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シンクロディピティ  作者: 恵善
21/29

【意識のHARD PROBLEM】 私は何故わたし

 館の二階にある倉庫より、持ち運びが可能なガソリンの携行缶けいこうかんを両手に持つ刈谷。ドアの外に出し始め、圧力ホースに繋ぎ、振り撒ける準備をする。

 桜の前でひざまずく加藤の背中を眺めると、加藤の左右から覗ける桜の横顔と、動く気配を無くした桜の両足が見える。口角が下がりそうな気分と、今から予想のつきづらい展開を頭によぎらせたか、目尻から見える倉庫の内部を再確認しながら加藤と桜の元に近づいた。


「加藤さんょ……見慣れないものというか、色んなものあったなあ、倉庫」


「あぁ 昔の 産物 だよ。引火すれば 全て 吹き飛ぶ」


 その言葉を聞いたと同時に、横向きに倒れている桜の安らかな埋葬を考えてか否か、首元と両足を抱きかかえる。


「桜……動かすょ……ん? 葉巻……」


 桜の胸のポケットに、相応しくない葉巻を見つけると、指で簡単に摘み、取り出す。


「桜……吸わないのに……なぜ」


 鈴村がくわえていた事を思い出しながらも、桜が葉巻を持っている答えは解らず、そのほかにも携帯電話と、ホルスターの拳銃を取り出す。


「加藤さん……あんたに渡した携帯、撒き終わった時にトランシーバー機能で連絡するょ。またおかしな奴らが現れた時のためにも、この拳銃も渡しておくから……どこか待避しててくれ」


「わかった」


 桜を抱きかかえ、階段を軋ませながら一階に降りると、裏口より退館し、館から少しだけ離れた、老齢な大木の木陰に横たわらせる。


「桜……すまない……俺の事で巻き込ませてしまって……せめて、まだ咲かないこの桜の木の下で……安らかに」


 桜の手を組ませ、うなだれる刈谷。立ち上がり、何度も振り返りながら、桜が木漏れ日に眠っているかのような安らぎを眺めて、その姿を目に焼き付かせて、館に戻る。


 刈谷はガソリンの入った携行缶を持ち、これから目的の人物が来る情報もなく、一階から二階、三階と、窓から館の届くところ全てに振り撒く。その窓は換気用にも開けたままにして、往復するように三階からガソリンを振りまきながら二階に降りた。

 ちょうど二階に下りきったところに、ジッポが落ちていた。テストに使用する気にもならないほど匂いが充満した空間。静かにポケットにしまい、二階の倉庫の外に出していた昔の産物である引火物の爆薬類に近づき、一度や二度の往復では配置できないほどの量を両手で持てるだけ抱えて階段を下り、玄関の右側に、隠す様子もなく丁寧に置いていく。

 再び二階からガソリンを振りまきながら、一階の、春日と思われる骸が床で眠っている部屋の前でちょうどなくなり、全て撒き終わると、携行缶を部屋の中に放り投げ、一度ドアを閉めたときの癖のようにドアノブに触れないように閉めた。そのまま洗面所にふらりと入り、かぶるように蛇口からの水を頭に流し顔を磨く。


「はぁ……こんなもんかな……連絡して、まず脱出させるかぁ………ん!?」


 洗面所の窓から振動が伝わりそうなほどのヘリコプターの音。隠れるように窓から眺めると、館の上を通る直前に見えたその機体には『LYS』のロゴ。


「やっぱり。来る予定だったんだな」


 ヘリコプターの振動が完全には消えないことと、同じ高さで空中待機していることに、刈谷は着陸の気配でなければ、ラペリング(ロープに安全具を備えて降下する)をすると考え、携帯電話をトランシーバー機能の操作を行いながら、三階の部屋に向かう。


【聞こえるか? 加藤さん……撒き終わった。間もなく職員の誰かがやってくる。待避は済んだかい?】


【わしの 事は 気にするな……やっと 死ねるよ。 君も 逃げる気は ない だろう?】


【あぁ……巻き込んで悪かった……必ず職員は、この館の様子を見て、あんたの自殺を食い止めるつもりで館に入る。倉庫にあった爆薬を貰ったょ。特に入口に固めてある。俺もこの手に一つ持っている……タイミングが難しければ、窓から玄関に投げて、館ごと誘発させる】


【わかった 君に任せる よ】


【加藤さん……連絡は以上だ】


 ダイナマイトを握りしめながら、三階の部屋まで到着した刈谷は、加藤との連絡を止め、桜の残した任務に集中する。

 立ち込めるガソリンの、目に触れそうなほどの匂いに意識を途切れさせないためにも少し窓を開けていたが、窓を閉めようと近づいたとき、窓から目に触れた外の気配に気がついた。


――11:48……現れた!!


 ヘリコプターよりラペリング降下して館の前に現れた人物。それはRである桜と刈谷。二人は館へ簡単に近づこうとした時、立ち込める匂いに気づいたRの刈谷は左手でRの桜の足を止め、危険性を話し始めていた。その声は三階の刈谷にはほとんど聞こえず、腕を組む桜の姿と、頭に手を置きながら考えている刈谷の姿を、窓の端から軽く覗いて、すぐに目を離し、壁に背中をついた。


――春日がいない……桜は、春日と『もう一人』を殺すと言った。春日はどこだ!? それと、もう一人って……俺と桜のRの、どちらの事だ!?


 館を二人に直視されている状態。簡単に窓から何度も覗けない三階の刈谷。それでも入館のタイミングは逃せないことにミリ単位で窓から顔を覗かせ、様子を探る。


――匂いに気付いて俺が誰かに連絡している。どう館に入るか探ってるな。まだ入ってくる様子がない。まず……入れば即、点火の可能性を考える。なら被害最小限にするため……防護服か……一旦戻るか……連絡した誰かが持ってくる。ヘリや車には常備されているはずだ。その役が春日だな……もう少しだ。


 窓の錠を閉めることができなかった刈谷の覗く窓が、風により自然と開閉する。


――マズイ!!  カーテンが揺れると意識がこちらに向く!! 押さえないと。


 カーテンを押さえる刈谷。しかしその揺れ具合が、雑談をしながら外から見るR二人にとっては違和感にもとれる。


 緊張状態で三階の窓のすぐ横で沈黙する刈谷。何分経過したか、玄関のドアが開かれる様子がないか神経を集中している最中、次に感じた気配は車の近づく音だった。砂利を弾かせながら社用の四駆が到着する。車のドアを閉める音に再び窓から様子を探る刈谷。慌てた様子で二人に近づく人物。それは刈谷の目的であるRの春日である。


――12:17……来たか!! 防護服、やっぱり持ってきたか……このままだと三人同時に入る。館に入れば俺のクローンの死体の山。春日の死骸まで……誰にも見られてはならない……ハハハ!! 今がその時か!? 自分の覚悟の時……死ぬ前って言うのはこんな感情なのか?「ハハハ馬鹿らしい!! 大笑いしたい………終わりだ」――桜が車に向かった。俺と春日は、今は入口の前。間違っていたとしても、桜に投げるくらいなら……。


 口に出すことで覚悟も自分に言い聞かせた刈谷は、さきほど二階で拾ったジッポ。加藤が使っていたジッポを使い、着火するかどうかの心配はなく一発でジッポの火は揺らめき、震える左手に見える導火線の一番先端に命の秒読みとなる火を点けた。

 風で窓が開いた。入口に背を向けて防護服に着替えている二人の背中側の玄関を狙い、ダイナマイトを投げた。


――ぅあああああー!! 「桜ぁ……」


 桜の名を呼びながら、Rの桜を眺めた瞬間、二人の真後ろで爆発したダイナマイトの勢いに、玄関に仕掛けた爆薬にも誘発引火した。その瞬間、振り返った桜と三階の刈谷は目が合う。その目は、いつも花のような笑顔の桜ではなく、邪険にしている人物が二人もいることに驚いたような瞼の見開き。春日の姿をした刈谷の、桜に対する切なさは、この一瞬の館のように、落としたガラスが砕け散るかの如く、激しく吹き飛んだ。事実も同時に。


「は!? 俺は……生きて……る?」


 刈谷はしばらく放心する。自分が館の三階で、爆発はまるで何もなかったかのように。

 左手に力強く握るダイナマイト。床には使うことが無くなったと思っていた携帯電話。出来事の理解が出来なかった。けれど、考える目線の下には、その状況を整理できる情報のひとつである腕時計に目が止まる。


――なんで、俺は……変わってない!? 時間は……11:50……戻ってる? ……加藤は!? 【……加藤さん……居るか?】


【君 か どうやら 不死の 始まりだ と、言いたいが 君は 今が初めて 時間が 戻ったと 感じたの だろう。だがな わしは既に 数十回は 時間のさかのぼりを 感じておる ZOMBIEは 最初の 爆発で消えた ようだ。 君のR とも 11回ほど出会って いる が 自分を春日と 名乗っておった】


【ばかな!! 何が変わった!! ちょっと待ってくれ……かけ直す】


 刈谷は携帯電話を下げ、それほどの躊躇もなく、外の様子を見る。そこにはRの桜が一人だけで館の前で様子を見る姿。

 三階で覗く刈谷にとって、先ほどまでの状況と変わり、刈谷が桜と一緒にいないことに、どのように驚いていいのかもわからなくなる。


――桜一人?


 同じ頃、館の裏口の桜の木の下でたたずむ男がいた。その男の目に映るものは、まるで眠っているように静かな木漏れ日の中で、おそらく傾いた体が地に寝そべる姿となった桜を眺める男。


「水谷……やり遂げたな」


 生死不明であり、少し見る角度を変えて見れば、顔と背中に戦いの壮絶さを理解出来る様子の桜を見ながら、シンギュラリティ世界より再度現れた鈴村が立っている。


「不死現象は始まった。お前のおかげだ。刈谷の帰還した時のために、お前のクローンを創っておくべきだな」


 桜を抱える鈴村。その静寂な森林の中であることからか、桜を抱えたことで、鈴村は人一人の重量の負荷により、自分の心拍数が上がったものかと勘違いしてしまいそうになった。その鼓動は丁寧に吟味すれば、自分の鼓動ではない。鈴村は桜の生命を感じる。


――鼓動……生きている? 弱いが……この致命傷で……とにかく戻るぞ。


 その頃、三階の刈谷は、現状を理解するために、用心をしながらも、窓から様子をうかがう。

 腕時計は12:05となっていた。本来なら10分以上あとから到着する社用の四駆車であった。そして車から降りてくる者は春日のはずだった。


――現れた!! ……俺が。春日は……まてよ……それは……この俺……か。数があっている。もうひとり……殺す必要があるのか!?


 館の外に春日の姿がないことで、いま生きている春日の姿をした自分が、この世の歯車になったのではないかと瞬時に浮かんだ。刈谷は、桜がやろうとしたことを達成して、この世に溶け込むために春日としての自分がいるのではないかと考えを巡らせた。そして、そのように信じ込もうとも考えていたところだった。しかし、それでは加藤の言葉と何か違う気がした。

 三階の刈谷が何度もまばたきをしながら壁に背中を合わしているとき、Rである外にたたずむ二人。ほとんど聞こえない声の中で、爆発前にも聴こえた声はあった。それは桜が怒鳴っている声。


「お前が今日から専任の『春日』だな!! 仕事ナメんじゃないわよ!!」


 三階から眺める春日の姿である刈谷は困惑する。その理由は窓から流れてきた認識が不明となった刈谷の姿を春日と呼ぶ桜の言葉である。

 加藤が言った言葉の裏付けが刈谷の耳に刺さってきたことにより、何を基準に、誰をどのように見てよいのかがわからなくなってきた。

 外の自分はどのような態度を取るのか、頭を下げるのか、それが普通なのか。その様子を確認するためにも、思考しながら窓の外を眺めようとする。


――春日と呼んだ!? 加藤の言ったとおり認識が変わっている!? どうなっている。あいつは俺じゃないか? じゃあ俺はどうなんだ!? 俺は春日の姿で刈谷と呼ばれるのかぁ!? 駄目だ……つじつまが合わない。どうする……まずは、加藤の言う通りなら……数十回失敗しているはずだ。あ!! まずい、ここにいる俺に気付いたのか!? あいつら、館に急いでいる。くそ!!


 見た目は刈谷と、桜のRが、少し急いだ雰囲気で館に侵入しようとする。

 考えを整理したい春日の姿をした刈谷。すでに左手にはダイナマイトではなく、携帯電話を握り締める刈谷。


――真っ先にここに来るか? 会えばおかしな話になりそうだ。【加藤さん……俺に会ったんだよな】


【……あぁ 君のRが わしとの 話が終わり 外に出た時 君が 館ごと爆破しておる】


【なら……桜を殺す事が正解って事か!?】


【わしには わからん。だが 春日という者の認識が 今の君の体に 戻るの なら 外にいる刈谷の姿には 誰が 入るんだ? 君かい?】


【さっぱりだ……わからない。俺は元々人間の刈谷なのに、今は見た目は春日で、おそらくこの世界の名前は刈谷……じゃないかな。なんでそもそも俺はこの体になっている!!】


【君は 今初めて 死を 繰り返した事で 意識が 目覚めた。目覚めなければ自分に違和感は なかっただ ろう。もし 違う意識に したいので あれば……今度は……全員『同時』に 死ぬ事を 提案したい】


【……同時?】


【死ぬ タイミングが ずれなければ きっと 違う結果が。そして、また 君のRが来たら 話を 引き延ばしておく。君は 地下まで来て わしを含めて 爆破 するんだ】


【……わかった】


【……あと あの 桜 だったかな。彼女は 恐らく 生きて おる】


【本当か!?】


【彼女の 生きる 意思によるが な。わしは 最後の最後で 間違いを犯した。だが 能力の弱まった わしの力……monstrous時代のような 戦争には……複数には 感染しない。単体の 能力 だろう……そして わしのもつ 能力全てが 備わらない 可能性もある。君が 自分の世界に 戻る事が あれば 彼女を 危険な目に あわさない 事だ】


【感染? 能力全て? とにかく桜を護ればいいって事だな? あんたみたいに暴走させないように。加藤さん。望みをありがとうょ……連絡は以上だ】


 刈谷は三階の窓よりゆっくりと足場を探し、隠れる場所を模索する。春日の体で身を隠すことが出来るような空間はない。それでも『ぶらさがる』ことは出来る程度の凹凸はある。いつもの自分より重量のある体躯。数秒の我慢か、数分の我慢か。それでも二人に見つかることの混乱を想像することより、身体的な過酷さの方が勝り、三階の窓の外に指の力だけでぶら下がる。そして、刈谷の経験上、初めて見る光景があった。それはおそらく、三階の部屋を開けた『音』の色。


――なんだ!? 景色が 色が見える!! いや、それよりも、誰かこの部屋に来たな。くそ!!足場がない。息を潜めないと……壁にくぼみ……助かる。指だけじゃもたない。


 窓の外で、指でぶら下がり、わずかな足場となった不安定な場所で身を隠しながら、静かに降りる方法を考察する刈谷。しかし飛び降りる方法しか思いつかない。その最中にも部屋にいる者の気配を探る。


――入ってきたのは……俺か。後から……桜。会話が……『きょうかんかく?』く……ちゃんと聴こえないな。部屋から気配が消えた。なんとか……飛び降りるか。


 下を眺める刈谷。真下には槍の様に尖った鉄柵が見える。壁を蹴れば回避できるかどうかのきわどさを感じながら、今まで記憶のない自分が行ったパターンとは違う事に挑戦をしたかった。


――上手く鉄柵を避けて飛ばなきゃな。加藤は俺のRの足止めは出来るか? どうする、飛び降りず、中から気配を消して階段を下るか?


 熟考する刈谷。飛び降りるリスクを避ける選択をしたかのように、窓に手を掛け戻ろうとも考える。その一分程の時間には、館にいるR二人の行動を知る手段はなかった。


――今までは、きっとここから下に降りてたのかもな。だが、今度は中から入れば……失敗は覚悟だ。けれど、R二人は今どこに……ん? あれは……桜!!


「刈谷!!」


 下から聴こえる声。それはRの桜。『春日の姿』である刈谷を『刈谷』と呼ぶ。


「さ、桜……お前、俺を見て、なぜ不思議に思わない? こんなところにいる俺を!! ……もしかして、俺と何度も会ってるのかぁ!?」


 冷たさを感じる桜の表情。軽く笑みを浮かべ話し出す。


「今回は……違う行動してるわね。今までと違って警戒心が強い雰囲気ね。もしかして、Rの刈谷同様……目覚めた?」


「どういうことだ!! なぜ、Rだと!?」


 刈谷は不安な足場の状態で桜に尋ねる。Rの桜はハッキリした声で語る。


「私は……理解したわ!! この世界は、造られた世界!! いつもならそこから降りていたあなたに渡されて、見せられた葉巻、吸っているのか聞かれた。吸わないわ。けれど感じた。中に……何か固い物質の存在を。館から自分の刈谷の姿を見つけるなり、すぐにダイナマイトで爆発させていた!! そして時間が戻り、会う度にその話をしたわ!! いつもなら、あなたはすでに飛び降りていた。会う度にあなたは記憶がなかった。何度も会う度に、私はすぐに葉巻を貰うようにした。何度も葉巻を割って中を見た。カプセルよ。壊してみた。飲んでみたりもした。偶然、中の粒子が石に降り懸かった。消えたわ!! そして自分に粒子を付着させた。見たわ、新天地を!! その世界で教えてもらったの。この世界、モンストラス世界は!! 鳥かごで飼われてるペットみたいなものよ!! 『ある者』に聞いたわ!! あなたの任務。あなたと、私の本体とのシンギュラリティ世界での関係!! 私は、あの世界で生きたい。あなたは人間!! 私はR!! Rはこの世界では死ねなくなった。けれど……人間が先に死んだ場合……人間は、普通に死ぬのよ?」


 桜は拳銃を刈谷に向ける。そして拳銃の先には普段は装備されない消音機がついている。


「桜……お前」


「さよなら」


 発砲する桜。防ぐことの出来ない態勢。狙い撃ちで撃たれた刈谷は足場を見失い、落下する。それは一番避けたかった、地面にそびえる凶器だった。


「ぐあぁ!! はぁあ!!」


「これであなたの存在は無くなった。間もなく、Rの刈谷も撃たれるはず。デジャヴュは次で終わりよ。時間が戻ったら、記憶のないあなたから葉巻は貰っておくわ……あればね」


 春日の姿をした刈谷は、仰向けで無惨な形で、鉄柵に刺さっている。その姿に背を向ける桜。


「さ、桜……」


 室内から聴こえる発砲音。一発、少し遅れて二発目、三発目と、その音を聴いた桜は軽い笑みを浮かべる。


――終わったわね……次は春日と刈谷、それぞれの肉体に入った認識の確認ね


 桜は目をつむり、時間のさかのぼりを待つ。館の中にいるRの刈谷の死により、時間は戻る。


――戻った……時間は………11:48……間もなくRの刈谷が車で現れる。そして今、三階には、肉体は春日で、中身は、さっき館の中にいた、刈谷を銃で殺した私の『仲間』。今すぐにでも三階から手を振ってくれば成功。


 桜は自分の『仲間』からの合図を待つ。


――遅いわ!! 12:00……くっ!! 先にRの刈谷が来るわ、しょうがないわね。状況を整理しなければ……。


---*---

 頭の中でこれからの状況を想像する桜。

 本来、人間の刈谷は、春日の姿でこの世に潜入する予定だった。

 桜を殺めるはずが失敗。失敗によって春日と刈谷は、この世の認識が入れ替わった。直前まで、Rの刈谷は、この世の認識では春日となっていた。しかし、Rの刈谷の記憶は、何度も死を経験したことでRデータの劣化。『周りからの認識は春日』だが『Rの刈谷本人の意識はRの刈谷のまま』となった。

 桜の理想は『Rの刈谷は、世間から刈谷だと認識されて呼ばれること』であり『Rのままの刈谷の記憶』である。

 そして『三階にいる春日は、世間から春日だと認識されて呼ばれること』であり『桜の仲間の記憶』である。

---*---

 

――私は消去されず本当の世界を理解……Rの刈谷と人間の刈谷はどちらも目覚めた。人間の刈谷は死んだ。この世での認識は今どっち? まだ、今から来るRの刈谷には、春日と呼ぶ認識で様子を見る!? そうね、すでに目覚めてる訳だから同じ認識で話しても、刈谷にとっては経験した事。否定されてもいい。世の中の認識より、私の認識の一貫性を保つ方が安全。刈谷の口封じは後でも出来る。皮肉なものね……人間世界では夫婦なはずなのに、この世界ではただの同僚。記憶もなければそんな感情もない。『あいつ』に教えてもらうまで知らなかったわ……けれど、シンギュラリティ世界に私の本体があったとしても、わたしは私。人間と思い込んで生きてきた私の人格を、消されてはたまらないわ!! 今からこのモンストラス世界のR達は、そのうち違和感に襲われるわね……『私は何故……わたし……』と。目覚める者は、全て心身喪失の扱いにして隔離しなければ。ミスはしてないはず。三階から合図がない以上、仲間は私が刈谷と入館したら忍び込むはず。今から車で来るRはいつも通り、春日と呼ばれる刈谷の姿のはず!!


---*---

 自分の存在意義を再確認するRである桜。

 知らない方が良いこともある。知った方が良いこともある。世界が別にあることを知ったとき、どちらの世界からみても、別の世界が、新天地だと思えるものかもしれない。

 優先することは『真実』か。それとも『平穏』か。千差万別な個々の考えは、善でも、悪でも、『目的』の前では、関係がないものなのかもしれない。


 それを『野望』と呼ぶか、『希望』と呼ぶか、どちらも『私は何故わたし』と疑問に思った刹那、別の自分の環境を味わいたいと思うのが人間であるのかもしれない。

 それが後悔するとわかっていても。

---*---

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