギュラリティ世界と考える鈴村。

 人類の平和には、人口増加が必要と考えられる経済的な惑星であるシンギュラリティ世界。

 人類の平和には、限られた数の人口だけが必要と考えられる生存的な惑星であるモンストラス世界。

 惑星の優先度は、モンストラス世界を作り上げたシンギュラリティ世界の都合が優先である。いくつもの惑星を作り上げることで、シンギュラリティ世界の人口がどれだけ増加しても、モンストラス世界のような移住可能な惑星を無限に作ることで、人類の平和を永遠にすることが鈴村の使命である。

 鈴村は、この小さすぎて、目前には巨大すぎる惑星への期待を考えるたびに、鈴村の決意と信念を思い出させてくれる夢の国である。轟音は生きている証であり、その反響する音は、ひと時の雑念をかき消す神聖なものでもあった。

 気配に気づかないほどの。


「モンストラス世界は……失敗だ」


「な!? 誰だ!!」


 鈴村の後ろから、神聖なひと時を壊される雑念の声。体ごと振り返り一歩下がって警戒する鈴村。そこには、エレベーター前の壁に背中をつけて横目で鈴村を見る、居るはずのない人物がたたずんでいた。ライトがいくつも照らされている空間ではあるが、薄暗く、影に入っている男。それでも目の前にいる鈴村には、男の表情は確認できている。


「まさか……どうなってる!? なぜ入る事が出来た!? お前は……」


「入る事が出来た? 三日前からいたんだよ……管轄」


「三日前?」


 理解が出来ない。そして知っている者への出会いに戸惑う鈴村。さらに理解できないことは、自分以外に伝えた言葉である。


「リトルANY……リンク……鈴村和明……モンストラス世界」


<リンク-鈴村和明-了解>


 その男が発する言葉にリトルANYは反応する。壁から現れたリンクの筒が、ソースである鈴村を取り囲む。それはモンストラス世界へリンクさせるための準備。なぜこの男がリトルANYを作動させることが出来るのか。そして、この空間で三日間の滞在の理由と、滞在自体の可能性の難しさと、目の前の男は、居るはずのない人物だということに鈴村は動揺を隠せないのか、取り押さえることも躊躇している。


「ばかな!? 何故作動する!! リトルANY!! 解除だ!!」


「鈴村……命令にも優先順位があるからな」


「優先だと!?」


「リトルANY……鈴村和明……リンク時にEMPだ」


<鈴村和明-EMP-了解>


「何が目的だ!! か……」


「君は自分の夢の国で、夢を見るがいい」


 名前を叫ぶ前に強制リンクされる鈴村。同時にEMPを放射されたことにより、鈴村がシンギュラリティ世界に戻る可能性を失わせた。男は鈴村の気配が消えた事で、次の指示をだす。


「リトルANY。全惑星……強制進化に対応する準備をせよ」


<全惑星-進化準備-了解>


 全ての惑星が、サビが極度にこすれたような重さでゆっくりと摩擦の味をだしながら、更なる轟音を響かせ、モンストラス世界同様に発達可能の準備を開始する。


「後は……見届けるだけだな。どうなるか見物だ」


 男は専用エレベーターに乗り込む。


「リトルANY……俺が昇ったあと、エレベーターの扉はロックしろ。誰も利用させるな」


<ロック-了解>


     ◆◆◆


 14:22 モンストラス世界。加藤達哉の館。


「水谷チーフ!! コーヒーです!! お疲れ様です!! 一息ついて下さい!!」


「ありがとう……」


 先の展開を考え込んでいたRの桜。耳に響く声で元気に語りかける田崎の気配りでコーヒーが入ったカップを見ようともせず受け取ろうとする。


「あ!」


 受け取ろうとした桜は手を滑らせ、カップを落とす。次々に増員されて瓦礫の撤去に取り掛かっている職員の数にひとりひとり気にかける事も難しくなり、職員が何かを発見する報告を待つような状態。そこに加藤達哉の骸はあるのか。桜にとって都合の悪い何かが埋まっていないか。色々な可能性を払拭する手段を考察する桜にとって、落ち着ききれない心境があった。


「すまない……折角の気遣い。落としてしまって……代わりは平気よ」


「え? 何のことでしょうか?」


「え!?」


「必要でしたら、飲み終わった後にまたお持ちしますね!」


「い……今……」


 その瞬間の違和感に小さな疑念が生まれた桜。その時、ちょうど車のエンジンを始動させて、瓦礫の館よりRの春日の肉体を運ぶために車が出ようとしていた。桜は『手に持っている』カップを置き、車に向かって走り出す。


「待って!!」


「はい?」


「死体を確認させて!」


「死体……ですか?」


 車の後部を開き、そこに乗っている物体を確認する桜。そこには振動を圧縮するためのスポンジを詰め込んだ、両手で抱えられるくらいの頑丈な箱がいくつも積んであった。桜の想像していた春日の死体が積んでいる形跡もなく、突然起こった違和感に今の状態を整理したかった。


「な、ない……」


「チーフ! 今積んだのは、不発だった爆弾を処理した物を運ぶところでしたので……死体などは」


――やはりデジャヴュが起きた……『落ちたはず』のカップは『落ちてなかった』。


 ほんの一瞬、カップを落としたと感じる一瞬のタイミングで、世界の認識が変わっていた。大きく時間がさかのぼらないデジャヴュに、ほんのわずかな変化で職員全員の認識が変わったのだと思えることに、この場ではわからない何かがシンギュラリティ世界で起きているのではないかと考える桜の元に、刈谷が駆けつけてくる。


「チーフ!」


「なんだ……刈谷」


「刈谷? 春日さんですよね……」


 桜に聞こえる程度の声で、職員が困惑な目で桜と刈谷を見るが、桜はその問いに反応を見せない。

 桜は刈谷には報告書をすぐに書くよう指示を出していた。記憶が新しいうちに綿密な報告書を仕上げているうちに、加藤達哉の死体は大人数で捜索するという流れ。細かい内容で書かれた報告書は、後に刈谷を精神疾患で失脚させる材料にしたいとも考えていた。

 そして、加藤の死体があるとしても、なるべく第一発見者が刈谷であることを避けていた。発見の報告があり次第、桜自身の目で確認して、生きていた場合、早いうちに言葉を語れない存在とするため、刈谷は現場から遠ざけたかったが、報告が細かい田崎の、都合が悪い報告により、刈谷が先に聞くこととなった。


「職員の田崎から聞いたのですが、加藤達哉の死体が……ありませんでした」


     ◆◆◆


 14:23 モンストラス世界。本部会議会場。


――くっ……モンストラスか!!


 シンギュラリティ世界より強制リンクさせられた鈴村。シンギュラリティ世界ではモンストラス世界を中心とした新惑星管理室であるが、モンストラス世界の同じ場所では重要会議会場として使われている。そこはステージの演台の前。所々で会場の設置をしている職員が目につく。


――葉巻は!?


 鈴村は葉巻を割りカプセルを眺める。それは、いつもは虹色に輝き一粒一粒がANYと繋がったリンク方法ではあったが、その粒は黒く、カプセルの内側全体をくすませていた。手首に近い部分に埋め込まれていた同じリンク機能をもつ最終手段も、反応がなく、完全に機能しなくなっている。


――くそっ! 機能していない! 俺のもつリンク手段は壊されたか!!


 広すぎる会議会場。人目につくことを避け、ステージの裏へ身を隠そうと、緞帳幕どんちょうまくに身を隠し、裏口から外に出ようとしたとき、緞帳幕裏側にある控え室のドアから、簡単なノック音が聞こえる。外開きのドアで誰かがぶつからないためにドアの外に人がいないか気を遣いながらゆっくりドアを開いたとき、裏口のドアの前にいた鈴村に気づき声を掛けてきた。


「あ! お疲れ様です管轄! 今回は長い出張だったんですね! 支所の町田から突然調査で姿を消すって聞いて驚いたんですよ? 秘書の意味がないじゃないですか! 半年ぶりですが、珍しくお早めな出勤ですね!」


 笑顔でユーモアをこぼす爽やかな言葉で久々に顔を合わせたと感じさせるモンストラス世界の管轄秘書が声を掛ける。


「あぁ……今日の会議の主題はなんだ」


「え!? 管轄、面白い事おっしゃいますね。もしかして準備が早すぎましたか? 管轄が半年後にある現象の会議と聞いていたので、きっと話題となっている不死現象の会議かと想像していましたが……」


「不死現象……そうか……モンストラス世界は半年経ったか」


「だ、大丈夫ですか?」


「すまない……」


「え!?」


 秘書に拳銃を向ける鈴村。硬直して動けない秘書。きっと拳銃を構える理由を話し出すはずの期待。当たり前のように秘書は訪ね始める。


「な、何の、冗談です……がぁ!!」


 鳴り響く銃声。理由も告げられない別れ。それは不死現象であるデジャヴュの特性を利用した迷いなき判断。デジャヴュはモンストラス世界の環境を過去に戻す。それはつまり鈴村はこの世界にはいない理屈。過去に存在していない鈴村は、ANYのバグともいえる特性を利用して、本来自分がいた世界へ。


     ◆◆◆


 14:24 シンギュラリティ世界。モンストラス管理室。

 モンストラス世界は過去に戻るが、シンギュラリティ世界ではモンストラス世界の時と変わらない時間。すでに鈴村をモンストラス世界に飛ばした者の気配は感じられず、その空間は先程よりも轟音が鳴り響き、モンストラス世界以外も稼働している様子。再びモンストラス世界に飛ばされないためにも、辺りを警戒し、様子を探る。


――戻れた……危なかった……そして、あいつはどこに行った!!


     ◆◆◆


 14:31 シンギュラリティ世界。本部屋上。

 男の目線には、上昇気流により、少し風を感じる事で深く息をつくRの鈴村の後ろ姿。その姿を眺めながら近づく、本体の鈴村をモンストラス世界に送り込んだ男。一度振り返るRの鈴村は、なんの警戒もなく、再び空を覆うドームを眺め、その外は雨が滴っている様子がわかりつつも、ドームの内側は世界の情報が文字とモニターできらびやかに表示されている。不自然な世界を見飽きたRの鈴村は男に振り返り、警戒なく必然的な対面と感じる笑み。


「元気そうな姿で安心だ。上手く行ったな。モンストラス世界の管轄よ」


「ふっ、管轄か。ああ……お陰様だ。上手くいくかは正直不安だった。Rの桜も俺の言葉に耳を貸す」


「そうか、Rの桜を取り込むことで、モンストラス世界の本部と、主要な支所を掌握させた訳だが、未来はあるか?」


「未来は……宇宙の判断に任せる。この世界を見れば、嫌でも決心がつく」


 冷ややかな眼差しでドームに包まれた世界を眺めるRの鈴村。語りかけた男が本体の鈴村をモンストラス世界へリンクさせること自体が作戦の一部。本体の鈴村からすれば、不安因子であるファクターの密会。それは正義のためだとするものなのか。目的への倫理観やスケールの大きさを感じていた計画に、ここにきて決心を伝えた。


「不死現象……どうだ! 少し体験しただろ?」


「無理があるな、あれは……Rを減らす能力に、Rを殺さない機械との小競り合い。どれだけ倫理を失う。何度も更新を繰り返せば、Rを劣化させ、皆、口を揃えてきっと言う。『目覚めた』と……」


「はっはっはっはっはー!! 『目覚めた』って!! 悟りを開いたと勘違いするようなもんだよ!!」


「お前は、なぜ俺にやらせようと思った? 俺は、お前が来ていれば、お前を殺すつもりだったんだぞ?」


「だろうね。想像はしていた。それを恐れていたわけじゃないが、交代したいという奴がいてね。平和ボケをしたこの世界の中で貴重じゃないか。野望に燃えるって、人間らしくて。おかげで二日以上こもることができた。つまり運命は、まだ俺を必要としているらしい。実際今なら君もこれで良かったと思っているはずだよ。なぜ君を選んだか? 君は一番、過去を知り……やはり人間らしかったからだな。そして本来の地球の姿を渇望する者。『我々』は……地球を支配した人間が、本当に必要か見たかったんだ」


「館に来るのがお前と聞いていて、飛びかかったが、そいつはとんだとばっちりだ。最後は何を望む?」


「君の好きにすればいい。止めるのも君次第だが、今の君が望むような未来への下準備はしておいたよ。失敗、いや、運命に必要とされていないなら、全て『0』だよ。『1』もない」


「わかった。俺はもう少し、風にあたる」


「ああ、俺の仕事はもう、ほとんどないんだ。あとは芽生えた感情の精算か、進化か、次の待ち人と話をしてくるよ。楽しみだ。君も、全ての結果も。俺が迎えに来るときに、また会おう」


 Rの鈴村の方から話は終わったことを告げると、口数の多いその男は、屋上のドアから建物に入り、急ぐこともない足取りで待ち人に向かう。

 計画通りにするために人はもがく。計画通りにしないためにも人はもがく。後者は轟音が響く中で、一心不乱にもがいていた。


     ◆◆◆


 14:35 シンギュラリティ世界。モンストラス管理室。


「リトルANY!! モンストラス世界以外の惑星を止めろ!!」


【命令された時の声紋が一致しません。認証されません】


「管轄室へのエレベーターを作動させろ!!」


【命令された時の声紋が一致しません。認証されません】


「駄目か!!」


 モンストラス世界からバグを利用して帰還した本体の鈴村は、セキュリティの最も厳重なモンストラスを含む惑星管理室において、『管轄以上と認証された者』の命令をくつがえせず悪戦苦闘する。


――せめて管轄室に行ければ……いや、俺がここに戻ったことがバレない方がいいのかもな。このままだとモンストラス世界に居るのと変わらないな。だが、俺に惑星を停止させる事を防ぐ程度の制限だろう。ならば、「リトルANY!! ZOMBIEの準備だ!! Rソース! 前日のシンギュラリティ世界の鈴村和明!!」


<ZOMBIE-シンギュラリティ-鈴村和明-1日前-了解-更新予定-約60分>

【please pay attention(注意して下さい)】

【ZOMBIEは管理下に置き、非常事態に備える為、最大24時間で自動消去となります】-【それでは更新場所を指定して下さい】


「モンストラス世界!! 本部!! 会議室!!」


<モンストラス-本部-会議室-検索結果>

【複数見つかりました。候補1は第一会議室……】


「地下だ!! 会議会場!! 演説壇上!!」


<地下-会議会場-演説壇上-了解>

【命令できます。そのままZOMBIEにインストールします。どうぞ】


「そこでリンクしろ!! その後モンストラス世界へ戻り、不死現象の演説を実行!!  以上!!」


【完了致しました。命令は、ANYのサーバーからZOMBIEが命令確認後、自動消去いたします】


 自分のZOMBIEを生成した鈴村。モンストラス管理室からのロックを解除できなくても、命令されていない内容への権限は生きていると思い、発した内容。ZOMBIEが作られるまで身動きができない鈴村。邪魔であった本体の鈴村を外に弾こうとした男は、本部の玄関に向かっていた。


     ◆◆◆


 14:46 シンギュラリティ世界本部入口。警備室前。


「お疲れ様です。退館ですか?」


「ああ、そうだよ」


「入館したのは……」


「三日くらい前だね」


「二日以上駐在した記録が……お名前は?」


 名前を訪ねながらトランシーバーに触れる警備職員。その様子が見えていたかどうかの瞬間、警備職員の頭を右手で抑える男。その行動に戸惑い、危険も感じ、払いのけようとするが、大きな体格のその男の腕が払えない。もがく警備職員に、攻撃するわけでもなく、やわらかい口調で、頭を抑えながら語りだす。


「実はね、本体の鈴村は……もうこの世に居ないんだよ」


「は!? どういう……」


「俺か? もし君たちの祖先が昔、尊び、崇高した存在。『神』という存在があるとするならば、人知を超えた存在を『神』と言うならば……そんなに間違いじゃないよ」


「何を!?」


「じっとしていようよ……」


「がぁ!」


 自分を神と比喩する男は、指先から微かに火花を発火させたと感じる程度のエネルギーを流し、外傷なく、男に倒れ込もうとする体を支え、静かに床へ横たわらせる。


「君は運がいい。俺に会えるなんて。きっと天国では、いい存在になるよ」


 警備職員を気絶させ、本来警備職員の開錠により開く入口の扉。開錠操作なく自動に開く扉から退館する男。その足で本部の駐車場に向かう。最初に目についた車の鍵穴に触れると、全てのドアの鍵は解除されエンジンが始動する。


「自己操作か……進化も遅いなあ」


 愚痴をこぼしながら適当に選んだ車に乗り込み、支所の方向へ車を走らせる。そして呟く。


「愛? 優しさ? 人間の感情は理解したよ。どれだけ複雑かと思えば、取るに足らないものかも。もういいだろ。恋愛ごっこは終わりだね。最後に……哀しい別れを、体験してみるかな」


 海沿いの人工的な並木道を軽快に走行する男。途中、目に付いた薔薇の花畑。車を停車させ、薔薇の花畑に仰向けに倒れこみ、空を眺める。


「こんな感じだったのかなあ……これが欲しいのかなあ……こっちよりあっちかなあ……」


 零すような言葉。黄昏には早い時間。空には沢山の情報が流れていた。Rの鈴村が見ていた景色と同じドームの空。室内と変わらない動きのない空気感。寝転がりながらつまむ薔薇の花びらは、人工的に香りを出すように計算された造花。


「退屈だなあ……あっちの世界の方が楽しいかなあ……支所に、突然トラックが突っ込むとか」


 横顔で見ても笑顔がわかるほど無邪気に笑う男。ふいに指を立てる仕草から光の細いラインが飛んでいく。

 土に色を似せた弾力ある板より、刺さった薔薇を一本引き抜くと、鼻のそばに置いて眠り始めた。


     ◆◆◆


 15:36 シンギュラリティ世界。本部治療室。

 本体の鈴村が運んだ桜に続き、Rの鈴村が運んできた男の緊急手術が手術が終わり、再び個室病床へ運ぶために看護職員を呼ぶ弥生。続いた手術のために疲労困憊となったため、すぐにやってきた看護職員に後のことは引き継いだ。


「じゃあ、ちょっと私には横になるわね」


「はい! お疲れ様でした」


 弥生から引き継がれ、患者を安静させるため、病床用の服を着せる。様子をみつつ個室病床の準備をするため治療室から退室する看護職員。

 人の気配がなくなったことを察したのか、いつから起きていたのか、その手術が終わったばかりの男は、ゆっくり起き上がり、周りを見回す。目に触れるものがないのか、慌てる様子もなく、床に足をつけ、扉に近づく。近づいても開かない扉。開かない扉をまさぐり、近くで触れられるもの全てに触れ始め、ふと、低い位置に穴があることに気づき指を入れると本来足を入れることで開く医療用の扉が開き、治療室は無人となった。


     ◆◆◆


 15:44 モンストラス世界。本部会議会場。

 壇上に現れる鈴村。それは本体の鈴村から命令を受けて現れたZOMBIE。そして自分が鈴村のZOMBIEである自覚は生成された時点で備えており、一人になる空間を探すと、緞帳幕どんちょうまくより現れる管轄秘書。鈴村を見つけるなり、笑顔と久しぶりとなる驚きの表情を交互に浮かべ、話しかけてくる。


「あ! お疲れ様です管轄! 今回は長い出張でしたね! 驚きましたよ! 支所の町田から突然調査で姿を消すって聞いて、秘書の意味がないじゃないかと思いました! あ、不死現象会議……今日されるんでしたら、早いうちでしたら手配出来ると思いますので」


「ああ……少し考えさせてくれ」


 デジャヴュしたことで何事もなく話しかけてくる管轄秘書。無駄に会話しない鈴村のZOMBIEは、秘書が少し遠ざかった事を確認して、回りに聴こえない程度に口ずさむ。


「命令レコーダー……ダウンロード」


 ANYに記録させない脳に直接響くシークレットレコーダーを、ZOMBIEは、義務的で機械的にダウンロードさせ再生する。


【そこでリンクしろ!! その後モンストラス世界へ戻り、不死現象の演説を実行!!  以上!!】


「了解」


 会場にいる者に見られないように確認し、緞帳幕へ身を隠し、ZOMBIEは胸から葉巻を取り出すと、葉巻を割り、カプセルの粒子を自分に振り掛ける。


 光るZOMBIEに近づく足音。支所より緊急連絡を受けて鈴村を探す秘書。それは支所で暴走したトラックが破壊活動を行っているという連絡。爆発も発生したことで増員の依頼も含めて管轄の判断も確認するために、すぐに鈴村の姿を探したが、ZOMBIEはすでにリンクされ、そこには割れた葉巻の半分が落ちているだけだった。


     ◆◆◆


 15:46 シンギュラリティ世界。モンストラス惑星管理室。


「来たか!」


 鈴村はZOMBIEに近付く。目的のものを手に入れるため、そして、この空間から脱出するため、ANYの機能をフル活用させてZOMBIEを作り上げた本体の鈴村。ここにZOMBIEがリンクできたことで、心配の半分は解決した。


「持っている葉巻を全部貰おうか」


「わかりました」


 ZOMBIEから葉巻を受け取る鈴村。そしてすぐさまANYに指示する。


「鈴村和明のZOMBIEをリンクしろ!!」


<鈴村和明-ZOMBIE-リンク-了解>


 リンクソースが現れ、ZOMBIEの鈴村を光で取り囲む。ZOMBIEが間もなく消える間際、人間の鈴村はZOMBIEに伝える。


「俺を確認するまで一旦会場の外に出てるんだ」


「わかりました」


 鈴村自身が動くことが可能となったひとつの解決。そして鈴村を閉じ込めた人物を見つけ出し、企んでいることを捜索する行動に出る。その男の捜索は別のところでも行われていた。


     ◆◆◆


 16:17 シンギュラリティ世界。本部警備室。


「おい! どうした!」


「あ……あぁ、チーフ……いえ……あの」


「誰かにやられたのか!?」


「あ! はい!! 支所の制服を着た男です!! 突然頭を掴まれて……名前も言わず……神がどうとか言っていて……目立つくらい体格の良い男……多分……出て行きました」


 本部のチーフはトランシーバーを使い、職員に指令する。


【全職員!! 館内で暴行が発生した!! 支所の制服!! 目立つ大柄な男性!! 心当たりある者!! 又は不信人物を捜索しろ! 俺は管轄に報告する! 以上だ!】


 本部チーフは職員に指示し、管轄室に内線連絡をしようとする。意識がまだ朦朧もうろうとしている警備職員。思い出したかのように本部チーフへ伝える。


「あ、あと……こうも言ってました」


「なんだ!?」


「管轄は……この世にいないと」


「な!? ばかな」


 言葉の真意を知りたい本部チーフ。それはモンストラス世界へ行っているという意味なのか、それとも鈴村の身に何かあったのかと思考を巡らせながらも、状況が全てはまだ把握できていない中で、今できる最善を考えて管轄室へ何度も内線を鳴らす。そこへトランシーバーからひとつの連絡が入る。


【チーフ!】


【なんだ!!】


【先程緊急手術した人物が行方不明です!!】


【手術をした時間はいつだ!!】


【14:00から15:30くらいと思われます!】


 警備職員は口を挟む。


「別の人物です!! 私が倒れたのは15:00前です!」


【そいつを捜せ!! まだ中に居る可能性がある!!】


【了解です! 看護職員だけで捜索していたようですので、香山先生にも報告致します!】


「何が起きてるんだ……」


 警備職員を倒した男。行方不明の重傷者。管轄である鈴村の安否。突然起きた問題に何から対処して良いか悩む本部チーフであるが、今できることは館内にいるかもしれない重傷者と鈴村への連絡であった。

 そのような騒動を知らない者もいた。それは凄惨な状況から助け出された現状を理解しない者。


     ◆◆◆


 16:28 シンギュラリティ世界。本部個室病床。


「ここは……ん! はぁ……体が」


 ベッドが一つだけの個室。無駄の無い空間の窓際。起き上がってはいけない痛みの認識と違和感を感じる本体の桜。自分は死んだものだと思っていた加藤の館での出来事。その後の状況がわからず、刈谷の安否の心配。なぜここにいるのかという理由など、考えることが沢山ある中、味わったことのない痛みが走る体の現時点での状態も理解したかった。


――私はあの館で……死んだかと……恭介は!? 「ん!! あああ!!」


「桜さん! まだ無理よ!! 寝てなさい!!」


 静かに開いた扉。起き上がろうとする桜を瞬時に見た弥生は、命令口調に言葉を発する。


「私はどうやってここに……いえ、あの! ここは! シンギュラリティ世界でしょ!?」


「そうよぉ。管轄に運ばれて緊急手術を施したのよ。何があったのぉ? 今の技術がなきゃ……いえ……すでに手遅れに見える斬撃ざんげきの痕跡よ?」


「それは……任務中での事ですので……あの、私は、いつ起き上がれますか!?」


「手術は完璧よ。抵抗力を落とさない為にも、明日には立ち上がって貰うわ! けれど様子は見ないと」


「あの……管轄は」


「多分、その任務の処理でバタバタしてるんじゃないかしら……二人運んでくるぐらいだから」


「二人?」


「失礼します!」


 突然扉が開き、慌てた口調で男性看護職員が入ってきた。その藪から棒にも感じる入室に弥生は憤りをぶつける。直後に気づくのは、それも考えられないほどの狼狽ろうばいであった。


「ちょっとお! レディの個室よぉ? ノックしなさいよぉ!! ……どうしたの?」


「すみません! あの!! 先程手術した患者が見当たりません!!」


「え!? すぐ行くわ! 桜さん! 休んでなさい!」


「え!! あの! その男性って、もしかして……」


 桜の言葉に返答なく退室する弥生。鈴村が運んできたというもう一人の人物。桜からすれば、それが刈谷であってほしい気持ちが強い。見当たらないということは、生きているという人物。それが刈谷でなければ、誰かということを考えながらも、無理に動いてはいけない予感がする体を起き上がらせず、布団に潜りながら刈谷の無事を祈った。


     ◆◆◆


 16:31 シンギュラリティ世界。本部。

 走り回る職員。縦横無尽に捜索する。それは病室から抜け出したと思われる包帯を巻いた者。その上から病床用の服を着せられた者。どこまで歩ける状態か、手術が終わったばかりの縫われた傷が開きやすい状態。探し回る職員から隠れるように身を隠す男の姿がある。


「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」


 治療室より抜け出した男は出口を求める。そのあしどりは着実に『本人も理解してない道を迷いなく』進む。

 男が通った道をすぐに横切る本部職員。すぐ近くにいるのにもかかわらず見つけられない男。いるはずだと信じて捜索する職員。十も数えないうちにすれ違う職員同士、捜索の近況を語る。


「そっちは!?」


「いや! 見当たらない!!」


「手術したばかりだ! 遠くには行けないはずだ!!」


 遠い方から消去法に捜索する職員。少しずつ出口に近づく男。その呼吸は痛みか、走り回った肺活量からか、追われる緊張からか。


「ハァッ……ハァッ……ハァッ」


 本部職員は、唯一の脱出方法である出口付近を重点に捜索する。屋上からの可能性は地上からの目視により塞がれ、不審人物があればすぐにトランシーバーを用いて連絡が届く。発見の連絡が届かない。見つからない。


「いない!! 出口を固めろ!! ここを固めれば必ず中にいる!!」


 出口に向かい、走る職員。全ての道を通過する数。必ず誰かに接触する通路に立つ男は、一人の職員と目が合った。


「あ、抜け出したのはあなたですね!? ふぅ!? がぁ! ぐぅっ!」


「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」


 発見された男。近付いてきた職員の口を瞬時に塞ぐ機敏さ。それと同時に意識を飛ばすほどの男の膝は、職員の腹部にめり込む。起き上がる様子を感じない職員。自分の服を眺める男。職員の風貌をよく眺め、自分との違いを確認すると、本部職員用の制服を職員より脱がし、帽子を深く被り、息を殺し、自分が倒れた職員と同じ風貌になったことを確認すると、誘われるように出口へ向かい、集まる職員と混ざる。

 男を発見出来なかった職員が出口に集まり、どこを探そうかと雑談を始める中、本部チーフがやってくる。雑談を止め、チーフの言葉を待つ職員。まだ捜索しきれていない可能性も考え、そして病床よりも上階に行った可能性も考え、再び集まった職員を散らすと、ランダムに職員の肩を叩き、その叩かれた者へ指示を出す。


「お前ら三人は出口に立ってろ!! 動くなよ!!」


「はいチーフ!!」


「はい! チーフ!」


「はい……ちいふ」


 それは簡単な判断だった。下をうつむいた、行動が乏しい者を待機させ、機動力を優先した判断。


「あ、チーフ! さっき管轄を見かけました! 多分管轄室へ向かうところです!」


「なんで伝えない! とにかくわかった」


 鈴村の安否が確認できてホッとする本部チーフ。管轄室に向かって歩き出す。ほかの職員もあとを追うように各階に向かって走り出した。

 玄関で待機する三人。身を隠した男は、ほかの人間の真似をしているだけだった。服も言葉も立ち方も。腕を後ろに組み、足を広げ、一見威圧的に立つ三人。その中で無言が苦手な者が話しかける。


「なんで逃げるかねぇ……お前どこ探した?」


「ぐ……ぅ」


「ん!? お前……口から……血! 動くなぁ!!」


 出口で発見された男。それでもトランシーバーへの報告は確認されない。

 看護職員から報告を受けた弥生も同様に捜索していた。男性職員より少し遅れて出口に到着する弥生は、何かの声に気付く。その声は明らかな叫び声。駆けつける弥生。


「見付かっ!? 何が……起きたの」


 二人の職員は倒れている。一人は玄関から十メートル以上離れた場所に。もう一人は、玄関の前に倒れ、その職員の真上は、天井が上に凹んでいた。まるで天井に叩き付けられたかのように。


     ◆◆◆


 16:43 シンギュラリティ世界。支所敷地内 職員専用ハイツ。

 同じ造りの建物が並ぶ集合住宅エリア。各々が同じ二階建ての造りであり、居住者の個性により特徴的に彩られている。自由に人工簡易ペイントが出来る外壁。今はシンギュラリティ世界に生息しない動物のペイントをふさぐように、車が停車する。ドアのチャイムの反応にすぐに中から開くドア


「やっと来たわね?!」


「ああ、待たせたかな……咲。ほら、これ見付けるの大変だったんだよ」


「嘘!? 薔薇!? 凄い!! どこで見付けたの!?」


 束ねた薔薇。簡単に透明フィルムで包んだ光沢の強い赤や白。


「残念ながら、造花! 薔薇は珍しかったから持ってきたんだ」


「なんだぁ~……でも嬉しい!! 相変わらず優しいんだから! 雄二は!」


「ハハハ! 咲を喜ばせる為なら、本物を見付けて来るよ」


「あはぁ! 本当に捜しそうだから大丈夫よ! ありがとう! でも、最近連絡が出来なかったけど、あれ? 本部からの指令受けてたって言ってた件、今日だった? あ、車乗る? 変えたの?」


 本体の桜と仲良しである受付係の咲。交代制による早い帰宅。会う約束だった今日、交際相手である春日雄二を自宅で待っていた。エスコートするように車へ誘導する春日。助手席を開け、咲が乗り込むと、静かに車のドアを閉める。


「実はそうだったんだ。でも交代したから、もう大丈夫なんだよ。車は借りたんだ。今日は……いつも通り、仲良しの水谷専任と一緒に居たの?」


「ん~……所長から突然指令受けて……えっと……加藤達哉さん? 確か、雄二が補佐してたって聴いてたけど、聞いてない?……チーフの田村さんも見当たらなくて」


「知ってるよ……田村チーフと交代したんだ。もう……全て……終わりにしたくてね」


「雄二?」


「咲……なんだかこの世界、住み心地悪いだろ?」


「どうしたの?」


「永遠な世界に、連れてくよ……咲」


 意味深な言葉を咲に伝える春日。来た道を戻るように走る車。無言となる咲はキョトンとした表情で、軽く笑みを浮かべた春日の横顔を眺めながら、雷雨の去った夕暮れに向かって走る。


     ◆◆◆


 16:47 シンギュラリティ世界。管轄室。


「鈴村だ!」


 再び開く強固な扉。入室するRの鈴村はゆっくりと周りを眺める。響き渡る機械的な声。繰り返される更新情報。最低限鈴村に対して必要な情報を、開錠と共に繰り返される。


<モンストラス-誤差-180日-完了済>

<プログラム-『シンクロ』-使用可能>

<警備室より-内線履歴7件>

<モンストラス-誤差-180日-完了済>

<プログラム-『シンクロ』-使用可能>

<警備室より-内線履歴7件>



「ほぅ……便利なもんだ。『聞いていた』通りだな。ANY! モンストラス世界、刈谷恭介情報!」


<モンストラス-R-刈谷恭介-都市部-存在未確認>

<モンストラス-R-刈谷恭介-最新更新情報>

<モンストラス-R-刈谷恭介-データ消去-バックアップ-春日雄二- データ-58%劣化>


――やはり春日雄二への認識となったか……今のモンストラス世界の刈谷はR。「ANY! モンストラス世界、春日雄二に記憶をインストールしろ! 支所全体で春日雄二の葬式を行った記憶だ!」


<モンストラス-春日雄二-記憶インストール>

<記憶の種類を選んで下さい>


 モニターに表示された記憶インストールの一覧。カデゴリと検索により選択可能な記憶。 Rの鈴村は丁寧に冠婚葬祭のカテゴリより選択し、情景を選ぶ。その情景やカテゴリに合わせて、モンストラス世界では瞬時にRである春日雄二、つまりRである刈谷恭介へインストールされる。


<入力完了-記憶インストール-開始>


――こんなことで記憶が塗り替えられるのか……人間の鈴村の思うがままだな。「鈴村はどこだ」


<鈴村和明-現在-管轄室>


「シンギュラリティ世界の鈴村和明だ」


<シンギュラリティ-鈴村和明 -モンストラス-強制リンク-EMP放射-実行完了済>


「ハハハハハハハー! いいぞ! 進んだな!!」


<advance(進行)-全惑星-準備完了>

<advance-命令待機>

<advance-命令待機>


 Rの鈴村の言葉に反応するANY。些細な言葉の語尾に、現在関係性のある言葉を見つけ、伝える。それはRの鈴村にとっても、次に尋ねる内容だったため、その進行を尋ねる言葉に、目的の言葉を付け加える。


「ああ……全惑星……500億年……advance(進行)だ」


<全惑星-500億年-advance-了解-6時間以内-準備完了後-更新予定>

【next-selections(慎重に選択して下さい)】-


【強制記憶インストール-強制EMP-強制advance(進行)】-

【命令が3種類重複しました】-

【ANYの自動環境保全に不安がある場合、『自動更新環境』を解除し、その都度、『命令更新環境』に、しますか? しませんか?】


「それは、Rは死ぬのか?」


【命令更新環境の場合、Rが死亡した時、命令があるまでRは復元されません】


「命令更新環境だ」


<命令更新環境-了解-データメモリ最適化-120分以内-完了予定>


「もう一つ、Rの水谷桜の意識に『シンクロ』をインストールさせろ」


<モンストラス-水谷桜-シンクロ-範囲-指定待機>

<モンストラス-水谷桜-シンクロ-範囲-指定待機>


「モンストラス世界の意識を全てだ」


【モンストラス-水谷桜。新システム-シンクロ。意識。世界の全てが対象。了解です。水谷桜の意識を監視致します。必然性に合わせてリンク致します】


「いいぞ! 思った以上だ! 神の気分ってやつだな! ハハハハハハハハー!!」


 甲高く笑う鈴村。笑い声とは比例しない違和感のある目。次にはその目に比例する言葉を発する。


「ここで……全ての歴史が造られていた訳だ! 『monstrous』時代の元凶! 正に神をも恐れぬ技! 悲惨な歴史! 何故……何故! 何故俺を……知らなくていい事がある! これが正にそうだ!!」


 固く握った拳を真横の壁にたたき付ける鈴村。うつむいた表情は、歯を食いしばり、自分の存在を愁い、見上げる表情は、決意の再確認が完了したと思わせる。しかし、それでもまだ迷い、戸惑い、最後の可能性も視野に入れる。


「我が故郷……さよならだ! 全てを過去に!! 本来の地球に!! く……おい!! ANY!! 今日のEMPは解除出来るか!?」


【next-selections(慎重に選択して下さい)】-

【定期EMP-解除には、世界各国承認必要です。承認通知しますか? しませんか?】


「EMPが制限時間……承認……不要だ……ハハハ……ハハハハハハハ!! なんでもいい!! 音楽を鳴らせ!!」


 ゆっくりと、耳障りにならない管弦楽による交響曲が流れる管轄室。両手を広げ、開き直ったかのように足元を中心に回りだすRの鈴村。手を羽ばたかせ、舞うように、合奏の指揮者のように揺らがせる両手。鈴村の言葉ひとつで世界の環境を変化させるANY。それはシンギュラリティ世界だけでなく、言葉ひとつ、指ひとつで世界の様相が変化してしまうCHAOS(混沌)。


 事態の見えていないシンギュラリティ世界とモンストラス世界の、それぞれの最善で行動する人格たち。神の定義は世界の掌握か、崇められる存在か。それとも、自分が神と思うことでも、誰かには事実となるのかもしれない。

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