セレンディピティ 後編
僕はいつから ここにいるだろう
いや それはおかしな自問自答だ
僕の事を理解する人は いないだろう
きっと僕のまわりも 僕の考えを知ると苦笑するだろう
季節を感じて 体が揺れて 心が揺れて
同じ事が繰り返されてる
でも静寂だ 贅沢にも感じる
そもそも贅沢とは 味わったことあるのか?
何が贅沢かもわからない 自己満足? 割に合う? そんな気分を味わって誰かに話したら 贅沢を認識出来るかもしれない
身体に感じるものは なんだろう
静かに水分を取り入れて パノラマな景色を眺めて
そんな毎日だけど大きな変化を 実際望んでいるのか
でもそれは幻想ともとれて あまりにも滑稽
まるで僕の前にいる鳥のように 空を飛ぶような事
そんな風には僕の身体は できてない
僕の前にいる鳥は 最近いつも現れる
いつも同じところに 好物が落ちているからだ
別に 仲良くなりたい訳じゃない
でもきっと明日も 落ちてるよ
風が吹かない限り いつも同じところに落とすよ
また明日も現れたら 名前をつけようかな
まわりが ざわざわしてる
そんな時期? いやそうじゃない
たまにある 気まぐれのような事
気まぐれでも 事の大きさで僕の願いが 叶うかも
たまにおきる気まぐれは いつもの光景に変化をもたらす
いつも存在しているのに 明日にはいなくなってる時がある
しかしその場所には また新しい存在
僕はその消える存在が 時折羨ましく感じる
自分にどんな変化をもたらす? それとも以前に戻りたい?
退屈は残酷ともとれる しかし平穏とも感じれる
ふと怖くなる そのいつもと違う事に
一度変われば 後戻りは出来ない
今が幸福な日々なのに その変化によって
今を懐かしむかもしれない
いつからだろう 今の環境は
元々違うはず その事すら思考が薄れている
僕の思考自体が 言葉を発しているのか
言葉とは何か違う もっと感覚的な思考
思考があるだけでも 不思議だ
みんな そうなのか?
僕は試みたくなった まわりとのコミュニケーション
どうやって? 方法はあるのか?
そんな方法があるなら 今僕は もどかしくしていないだろう
僕に今 認識できる事は なんだろう
聞こえてるのか? 話せるのか?
いつから感じるようになった? この違和感だらけの存在
今僕は まわりが見えてるか? いやわかる でも視覚とは違う
そして今僕の前に誰か現れた 何か懐かしい気がする
僕に触れた瞬間 身体を伝って響く 声?
『元気かしら。あなたのお陰で私はここにいられる』
聞こえる 正確には響く 初めて聞く感覚 でも覚えがある
『あれから、ここにくるのは初めてよ』
伝わってくる 声 触れている者の声の反響から伝わる 形
僕の中ではこれが 見えるという事だろう 僕より小さい存在 だけど僕のことを 知っている
『私は今のあなた。あなたが私に触れた時、あなたのように世界を意識した』
僕は意識が混乱してきた 記憶が薄い 記憶がないに近い
でも僕のもどかしさを この存在する者は 知っている
『いい? これはあなたが選んだ、運命の結果よ? あなたには私の声が、届いてるかしら? 聞こえていても、何も出来ないわね。私も、同じだったから……あなたは私の中で、自分の人生を語り、泣き、叫び、私のような静寂に生きることを望んだ』
僕が? 今の自分に? 望む? 僕は 今 なんだ? 僕は あなたみたいな形を してない
僕は…… あなたは 動ける それは 土に 埋まってないから
僕は まわりより少し大きな 大木
下には あなたが入れるくらいの 穴がある
僕は……あなただったの? 動けたの? 今の場所から 違うところに 何故? 僕が望んで?
記憶がないのが また もどかしい
僕は 今の この姿を 望んで?
何を語った? 僕は あなたは昔の僕? 何の為にここへ?
『あなたには 感謝してるわ……』
待って! 僕から離れないで! もっと知りたい!
あぁ 離れないで 聞こえなくなる あなたの声が
どうか戻って 語って お願い 僕は 違う場所が 見たい!
……行ってしまった 僕の希望 聞いてもらえなくなった 僕の願い
この世界はどこまであるの? 空には終わりがあるの?
逢わなければよかったのに
僕の日々は 平穏じゃなくなった
どんなにもがいても 動けない自分が 歯痒い
どんなにもがいても 葉っぱひとつ動かせない自分が 悔しい
風に揺られて 心揺らされて 僕は 無力だ
またいつもの日々 退屈であり 平穏な日々
僕はどうして 自分を捨てた? 僕はどうして今を選んだ?
そして今日も いつもの鳥が現れた
いつもの鳥は いつもの場所にいない 昨夜は風が強かった
僕の隣の木の枝から落ちるお目当ての木の実は 僕の下の穴に落ちてた
鳥は穴の中で僕の身体を足場に いつもの実をゆっくり食べた
名前をまだ考えてない鳥の言葉が 僕の身体に響いてくる
『私はあなたが羨ましい。大きく、堂々として、みんなを風から守っている。素敵な花を咲かせる。私はあなたのような 雄大な存在になりたい。私はあなたに、なりたい』
僕こそ 君になれたら どれほど感動的だろう
君には羽がある 全てを見渡せる
僕は君に なりたい
僕の願いはキミ キミの願いは僕 僕らは同じだ
なんだろう 僕の身体がいつもと 違う
身体から白い光が 僕を優しく包む
僕は今どうなってる? 僕の中で流れてるみたいだ
キミが見える
『あなたが見える』
お互い形は曖昧な思考同士 認識出来る
あぁ キミが遠くなる どこに行くの? 淋しいよ 怖いよ
『大丈夫。あなたは特別な存在。何度でも、目を覚ます』
なんだろう この感覚 初めてだ 僕は今……眩しい!
真っ白だ! 何も見えない 違う 何か違う色だ ゆっくりと 違う色が
僕は 今 動いてる? 身体が下に引っ張られる
バランスが必要だ
僕は 初めて僕を見上げている 僕は今羽を広げている
僕は 今自分の意思で羽を動かしてる
身体が軽くなる 軽くなる 浮いてる!
多分 不器用に 僕は飛んでる
でも 少しずつ 少しずつ 身体に慣れていく
僕は今ままでの自分を 見下ろしている
なんて大きな木だ なんて美しい白と薄紅色だ
なんて空は 気持ちいいんだ
僕は今 奇跡であることを 理解した
僕とキミが同じ心で 同調したんだね
僕は今 全ての願いが叶った
なんて空は広いんだ なんて世界は美しいんだ
色んな生き物が見える
あの人は 昔の僕? 何か建物に入った 僕を見たい
見える 僕が あなたが 僕?
僕に気付いた 近付いてくる 何か喋っている
ゆっくり近付く
笑顔の僕だ 僕? いや 君は……
それは僕に言っているの?
誰?
『私はあなたに、なりたい』
―僕の笑顔だ……僕の……いや……ハル? 僕は自由な鳥……鳥? 誰? あなたは誰?
皐月は遼と目が合う。
『あ! 目が……醒めた?』
『あ、あなたは……誰……くっ……誰、です……か』
清正も上半身を起き上がらせる。
『め! 目覚めたか!』
遼の言葉を確認したと同時に、香山と盛清の控える医務室に向かって駆けつける。すぐに響く皐月の足音は耳に入った。
『あの……ここは……』
『まだ寝ていろ!』
『あなたは……本屋にいた……あの……ハル……って言う女性が一緒で……あっ! 体中が……痛い……』
『ゆっくり目を覚ませ! まだ何も考えるな!』
戻ってくる重複する足音。盛清と香山の笑顔と不安。
『おお……目覚めたか!』
『……(凄いですね。あの囁きだけでこんな効果が)……』
遼の目の前にある椅子に座る盛清。そして意識を確認するように、わかりやすい言葉をかける。
『君は自分の名前はわかるかい?』
『水谷……遼……あなたは……本屋の!』
『おお……記憶はしっかりしてるようじゃな!』
『僕は……ハルといて……色んな人に追われて……夢じゃなかったんですね……はぁ……水が飲みたい……』
皐月は手早く吸飲みで水を与える。
『ふぅ……う……うう気分が……吐き気……が』
遼は少し起き上がり、手際よく皐月は洗面器を用意する。
『オェ!! ゴホッ! ゴボッ!』
胃の残留物を吐き出す遼。誰もが想像しなかった物体。いち早く理解したのは香山。それを一番理解したくないのは吐き出した本人。
『ぐふぅ! えっ!? 僕は一体……何を食べた! 何を! 何を! 何を食べたんだー!! うあああああー!!!!』
意識がなくなりそうな勢いで叫ぶ遼。認めたくない物体。理由も知りたくない驚嘆。
そこには溶けきれなかった髪の毛に、肉片が残っていた。
◆◆◆
『こんな顔にしやがって!! これが笑顔で市民を守る顔か? おい!! お前どうだ!? こんな顔に守って欲しいか!?』
鈴村はガーゼを少しめくり、学生に向かって怒鳴りながら見せる。言葉に迷う学生は、色んな意味を含めた謝罪。
『すいません……すいません……』
『お前は正直だぁ! そうなんだよ!! 違うんだよなぁ!! この顔じゃ正義語れないんだよ!!』
周りの反応に敏感すぎるほどの挙動に、考えをしまい込むことの出来ない精神状態。全てに開き直り、後にも退けない状況に、更なる興奮と憂い。傍観するハ ルは、安い感情に純な理由を想像。隙と時間の勝負。なるべくなら警官隊による突入により、目立たない自分を理想と考える。
――自分の顔を鏡で見て愕然した結果か? 単純な遼への復讐。
『あのやろう!! 俺をここに呼んでおいて、なんで現れねえ!!』
――あのやろう? 誰? ……鈴村をここに導いた。
『くそぅ……なんで俺は来ちまったんだ……』
――鈴村を抑えるのは簡単。けれど私が目立ち過ぎる。そのうち機動隊も踏み込むね。
動けない学生。隙をうかがうハル。その中心にいる鈴村から携帯電話の着信音が響く。
『ぁあ!?』
苛立ちながら鈴村は電話にでる。
『おぃ……てめえ!! こんな目に合わせやがってえ!! 何!? そうか……わかった……』
――鈴村をここに招いた者。この状況で? 私の緊張が増す。狙いは……私ね。この男に私はやられない。けれどこの緊張は? 変にプレッシャーが強い……簡単じゃないってこと? 誰が私の存在を知ってるの?
体に迫ってくるような緊張感。いつもと違い、慣れた緊張感ではないと感じるハル。鈴村は辺りを見回す。そして赤い髪に革ジャンを着たハルが目印のように目が止まる。
――くるね。
握り直す拳銃。威圧的な目つき。きっと今まで犯罪者を相手に戦ってきた鈴村。犯罪者との違いを見せない態度。犯罪者らしいレッテルを自らに貼付けた覚悟の威嚇。近付く度に蹴り飛ばす椅子。
『お前……水谷の居所知ってんだろ……わかんだよ!! 俺には!! お前、俺と目が合う瞬間、目を避けなかっただろ? この状況で……避けるよな? 普通』
ハルを見つけた目印は、犯罪者側からみた人質の態度である視線の違いと言わんばかりの、偶察力の見極めを語る鈴村は、更に急接近する。
『えっ! そんな……誰の事ですか? 知らないですよ!』
ハルの視界。それは鈴村の背景に見えるガラスの壁。キャンパスが一望できるガラスの壁。まばたきしたかどうかの瞬間だった。ハルが見つめる鈴村の背景に見える食堂のガラスにヒビ。一点より広がったヒビ。それと同時に鈴村の顔は固まる。
『は!? あ……』
鈴村の目線は前から上に。体は前から下に。ハルに被さるように倒れる鈴村。
――狙撃手! あれは警官隊!? はぁ! そ、そんな……。
能力がまるで広がるように抜ける感覚を、再び味わうハル。すでに経験した感覚。意識を強く持っていないと、無意識に陥る心の葛藤。
『あぁ! あああー!!』
『君! 逃げるんだ! 今なら逃げられるよ!』
気を確かに持とうと、声を上げながら耐えるハルに、恐怖で怯えていると感じた学生が、ハルを助けようとする。
――くぅ……このままじゃ! 鈴村に死なれる!!
待機していた機動隊が突入。ハルにとって面倒な事態。刹那の優先順位は、逃亡か、鈴村か、能力か。
『皆! すぐ避難して下さい! 君も!』
この事態に立ち上がろうとしないハルに対して、理解と情報を与える機動隊員。
『鈴村が君に近付いたら、すぐに銃撃できるという連絡があった! 突然の事で動揺する気持ちはわかるが、今は立ち上がりなさい! 早く!』
――誰!! 誰かが通報! 私の能力を知ってる!? なら……。
ハルを助けようと体を支える学生。鈴村の確保に動こうとする機動隊。ハルは学生を跳ね退け、その行動に警戒する機動隊員。学食に銃声が響く。
『動くなー!! そしてこの食堂から出る人間は撃つ!!』
ハルの行動に空気が止まる。そして一人逃げようとする。逃げようとする男子学生が触るドア。逃げられるとふんで、外に近づこうとした一歩。学生は、突然割れるドアガラスに頭を抱えて座り込む。
『おい! てめー!! 逃げるなって言っただろー!!』
発砲して怒鳴るハルに、機動隊員は慎重に話し出す。
『君は……鈴村の……仲間? か!?』
『そうなら……どうだっていうんだ!! お前は下がれー!!』
まだ意識のある鈴村は、態勢を変え、仰向けになり困惑しながらハルを見る。
『はぁ……はぁ……畜生! 仲間だと!?』
『お前らあっちに固まれ!! 学生は向こうだ!!』
ハルの指示により、機動隊が部屋の隅に固まり、学生も一カ所に集める。
――最悪な展開……けど、今こいつに死なれたら能力が!
ハルは学生に拳銃を向けながら、機動隊員に尋ねる。
『おまえらの中にこいつの応急処置できるやつはいるか!!』
『いや、居たとしても、医療道具がない』
『医療班から一人呼べ!! ここで処置しろ! 早くしろ!!』
機動隊から見て、狙いの解らない暴挙。完全包囲の中、要求する救命。人質も多数。断る理由や駆け引きの理由も見えない機動隊は、無線で連絡する。
『おいお前! 無線と銃集めろ! 装備も脱げ! そこに集めろ!』
ハルは学生のひとりを指名。言われるがままに、申し訳なさそうにも重い装備を集めては、ハルから見える食堂の真ん中に積んでいく。隙を見せないように凝視するハル。ハルのカンに障らないように迅速に労働する学生。
――こいつの死期が消えても……また私は手首撃つの!? まじ……勘弁!!!!
食堂の外に現れる非武装員。食堂の様子を眺め、装備の山に、占拠されたと理解する医療班。ハルの手招きと誘導により、慎重に近寄る。
『最善尽くせ! 死なすなよ』
『わ、わかりました……処置、始めます』
――誰が私の事を……はめられた!?
『う……くそ……元々、町田から……水谷を尾行する話がきた時から、おかしくなったんだ……』
『え!?』
ハルの緊迫状況の最中、山脈の上をヘリコプターで移動中の風間は、ルーアと次の狩りをするべく行動する。
◆◆◆
『ああ……そうかい……わかった……』
誰かと連絡を終えた風間は、携帯電話を胸にしまう。
『ルーア……次の目的地が決まった。楽しい戦場にしなきゃなあ』
ルーアを眺める風間。思い出すのは、日増ししてきた傭兵業。慣れない日々は勘が狂う時もある。経験の浅かった日々、頼りだったルーアという「男」の存 在。相棒と呼べる戦友の少なさ。生き残る為には必要な、背中を任せられる相棒。利害関係もない。裏切りもない。諦めていたルーアの存在。想いを込めてルー アを撫でる。
『あっはっはぁ! またお前と戦えると思わなかったぜ! 今日は死ぬにはいい日だ! お前の名前の由来[Lua・Butlerルーアバトラー]。ルー ア……お前は俺が10年以上前、傭兵として駆り出していた時の、最初の相棒の名だ。そいつの飼っていたチーターの子供がお前だ。お前の親は、その時の俺よ りルーア・バトラーの頼りになる相棒。お前の親はお前を産んですぐに死んだ。ルーア・バトラーから名前を、お前の親からは裏切らない魂を、お前は受け継いだんだ』
ルーアはじっと風間の目を見る。
『昨日……戦争犯罪人の罪を司法取引成立で生かされるはずだった。だが、ヘリコプターの爆発により発動した無意識の怪物。俺の声も届かなかった……お前なら能力を使いこなして生きて行けるだろう』
風間のそばで育ったルーア。ルーアにとっても、風間は唯一の家族。相棒の名を付けるほどの愛着と信用。その空気をお互い共有している深い絆。大きい仕事には必要な、信用できる背後の目。
――しかし俺の雇い主は何を考えてる。顔も名前もしらんが、前払いの額がデカすぎる。清正の事を狙った矢先、あのガキの拉致を優先。失敗後、再び清正を……今度は能力を手に入れてから……次の地点。その後、最後の目的地で……何が起こる? 報酬に合わすなら、今からが勝負だな。
風間は興奮と与えられた環境に自分を交錯させるため、次の目的地に急ぐ。
ほんの数分、皐月を病室に残して車椅子に乗った清正と香山と盛清は退室した。取り乱した遼をなだめるように、落ち着かせるための配慮。落ち着いたところ を見計らって、病室に再び入室する三人。遼を中心に、掛ける言葉も見つからず、数時間前の凄惨な出来事を物語るような、消化しきれなかった異物。遼は意識 のない時の自分にある不相応な能力に落胆する。想像や自問自答を繰り返す退屈な生活。一日経った今は、すでに場違いな世界へと放り込まれ、自分が人間なのか、すでに支配された化け物なのか、平穏だった夢と現実は、もう過去のものだと受け入れようとも考える。言葉に出さないと耐えられない憤り。
『そうか……ハハハ……もう驚かない……また現れたんですね、無意識の化け物が……どおりで歯が何本か矯正されてる……アハハ……食べたんだ……僕が!? どうして!? ありえないよ……全て……全て……あんたのせいだろう!!』
遼は盛清に指をさして怒鳴る。眉一つ動かさない静かな目で見る盛清をかばうように、皐月が遼の肩に触れながら語る。
『今日は……あなたの能力を巡って、昏睡中何度か能力が入れ代わって、その最中の事故だったのよ……』
『そ! そんなの……そんなのないよ……』
『いや……皐月さん……いいんじゃ。そうじゃ! 君を利用した……わしの都合じゃ』
これ以上言葉が出ず、顔を布団に埋め、ふさぎ込む遼。想像できる心境。納得がいかない。おそらくは、どうして僕が。何故選んだ。盛清が投げたコインのか たよりは、自分だったのかと。吐き出したい言葉は沢山あった。けれど全ては過去の出来事。解釈の難しい自分の状況。戻れない昨日。まわりは何と声を掛け る。僕は弱ってるよと。気持ちをわかってくれよと。弱くなる心。けれど開き直りたい自分。理由がいる。これから待ち受ける出来事は何か。遼の耳が捉えた言葉は、冷たくもあり、無視も出来ない、弱くなる自分の歯止めになる可能性。
『すまんが、今、君の感傷に合わせられんのじゃ』
遼にとって耳が痛くなる他者の都合。ふさぎ込みそうな心でも頭に入るその理由。
『今、春枝は、君の尻拭いに向かっとる』
顔を上げる遼。名前から連想できたのはハルの事。明らかに自分の原因かもと、聞かずにはいられない夢見る前の戦友。
『ハ! ハルが!?』
『父さん! どういう事ですか!?』
『昨日刑事二人とやり合ったじゃろ。一人がな……おそらく君を捜しに……何が起きたのか、君の大学で人質をとり、立て篭もっとる。春枝はそれを抑えに向かった。君に助けられた借りを返すためじゃ』
『い! 今の状況とかは!?』
清正がテレビに振り向くと、その様子を察した皐月は、足早に部屋の隅にあるテレビをつける。
『ニュースは……あ! これです!』
【……以前立て篭もる鈴村容疑者と、後ほどに発覚しました20代前半。赤い髪の色と革のジャンパーを着た、仲間と思われる女性は、踏み込んだ機動隊を含め人質を捕り……】
清正にある余裕のない感情。自分を中心に、周りにありそうなものを探すように見回す。その顔は選択をしない父親の表情。探しているものは、動くための体。
『メスかハサミをくれ!!』
『え!?』
『すぐに俺の死期をつくる! 父さんの言う通りこいつの感傷に付き合う時間はない!!』
清正は遼を睨みながら怒鳴るように叫ぶ。その遼も、目を離せず、空気が硬直した中、突然、船の外でヘリコプターが舞う音。
何者が現れたかとその場にいる者が思案する中、機関銃で銃撃しているような連続した音。するとすぐに盛清の携帯電話が鳴る。
『下村か! なんじゃ!』
【い、今!! 未確認のヘリコプターが現れ! こちらのヘリコプターが銃撃されてます!! 何か……何かが飛び降り……船内に入りました!!】
『なんじゃと!!』
【わ!! あああ!! ヘリが!! …………】
音信不通となる連絡。下村が待機していたヘリコプターで何者かが現れたことで、病室にいる者に伝える盛清。
『な……何かがくる!』
盛清は、響く廊下の反響からか、気配を感じる。静かだが、着実に近づく目的を持った何か。気配の速度に感じる恐怖。足止めをしたい衝動。
『ドアに鍵を閉めるんじゃ!!』
気配を具現化したい。何者か、何物か。ドアに近付く皐月。すでに遅すぎる行動。けれど変わらない。鍵を閉めても、きっと無意味だったと思えるほど、吹き飛ぶ病室のドア。そしてほぼ同時に、意識がそれるほどの船の外からの爆発音。
『なんだ!?』
目の前の確認が遅れるほど連続する心の衝撃。爆発音より冷静に視界に入るものを理解する盛清。
『恐らく、ヘリが爆破されたんじゃ……それより……こいつが厄介じゃ』
身動きを取らせないように、唸りながら、目を光らせるもの。それでいて、説得が不可能な相手。その威嚇の声は甲高く、立ちはだかる者を凍りつかせるほど永い威嚇。老体年齢で全盛期以上の堂(物事の習熟を究めた)に入ったチーターであるルーア。
『キャアーー!!』
叫ぶ皐月程度では微動だにしないルーア。派手に現れた底知れない力に、清正は思うことを呟く。
『こいつは……能力者か?』
『下手に刺激せん事じゃ……まず先手は討てんじゃろ』
ルーアは動こうとはしない。硬直状態が続く。言葉の無意味。下手に口を動かす気もおきない永い硬直状態に、近付く足音。各々の思考。期待、不安、警戒、混乱、「待望」。
『よお、待たせたかな』
『か、風間ぁぁあーー!!』
溢れる怒り。動けない両足の負傷でも、目の前に立ちはだかりたい清正。挙動の度に殺気が増すルーア。
『おっと……動かない方がいいぜ。俺の相棒……俺を、守るからよ』
ゆっくりと清正に近づき、風間と清正の前で腕を広げる盛清。
『何が狙いじゃ』
『誰だ? まあいい。清正、俺はこれからも傭兵生活だ……そのために俺も能力あったほうがいいだろ』
風間を知る香山から見れば、感情の篭ってない理由。
――妙に気のない言い方だな。
――こやつ!!
香山と盛清は風間の思考を勘繰る。目的は戦場の為か。遼の身柄確保か。この後はどうなるか。流れに任せるか。次に風間が発する言葉。それは予想を裏切らず、遼に向けられる。
『おい、お前……歩く事くらい出来るだろ。俺のところまでこい』
遼は真っ直ぐ風間を見る。目線は風間に。しかし遼が見ているものはフェム。ずっとハルに護られてきた。死を直面した。いつもなら混乱。取り乱し、周りに言葉を求める。能力の緊張はある。だが心は幾分静か。
――フェムは風間さんに続いている……行くべきだ……けれど『お断りします』
遼を知っている分、驚いたのは盛清と清正。なぜ、君からそんな言葉が出るのかと。想像を裏切る明らかな拒否。気になる風間の反応。当たり前な言葉が風間から零れる。
『ハッ……なんだと? ハハハ……坊や……怒らせない方がいいぜ』
『なら……僕を殺してもらって構いません。きっとまだ死期のない皆さんでも、あなたが本気で殺す気なら、簡単に終わらすことができるでしょう。 けれど……』
『動くなぁ!!』
会話の最中、突然、病室の外からの警告。遼からの予想しなかった言葉を遮るのは、廊下から拳銃を構える、全身がびしょ濡れの下村。下村から見れば、警告通り、誰も動いていない気がした。
『やめろ!!』
風間の声は下村に対してではない。引けた腰で拳銃を構える下村の横に、すでに口を開いたルーアが、首を噛みつける寸前の態勢。
『はぁぁっ!!』
一瞬で消える戦意。勇気だった。普段見せない決断。非常事態の判断。その非常事態を越えた、拳銃では敵わない次元。意思か無意識か。恐怖は見えない重力。自然と腰が落ちる。風間の声に救われた下村。
『見ての通りだ……こいつの速さに勝る者はこの世にいない。死期があろうがなかろうが即死は免れねえ』
納得のいく現実。「元」能力者達ほど理解出来る、四肢動物の脅威。力では争えない事実。
「力」、この場での意味は能力者。「能力」、その根源の意味は偶察力。
『そうですね……ただあなたは、僕に死なれても都合悪いですよね』
力を行使する挑発まではいかない。有無も言わず連れ去るまで踏み込めない。「大人げない」事に踏み込めない、絶妙な空気感。それは逆にカンに障る場合もある。
『このガキが……駆け引きに乗るとでも……』
言葉を間違えるなと、そこまで言うならと、力で抑える理由がいる、言えないバランス。風間の口から出た言葉。同じ土俵にいると認めた言葉。それは「駆け引き」という言葉。
『誤解しないで下さい! 僕はこの能力が欲しいと思いません。すぐに差し上げたいです……ただ……まだ僕のやり残した事が終わってません』
理由を聞く必要があるのか。理由次第で目的が変わるものか。だが、無視出来るか。同じ土俵。それは認めている。野暮な行動は、心の筋肉が弱る。器の見せ 所なのか、風間は気付かなかった。自分が遼の言葉に耳を傾ける、「聞く姿勢」が出来てしまった事に。会話の成立。それなら返す。自然に、普通に。
『なんだ』
聞く姿勢の完成。心へ届かすアプローチから、プレゼンテーション。重ねる言葉は幸福への階段か、ただの戯れ事か。
『昨日……僕は二人の警官とやり合い、負傷させました……その一人が僕に遭うため、僕が通う大学で、なぜか人質をとり、立て篭もったようです……その尻拭 いにハルという女性が向かいました。状況はわかりません。僕が助けに行っても役に立たないでしょう……けれどあなたなら、治めることは、きっと造作もない 事ですよね』
核心が見える。狙いがわかった。余計な労働。余計な手間。ここまで引き延ばした会話の果てに、楽しめる戦場を連想させて、良い条件があれば話に乗りたい。理由次第で。可能性は薄い。言葉を投げ合う魅力的な味は、早過ぎる賞味期限。
『そんな面倒な事に俺が付き合うとでも思ったか?』
味は薄くなった。味わう事が面倒臭い。もう終わり。わかったはずだ。俺が動く理由にならないと。それは風間の思考。そして、用事を終わらそうとする間際。
『僕が昏睡の最中、能力の移動があったと聞きました。昏睡のような仮死状態なら能力の移動は可能という事です! あなたは死期を無理矢理作らなくても、一時的に薬などで仮死状態を作れば手に入るでしょう』
終わりに見えた、言葉の魅力。目的の安全性。風間の安全。一方的でない取引。安全な目的の為に労働。万全じゃない隙がある。
『俺の仮死中に何かされちゃあたまんねえぜ』
想像できる風間の思考。自分の仮死状態。無意識の中、起きる保障がない。約束を守る絆がない。信用がない。こいつの性格はわからない。いつもこうなら危険。手練手管はお手の物か。怪しさが増す。断ろう。普通に、力で、相棒で。
『あなたの相棒がそうはさせないでしょう……僕は今……あなたに遭えて幸運です』
保障が出来た。確実な。力の利用方法は、風間の番人。本来の役目。自分に遭えた幸運。誉められた暴挙。目的と安全(相棒)と保障(能力)。自然な笑みは、幸福な道標の完成。
『は……! はっはっはっはぁ! こりゃあいい! 気に入ったぜ!! いいだろう! 香山さんよ! 帰るまでに準備しといてくれ』
『わきゃっとぁ!(わかった)』
包帯の上でもわかる香山の笑顔。暴力のない空間で、話し合いだけで硬直から脱した空間。ヘリポートに向かおうとする風間に後ろからついていくルーア。風間の背中から聞こえる声援。
『風間さん。ご無事に帰還されて下さい』
口角を上げて笑みをだす風間。皐月に無事を祈られる暴漢者。雰囲気が変わる。息を意識して吸える解放。味方になった敵。誰もが想像出来なかった展開。遼 を今までと同じ目で見られなくなった盛清。出来事で、人が成長する瞬間。重ねた恐怖。重ねた痛み。重ねた弱さ。重ねた勇気。思いつきでは辿り着けない成 長。
――遼……春枝を救出するという目的の中、突然出現した風間を利用し、救出の可能性を増やしおった! わ・し・の・予・想に反して……セレンディピティを理解しおったか!? 『風間さんや、わしらも行こう』
その声に足を止める風間。風間からすれば、遼より得体の知れない老人からの提案。
『足手まといは御免だぜ。じいさん』
当然の拒否。譲れない提案。必要なのは、簡単な理由。二度目の駆け引きは、全てを撤回する火種。軽軽な言葉は、重さを感じさせない。
『能力のことはのぅ、生まれ持ったわしらの方が良く理解しておるわぃ! それに春枝はお前を信用せんぞ? そのためには清正も必要じゃ! 知らない小娘を説得するのは君は得意かのぅ! はっはっは』
『チッ……構わねえが……そのガキは連れてくぜ! 気が変わって逃げられちゃ敵わねえ!』
負傷した遼。負傷した清正。能力のない盛清。元々ハルの援助救出が難しい状態だった。突然の訪問者。その暴力は、味方になると、これほど心強いものかと。躊躇ない遼の快諾。
『わかりました!』
再びヘリポートに向かう風間。後に続くルーア。予定通りなのは、遼の確保。その一連の流れの必然性に、何かの理由を感じずにはいられない風間。
――しかし、これは偶然か? 最後の目的地がこいつと同じ大学とはな……「繋がってる」のは誰だ?
『下村はここに残るんじゃ』
『は! はい! 大型のヘリにアンカーで海に落とされ、ヘリも爆破されて、もう海に飛び込むのは懲り懲りです!』
下村は恐ろしさを体験した弱音を素直に口にして、盛清の提案を快諾すると、清正と遼が動けるように車椅子や松葉杖を用いた補助をする。
ヘリポートに到着する風間。邪魔だった下村の乗ったヘリコプターを海へ落として着陸スペースを確保していた。エンジンを始動させながら思案する風間。
――雇い主の指定する場所に降下して……あいつらはどうする……清正は動けねえ……一旦ヘリは預け、棄てる形となるが、小娘が残っている限り奪還は可能だろう。じいさんは……自分の身は自分で護ってもらうまでだ。
『急ぐのじゃ』
清正は盛清に車椅子で押され、遼は下村に肩を借りながら、松葉杖を用いて、風間の大型ヘリコプターに乗り込む。見送る香山と皐月と下村。香山は心構え る。どんなに強くても、混沌な世界でも、平和でも、自分達がいなければ、誰が彼等を治療すると、自分たちの必要性を噛み締める。能力は、医者だけは、持っ てはならない両刃だと、緊急事態ほどよくわかる。横に並ぶ皐月は、香山が今まで自分に伝えてきた言葉の意味が、身をもって理解出来た。
『皆さんのご帰還とご無事を祈ってます』
ヘリコプターは上昇する。各々の抱える事情や理想と共に。自由か、平和か、責任か、未来か。
風間の視界。船が遠くに見える。再び着陸する事になるかどうか。それもいい。そうでなくてもいい。能力の獲得は「本来の目的」に付帯しただけの副産物。最後の狙いは目的地でおきる。そのような思考。そして風間は、船に到着する前の携帯電話でのやりとりを思い出す。
◆◆◆
『「バード」、あんたか』
すでに何度か会話を交わした相手。好意的ではない。固い会話は、感情を見せない意思表明。
【はい、雇い主より目的地と任務内容のお知らせです】
『約束の任務は、今日いっぱいだよな』
【はい、あと二カ所です】
『相変わらず変な偽名に「変声機」使ってまでの慎重ぶり、ご苦労様な事だ』
固い会話。風間には物足りない。皮肉を談笑に変えられる相手でもない。秘密主義。余計な情報を与えられないバード。キャパシティー(受容力)は必要ない。不器用なほど、淡々と伝えるだけ。それが伝わるほど、余計な言葉に反応せず、要件だけを伝えてくる。
【今日待機していた船に戻り、水谷、遼を再度拉致して下さい】
目的の計画性。再度の意味は、風間にとって失敗の意味。言い訳はしない。安い言い訳は、安い報酬。難しさは伝えたい。簡単に。
『あのガキを……また……無意識に暴れだすんじゃねえか?』
【目を覚ましたという連絡が、こちらに届きました】
幼さを感じるバードの言葉。言葉の意味は、繋がる間者の存在。
『誰が船内で関わっているんだ?』
【それはわたしにもわかりません】
大きな情報。付け入る隙。警戒の範囲は、船全体。
『気味の悪い話だ! 邪魔されたらそいつら殺していいのか?』
揺さ振る会話の流れ。情報は多いほど良いと考える風間。その反応を期待する風間の想像通り、機械な声は感情を現す。
【殺してはいけません! 恐らく数名はついて来る形となるそうです】
感じる感情は、幼い、不慣れ。付け焼き刃な連絡係。プロの口元は怪しい笑み。船全体より、近い存在。遼の近くに要るだろう、バードより上の存在。
『ついて来る? どこに』
風間との同行を言い出す者が、自然と見えてくる間者。当たり前な思考は、罠にも感じる。賢い者ほど、はまる罠。見極める必要性の皆無。必要なのは報酬。忘れよう。
【最後の目的地です。水谷遼の通う大学に向かって下さい。詳細はメールにてお伝えします。任務完了後、残金を入金致します。その後、風間様の新しい身分証明書の作成手続き致します】
報酬の必要性。新しい身分。充分な報酬金。風間の想像する未来。
『そこんとこよろしくな……一生傭兵なんて御免だ』
本音を隠す必要がない相手。強く伝えたい。現状からの脱出。未来の見えない現在。戦争の臭い。駆り出される傭兵。命はひとつ。世界の風潮は、屈強な傭兵の引退へ踏み切らせる。
【全ては風間様に掛かってます。失敗は風間様の生死に関わるということです】
だからこそ必死。瀬戸際の大きな依頼。だからこそ必要な相棒。目的は遼の拉致。能力は依頼人の渇望。
『あぁ……そうかい……わかった……』
◆◆◆
思い出すように回想へふけり、その後に受信したメールを再確認する風間。
――なるほどな……降りる場所と大学の現在の状況がメールの通りなら、生死に関わるな……。
無言のヘリの中、最初に言葉を発する遼。
『あの』
『わしか?』
『はい、この能力はいつから、どんな目的があって存在するんでしょうか』
『ん……いつから……と言う質問は難しいな。わしの先祖は、色んな言われ方をされていたらしいんじゃ。忍者とも言われとった』
遼はあまりにも違和感のない一例に笑みを浮かべる。
『ハハハ! 納得です! この人間離れした身体能力、忍者って実在してたんですね!』
『定かじゃないわい。じゃが能力を使いこなしていれば、選択肢の一つだったじゃろ。わしは出浦家の先祖の名前、盛清を受け継ぎ、わしの名前をとって、息子のこいつは清正じゃ』
『じぁあハルは……』
『わしの先祖が季節の名前をつけるのが好きだったようでな、春のように穏やかで、子孫が枝分かれに残るようにと願いを込めて春枝とつけたかったらしい。け れどそれは随分昔の話でな、男系な一族じゃった。そのうち女のあかごに恵まれたらと……その願いがやっと春枝に届いた訳じゃ』
『春枝……ですか』
少し苦笑いな笑みを浮かべた清正は、娘の気持ちを代弁する。
『まぁ、ハル本人はあまり気に入ってなくて、自分の事をハルと呼ぶんだがな。春枝と呼ぶのは父さんぐらいだ』
『はっはっは! まだわしが春枝と言う度に嫌な顔をするわい! そして……この能力は正直不可解じゃが、時代に合ったからか、まるで進化した未来からの贈り物のようにも見えるのじゃ』
『未来? ですか?』
『あるんじゃよ……昔から受け継いだ書物に、到底考えられない物語がの……まず昔の人間に書ける書物じゃないだろうというほどに。じゃが、それは現実味がないからの! 恐らく進化の結果じゃろ。身を守るためには常に偶察力が必要じゃ』
『偶察力?……』
遼にはピンとこない、聞きなれない言葉に考え込むがわかるようでわからない。その様子を察した盛清も、思い出したような話で説明を始める。
『偶察力とはな、簡単に例えて言い表すなら……ある高名な人物が付き人と道を歩く。高名な者は言った。この道は左側だけ草がない。なぜだと思う? と付き人に尋ねた。付き人はまるでわからない。高名な者は言った。この先には右目が見えない山羊がいる』
『あ! なるほど』
『つまり、突然の出来事を見極める理解力に瞬時な機転じゃな。選択肢のひとつとも考えられる先祖の職務は、突然の出来事に迷ってはおれん。常に二者択一、 いや十者択一とも言える。間違えれば即、死に繋がる。そんな時、知識や経験から空気を読み、常に最良な道を選んで、生き残った先祖が子孫に繰り返し受け継 がれ、今の形になったとわしは思う。セレンディピティとは、わしらのような能力や偶察力を一番表現しておる造語じゃな。色んな国に旅する先祖もおったらし くての、無意識で動き回ったらしく、仕舞いにはドラキュラと呼ばれたりもしたらしいわい! ははは』
『ハハ……無意識も進化の形ですか?』
『恐らく……そうじゃな。または違う能力同士が混ざったか。必然的か、偶然的か、いつでも自分を守るスタイルをとらねば生き残れんかったんじゃろ』
さまざまな可能性を口にする盛清。その言葉の中で探り探り自分に降りかかった能力の根本を知りたいと思う遼。
『なぜ、死ビトに能力が』
『先祖は色んな形で、常に子孫を残す事を考えて生き残っとったと思う。そのためには、能力にとって、何か必要な事なのかも知れん。世界のバランスか、秩序 か。技を門外不出にするためにも閉鎖的に一族内だけで繁栄をしようとも考えとったらしい。その副作用か、一時期爆発的に一族が増えたとも聞く。その一時期 は一族にとって最良の時だったじゃろな』
バランス。秩序。それはまるで能力に意思があるかのようにも聞こえる。そして、盛清には、その繁栄が最良という考え。
『どうしてそのまま繁栄しなかったんでしょうね』
『それは……きっと時代の風潮かもしれんな。恐れられて……囲まれて……人質に取られたり、酷い虐殺があったと聞く。ただわしが思うに……能力は……能力の為に……』
『能力のために?』
尋ねたいことが次々と思い浮かぶ遼。しかし、今は生死に関わりかねない戦場ともなりえる場所への移動中。遼の言葉に反応して考える盛清でもあったが、風間の言葉により緊張感へと変わる。
『お喋りはそこまでだ! 到着した』
小さな窓から下を眺める遼。それは見慣れた自分が通うキャンパスの上空。すでに各入口を包囲し、塞いだ出口のない空間。それはつまり、入口も考えられない。
『ど、どこに降りるんですか?』
『ここだ』
風間の返答の意味。それは遼にとっても場違いに感じる。それ以上の言葉なく、反論の余地もなく、先ほどまで平坦な空気感であったヘリコプター内の、体に 掛かる垂直な重力の変化に、先の展開も読めないまま身を任せることしかできなかった。いつもなら、何も考えられなかった自分。しかし今は、ハルの安否を考 えることで、弱くなれない自分もいた。
ハルの現状。それは遼が乗るヘリコプターの現状より時間はさかのぼる。治療されながら、鈴村のこぼす愚痴の中から、今までの経緯を知るために。
『何かあったの?』
小声で尋ねるハル。鈴村はハルに合わせた声の大きさで会話を始める。
『尾行の予定は無かったんだよ。水谷は……あれは事故で終わるはずだったんだよ』
本来の事情。現場の状況は目撃者の情報を含めて、一見して事故という処理になるはずだったことを話す鈴村。
『それじゃ……誰かが通報とか?』
『ああ……町田を名指しで「今回の電車の事故はまた起こる。そして水谷は、何か得体の知れないものを隠し持ってる」とよ』
『どんな奴?』
『町田によれば、声は30~40代。落ち着いた口調の男らしい』
――誰? 『さっきの電話も?』
それは、つい先ほど、ハルを見つけるきっかけとなった、鈴村の携帯電話へ連絡をしてきた主。ハルの存在も知る者。
『いやっ、さっきのは女だろう』
『だろう?』
『変声機を使って、偽名はバードだ』
――バード? 『そもそもあなたがここに来た理由はなんなの?』
鈴村がこの大学へ来た理由。これだけの騒動となる出来事を起こした理由。それは一本の電話からだった。
『俺が入院していたベッドの枕の下に、携帯があった。振動で気付いて電話に出たんだ』
鈴村はすでに迷い人。ここまでの事態になった理由を知りたい者のひとり。そして時間が経ったからか、銃撃されたからか、最初にハルが鈴村を見た印象とは変わり、口調も落ち着いており、電話の内容をハルへ丁寧に話し出す。
◆◆◆
『はい……この電話は俺のじゃ……』
【初めまして。あなたは水谷遼にはめられました】
寝ている頭で突然の振動に気づいた鈴村が、思わず着信に出てみた誰かが置いた携帯電話。知らない携帯電話の事情から話し出したい鈴村へ、一言で事情を付け加えてきた者。
『は!? 誰だ!? その声は変声機だな』
【私の事はバードと呼んで下さい。あなたと同じ事が身の回りで起きます。得体の知れない能力を持った彼を止められる人は、彼の手から生き延びた者だけです】
公園で見た遼の異常な行動。まるで策略的な暴挙だとでも言わんばかりのバード。変声機に関しての事は不要な説明とばかりに必要なことだけ話してくる。
『はぁ!? どういうことだ! なぜ俺に!? そんな凶悪犯なら通報すればいいだろう!?』
【それは出来ません】
『どうして!?』
【彼の仲間は沢山います。警察内部にも。なので秘密裏に動く必要があります。今、水谷はあなたが死んだと思っています。どちらにせよ絶対安静中に身動き出来ないと。彼に関わった人、そのうち消されます。尋問して些細な情報を得ただけでも】
話の規模が大きくなってきたと感じる鈴村。どこまで信じていいのか。信じない方がいいのか。それでも脳裏に蘇る公園での遼の異常性。無視をすることが出来ない鈴村。
『俺に何をしろと』
【公園で水谷が接触した加藤陽菜が次に狙われます。加藤の詳細はメールにて送ります。彼女に直接会って危機を伝えるのです】
『それだけか?』
【はい。接触後、こちらから保護の方法を連絡致します】
『接触後? どうやって俺が接触したのか知る!?』
【私どもは完全に水谷に知られないように動いてます。そして常に監視しております。ご協力いただけないのでしたら別の人間を捜します。ただ、あなたが生きているのが知られれば、身内の方にも危険にさらされます。それでは失礼致します】
『ま、待て! くそっ』
電話は一方的に切れる。人を助けるための行動。信用がしきれないバードという存在。脅しのようにも、鈴村のことを気遣っているようにも感じる投げ捨てた 言葉。独身である鈴村が連想するのは両親や親戚の安否。刑事としての鈴村には、断る理由がなかった。それをハルに伝え終わった。
◆◆◆
『俺は病院を抜け出し「真っ直ぐ」大学に向かったんだ』
『真っ直ぐ? 銃はどこで?』
入院時に回収されていると想像する拳銃の出どころ。警察署から盗んだと思われている情報。病院から大学へ直行してきたという鈴村の言葉の裏付け。その話の最中に鈴村への怪我の処置が終わり、ハルは拳銃の先端で学食の部屋の隅へ誘う誘導をする。
『俺は学食で加藤を捜しながら待ち、学食にやってきた加藤を見付けた。目の前に現れるなり、あいつは叫び始めた! そして学生が群がり始めて、俺が窃盗犯だと言いはじめた! 俺は少し混乱しながら、そして重さを感じて自分のコートに手を入れたら、拳銃が入っていた!』
『それが本当なら、完全にはめられたわね。多分マスコミに嘘の情報を流して、銃の出どころが確認される前にニュースで流れた訳ね』
嘘をついているようには感じない鈴村の言葉。そしてハルの知る情報をそのまま伝えるハル。その詳細を伝え始めると、驚きを隠せない鈴村。
『ニュース!?』
『私がここに来る前から、あなたは警察署から拳銃を盗んで逃走中となってるわ』
『な!? なんて馬鹿な事に!』
『どうして発砲したの?』
『俺は……きっと精神的に不安定になってたんだ。病院では鎮静剤を打たれたはずだが、朝は妙に自分が興奮と不安な状態に感じた。さっき撃たれるまでは、回りが見えなくなっていた! くそっ!』
――そこまで読める人って誰? 『狙いはわからないけど、どうやら私達、誰かの罠にハマったようね』
『お前……バードに関わってないのか!?』
『多分……無関係じゃないわ。そして私はここを抜け出したい! 協力出来る?』
ハルの存在を知っていると思われるバード。まだわからない理由。ハルの言葉に辺りを見回して状況を眺める鈴村。学食で怯える学生。様子を探り続ける機動 隊。外には数える事も面倒になる警官隊の数。その状況で、怪我をした自分に出来る協力など皆無だと思えることに笑いがでる。
『ハハハ! 協力もくそもないだろ! 完全包囲だ!』
『今のあなたなら出来るわ』
『どういうことだ』
自分に能力を感じられないハル。能力が移ったことに自覚のない鈴村。細かい説明をする余裕もない。まずは「見てもらう」しかなかった。
『まず意識をしっかりもって。遼の二の舞になる』
『遼? お前は水谷の仲間か!?』
『彼は昨日色んな事に巻き込まれて、重症を負ったわ。そして彼と同じ能力が、今あなたにある』
『の、能力?』
『落ち着いて呼吸して。目をつむって。何が見えるか言って』
鈴村からすれば意味がわからない。しかしふざけているようにも見えない。バカバカしくも思える。言われた通りにやる理由が納得に至らない。そして、やらない理由もない。何も手段のない鈴村は、ハルの言う通りにする。
『なにも……ん? なんだ……この光は……目を開けてもハッキリ見えてきた』
『それはフェムという光。そしてその光が大きく滑らかな道が、あなたにとって良い方向に向かう道よ』
にわかには信じがたい能力。信じたくはない反面、公園で見た、遼の狂気な行動は、すでに信じられない暴挙であった。能力の意味より、なぜ自分にそのような能力があるのかが気になった。
『なんで俺にこんな能力が!?』
『私の能力があなたに移ったの。死期が近い人に能力は移る。けど処置されて、あなたの死期は遠ざかったはず。どの道が一番大きい?』
無駄な事を言わないハルの言葉には、更に信じられない能力の一端と、使い慣れた者だから言える言葉にも聞こえ、鈴村は質問に素直に答える。
『こ……この学食の玄関……キャンパスに出る道だ! 思い切り目立つ場所だぞ!?』
『そうね……でも間違いない道のはず。道が消える前に行くわよ!』
『おい! 待て! 俺は撃たれて歩けるかも不安だぞ!』
『きっと大丈夫。その道を踏み外さなければ、あなたの体は道を護るため強靭になるわ! その道なら無敵だと思って!』
『そんなこと……本気で言ってんのか!?』
知らない者にとっては突飛な事ばかりを口にするハル。理解も練習もできない鈴村を引きずるように引っ張り、二人で玄関に向かって歩き始める。それはまるで人質となっている学生や機動隊の存在を忘れるように。
機動隊に背中を向けた瞬間、隊員は、足に隠してあった拳銃を取り出す。
『動くな!! 銃を下に置いて手を上に!!』
聞こえていないように前へ進もうとするハル。当たり前に静止して指示に従おうとする鈴村。
『ほらみろ! やっぱりだ!』
『気にせず行くのよ! 体はつらい!?』
『それは……思ったほどじゃない。いやむしろ力がみなぎる! なんだ……これは!?』
『意識をしっかり持って! 自分を見失うと、遼と同じ事が起きるわ!』
少しずつ体験で理解に進む鈴村。信じるか信じないかではなく、自分はいつまた撃たれても仕方がない存在。不思議な能力の話をするハルの言葉に、無茶な能力に半分開き直りながら付き合ってみたくなっていた。二人は機動隊の警告を無視して歩き続ける。
『撃つぞ!!』
機動隊は全員で隠し持っていた銃で構える。
『撃ったら学生に向かって撃てるだけ撃つぞ!!!! 撃てるもんなら撃ってみろ!!』
ハルの威圧に機動隊も言葉を失う。そして下手に発砲できず、完全な隙を見つけるまで硬直することしか出来なくなった。
『お前……すげえ女だな……』
『褒めるのはここを抜け出してから褒めて!』
外の狙撃部隊は、動き出した二人を狙い続け、隙をうかがう。学食のドアから外に出るハルと鈴村。少しずつ学生との距離が空くことで、今にも狙撃されるのではないかと不安にかられる鈴村。
『おい! 人質から目を離した瞬間狙撃されるぞ!』
『あなたはフェムを踏み外さないで! 道から外れた時が隙を与えることになるのよ!』 ――やっぱり自分の腕を撃つか!!
自分で操れない能力。不安で体が重い鈴村。再び自分に死期をつくって鈴村から能力を取り戻す気持ちでもいたその時、ハルの目に強い光があてられる。
――うっ!? 眩しい!?
誰かがハルに向かって鏡で視界を一瞬奪う。その挙動の隙を見逃さない狙撃部隊は、ハルの挙動に慌てる鈴村を狙って発砲してきた。
『うおおお!!!?』
鈴村を狙った銃弾はすり抜けるように避けられる。鈴村本人は、自分に何が起きているのか理解が及ばない。銃弾が地面を跳ねた気配。どこから飛んできたのかもわからない銃弾を避けたことだけを理解していた。
『来るわよ!! あなたはフェムを踏み外さないで! 私は、いま邪魔した人間を追うわ!!』
ハルは鈴村と距離を開け、出来事の核心に近付ける可能性に向かって走り始める。
『くそー! 俺は死んだー!!』
鈴村の体がねじられるように奇妙に動き始める。
『ぶあー!? はあー? あああああー!!!!』
機動隊と狙撃部隊は、鈴村に向かって指示を受けた銃撃を始める。距離があるとはいえあまりにも手応えを感じない。その不思議な光景に、警官隊は理解が及ばない。
鈴村だけに照準を合わせる機動隊。校舎裏へ走り続けるハル。
『ハァッ! ハァッ!』――この状況で私達の邪魔をする人間! 私が捕まった方が都合がいいの!? 遼を餌に鈴村をおびき寄せ、私から能力を外す! ハァッ! ハァッ! けれど……それじゃあ、ここまでおおごとにする意味は!? あまりに突発的。鏡……やり方が不確実。感情的……感情? ハァッ! ハァッ! 女……鈴村の読み通り? 計画にない勝手な行動? この事態は、そんな短絡的な女の仕業じゃない! もっと……偶察力を理解した人間。
ハルは逃げたと思える方向に走り続ける。
『ハアッ! ハアッ! どこ!? くぅっ!』
滲む朱色。忘れていたい傷口。次第に青ざめるハル。能力のない非力な感覚。頼っていた能力。今の自分にあるもの。忘れたい傷み。
『ハァッ! ハァッ! はぁ……はぁ』
立ち止まるハル。思い出す大事な事。それは親と子の会話。
◆◆◆
ある日、ハルと清正に対して、道に迷った老婆が聞いてくる目的地への行き方。簡単な道を指を立てながら教える清正。その様子を眺めるまだ幼いハル。老婆の背中を見送りながら、ハルは清正に尋ねた。
『パパ。能力が無くなったら何を頼りにするの?』
『一緒だよ、ハル』
『何がよぉ』
『能力と同じ。六感がなくても、五感はある。能力を活用する時でも、落ち着き、息を整えて、集中する。能力は目に映る。五感は元々みんな持っている。経験 や知識が及ばなくても、研ぎ澄ませれば、見えないモノが見える。俺達と同じで、僅かな気配は気付くものだ。偶察力を発揮する機能の基本は、元々人間には備 わっているんだよ』
『ふ~ん……なんか……お父さんって感じ』
『は・る・え!』
『春枝って言ったなー!』
思い出したのは、笑いながら清正を追いかけたハル。隠れる清正は、足音や、わざと壁をたたいて気配を教えている。隠れながらハルを待つ清正の後ろには、すでにハルが笑顔で立っていた。腰に手をあてながら、清正に伝えた言葉。
『能力がない自分なんて有り得ないもん!!』
◆◆◆
校舎裏。立ち並ぶまだ咲かない桜の木。息をつく。いつもは見える。目をつむれば今は暗闇。使える五感。匂い、音、感じる風、霞む目に映る枯れ枝、乾く 口。雑音は自分の迷い。勇み足は混乱の一歩。静かな心は、同時に感じる五感。探る違和感。いつもはある道標。新鮮な人間らしさ。傷口の鼓動が伝わる。心臓 の鼓動が聴こえた頃、伝わる情報。流れる存在。
『これ……香水……風上は……』
よどむ気配。近付く予感と体の限界。この道の先をイメージする。枯れ枝の音。誰かの油断。ハル以外の人為的な音。イメージと重なる音。迷う必要がなくなった。走り出すハル。わかる距離感。見える壁の先。校舎の角から消える人影。
『ハアッ! ハアッ! 見付けたわ!』
角を曲がった瞬間にハルは叫ぶ。
『撃つわよ! 捕らえたわ!』
確認しないうちに叫ぶその先には、ハルの声に立ち止まった人間が見える。
『ハアッ! ハアッ! あなたなのね! バードは!』
その頃、鈴村も、肉体の限界が近付いていた。慣れない能力に振り回される体。処置したばかりの体。止血しただけの危うく致命傷となっていた体。
『はああ! 駄目だもう! 俺の体が振り回され過ぎて、もう……』
朦朧。道の重要性を忘れ、外すフェムの道。
『ぐああ!』
腕に当たる銃弾。眠くなりそうな意識は目を覚まし、道を再確認。転がるようにフェムの道へ戻る。フェムはすでに道ではなく、鈴村を中心に円形となり、少しずつ狭くなっている。
『がああ! あああ! くそ! 道を外さない……ように……しないと……うぅ』
意識が薄れる鈴村。無意識の怪物の様子が見え隠れする。歪むフェム。放射状に広がり、また縮む。意識のある鈴村の許容範囲と無意識に動き回りたい「何か」との意識の奪い合い。
『ぐがぁ……! ちょっ……俺の頭……何か! がああ!! まだ! いや……もう! あああー!!』
鈴村の意識が飛ぶ瞬間、見上げる鈴村の中の第三者。今にも唸り声を出して、想像も出来ない行動を始める瞬間だったのかもしれない。
その日は快晴な空のはずだった。鈴村は影の下にいる。屋根のないキャンパスの中心。鈴村を影に包み込んだ理由。
『がぁ……暗い?』
鈴村の真上に、不明機であるヘリコプターが降下してくる。そして、それは鈴村がフェムを護りきった結果である。
『がぁ!! ああ……な、なんだこれは! うわああー!!』
意識を取り戻した鈴村は、その場から飛ぶように逃げる。すでに照準は鈴村ではない。誰にとって味方の存在か、敵か、第三の目的を持つ者か。
警官隊はそれぞれ、突然ヘリコプターがキャンパスに現れた事に驚きを隠せない者。指導者からの警戒体制が取れる者。連続する理解を超えた出来事に立ちすくむ者。何が始まったのか、教えて欲しい者。つまり、混乱していた。
キャンパスのど真ん中に着陸してきた不明機。遠巻きに取り囲む警官隊。プロペラが静止するよりも前に、ヘリコプターのドアが勢いよく開く。
『はっ! はあっ! はあっー!!!! アハハハハハーー!!』
臆病になることをしらない笑みと共に、風間は大きく笑いながら機関銃を振り回し、威嚇銃撃を始める。防御体制をとる警官隊。突然の銃撃に慌て、伏せる者。狙いを定める者。優先順位は身を守る事と、指示を待つこと。
『はあ!? 何が起きた!?』
鈴村はたじろぎながら後ずさりする。
『清正ー! ハルお嬢ちゃんの匂いが付いたものはないか!!』
『救出時に俺に抱き着いたこの服はどうだ!?』
『ルーア!! 奴の服の匂いを嗅げ!』
風間は清正を指差し、自分の服を匂うそぶりをする。ルーアは風間の行動を察し、清正の服を執拗に匂いを嗅ぐ。
『そいつを捜せ』
ルーアの感性。導かれる気配。独自の偶察力がハルの匂いを探る。
盛清は逃げるように走る鈴村が目に触れる。
遼から見るフェムはルーアの向かう先。
清正は援護射撃をしながら風間の様子を見る
『風間……随分熱心にやってくれてるな……なぜここに下りた』
『ちょっと俺もここに急ぎの用があってなあー!』
風間は言葉を濁し、威嚇の銃撃を激しく続ける。ヘリコプターの外に足を伸ばす盛清。
『清正、ここをたのんだぞ!』
『わ……わかりました』
盛清はヘリを離れ校舎側に向かう。清正の援護により、警官隊も下手に手を出せない状態でいる。
雑音に紛れず耳に触れるシャープな響き。ルーアの甲高い声が何度も聞こえる。
『さすがだルーア! 見付けたらしいなあ!』
『僕も! ハルのところに行く!』
『引っ込んでろー! 狙撃部隊が隙を見てる! 今死なれちゃ困るぞ!』
風間の声が耳に入らない遼は、フェムの道を見極める。
――この道はルーアが通った道……きっとこの先にハルが!
遼は松葉杖を捨て、フェムの道を翔け走る。
『あの野郎! まだ死ぬんじゃねえぞ!』
遼はルーアの雄叫ぶ方角とフェムを頼りに走る。ヘリコプターから離れ、校舎に挟まれた道を駆け進むと、簡単な分岐点で立ち止まった。ハルへたどり着く道 はわかっている。けれど、その道の分岐では、立ち止まらずにいられなかった。それは、盛清とヘリコプターで会話した時から、ずっと頭に残っていた疑問。
――多分この右に向かうフェムの先が、ハルのいるところ……けれど左側に道は……なぜフェムがない!? 明らかな道ならどんな道にもフェムが見えるはず! 見えないなんて……けれど僕の目的は………。『うぅ! があぁ!!』
遼の突然の唸り声。しかし誰にも聴こえるものではなかった。その声に気づかない風間であったが、目線はルーアの声と遼の足どり。風間の両手には狙いの定 まっていない機関銃から放つ冷えない銃口。目立つ風間に集中する幾つもの目。その目がうかがう狙いは風間の隙。狙いの定かでない激しい威嚇の最中に聴こえ る単発音。
『があっ!!』
一瞬の流し目を戻した先。学食から機動隊が発砲してきた。狙われた足は自然と膝を付く。
『くそがあー!』
『あの男から抑えるぞ! 狙え!』
機動隊は風間に標準を合わせ集中銃撃の体制をとる。学生は校舎内入口より逃がされる。機動隊が狙う、ヒビが増えたガラスの先にいる風間。機動隊の目にかする、錯覚かと感じるような動きをする物体。
優先順位。それは風間の声を聞いたルーアの判断。風間の命令より、願いより、ルーアの優先は風間の存在。風のようにキャンパスに戻り、風間が睨む先。学食からの声は、絶望。
『ギャアァァー! ウワァァァー!!』
『ガァァアアア!! あああ…あー!! 助けてくれえー!!』
ガラスに染まる単色。手形はゆっくり下に落ちる。ルーアは、割れた学食のドアから出て来る。風間を襲ったであろう全ての可能性を絶った。警官隊は惨劇を目撃して、手を出せない状態でいる。
その頃鈴村は、銃撃と惨劇の現場から逃げるように、校舎裏に走っていた。
『はぁ! はぁ! くそっ、どうなってんだ!? あいつらは一体……ん……あいつは!』
鈴村は人影に気付き、物陰に隠れて、近づく影を確認する。
――はぁ、はぁ……もうすぐ……もうすぐよ……達哉。『ん……んぐっ! んん!?』
陽の当たりづらい、校舎と校舎に挟まれた道。鈴村は隙をみて、確認した加藤陽菜の後ろから口を塞ぐ。同時に落ちる陽菜の鞄。
『おい! 騒ぐなよ! お前何でこんなところでうろうろしてる!? ギャッ!!』
塞がれた口。睨めない顔。しかし鈴村の声はすぐに気づいた。そして負傷した場所も。鈴村の負傷した顔を叩き、腕を口から払う。そして振り向きざまに目的を当てつける陽菜。
『あなた、遼に会いたかったんでしょ! 今きっと来てるわ! 会いに行きなさいよ!!』
鈴村は顔に手を当てながら睨む。
『くっ! 加藤陽菜! お前……何に絡んでやがる! 俺は水谷の公園での奇行の原因を、今、自分の身体で理解しているぞ! 説明してやるから!』
『そんなの関係ない! あいつのせいで達哉は死んだのよ!』
『お前……この能力の事知ってんだな!?』
言葉を失う陽菜。鈴村の偶察力。刑事としての観察力。その目から見る陽菜の表情は、元々嘘が苦手な者。それが肯定出来ない理由。否定は罪悪感の嘘。肯定も否定もない。つまり私は知っているという意味。それが鈴村に聴こえる表情。それなら、なぜ言えないか。遼の友人。能力への理解。復讐心。遼の現在地を把 握。決め付けるたくなる鈴村の想像する答え。間違いでも失敗じゃない空気。
『お前……バードか?』
反応する表情筋の動き。一つの謎が解けた鈴村。
『嘘は言ってないわ!! その能力がある限り同じ事が起きるわ!』
『お前……この能力が無くなる事が目的か? 違うだろう! 誰の仕業だ!』
『いや!! 近付かないで!』
鞄を振り回す陽菜。怒鳴るように質問攻めで詰め寄る鈴村。陽菜はたじろぎながら、鞄を振り上げ、口を動かし始める。
『それは! あ……ああっ!!』
『な! おい! 加藤!』
響く音は、その日、校舎の敷地内では、目立たない発砲音。鈴村の後ろに飛ぶ鞄。肩を抑えながら倒れようとする陽菜を抱え込む鈴村。
『く……う!!』
能力者独特の脱力。最中に理解する、二つ目の謎。それは更なる混乱。振り向いた鈴村が見た人物。
『あんた……誰だ!? え!! お前!?』
拳銃を握った男と、車椅子で運ばれた者、二人。拳銃を握った男は見る。陽菜の鞄から、零れるように落ちた変声機。拾い、耳に掛け、装着する。似つかわし くない声。視界はその男からの光景。脱力感が拭えない鈴村と、事態が理解出来ない陽菜のうなだれる姿。その最中、男から映る鈴村の目線は男から反れない、 匂わせる事情通な男。
『面倒な事を言いそうでな……ハハハ! 面白いもんだなあ!! 変声機は! 違う人格になる気分だ! 声に似合う役者を演じようじゃないか! これはな……ちょっと……深い話だ……ガハハハハ! どうだ!? 役者っぽいか!?』
『あああぁああ!!』
苦しそうにもがく陽菜。銃口はゆっくり、鈴村に向かう。躊躇のない殺気。物陰に隠れようと走り出す鈴村。
『があ! ぐあ! あぁ……』
鈴村に放たれる2発の音。
『能力はもうお前には無いようだ。もう動けんだろ。そして加藤陽菜。撃たれたという事に大袈裟に苦しんでるが、よく感じてみよ、そんなに痛くないはずだ』
『うぅ……ぅ』
男の目に映る陽菜は、痛みか、混乱か、定まらない表情。
『どうだ……それほど痛くないだろ? ん? やはり痛かったか? 広金達哉も痛かったかな? ガハハ! そんな暇もなく一瞬だっただろうか? ガハハハハ!』
わざとらしく陽菜を挑発する男に、陽菜は目を合わせ睨む。そして男の後ろに、車椅子で朦朧とする者に気付く。陽菜は目を合わしたい。直視したい。思い出すのは、惨劇と復讐の狼煙。込み上げる感情。
『ハァッ! ハァッ! い……生きていたのね! 仲間だったの? なんのつもり!? 何が言いたいの!?』
『広金達哉の死の原因は……単純じゃない』
『あ……あなた……全部あなたの仕業なの!!!?』
『どうだ……憎いか……悔しいか? ちなみに今のお前には能力がある。俺を殺せるぞ? 知るがいい!!』
向けられる銃口。顔中の筋肉を強張らせる陽菜。男は陽菜に向かって発砲する。
『ひぃ!!』
陽菜の体が能力により、すでに立ち上がり銃弾を避け、のけ反る。
『わかったな……銃弾も避ける能力だ』
それならばと、勝機を感じた陽菜の目つきが変わる。
『ガハハ! いい目つきだ! 俺を殺したいんだな! だが……』
一度振り返り、車椅子の後ろにまわり、車椅子を陽菜に向けて押す。ゆっくり、ゆっくり、陽菜の目の前までゆっくり近づく。引きつる表情の陽菜。車椅子に乗る気配なき者。
『イヤ! 近……付かないで! あ……』
『使い方もわからん。俺を殺す力はある。死期とは紙一重なもんだ。今お前が俺を殺す方法がひらめけば、一瞬で俺は死んだだろう』
陽菜は何もわからず、体の力が抜け倒れ込む。
『あとはあの2人だ……』
男は車椅子を押し、陽菜の前から去り、次の目的に動く。鈴村は男が去るのを確認すると、はいずりながら陽菜に近づく。
『うぅ……くそ! 加藤! おい!』
鈴村は陽菜の顔を叩く。能力が抜けた脱力。気を失うかどうかの脱力。陽菜が目覚める前に倒れそうな鈴村の余力。
『うぅ……』
陽菜は目を開き、下唇を激しく噛みながら、出血する肩を押さえ、ゆっくり立ち上がる。
『うぅぅ……みんな……みんな! み……みんな!! 許せない!!』
陽菜は鞄からハンカチを取り出し、傷を縛り、鈴村の存在が見えないような殺気で、男の進んだ道を追うように歩き始める。そして携帯電話を出し、どこかに連絡をする。
『加藤! く、くそっ……体が……い……意識が……』
鈴村は銃撃による負傷と能力を奪われた事により、思うように体を動かす事が出来ない。もよおす吐き気と朦朧。そして、まぶたを開ける気力も無くなった。
変声機を装着した男は車椅子を止める。
『ハァッ!』
車椅子の者の肩を両手でつかみ、背中を膝で支え、活を入れる。
『深呼吸をしろ。どうだ……見えるだろ? 諦めていた光が……ん?』
重なる足音。向けられる銃口。ひとり、ふたりと姿を現す。
『動くな!!』
後ろからも3人。5人の警官隊。突然の出現。違和感の理由はすぐ理解した。
『そいつです! そいつに私は撃たれました!』
陽菜はハルを囮にした鈴村同様に通報。今回は被害者からの通報として、変声機を装着した明らかに怪しい風貌と、説明のつかない車椅子から慟哭が聞こえそうなほどこの場に相応しくない者を、警官隊と接触させる。
『おい……そいつは! まさか!』
『まて! 先ずは確保だ! 手を挙げて膝をつけ!』
車椅子に乗った者を見て、その者の素性がわかる警官隊。変声機の男は警告を無視して、車椅子を押し続ける。変声機の男は、あからさまに取り出す拳銃を車椅子の者に向ける。
警官隊は男に銃口を向ける。引き金は、変声機の男の方が早かった。
『ぐがあぁぁあぁあう゛あ!!』
引き金は激しく元の位置に戻った。そのうめき声は車椅子からではなく、上から聞こえる声だった。
『な!?』
『ガハハハハー!』
見失うはずがない、低く屈む男。同時に高く飛ぶ車椅子にいた者。目線が泳ぐ。注意すべきは、下か、上か。男は懐から直角に曲がった金属の鉤の手 を取り出す。車椅子より真上に飛んだ者は、真下にすぐ落ちるはずだった。落ちない。すぐに落ちてこない。永い滞空時間。何かに乗っているのか、直立する 体。その者に見えているフェム。真下に束なるフェム。見える者にしかわからない、理解している者にしかわからない、厚い光の束。発砲を躊躇する警 官隊。男は下から、目を合わせた警官の瞳を掻きえぐる。その勢いのまま真後ろで眺める瞳も。
『があああああ!』
『ガッハッハ!』
『撃て!!』
警官隊の注意が下に向く。
『ぐぅ……あ! あ! あ! ぁああ!』
上から振り下ろす拳。
『ごぁあばぁ!』
噛んだ舌からの飛び散る朱。頭部への衝撃は戦闘不能に陥る。
『飛べる訳じゃないがなー! 長く滞空は出来るんだよ! フェムには質量がある! 放射するエネルギーの神秘! お前らに理解するスベは、もう……ない』
『がああ!』
更に光を失った警官。どこを狙うでもなく、乱暴に発砲する。
『こらこらぁ……当たったら、痛いだろ?』
耳元に響く変声機の低い囁き。
『あがぁ!』
頸動脈を掻き切られゆっくり倒れ込む。
『はああ! あぁぁ』
少し離れた距離から全てを眺めた陽菜は、理解できない驚きと恐怖に襲われる。男は拳銃を陽菜に投げる。
『俺達を殺したいなら撃つといい。だがこいつの体が勝手に反撃するかもな! ハッハッハ』
震える拳銃。構えた瞬間に、自分の明日はあるのか。達哉が死んだ原因はまだわからない。男から伝わる恐怖と不明解な真実に、自分を忘れる暴挙まで興奮出来ない。陽菜は落胆してうなだれる。それが今の正解。世界観の違う次元は、耳を傾けるしかない。
『さて、急がないとな。復讐したいならついてくるといい! 俺の事は後にまわすんだ!』
陽菜は戸惑いながらも、思い出すのは憎しみ。目つきは戻り、男の後に続いて歩く。
『があぁ! あがぁぁあ!』
『落ち着くんだ。お前は運がいい。一時間近く心肺停止したんだ。多少脳に障害があっても、道は見えてるはずだ。お前は暗闇から、抜け出せた』
腕を上げ、「見えるところに」指を刺す車椅子の者。
『あ……あっち……だ』
指差す先。その道の先は校舎の角。ゆっくりと姿を現す男がいる。
『んん? お前、まだ動けたのか』
毅然とした表情で、無防備に体を全て見せ、立ちはだかる鈴村。見えない弱さ。見せない負傷。
『何を始めるんだ……』
鈴村の問いに、すでに見下した優位さを感じさせる男。
『もうお前に用はないんだよ。寝ていれば良かったものを……どうやらお前よりこいつの方が重症だが……勝てるだろ?』
『がぁあ! はぁぁあ!』
立ち上がる車椅子の者。不安にさせる歩みで鈴村に近づく。止まるかと思わせる刹那。
『ぐがあぁぁぁああ!!』
走り出す。鈴村に向かって。変声機を装着した男のにやける目を背中に。
『支配……完了だな』
『待てよ! 俺は敵じゃない! そうだろ!!!? 思い出せ!! 相棒の声もわからないか!! 町田!!!!』
表情の筋肉が反応する。何かに逆らうような、包帯で巻かれた目の見えない形相は、狂気の怪物に人間性が浮かぶ。意識を失いそうなほど、両手で自分の顔を叩く町田。
『ぐぅ……がぁ……あ……鈴……村……か』
『町田……生きろよ! 普通に……こんな能力に振り回されて、楽しいか!!!?』
光の先にたたずむ鈴村の嘆願。歯を食いしばる町田のジレンマは、見た目から理解出来る気持ちと、生業だった刑事として。
『わかる……かぁ? 俺の……気持ち……が…見えるん……だよ…光……が…諦めて……いた…光……が』
想像のつく答え。相棒として、能力により変えられた人生の被害者として。
『俺も正気を失った……だけどよ、俺達が今まで追ってたのは、俺達みたいに正気を失った奴らじゃないのか!?』
刑事と我が身。交錯する。その二つ以外の事情。
『ガッハッハ!! 友情を取り戻すのもいいがな、もう、そういう話じゃないんだよ! わかってるな? 町田よ』
歪む町田の口。ゆっくり下げる頭は、鈴村への詫びとも見える。
『なんの話だ!!』
頭を上げる町田。開く口から漏れる言葉。
『俺はぁ……世界の……「夢柱」となる』
説明が欲しい鈴村。すでに知っている町田の性格。いつも重い言葉。いつも実直。取って付けた様な言葉ではないはず。普通に意味の理由を切り出す事が自然な空気。聞こえる声は変声機からだった。
『重複だ』
『重複?』
聞き返す鈴村。深く知りたい。町田が選択した道の意味を。その場が静かであれば聞けた。町田は何かに反応する顔の向きは、横よりも、もっと後ろを。連続する銃撃音。
『がぁ! はぁ……がぁ……』
変声機の男でもない。町田でもない仕業。
『あんたら~。油断したら死ぬぜぇ?』
いつから様子を見ていたのか。警官隊との銃撃音を聞き付けたか、現れた風間が放った銃口の先、舌を無くした警官が拳銃を握ったまま気配を無くす。
『町田よ……もっと早く気付いていたろ? どうして言葉で教えないんだ!』
『夢柱……には……なる!! 学んだ……通り……に……す……す……鈴村ー!! あいつを! あの男を確保するんだ!!』
町田にとって渾身の叫び。反応する鈴村。
『わ!! わかっ…た……く……』
腹部より滲み細く流れ出す血。気持ちだけで立てるものなのか。会話が出来る余裕があったのか。見た目からは、誰かを押さえ付けられる余力は想像出来ない。
『ガッハッハ! やっぱりなあー! 立っているのがやっとだろ! 風間……報酬二割増しだ……鈴村を消せ』
『そういうことか……いいぜ』
鈴村に向ける銃口。
『ぐがぁあああ!』
走る町田。立ち塞がる銃口の先。
『バカヤロウ!! 町田!!』
楯となり、町田の真後ろにいる鈴村を撃てない風間。後ろから町田の肩を掴む鈴村。同時に倒れ込む町田。
『鈴村……一人でも……救え! 逃げろ!!!!』
『町田……わかった』
後ずさる鈴村のすぐ後ろは死角となる校舎の角。走り出す鈴村の前には再び立ち上がり、楯となる町田。
『チッ……』
『構わん!! 撃つんだ!』
瞬時に鈴村を狙い直す風間。町田の耳から鈴村の気配が消えたと同時に、町田はその場に倒れ込む。一瞬躊躇した風間の狙い。町田の背中には、すでに死角に逃げて姿を消した鈴村。死角となる角まで走る風間の目にも、すでに鈴村の姿は無くなった。
『駄目だな……思ったよりあいつ動けるぜ?』
『町田……俺を用無しと判断して、自分で夢柱を完成しようとしたか? 俺が傭兵を雇っていたのは予想外か? お前に今能力がなければ、お前が用済みだ! だが、夢柱が、無事なもんかもわからん。光を得る代償としてリスクを負ってもらうぞ。風間よ、こいつを車椅子に乗せてくれ』
『こいつが撃たれてたらどうしたんだ?』
立ち上がる気配を出さない町田。風間はゆっくりと能力の暴走を警戒しながら、町田を抱き抱える。
『こいつの能力がそうはさせん』
『なるほどな……でよぉ、あの小娘はなんだ?』
離れた場所に居ながらも逃げはしない陽菜。よろけながらも風間に近づき、素性を明かす。
『風間さん……私がバードです』
風間は眉間に力を入れ、目を薄くし、開いた口はすぐに何か言い出す表情。
『は……ハッハッハ!! 人手不足かぁ? 盛清さんよ!!』
変声機を付けた男を嘲笑いながら、変声機を付けた男の今までの視野から、風間の視野に移行して見ると映る男。盛清。飽きた様に変声機を外し棄てる。
『余計な詮索はせん事じゃ……風間! 遼を押さえ込め……そして、町田の前に立たせるんじゃ!』
依頼主から直接に言われる指示。本来姿を現さない依頼主。素性がわかり、後々風間からゆすられる可能性もある。しかし、風間から見た盛清は、すでにその しこりを上回る気迫の温度。ゆする相手には出来ない予感。風間がその温度差を近付ける為には、自らの危険回避。能力者の危険性を熟知している風間。質問 は、能力を慣行して生きてきた者へ助言を求める。
『ただょ、あいつは能力を使いこなしてるんだろぉ? 簡単に捕まるか?』
一日之長。能力を巡った戦いを経験した者への警戒。油断は出来ない。些細な情報が、風間を今まで生かしてきた。
『春枝がおる……無意識で暴走せんよう、春枝を使っておとなしくさせるんじゃ……』
盛清から伝わる目的。すでに身内の視線は乗り越えた覚悟。見えない目的。慣れた覚悟。
『あんたも……悪党だねぇ。まぁいい……俺は報酬だけ貰えれば、あんた以上の悪党にでもなるぜ? そして、あんたの発想、行動……あんた、まるで傭兵だな』
お互いの笑みは、容赦を必要としない目的完遂への執着と了解。
同じ大学の敷地内で起こる様々な希望と目的。ハルを餌にする盛清と風間。それを知らず、ハルを探し続ける遼。
◆◆◆
『はぁ……はぁ……はぁ……』
慎重にそしてひどく苦しそうに歩く遼。進まない足どりの中、泳ぐ目に映る捜し人。校舎の角。人工的に作られた木漏れ日の休憩所。倒れ込んでいるハル。
『ハル!!』
重い体を奮う遼。一歩一歩に力が入る。何が悪いのか様子が見えないハルの気配。届いた掌。触れる背中から感じる心音。遼はハルを抱えて呼び掛ける。
『ハル! ハ……ハル!!』
痙攣するまぶた。すぐに開いた目は、遼を凝視する。
『ん……。り……遼……そうか……あたし……あ! 遼!! あなた危険よ!』
盛清の治療を途中で抜け出したハル。走り続けた事により傷口から出血。バードとの接触後、体力の限界と見えない経緯。遼には無事に見える事でひとまずの安堵と疑念。
『危険? な……何から』
『あんた……ここに誘導されたのよ! それにさっき一瞬見えた……ヒョウか虎か……どうなってるの!?』
ちぐはぐしそうな会話。
『えっと……座れる?』
休憩所の地べた。遼は目線を後ろのベンチにやり、ハルも気付き言われた通りに座る。座るハルにしゃがんだままの遼は話し始める。
『あれはチーターで……能力者なんだ』
あまりにもこの場に相応しくない存在。何が起きているか整理が出来ないハル。
『あれが!? って……誰から!?』
『多分、清正さんから、えっと風間という男が……』
『え!? パパは!!!? 今どうしてるの!』
『ここに来てる! ヘリに乗ってる』
『無事なのね! 良かったあ……それと、遼! あなた加藤陽菜にずっと命狙われてるよ!』
身に覚えが自分にあるかと、混乱しそうになる思考。泳ぐ目は、自分では結論を出せない。
『命!? 陽菜が? 僕の?』
思い出せるのは昨日の凶行。達哉の死。理由や状況を伝える最中。伝えた暴力。伝えた異常。「なぜ」という言葉を喉に止める。
『加藤陽菜に遭遇したのよ……』
追い詰めたバード。出来事をハルは遼に伝える。
◆◆◆
『バード! もうわかってる! 振り返りなさい!』
ハルはバードと決め付ける。鈴村から伝わった「女性」という情報。香水。ハルへの妨害。一番不確かな存在。その人物はゆっくり振り返る。
『さずがですね……あそこから抜け出すなんて』
一つに束ねた長い黒髪。後ろ姿では気付けなかった。低くした声。見開いた目は、先ほど見た弱さを感じさせない。
『加藤陽菜! あなた……全部あなたが? いや……違うわね! 協力者は誰!?』
陽菜だけでは考えられない計画。衝動的な行動。
『遼を……殺すまで言わないわ! 撃つなら撃って……別にもう、どうでもいい』
『どうして!? なぜそこまで遼を!?』
『さっき言ったでしょ! 達哉の仇よ! あいつのせいで達哉は死んだ!!』
明らかな遼への復讐。誤解なのか確信なのか、ハルは少しでも陽菜の思考を変えたい。
『その人がどんな形で死んだか具体的にはわからない。けど殺意があっての死じゃないわ!』
『そんなの関係ない! あいつが居たから達哉は死んだのよ! 能力があろうがなかろうが関係ないわ!! 私は……二日前、妊娠したってわかったの』
伝わる動機。繋がる衝動。
『達哉の子ね……』
『そうよ!! 私は産むわ! 達哉に伝える事が出来なかった! 反応を見ることも出来なかった!! 達哉の笑顔はもう見れない!! わたしの……私達の未 来をあいつは奪ったのよ! 遼に……遼に同じ思いをさせてやりたかった! あなたがキャンパスで油断するために、逃げる邪魔をしたのよ!』
言葉を失うハル。曲げない信念。遼の存在否定。
『もうすぐ来るわ……あいつが!』
『誰!? り……遼が!? 無理よ! 昨日死にかけたのよ』
『はっ! ツイてる男よね! やっぱり遼にはあなたみたいな怪しい仲間がいるのね! けれど、ふっ、もうすぐよ!』
陽菜の目線はハルより遠い。その目線に気付いた時、ハルの上空をヘリコプターが飛ぶ。
『あのヘリ……警官隊のものじゃないわ! ハッ!』
ハルの視線の隙を見て、陽菜は逃げ出す。
『くそ! 鈴村は!?』
ハルは回りに警戒しながら、キャンパスの方向に飛ぶヘリコプターを追うように、鈴村の元に向かう。すでに手首の傷口が開き、はっきりとした出血を忘れるほどの勢いで。
◆◆◆
『陽菜が……そんな、どんな誤解が……でも』
原因。遼の表情。それは、自分の存在が原因。いなければ、達哉は生きていたと、自責。頭を抱える手は、見えない償い。遼を眺めるハル。その瞬間は、視野が狭くなっていた。少し目線を上げれば、拳銃を構えた陽菜の存在に気付いていた。
『風間! とめるんじゃ!』
顔を上げるハル。
『危ない!!』
ハルに飛びつかれる遼。
『チッ!』
『あぁ!』
響く銃声音。風間が陽菜に投げつけた機関銃。狙いの逸れた銃口。倒れながら振り返る遼とハルには理解が難しい面々の集まり。
『おじいちゃん……どういうこと!?』
『こういう事だ!』
風間が突然、遼の手に手錠を掛け、休憩所の細いポールに繋ぐ。
『風間さん!?』
『おいおい、いつまでくっつき合ってんだ? そういうのはあの世でやってくれ』
起き上がるハルと戸惑う遼。
『なぜこんな事を!』
『俺の任務を綺麗に終わらせるだけだ。結果は同じだけどなぁ……バード嬢ちゃんじゃなく、ちゃんと俺が殺さないとなぁ……大学に到着してからってのが面倒な依頼だったがな。盛清さんよ』
『風間、余計な事を……』
風間と盛清の言葉に困惑を隠せないハル。風間は距離を空け、落ち着いて拳銃を構える。狙いは足。二つの命令。町田を近付け、遼を片付ける事。
硬直する遼。ハルは自分の拳銃に触れる。
『お嬢ちゃん静かにしてな……死にたいなら一緒にしてやる』
『待つんじゃ』
『おじいちゃん! 何! これは!』
『おぃおぃ盛清さんよ! 今動き止めとかないと厄介だぜ!?』
盛清は距離を縮めず、ハルの言葉の答えでなく、違和感を遼に尋ねる。
『遼……君はなぜ、手錠を掛けられる事に、気付かなかったんじゃ!? なぜ、加藤陽菜の構える拳銃に、反応しなかったんじゃ?』
盛清と風間の目線はハルに。風間は拳銃を向けず、殺意を抑える。
車椅子を押しながら、ゆっくり距離を縮める盛清。
周りの空気が読めず、座り込んだままの陽菜。
車椅子でうなだれる町田に気付く遼。
『その人は……昨日の刑事さん?』
町田の意識を感じる。ふと見せる噛み締める口元。望んでここに居るのか。理由を知る余裕は遼にはまだない。
『僕には今、能力がない……』
風間の標的が変わる。遼を相手にするより、覚悟が必要。
『そうか……今、春枝に能力があるのじゃな』
盛清の確認。想定の範囲。その想定は、温かさとの決別。感傷に浸れない、感情の渦巻く中心。
『なんで早く殺さないの!』
再度拳銃を構える陽菜。
『陽菜……』
『風間さん! これが最後の任務よ! 達哉の仇よ! 早くこいつを殺して!!』
『バード嬢ちゃんよぉ。順番がある。次邪魔したら、すぐに、達哉君に遭わせるぞ?』
言葉で伝わる本気。陽菜に次の言葉はでなかった。
盛清はなるべく丁寧に、自然に、嘆願する。
『春枝や……大事な事なんじゃ! こっちに来ておくれ』
『おじいちゃん! 遼を……このままにしておくわけ!!!?』
動けない。誰も。ハルを必要とする盛清。ハルを町田に近付けたい風間。遼に復讐をしたい陽菜。
『いいから……さっさと終わらせてよ!! 遼はこのままよ! 私との約束は守ってよね! 風間さんへの報酬も半減する事になるわ!』
苦い顔をする風間。
『おぃおぃ、盛清さん……何とかしなょ』
身動き出来ない遼。
『ハル! 逃げて!』
拳銃を遼に向ける風間。
『黙ってろ……』
能力を持ったと思われるハルの行動を制限させたい盛清。
『大丈夫じゃ……悪い事にはならん。春枝が来てくれれば話は簡単になるんじゃ』
『おじいちゃん!! これは何も! 私達家族の為にならないわ!』
問答に苛立ちをあらわに進言する陽菜。
『身内同士の問題なんでしょ? ハルさん! あなたがこの人の言うとおりにしたらいいのよ!』
引き金を引く風間。
『報酬下がるならよぉ……先にこっちの依頼から終わらせてもいいんだぜ?』
それぞれの言葉が行き交い、皆は目を盛清に向ける。
『あとにするんじゃ! わしには重大な事が今! 目の前に待っておる!』
『何の事!? おじいちゃん! 何に関わっているの!?』
無言の盛清。目的が違う者達。誰もが自分を優先させたい。
ハルが求める盛清からの説明。
拳銃を構えたままの風間と陽菜
車椅子を押しながら近付く盛清。陽菜の丁度隣を、通り過ぎるだけに見えた。
『ぁあ!!』
陽菜の戸惑う声と同時に響く銃声。陽菜より奪った拳銃は、腕を痛ませる風間がうめく為。
『ぐああぁ! こ……この……』
『おじいちゃん!!!? え?』
風間に銃口を向けたまま、次の行動を始める盛清。低い声で痛みを表現した風間。盛清に見える偶察力。その様子をその場以外で気付いた者がいる。
離れたキャンパス。おびただしい返り血。ルーアの容姿に、警官隊は硬直し動けない。ルーアに聴こえた、大事な存在の苦しむ声。ルーアの高い鳴き声は、全 ての状況よりも風間の元に。そして盛清は、ハルが風間の様子に目を奪われた隙。擦り足で近付いた殺意なきはずの存在。ハルの背中側の裾を掴み、一瞬の自由 を奪う為に足を掛け、風間に向かって突き飛ばした。
『え!!!?』
盛清に振り向こうとする事が自然。ハルが行動の前に気付いたのは、風間の表情。ぶつかってきたハルよりも気になる目線。同時に理解するハルの聴覚。甲高い響き。ハルにとって
それはすでに出会った存在感。盛清とは違う方向に振り向くハル。見通しのいい校舎に囲まれた中庭。見えたのは、動くライン。朱いライン。最短の道を理解し ている迷いなきライン。風間の前に立つハル。ラインが近づいてくる。ハルに廻る思考。逃げる事は無意味。すでに標的の目は、ハルを捕らえている。
――チーターが来る!? 即死なら……首にくる!?
両腕を首に巻くように、身をかがめて引かない態勢。
『ハル!!』
『くうぅ!!』
腕に噛み付かれた痛みより、先に確認が出来たルーアの顔。現れた野生的な暴力。陽菜にとっては究極な恐怖。
『キャアアァ!!』
血まみれのルーアの姿。革の上着に食い込む牙。執拗に噛むように見えたルーア。一瞬の静止。ルーアは突然、力が抜けたようにその場に倒れる。
『あぁ……く……ハァ……ハァ……おじいちゃん……ハァ……ハァ……どういう……事……』
『こういうことじゃ』
車椅子をすでにハルの前まで寄せた盛清。
ハルの目の前に町田。その表情は、引き攣らせ、何か拒みたいのか。下がる口元は、情けなさよりも、迷いのジレンマ。迷う町田の耳元で囁く盛清。
『能力に支配されとれば、何の感情もなく楽だったなのう。じゃが、これで終わりじゃ』
あと一歩、そんな距離感。ハルから見た町田の表情。それは引き攣りが無くなり、端正な顔つきに。
『うぁぁぁあああああ!!!!』
猛る町田。ハルに向けた背中。見えなくても、掴める標的。振り絞る声と力。正確に掴んだ盛清の襟と腕。刑事として慣れた柔術は、声を発する暇も与えず に、盛清を地面にたたき付ける。盛清を地面と自分で挟み込み、左手で押さえた首。振りかぶった右手。盛清の表情が見えない町田は、躊躇なく振り下ろす拳。
『ま、待て! ぶがぁ!!!!』
再び振りかぶる拳は、目標を見失わない。見えてれば手加減を考えられた。埋まる拳。また振りかぶる。更に拳と地面に挟まれる盛清。すでに声が出ない。
『もうやめて!!』
ハルの声に動きが止まる町田。その一瞬は、盛清に鉤の手を握らせる隙。
『がはぁ!』
腹部への違和感から激痛。見えない傷口と、すでに隙を与えた見えない攻撃。後方への回避。倒れた先は遼の目の前。逃げなければ裂かれていた首。町田に気を取られたハル。ハルの左手を両手で握る盛清。背筋が震える様な温もり。
『させるか!!』
ハルと盛清を抱える様に飛びつく風間。ルーアにつまづくハル。倒れ込む三人の先には、倒れた町田に手錠を繋がれた遼。
『がぁ!』『あぁ!』
落ちている拳銃を静かに拾う陽菜。起き上がるルーア。
『くぅ……ハル? 大丈夫?』
順次起き上がるハルに風間。起き上がらない町田と盛清。一番状況の複雑さを理解している風間。
『誰が……能力者だ!』
目つきが変わるハルと陽菜。目的の違う面々。誰かの攻撃は、誰かの死に。
『あんた……何が目的なんだよ!!』
盛清に向かって叫ぶ風間。
『どうなってる……』
『おじいちゃん……』
理解が及ばない温度差がある遼とハル。奇妙な凹凸を感じたくなる、盛清の朱く腫れた顔。それでも、ゆっくり体を上げながら、おそらく笑みを浮かべているであろう崩れた表情で言葉を零す。
『ガハハァ……ハァ……わしが夢柱になることで! 三重重複の……完成が見えたわい!!』
盛清が言い放ったと同時に衝撃が走った。それは盛清の放つ言葉の意味ではなく、突然聴こえてくる爆発音。想像できること。それはこの場にいない者。
『パパ!?』
この場に居ない事での必然性。警官隊との相手になりえる存在。それまでの出来事へ時間をさかのぼる。
◆◆◆
着陸していたヘリコプターのドア付近で、ルーアと共に威嚇する清正。
清正とルーアを制圧したい警官隊。ルーアによる直前の惨劇は、警官隊の攻撃を躊躇させるには十分な結果。ルーアの背後に目を配る清正。人員を集め、刺激しない様に囲む警官隊。
ルーアの挙動が突然俊敏になった。首を細かく動かし、正確な位置を探る様子。それはルーアにしか聴こえない風間の唸り。緊張が高まる警官隊の視線には、瞬きの間に消えた朱い獣。
『校舎裏!?』
朱い軌道を確認出来た清正。ルーアの所在を確認したい無数の目。清正にとっては、すでに消えた戦力。周りが警戒してる今、ヘリコプターのエンジンをかける清正。連絡を取り合う機動隊。手振りは、間合いを詰める合図。
『くっ! マズイ!』
近付かせたくない間合い。時間が必要な離陸。ヘリコプターに装備された機関砲の角度を無作為の様に変える。些細な機関砲の動きに反応する機動隊。機関砲 の先に居る警官隊に人払いの指示。ヘリコプターの後ろに歩み寄る機動隊。邪魔が有り得ない制圧への自信。防御に徹する警官隊の目を光らせる中、ヘリコプ ターの真正面から向かって走ってくる者。清正にとっては、止めるべきか、撃つべきか。警官隊からは絶妙な距離間。角度を固定する機関砲。清正に銃撃される 可能性。全てに理解の及ばない行動は、機動隊の制圧を躊躇させる。今にも離陸を始めようとするヘリコプターのドアに手を掛ける男。
『ハアッ! ハアッ!』
肩に掛けた機関銃を構える清正。
『まっ待て! 俺はハルって女と逃げようとしたんだ!』
清正が機関砲で銃撃を躊躇した答え。
『お前……鈴村か!?』
『そうだ! あの女の言う通りキャンパスに出たらあんた達が降ってきた!! そして……』
清正のよそ見を見逃さない、高い位置からのスコープの目。狙撃部隊は発砲する。
『があ!!』
ヘリコプターの正面硝子にはシャープな穴。機関銃を落とす清正へ走る肩の激痛。
『鈴村ー! 生きたかったらヘリを……』
すでに操縦席に近付いていた鈴村。
『お前……操縦出来るのか?』
『で、出来ねえ……けど…「見えるまま」だ!』
ヘリコプターは暫く不安定な動きをしながら応戦するように、校舎の高い場所に機関砲を砲撃する。激しく割れる校舎の硝子。狙撃手は一旦避難する。ヘリコプターは安定を取り戻し、警官隊に機関砲を向け威嚇する。
その衝撃がハルのいる場所へ不安を運んだ。
『お~お~……向こうは派手にやっとるのう……春枝、ご苦労じゃった』
『はぁ……はぁ……な、何の話?』
『くぁああああぁぁぁ!!』
殺気か狂喜と見える六者の勘。能力者に共通した霹靂な雄叫び。能力のないルーアは踏み込めない存在感。
『動かないで!!』
狂喜かと勘を働かせた者。拳銃を構えた陽菜を勇姿に見ない六者。
拳銃を構えてから自分の行動が愚かだと気づく陽菜。
危険な刹那に嘲笑うのは盛清。
『がはは! 何も起きん! フェムはお前を意識しておらんわぁ! じゃが』
目が泳ぐ陽菜の視界から消える盛清。
『くぅ!! がぁぁ!』
大袈裟すぎる腕力に吹き飛ばされた風間。そして風間のいた位置に凜と立つ盛清。風間が殺意を持ち忍ばせていた、鞘が必要なシースナイフは、盛清の手中。
『もう、ええじゃろ……風間よ』
風間が受けたダメージの深さ。機動隊による左足の銃撃。盛清による左腕の銃撃。盛清による右腕の変形。自分を眺める風間。
『は、はは……いいぜ、好きにしな』
覚悟の風間と狂気な盛清との間を、風間に向かって力なく近付くルーア。風間の右腕を舐めると、その場で静かに寝そべる。
『ルーア……』
シースナイフを構える盛清の殺気。
『動かないで下さい!! 僕には能力があります!』
動きを止める盛清。振り返り、辺りを眺める。
意識の見えない町田。
震える陽菜。
ルーアに噛まれた腕を組んだまま盛清の目を離さないハル。
手錠を繋がれたままの遼
盛清が見るフェムに見え隠れする流れ。
『確かに……そうかもしれんな』
手錠の無意味さを感じる盛清。遼への警戒は、見せられた風間との駆け引きから、そして、冷静になってわかる、この世に三体分しかない能力。もうひとりの能力者は誰かという懸念。
『おじいちゃん! 説明して!』
動きを止めた盛清に感じる冷静。
『あなたは! 何が目的なの!? 三重重複? なに? 私との約束は!?』
そんな陽菜を含め、逃げられない者達。求めるものは納得。
『約束か? わしの目的と比べたら取るに足らんわ!』
開き直りに見える本音。願いと希望が、小さく、薄く、消えそうな泡。
『全部……嘘? 利用しただけ?』
盛清に見えるフェムの奮えは、拳銃を握る陽菜の感情と同化。回避可能な盛清の余裕。
『そうじゃ! あぁ! そうじゃ!! わしの存在を隠す為に利用したんじゃ! 加藤陽菜! お前が遼が町田と鈴村を相手にしたところを目撃したことで! もしかして、遼が達哉を殺したのではないかと言う疑念の心理を利用しただけじゃ!!』
『利用ですって!?』
『皆にいきさつを言おうではないか! わしは加藤陽菜に連絡を取り、こう言ったんじゃ!』
盛清の語る陽菜とのやりとり。さかのぼる瞬間は、公園での出来事の後。
◆◆◆
『イヤアァァァァ』
遼の凶行を目の当たりにした陽菜。遼に背を向けて逃げる様に走る陽菜は、自然と駐車した車に向かう。
『ハァ! ハァ! 何? 何なの? 遼は! 遼になにが!? ハァ! ハァ!』
駐車場。車が見える。すると陽菜の車に腰を付け、明らかに待ち構える者。
『誰? 今! あの遼! い……いぇ……』
取り乱す陽菜に話し掛ける者。
『大変な目に会いましたね。私は出浦清正と申します。どうかこの携帯の方と話して下さい。今の混乱した理由が聞けますよ』
理由。
震えの原因。
遼。
達哉。
入り混じる感情と目にした現実。震えながらも、携帯電話を手に、答えを欲する耳へあてる。
『はい……』
『広金達哉は……水谷遼に殺された』
早い結論。すぐに聴きたい理由。陽菜が口を開けるまでに続いて聴こえる言葉。
『奇妙な力があり、身近な者を死に追いやる』
凶行を理解している者。高齢と感じさせる深み。
『妊娠……していたんじゃろ? 広金達哉の子を』
調べられている形跡。まだ言葉を発していない陽菜。
『遼は……知っていたんじゃよ! そう! 知っていた! あの奇妙な能力はな! 自分の死を免れる能力なんじゃ! 自分の身代わりになるために、未来ある 友人を巻き込んだんじゃ! 大きな力が働いとる……もしかすると、警察内部の協力者か組織的か、先ほど見たのも……誤魔化すための演出かもしれんの……』
陽菜の言葉を待つ盛清。清正の目に映る震えが止まった陽菜。瞬きも許さない見開いた目には、清正にとって何度か目にした事のある殺意の瞬間。
『遼を許せない……復讐したい……』
『協力すれば……それは叶うだろう。清正に後は聞いておくれ』
◆◆◆
経緯を理解した遼とハル。
『陽菜! それは違っ! いや……』
嘘と本当が混じる話。重要なのは、遼に備わった能力。遼が原因で死んだ達哉。否定がしきれない遼。
『そうじゃ! 遼よ! 君が原因で広金達哉は死んだ! 大部分間違いないわい!』
嘲笑いを感じる盛清の口調。笑みを残しながら振り返り、横たわるルーアと座り込んだままの風間を眺める。
『そこで問題だったのが風間の存在じゃ! 清正の能力を他国に売りたがっとったからなあ! じゃが所詮傭兵! 金と新しい身分を約束すれば! 味方となる! 加藤陽菜を経由して! 風間に報酬を払い! 陰で動かしとったんじゃ!』
盛清を睨み、唾を吐く風間。
『な~に気持ち良くほざいてんだ? ただ利害が一致しただけじゃねえか?』
風間の皮肉に顔色を変えない盛清。
『その隙を見付けられる者がどれだけおるんじゃ! カオスをまとめられるのは! セレンディピティを理解した者だけの能力じゃ! カッハッハア!』
甲高く笑う盛清に合わせる様に、軽蔑を含ませた笑いをする風間。そして胸のポケットから取り出したタバコに火を点ける。
『けどよ~……あんたの思惑……失敗したんじゃないのか? その~、重複? 出来たのか?』
風間の笑みに表情を落ち着かせる盛清。ハルが見付けたかった、盛清に付け入る隙。
『おじいちゃん……もう、ここまでにしようよ……いつものおじいちゃんに戻って』
日常へ戻る誘い。ハルからの赦し。ハルに背中を向けている盛清の複雑な表情を唯一理解した風間。変化する微表情の最後に落ち着いた顔は、戦場でよく目にした、覚悟を決めた顔。
『チッ……お嬢ちゃん……この人はもう、戻らねえよ』
ハルに背中を向けていた盛清は振り返り、信念を発する。
『わしの人生の最終目的は!! 能力の重複した未来じゃ!!』
人生の目標を言い切る盛清。温度差の違いは、目標がもたらす意味。ハルにとっては日常を平穏にする願い。
『何が興るか知らないわ! けど、それがここまでするほど重要な事なの!?』
簡単に言い返さない盛清の力強く締めた口。ゆっくり開きはじめた言葉を選ぶ盛清。
『本当はな……理解は……結果を知った後でいいんじゃ……順番があった。まず……春枝と遼を合わせた。そしてわしは警察に通報し、加藤陽菜経由で風間に傭 兵を集めさせて、森林を警戒させた。きっと能力を使いこなしてる春枝と違う遼は、死期を呼ぶ負傷をして、春枝の能力を奪い二重重複となると思った』
『あれは……おじいちゃんが呼んだの!?』
ハルの責めを受け流す盛清。荒々しさを隠し、丁寧に言葉を進める。
『能力が春枝から無くなるのは清正の望むものでもあった。だが春枝は優秀すぎた。服を奪い身代わりとなって逃がし、腕を撃って死刑囚から死ぬ前に奪ったと は、よくやったものじゃ……じゃが春枝も遼も放っておけば死ビト同士。能力は動かんかった。清正の救出に春枝も遼も死期が遠ざかった。本当はその時完成す るはずじゃった。春枝の偶察力を、わしは見くびっておった。風間に遼の拉致を依頼……清正は勝手に根絶やしにしようとしたが、それは能力で遼は乗り切っ た。船で起きた惨劇は田村の暴走じゃな。そしてわしは風間に清正から能力を奪うよう依頼した……殺さぬようにとな。風間に再度遼の拉致を依頼したが勝手に ルーアに能力を移しとった。なんとか春枝のおるこの大学へ能力者全員を集めたかった……』
度々言葉の横槍を出したい空気感。各々に浮かぶ疑問。攻撃を受けた者ほど、軽口な横槍で、素朴な疑問を発しやすい。
『なんでよぉ……そんな面倒な事をしたんだ? そもそも三人そろってたんだからよ! 勝手に身内で殺し合えばいいだろうが!』
風間の質問は、盛清から引き出す本音。
『世間に知られる事件にしなければ、理解が遠いんじゃ……人を集めなければ……自分達に興る自体への理解。情報は混乱を招く事もあれば、防ぐ事にもなる!』
はっきりと見せない本音。
『どういう……』
続けざまに口を開きそうな風間より早く、話を続ける盛清。
『元々二人が生まれるまでこの世に能力者はわし一人! 二人目に恵まれなかったわしは孫の代まで待ち、能力者の存在が他国に知れ、そのうちな……二人が死ぬような目に合うかとな! なんとか能力者が危険な目に合う環境が必要でな!』
ハルの傷が広がる、心と体。見たくなかった。祖父である盛清の豹変。
『私達が危険な目に遇うために!? ハァ……ハァ……それで鈴村を利用したの!?』
『朝、春枝に合う前に鈴村の元に行ってな。携帯電話を枕の下に隠し、メタンフェタミンを注入したんじゃ』
『覚せい剤……おじいちゃん……なんて事を……鈴村が問題を起こすため!?』
『そうじゃ……加藤陽菜に冷静な判断が出来ない鈴村を更に混乱させて事件をつくり、完全包囲させて、ここにくれば、遼が春枝を捜すと思っとった。じゃからその時がチャンスじゃった。それが今じゃ』
露骨に続く問答。隠さない盛清。避けたいのは、言葉を止めた後の狂気。質問を続けるハル。
『刑事に尾行させたのは誰?』
『あれは清正じゃ……追い回されるのがいやじゃたからな。死期のある者にわしの能力を移せば、自分と春枝が危険な目に合わないだろうという保身のため、わざと遼を危険な目に合わせて、事件を起こせば拉致されても誰も救おうとせんじゃろ。全てはわしの手の内じゃ……』
『そんな事は私にはどうでもいい! 達哉の仇を約束通りとって!』
空気を読まない性格は、純粋な目的。復讐心は、未来を想像する余裕のない陽菜。
『それも違うんじゃ……』
『違う? どういうこと?』
『わしの能力が最初に移ったのは……遼ではない……広金達哉じゃ』
『え?!』
『なんで……』
困惑するハルと陽菜。
『わしは遼への能力の移動に失敗したんじゃ。テーブルをまたいでひと時……移りきるには微妙な距離じゃった。それも遼が去った後で気付いた。立て付けの悪 い本棚から本が倒れてきてな、わしは無意識に避けとった。わしがあそこで本屋をやっとったのは、なるべく人口が少ない土地で死ビトを捜したかった。いつ能 力の反射神経で目立つ行動をとるかわからん。そして人を調べたり捜しやすい。近辺の友人を調べさせておった。同じ電車を使いそうな友人。遼の死の運命を請 け負う者を調べさせた……田村にな』
『田村?』
風間の疑念に見向きもしない盛清は、目線をゆっくりと繋がれた者に向ける。
『遼よ……二度目の本屋に来た時、清正以外にいたじゃろ? 植木鉢が落ちてきた時じゃ』
唯一理解出来る当事者は、尊敬も感動もないかたりべに簡単な返事。
『いた……』
『あれが船でお前の能力を奪おうとした人間、田村じゃ。能力に興味があってな……あれはきっと能力を見るため、わざと落としたのじゃ。そんなミスをする男 じゃない。とても優秀な部下じゃが野心が強かった。だから能力の詳細も教えんかった。風間も含めた関わった人間の監視役じゃった』
ため息を吐く風間。目線を風間に向ける盛清。
『続けろよ』
にやけた笑みで告白を続ける盛清。話の節々に埋まる関係性のパズル。
『わしはすぐさま田村が運転する車に乗り込み、自転車に乗る遼をきわどく追い抜き、田村が監視していた一人、広金達哉に接触したんじゃ』
『なぜ達哉は僕に何も……』
『彼にな、身内のふりをして、遼が自殺を考えておるかもしれんと、君の事は遼から良く聞いていたから頼りたいと……まず彼にゆっくり近付いて良く観察する のじゃと。するとな……彼は言ったよ。「遼は親友です! 僕はそんなこと絶対させません! 僕に遼を止められる方法があるなら教えて下さい! 今日は遼の そばに居ます」とな。達哉の能力が遼に移ったわけじゃ。お互い殺す理由はないようじゃな』
『ぁ……あああああー!! そ、そんな……達哉……はあぁ……』
泣き崩れる陽菜。復讐心へのヒビ。果たされた友情。発言権を失ったバードという人格。終わりの近い告白。
『全てはこの重複のためじゃった。全ての人間が幸福となる』
『おいおい……そんなにべらべら喋ってて大丈夫か? 協力も共感も得られないぜ?』
『どうでもええ』
『どういうことだ!』
『三重重複とはな……わしの先祖の一族が一時期爆発的に増えたきっかけなんじゃ。一度三重重複となるともう能力は永久になくならん。そして触れるもの全て に能力が移る! 世界中が能力者となるんじゃ! ここに能力者が集まっておる時点で重複するのは簡単じゃ! カハハハハ! 風間よ……玉砕覚悟で攻撃して みよ! わしに死期が見えれば! わしに能力が集まる! わしが全員を死ぬ目に合わせれば! 誰かこの中の能力者に全て集まる! わしに誰か勝てるのか? 誰も逃がしはせん! 祖先すべての技を引き継いだわしは敵なしじゃ!』
『くっ!!』
『もうお前らにあらがうすべはない! わしは世界中の一族の長じゃ! わしが動かなくとも春枝あたりが移してくれるわ』
『私を! 春枝と呼ぶなー! その名前は今捨てた!! あんたは……最低だ……』
盛清への怒りと思い出の感情が混ざる。理解したい。理解できない。泣き崩れそうな顔を浮かべるハル。
『いつから……いつからそうなの? ずっと……こんなことの為に? 私とパパが……うぅ……いつか死ぬ目に遭うことを……願ってたの?』
『怒るのも泣くのも自由じゃ……全ての者は一族となり、全ての者に運命の道が見える! 人類の秩序を保つためにも、皆が道を失わんようにする必要がある! その道は一番能力を根絶やしにしないわしに繋がる! 知っておったか? フェムとは、能力を殺さない為の能力なのじゃ!』
――能力の為の能力! やっぱり!
遼は自分の考えが想像していたものだと感じる。
『放射的に広がる事を望む能力! どこから始まりか、何から出現した能力か、それは……おとぎ話じゃ……話したところで、理解できる者はおらん……元々……遼には、もっと違う能力を期待したんじゃ』
『違う能力?』
『わからんかった……わかったところで確認できん』
『なんのことですか!?』
盛清の見えない本音にハッキリさせたい遼。神のみぞ知るという雰囲気の言葉遊び。
『自覚も確証もなければ、ないも同然じゃ! ならば活用するまでじゃ! 重複さえ完成すれば! わしにとっての幸福の始まりじゃアーハッハッハッハッ!』
ハルは盛清への尊敬が崩れ落ち、軽蔑的な目に変わり、何かを思い詰めたように、そしてその思いを伝えさせないように、涙を止めて、同じ雰囲気な質問をする。
『どうして鈴村を狙撃手に撃たせたの』
『時間を稼ぐ為じゃ……一度は鈴村に移るがあの状況じゃ! 鈴村には荷が重い! 優秀な春枝じゃ、能力を有効活用してくれたわ! 鈴村から取り戻すのに手間は掛かったがな』
『そう……』
あたりを見回すハル。横たわるルーアに座り込む風間。手錠に繋がれた遼に倒れたままの町田。戦意も言葉も失った陽菜。
『ねぇ……二重重複はどうなるの』
『今更変な事を聞くの……能力が更に強まり、見た者全てのフェムも見える。じゃが普通に死ビトに移るような中途半端なもんじゃ』
『そう……』
冷たい風が吹く。ハルの表情が自分の髪で隠れる。次に表情が見えた刹那、盛清の表情も固くなる。それは盛清にとって見たことのない孫の殺意。
『いいわ……私の能力……欲しい?』
唾を飲む盛清。様子を察する風間。盛清にとって、難しい相手。覚悟をしていた盛清。覚悟をしたハル。ハルの一歩は、フェムを見ているような雰囲気を出さないほどの無防備。
『どっちに能力はつくのかしらね』
『どちらじゃろな……』
『能力を守るための能力よね』
『未来へ繋ぐ能力じゃ……』
交互に会話する孫と祖父。言葉の度に近づく距離感。
『能力……ちょうだい……最後のおねだりよ?』
すわらせた目元。微笑。痛みを感じさせない指に伝う血。鉤の手を握りこむ盛清。
『それが未来に繋がるなら……くれてやりたいわい』
ハルと盛清を見つめる風間。その目付きは、最後まで探している付け入る隙。能力者同士の戦いと思われる睨み合いに、負傷したハルにある可能性。それは盛清からは見えないハルの背中。
横から見つめる風間に見えたハルの勝機な可能性。ハルのベルトに見えた勝機は、スタンガン。風間がそれを見付けたと同時か、盛清に見えている揺れるフェ ムの変化。緊張に盛清は強く握る。鉤の手とは別の手にもつ、風間から奪っていたシースナイフも力強く。それは風間だけへの警戒ではない。
『遼よ、今にでも飛びかかりそうなフェムの動きじゃな』
『ハアァァァァアアア!!』
盛清の言葉を隙とみて飛びかかるハル。
『ルーア!!』
同時に勢いに任せて駆け走る風間とルーア。盛清が警戒した手錠に繋がれた遼は、どこから見つけたものか、上着の内ポケットから隠し持っていた取り出す拳銃。
『ああぁぁあああーー!!』
乾いた発砲音が耳に止まらない必死。盛清に見えた勝機。盛清にとって危険があるならば、それは油断。
遼が能力を用い、襲い掛かるという。だが遼が、どこから手に入れたのか、盛清にとって能力より「軽視できる」拳銃を持ち出した事で、盛清はフェムを見るまでもなく、素人には拳銃を扱えない確信。
ハルの初動は、能力を「感じさせない」動き。ハルの虚勢にのまれない事で冷静になる盛清。
足をとらえようと狙うルーアは、シースナイフではねられる、老体なルーアの首。
ルーアを期待して盛清への羽交い締めを狙っていた風間の首を、鉤の手でえぐる。
ハルの所持品を理解している盛清は、スタンガンを持ち出すハルの腕が折れるほど蹴り上げ、手錠に繋がれた遼の体にシースナイフを投げ込み意識を奪い、残る町田と陽菜を利用から粛清へ。
最後に能力の有無を確認し、手錠に繋がれた遼の首を……。
そうなる予定。そうなる予定だったな……「盛清よ」。確かにそうなる。いや、それは実際の出来事。だがな、それは「起きた事だが、起こらなかったんだよ」。
盛清よ。だから、お前が望む未来の期待をやろう
今までお前たちを、ずっと監視してきた「俺」が。
本屋でも、森林でも、船でも、全てを眺めてきた。未来を予定通りにするために!
俺を見るんだ!!
『盛清よ! 俺をみよ!! 轟く俺の声は聴こえるか! 俺はお前たちにとって居るはずのない存在! お前たちにとって理解の及ばない現象! 走ればすぐに届く距離だろう。だがまずは、俺を見ずにはいられない! 少なくとも……盛清、お前には、理解出来るのではないか?』
『な……なんて事じゃ!』
『盛清。お前はルーアに足を噛まれながらも、俺から目を離せないだろう。この声に気付いた者。聞き覚えのある者。一緒に笑った者。愛し合った恋人よ。酒を交わした仲間よ』
『た! 達哉?』
『やはり最初に名前を発したか、遼! 親友からの奇怪な眼差しというものか』
『た! え? 達哉? 達哉? 達哉!?』
『泣き崩れていた陽菜よ、恋人への哀愁か? お前たちにとって目の前に映る現実を理解出来ないカオスか? 盛清よ、お前はこの場を制圧することが出来た。 ある者の死により、無意識のデジャヴュ。だが、俺の存在により、盛清。お前は確実な未来を見た。理性をもって戦う理由が見えなくなった。遼の発砲が外れたと同時に、出現した俺をお前は見た。フェムが優先した、俺の存在。風間に羽交い締めされているお前は、それでも俺から目を離せない。お前は今を理解したい! いや、したのだ』
『あれは……広金……達哉……なの?』
『ハルよ、スタンガンは役に立たなかったな』
『何が……起きてるんだ? あれがなんだっていうんだ?』
『俺の存在が、何故不思議なのか理解出来ないか、風間。だがここにいる者には全てが不可思議ではないはずだ。すでにお前たちは、普通じゃ理解の及ばない能力を奪い合い、それを認めている。柔軟なはずだ』
『認めるしかないようじゃな……そして、わしが足掻かなくとも……想像した未来が存在している事も』
『そうだ、その認識で間違いはない。俺はこれからも世界を眺める。人間を、進化を、必要性を。そしてこの世界は』――まやかしだということも……。だが、それを決めるのは、まだ……俺ではない。
『消えた……達哉! おい! どこだ!? この世界がなんだっていうんだ!?』
遼よ、お前だけでなく、お前たちの一挙一動をこれからも確認する。未熟な存在で終わるのか。未熟さは寿命の短さのせいなのか。
『お、おじいちゃん……今のはなんなの? 広金達哉本人なの?』
ハルよ、お前だけでなく、お前たち全ての認識は間違いだらけだ。まず、理解には届かず、人に語ることもないだろう。
『春枝や……わからんままでええ』
盛清よ、不安は無くなっただろう? 今お前は何を望む? 落胆か? それとも……。
『この世のカラクリが理解できたわい……』
『ハア! ハア! 盛清さんよ! さっきのがなんだか知らねえが! ハア! ハア! あんたは! 終わりだ!』
風間よ、その体と老体のルーアで、本当に抑え込めたと思えるのか?
『仕切り直しじゃ! 目覚めるための!』
その選択をしたか……盛清。それは自身の欲求からか? それが人間か。
『遼! デジャヴュを起こしてもらうぞ!』
盛清、それを理解しているのも、この世でお前ひとりだろう。
『デジャヴュ?』
『この! 狂ったか!?』
遼、風間、お前たちは混乱するほかない。だれもが記憶にない。記録もない。理解も出来ない。「遼がすでに、昨日からの一日で、数十回死んでいることなど」。
通学に使う坂でも、電車でも、公園でも、森林でも、船でも、大学でも、繰り返しただけだ。
やはり、不幸が予想出来る能力だけでは、不幸は回避出来ない。五感を超えた能力は、人間にふさわしくない。与えれば、無意識のmonstrousモンストラス(怪物の世界)。
『加藤陽菜! 遼を撃つのじゃ!!』
『え!? でも……達哉がさっき』
『役に立たん!! クァァァアアアアアアア!!』
能力を発揮する盛清に、風間やルーアが抑え込めるわけがない。ならハルがスタンガンでおとなしくさせるか?
『やれ! お嬢ちゃん!!』
『おじいちゃん!! あああー!!』
『グガ! ガア! ガアア! 遼!!』
もがく盛清よ。お前は俺が想像する人間とは違うな。お前とは未来を語れない。お前のは、ただの自己満足だ。やはり期待できるのは、次世代なのか?
『グガアアアアア!! リョーーー!!』
『この腕力! 何か違う生き物のようだ! 遼!! 撃てーー!!』
『は! はい!』
無意識の怪物への変貌か? 自分の欲望をむき出したか? 抑えられない我が儘な自負心か? コントロールを失うと、人間はだれでも怪物になると言えよう。そして一度外した遼の手元。狙いに自信のない震え。外した素人に託すほど、風間にも限界がきたか。遼よ……その迷いの先には「また同じ時間を繰り返す 事に」なるぞ?
『う……うつぶせになれ……肘を固定して』
『町田さん!』
盲目の町田よ。お前は盛清に助けられた義理と、光を与えられる希望と、遼の奇行を持ち出し、残酷な未来を盛清より吹き込まれ、人類の平和を語る盛清の計画に、期待し、同調した。能力を操る体力も精神力もない事を知らずに。
『連続で撃て!!』
『はい!! ああ! 駄目です! 狙えない!』
『グガアアアアアア!!』
『があ!!』
『あああ!!』
腕を振り回し、風間とハルを振り払う盛清よ。何を目的に足掻く。そして、密かに町田にささやく遼よ。無意識にも歴史に巻き込まれる血筋。セレンディピティを備える者は、いつの世界でも、誰かを護る者に備わる。
『ま、町田さん……僕とハルには……この場所に来てから「元々」能力はありません!! あるとすれば、あなただけです!!』
『そうか……この……銃口は……出浦盛清の方向だな?』
『は! はい!!』
『出浦ーー!!!!』
盛清に突進する町田よ。それが正解だ。お前の先に待つ怪物に、自分を護る余裕はない。繰り返されない事は、一つの正解だ。お前の背中から突き出た盛清の腕は、再びお前に光を与える事だろう。
『があ!!』
体に刺さった盛清の腕を抜きつつ、蹴り飛ばす町田よ。見えているだろう? 光が。
『あ……が……みんな……逃げろ……能力を……奪われた!!』
『くう……ハハ……カハハハハ! 能力をわしに奪われたか! 町田よ! 気を失うかと思うほど強い蹴りじゃたわい!! カハハハハ!』
優位感、盛清、お前にとっての悦楽な歓喜なのだろう。
『盛清さん!! お願いです! もう僕たちには能力がありません! 邪魔もしません! もう……関わらないで下さい……』
最後の嘆願か……お前には、どんな近い未来が見えている? 何を願う? だが、お前の言葉が、正解となる。
『このわしが、ついに、重複できたということか! こんなに実感のないものか!』
『いえ……僕にはあなたが、フェムが、光って見えます……何か、とてつもない力を感じます』
『俺にもだ……目の見えない……俺にもわかる……』
『そうか!! そうか!! 片鱗があるのじゃな! わしは完成したんじゃな! 三重重複を!! カハハハ! ええじゃろう、目的を達成したんじゃ! 遼よ! 特に今、お前には手が出せんのじゃ……お前は特別な人間じゃからな』
そう、特別な人間……今の世界の中では。
そして盛清よ、お前は特別になりたかった。特別になれなかった。遼に嫉妬する。凡人だ。
『おじいちゃん……今までありがとう……今朝までは……大好きだったわ』
背中を向ける過去への決別か。お互いの正義が違う時、このような争いが起きるものか。
いつの時代も変わらない。だから、人間は、破滅に向かう。
『春枝や、わしのフェムが見えるということは……すでに全員が能力者となったということか……わしを放っておけるんか? 今にもルーアが襲ってきそうじゃ……わしの能力はこいつに負けるもんでもないが、試すか? 風間よ』
探る盛清の眼光……殺気立つのは野生の牙と主人の言葉か。
『風間さん……ルーアには動かないように止めてて下さい……お願いします』
ハルの言葉に同調するか?
『く、あ~~……ルーア……動くな』
『なんじゃ……まあ良い、わしはこれからが忙しい! 長生きせんとなあ! カッハッハッ!』
ハルに背中を向ける盛清の高笑いは、盛清にとってのセレンディピティの完成を意味するのか。
『なんでやらせねえ! ルーアなら!』
『いいの……ひと時の悦楽よ……道は自分で決めてもらうわ……だって、見えないの。あの人のフェムが……何か、ある』
風間の目線の先に見える遼のうなずきは、その何かを期待せずにはいられないだろう。
盛清に駆け寄る加藤陽菜よ。お前はもう、広金達哉に逢えない。
『ねえ! 達哉は!? どうやったらまた会えるの!?』
『あれは、何者でもないんじゃ……広金達哉の姿でなくてもいいんじゃよ、きっとなあ……そうじゃろ!! 聞こえてるんじゃろ! あんたには全て! 感謝しとるぞ! わしを選んだ事をなあ! そのうち見えるじゃろ!! 別の能力も!!』
盛清よ、俺はお前を、選ばない。期待はした。だから、遼と初めてすれ違った時、お前に見せた。いくつもの、遼の死を。だからお前は信じた。特殊な能力を持ち、知識を得たから。この世界の始まりを知ったから。
そして加藤陽菜。確かにこの姿でなくても良かった。だが、この体が表現をしやすかった。お前たちの記憶に新しい事もあり、都合が良かった。それだけだ。 だが、それだけの理由でも、多少の必然性を感じずにはいられない。だから多少は期待しよう。広金達哉の子供に、次の世代に。そして、これ以上、俺の解釈は 控えよう。無駄口は控えよう。これからは「記録」だけを、しばらくは見たままの情景を。ここはまだ、お前たちの世界だから、その時がくるまで、眺めるだけ にしよう……。
盛清はヘリコプターの先、警官隊に向かってゆっくり歩きだす。
『さあ! 無駄な争いを終わらす時じゃあ!!』
狙撃部隊は操縦席に向かって集中発砲している。ヘリコプターは安定を失い危険な動きを始める。
『パパ!』
墜落途中ヘリコプターから清正と鈴村が飛び出す。
『がああ!』
二人は互いが互いを抱えるように飛び出してきた。突然、眼光鋭く清正は、鈴村を思い切り蹴り飛ばす。
『な!! ぐあぁ!!』
清正は狙っていたかのように、鈴村は緑生い茂る人工花壇の中に柔らかく転がる。負傷したはずの両足で着地した清正の近くに、盛清が立っている。
『お前が立てるとは! やはり能力が拡散したようじゃな! そして清正、ご苦労じゃったな……もう目的は果たした』
『父さん!! いったいどんなことが』
『パパ! こっちに!』
清正はハルの元に駆け寄ろうとする。するとき見えているのは、自分のフェムだけでなく、全ての者のフェム。誰にとって最善の道かが読める奇跡。その中でフェムの見えない近い存在。そして操縦を失ったヘリコプターが盛清と清正に、今、正に衝突しようと目前へと近づく。
『清正……お前が長になるのは、もっと先になりそうじゃわい! 近づく危機からは全て回避できる! わしにとってこんなものは……ん!?』
『パパ!!』
ハルは清正に向かって走り出す。
『ハル! フェムが細い!! 来るなーー!! フアアアア!!』
両足に包帯を巻かれた清正の走り出す奇跡の初速。
『ハハ! 清正、なんて速さだ!』
風間の驚嘆の間もなく清正はハルに抱きつく。
『なんじゃ?? フェムが見えん! 見えんぞ!』
遼と鈴村は目を合わし、盛清の驚く様を見て回想する。
遼はハルの元に向かう直前の見えないフェムの時を。
鈴村は町田に接触した時を。
◆◆◆
『多分この右に向かうフェムの先が、ハルのいるところ…けれど左側に道は……なぜフェムがない!? 明らかな道ならどんな道にもフェムが見えるはず! 見 えないなんて……けれど僕の目的は………うぅ! があぁ!! 踏み込むだけで……ものすごい脱力と激痛だ……ほかの運命の道はハッキリ見える……けれ ど……これは実際何のための道だ? これは自分を守るため? それとも……盛清さんの言っていたような……能力のためなら、そして、このフェムのない先 は……自分で運命をつくる「本当の自分のための道」じゃないのか? 自分の道……自分の為の道……能力の道……能力の為の道……能力は引き合う……何 故……引き合う……ひとつに? ひとつになったらどうなる? ひとつになれる? 何故ひとつにならなかった? 誰も……危険な目に合わなかった? どうし て僕はこんな目に? 僕はどうして死ななかった? 何度死ぬ目に合った? 死んでもおかしくない……僕は……僕は……ああ! 頭が痛い! 何か! 何か忘 れているような……僕は……坂で死んだ? 僕は……ああ! 電車に轢かれた? 頭が痛い! どうして! どうして! そんな記憶がある!? 公園で撃たれ た! 森林で撃たれた! 船で! この人は誰? ナイフで! 僕を! ああ! でも何も起きてない! 丸一日が何十日もあるみたいに! 何度も同じ体験 を!? ハア! ハア! 行かなきゃ……この先に……』
ハルも気掛かりであったが遼は何か確信が見える気がしてした。そしてフェムのない道に向かう。
フェムがない道で遼の体は突然重くなり負傷した体は今にも倒れそうになる。引きずる様に歩く先には鈴村が倒れている。
『あなたは……』
ゆっくりと近づく遼。そして鈴村の体を揺さぶると、震えるまぶたがゆっくりと開き、薄い目で遼を見た瞬間、大きく目を見開き、失いそうだった意識が戻る。
『お前! 水谷!!』
『あの公園で会った刑事さんですね……あの……僕、取り返しのつかない事をしてしまいまして……』
『水谷!!!!』
『はい!!』
『お前……あんな能力に取り憑かれて……大変だったな』
遼はキョトンとした。自分がやってしまった事にまさか同情され そして能力を理解している事に。
『お前、いい道通ってきたな! 別の道ならお前に用がある奴らに鉢合わせになるとこだ』
『一体誰が……』
『お前が目を潰した俺の同僚と、知らねえジジイだ、うっ! あぁ! もう体が動かねえ……俺もお前と同じように誤解されたまま世間のみせしめになるんだろうな……何だろ……この悔しさは……くそー!!』
――この人は僕と同じだ……意味もわからず能力に触れて逃げ場のない苦しみ……。『まだ生き残る道はあるはずです! 諦めないで下さい!』
『でもよ……』
遼は鈴村に近づき、遼は突然倒れ込む。
『お前! 能力を移したのか!?』
『は、早くヘリに戻って警官隊に奪われないように助けて上げて下さい! 捕まっても理解はされない! 今なら間に合います! まずはここから脱出すること です! そして……今、僕が知っている限り、能力を持っているのはルーアというチーターとハルです! 能力は、理由があって能力者同士引き合うと僕は考え てます! 三つある能力を僕は、ひとつにしたいんです!』
『ハルって、あの女か? なら今はもってない……俺に移り、変なじじいが連れた俺の相棒の町田に移った! 何が起こるかしらねえが、わかった……なんとかする……で、お前は……大丈夫か?』
能力が抜けた遼は、奮い立ち上がる。
『僕はハルを連れて必ず戻ります! 時間がない! 急いで下さい!』
『そうか……わかった! あ……これ、ん~~……いいや……持って行け』
遼が渡されたのは拳銃。
『え、僕に拳銃……扱えません!』
『変な奴らがうろついてるこんな危険な場所に丸腰のケガ人歩かせる方が問題だ! 拾った事にしておけ! 先にいくぞ!』――能力を集める……か、今あるのは、加藤から奪った町田だな……間に合うか!
そして、その後町田と接触した鈴村は、風間からの銃撃の盾となった町田へ背中越しにささやいた。
『町田! よく聞け! 俺はお前に近づき、どちらかに能力が移る! なんとかして三つ集める! お前に移ったなら、こいつらを止められる』
町田の肩に触れた鈴村。身体的に町田より負傷を負っていた鈴村に能力が移った。
保有する二つの能力。それを抱えたまま、清正の元へと走り出す。
◆◆◆
盛清が成し遂げたかった三重重複は、遼も目的としていた、すれ違う行動。
盛清の誤算は、遼が能力を持ち続けていたという思い込みの誤算。
町田の能力が鈴村に移動していた事を気づけず、持ち続けていると思い込んだ誤算。
鈴村が、遼と町田から能力を吸収し、二重重複になっていいたという誤算。
盛清の見た清正の能力は、鈴村から移動していた二重重複であったという誤算。
そして、町田を貫いた時に「盛清は町田に能力を奪われていた」誤算。
遼の行動と言葉により、虚偽を盛清に感じさせる事が正義と判断した町田と鈴村。遼の偶察力によるものだと気付くスベが盛清には、今はもうない。
『なぜじゃあーー!!!!』
盛清に向かってヘリコプターのプロペラが、コンクリートの地面に火花を散らしながら襲い掛かる。
『ガアアアアアアアアアアア!! あ……』
切り刻まれる野望と理想の未来。
『ハル!!』
止まらない朱いヘリコプター。
『パパ……フェムは見える?』
『ああ……』
『連れてって……』
清正に見えるフェム。蛇の道が二人を中心に円形に広がる。その場にいる全ての者達を、密かに包み込むように。
『フェムは上にも見える……行ってみるか?』
『うん!!』
全ての者に見える危険な火花。
『ハル! 危ない!!』
全てが見えない自分の光を走る者。
『町田ーー!』
『ハルーー!!!!』
火を纏い始めるヘリコプターにより、見えなくなる三者。爆発は何者かを飲み込む。
ほんの一瞬、人の形に見えた何かがひとつ。その場にいる者の目線は、爆発よりも、もっと上を向いている。
その場にいる誰もが認識できる光。爆炎の煙の先に見える、地面に横たわり抱き合ったハルと清正も見上げている。
『町田さん!!』
その光景の神秘は、束なる光に支えられ、ゆっくり、ゆっくりと降りてくる。
見るもの全て息を飲む。
人をかたどった一本の木のように。その者は、夢柱となり、消えていく。
見たものから、次第に、自分の変化を認識し始める。複数の因果関係のないところで同時に起きたと思わせる、シンクロニシティを感じさせるように。人口密度のまばらな時代でないことからも、その光は人から人へ、必然的に連鎖する。
『この光はなんだ?』
『俺は強い!』
『わたし……歩けなかったのに』
『これは……私が進む道』
『私達! 特別よ!』
『内緒なんだけど……俺変なんだ』
『おじいちゃんが立ってる!』
『神様! 私を選んだんですね!』
『おい……あいつ様子が変だぞ』
『ぎゃあああー!! 化け物だー!!』
『お腹空いたよ~』
『今日はごみ箱に食い物ないな』
『あいつ!? 喰ってるぞ!?』
『この町はもう……人間がおらん』
『おい! あそこに飛んでるの』
『あのペットショップ……赤い……』
『なんでこんな事に?』
『管制塔!! 管制塔!! 墜落回避の誘導願います!!』
『うっ……うっ……お母さん……』
『どこに向かえばいいんだ!!』
『ぐががががぁぁああああああ!!!!』
世界は一変した。
『…ル!』
それは呼ぶ声。
『…ール!』
遠くから。
『「アール」!』
聴こえてくる。
『アール! こら!』
目に映る遼の姿。
『おい! アール! 危ないぞ!』
細く甲高く吠える、まだ小さいチーターを遼は追い掛ける。
『あっ……清正さん……町が見えましたが……』
遼の目に映る、人の住めない気配。
『清正さん……この地区は』
『もう駄目だろう……』
『能力が広がってない地域は……きっともうないんですね……』
『ああ……皆……能力に振り回され……殺し合い……食料は減り、世界中の食料危機の国はカニバリズム(共食い)を始めた』
『フェムの触れる者全てが能力者となって、理解出来てない人達は無意識の怪物に支配されるんですね』
『俺達が教えて行くしかない』
『そうですね……僕にも責任があります。あ、ではそろそろ、香山さん達にも海上を移動してもらいましょう』
『ああ……別の土地で早く伝えなきゃな……』
『ここも駄目だったんだー』
『ハル!』『ハル!』
遼と清正は向かい合い笑う。
『アール! 早くルーア母さんくらいに大きくなるんだよー! 風間さんにも見せなきゃ!』
ハルに近付き、体をこするアール。
『ハル! お前も安静にしてなきゃ! お腹に悪いよ』
『普段はお前なんて言わない癖に、見栄張ってんじゃないの! パパも皐月さんの前じゃ甘えん坊だし!』
『ハハハハハ!』
『じゃあ……行きますか!』
空を見上げる遼。
『今日は歩きたいな』
足を踏ん張る清正。
『そうね……歩こうよ! 鳥じゃないんだから! 目の前にある道を……ね!』
振り向く三人。突然、空に吠えるアール。見上げる三人に緊張が走る。三人の影は……別の影で覆われる。monstrousの影が。
serendipity。
それは一つの世界。
それをどこかで見る世界も、必ずある。
あなたの世界も。
一つの世界。
【end credits】
『いい天気だ……ルーア……この世界をまとめる者が必要だと思わないか? この進化する能力を率いる指導者になれれば、あんなに自由に飛び回れる奴らを従 えられれば……ハハハ! これはルーア・バトラーの発想だ! 何でも自分で決めなきゃ気が済まない頑固な奴だった。俺には向いてない。また戦争が始まる な。田村にも見せてやりたかった。ルーア……お前、前より行儀良くなったか? 田崎は本当にいい訓練士だったんだな。後悔はしない……これが俺の生き方 だ』
風間 孝太郎 kazama koutarou
ルーア・バトラー Lu-a Batler
ルーア lu-a
田村 洋介 tamura yousuke
田崎 修 tasaki osamu
『皐月……』
『なぁに?』
『清正君とは……まぁ、なんというか……上手くやってんのか?』
『あの人は真面目な人よ……不器用なとこがお父さんに似てるわ~』
『清正さん、カッコイイですしね! 一目惚れですか?』
『下村さん! 海に突き落とすわよ!』
『ごめんなさい! もう……怖くて空軍基地も海も懲り懲りです!』
『ハハハ! じゃあさっさと清正君達を迎えに行きなさい……彼らは今の時代の希望だ』
香山 重雄 kayama shigeo
香山 皐月 kayama satsuki
下村 剛 simomura tuyosi
『鈴村部長!』
『なんだ』
『私達の職務は今の時代……どれだけ意味あるんですか?』
『ばかやろう! 俺達がいなくなったら……生き残った人間は誰を信じればいい!! 意味を考える前に一人でも救え……正義を語るなら人を救え……町田もきっと同じ事を言った』
鈴村 和敏 suzumura kazutoshi
町田 正道 matida masamiti
『達哉……奴らが来たわ! 逃げるのよ!』
『う~……う、グズッ』
『達哉! あなたは今生きてるの! もっとたくましくなって……ね……だから笑って!』
『ひなぁ~』
『ママでしょ! アハッ! 達哉ぁ。あなたがいて私は幸せよ!』
加藤 陽菜 kato hina
広金 達哉 hirokane tatsuya
加藤 達哉 kato tatsuya
『清正さん! 僕に任せて下さい!』
『ああ……奴らは飛べるだけのグループだ! 遼、お前のフェムの大きさなら奴らを……ん!』
『ハアァァァ!!』
『ハル!』
『あのバカ……遼、お前の力のお披露目は……まただな』
『ハル~~またいいとこ取られた~! て言うか体を気遣えよー! アール! ハルを止めろー!』
『遼ー! あなた相変わらず決断遅いのよー! こいつら片付けたら褒めてね!』
――親父……あんたの望んだ世界は……全ての人間に混沌を与えるものだった。でも……悪くない。人間は家族を護る意味を理解し始めた。そして、今更だが、すまない……結局俺は親父からの期待に応えられなかった。昔の親父を思い出すよ。
出浦 清正 ideura kiyomasa
アール a-l
◆◆◆
『清正!』
『はい! お父様!』
『お前には人を率いる力がある! 今はまだ未熟で弱い。けれどお前の勇気と優しさは一族を護るのに必要だ! 俺は成長と共に非情な決断をさせる! わかったか!』
『はい! わかりました!』
『明日は小学校の参観日だったな……必ず行くからな!』
『わ~い! わ~い!』
『ははは、清正! お前は俺の未来だ! 早く子供を持って家族の大切さを理解するんだ!』
『はい! お父様みたいになります!』
『道は自分で決めるもんだ! 自分のフェムを見つけてみろ! それを見つけた時、この能力は必要なくなるだろう』
出浦 盛清 ideura morikiyo
◆◆◆
『清正よ』
『はい』
『わしの能力を譲るものが見付かった』
『どうして今更手放すのですか?』
『今まで危険な目に合わせたのう……すまんかった。わしは余命半年じゃ』
『父さん……』
『わしは賭けにでる』
『何か変わるんですか?』
『変わらなければ、戦争が始まる! 巻き込まれる者には自分で選択出来る助かる道を与えねば』
『その者は、それを変えられる力があるんですか?』
『清正よ! 道は自分で決めるものじゃが、わしはその者に道標を用意する。未来への可能性を、そして春枝を護ってやってくれ』
『何の話?』
『ハル!』
『おお、春枝……頼みがあるんじゃ』
『なあに?』
『明日、わしは能力を手放す! その者の監視をして欲しいんじゃ』
『じゃあ……ちゃんとやったら春枝って言うのやめてくれる?』
『カハハハハ! いいじゃろ! じゃが油断は禁物じゃ!』
『危険はいつもの事よ! 能力が無くなったら私がみんなを護るわ!』
ハル hal
◆◆◆
――今日の授業どうするかな~。あ、サークルに顔出さなきゃ! あ~でも食堂で達哉と陽菜の邪魔しちゃ悪いかな。二人とも……いい感じだし。俺も早く彼女 欲しいな。可愛らしくて……護ってあげたくなるような。でも、もう就職活動しなきゃな! ニュース……最近いい話題ないな。この国に向かってミサイルの砲 撃演習頻繁だし……戦争? はは! ないない! 一発撃たれておしまいだよ! こんな小さな国なんて、そんな事起きても起きなくても、僕に出来ることない し……大学終わって就職してる今から三年後……何してんだろ。雨……止んでるな。さあ! 今日も変わらない一日! 頑張るか!! あれ……今の番組、見た 気がするな……まあ、変わらない毎日だからかな。デジャヴュってやつ? あはは! なんだかいつもと違った気分だ! 些細な事が、新鮮だ。
水谷 遼 mizutani ryo
ーー。
それぞれの道の結果とは。
分岐点。人生の中には大きく運命を変える瞬間があるように見える。
選択。それは自分にとって良いと思える未来へ。
幸福。それは幸福になる生き方をしたから。
後悔。けれどその時にはその道が輝いて見えた。
分岐点は常にある。
選択肢はなかった。
幸福な人。幸福の道を無意識に自然と歩んでいる。積み重ねていたから。
選択による後悔。それは幻想。その時には、その道しかなかった。
道とは選択で変わる程、安易ではない。
道とは積み重ね。
何かを積み重ねた先に、その者にしか見えない、道がある。
そういうもんだ……達哉よ。
◆◆◆
ここは盛清の本屋。三階建ての館。偶明堂。誰も住んでない。残された書物。鍵の開いた裏口。青年は侵入する。過去に侵入した者のように。傾いた棚。当たり前に落ちていた書物。ひとつ、開いていた本は、しおりが挟んであった。ほこりを二度拭い、その章の題名を読む青年。加藤達哉。
『synchronicity……か。いつまで続く……「monstrous」なこの世界。死んだはずの親父が…… いや、あいつが言ったように、ここに未来の記録があるなら、未来があるなら、この世界は、前編だな……シンギュラリティへの』
【セレンディピティ~serendipity~ END 】