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シンクロディピティ  作者: 恵善
13/29

【マインドコントロール】 狼に成りたい羊たちは盲目の暴力

 18:44


――駄目だ! やはりむやみに死を繰り返すと、あいつの二の舞だ!


 刈谷はおぞましい世界観に襲われた。自分の事を忘れただけでなく、全てが未知のものを見る下村の様子。異常なまでの未視感。


---*---

 何が悪かったのかと。繰り返し過ぎて、単に頭に異常が起こっただけかと。それなら自分もいずれそうなると。だが、もしそうでなく、下村が言っていたような、本人だけ、つじつまが合わなくなる違和感な世界。下村が過去に戻る事によって、噛み合わない未来。本人だけがもつ違和感。世界の歯車を合わすなら、本人を壊すものかと。

 そこまで思考が進むにつれて、更に感じる違和感。『誰が』そんな面倒な事をするのかと。噛み合わない事イコール頭を壊すような発想。まるで人為的、いや、機械的な発想。

 自分達はバグなのか、欠陥品なのか、ウイルスなのか、それを発見して機能停止させられているのか、加藤の言ってたフェムが原因かと。

---*---


――はは! 馬鹿らしい! 考え過ぎだ! 大体、加藤の館のところから話からおかしくなったんだ!


---*---

 刈谷は加藤の言葉を否定したい。新天地。レミング。それなら加藤は、その新天地に旅立ったのかと。それならどうやって。

 再び、刹那刹那に思い出す事は、刈谷を後ろから銃撃した者は誰か。そして桜はどうして刈谷をこのような目に遭わせたか。半年前からずっとそのような目で、そのような手回しで、職員全てから見られてたという盲目な自分。誰が悪いわけでもなく、自分が刈谷と言い張ったから、仕方なく、混乱を避けるために刈谷でいさせた人情か。まるで自分が回りの人間を振り回して混乱させただけの迷惑な存在だったのか。それが真実なら、今、自分の名前が認識されないという考えは、やはり自分が作り出した妄想か。下村も含めて、自分がおかしくなって、自分が刈谷だと思い込んでいるだけではないのか。不安がよぎった。

 それでも可能性が感じられたのは加藤の言葉。自分がおかしくなってないと思えるのは、リアルに脳裏に残る加藤の言葉。それをどこかで確認するまでは、自分を疑いたくなかった。

---*---


 思考を巡らす最中、刈谷の嗅覚に何か感じるものがある。

 階層は部屋ごとに空調を調節できず、守衛室によって操作されている。収容室には空気を送り込む菅であるダクトは繋がっておらず、廊下の天井裏に巡らされている。その循環する空気に漂う危険度の低い嗜好風な香り。


――なんだ? この匂い……どこかで嗅いだ気が……甘い……葉巻? そして景色……黄色が濃く感じる


 18:46 守衛室前の扉が開く音がする。一人ではない足音。最後の角で足音が一つに。刈谷に真っ直ぐ向かってくる男。管轄の鈴村。直前までくわえていた葉巻の香りが染み込んだスーツ。

 意味不明な共感覚の出現より、昨日まで面識のなかったその存在感。職員に囲まれた時に、簡単に自分を鎮圧させられてしまう手練れた身体能力。刈谷は息を飲む。


「刈谷恭介……でいいのかな」


「あんたぁ、さっきの……本部の人間、ですかぁ?」


「肩書を取った話をしたい。私の名は鈴村和明」


 一瞬で納得した刈谷。それだけ雲の上の存在に感じる相手。本部から一番近い支所に配属されている刈谷。それでも世界の支所を束ねる頂点が、心神喪失したと思われている専任に、直接面会にくる異例。

 刈谷は少し慌てて、姿勢を正し、腕を後ろに組む。


「失礼しました!! 管轄!!」


「いや、楽にしてほしい。さっき言った通り、肩書を気にせず話をしたい。手荒な事をした。悪かったな。あの場を収めるためだ」


「あ、あの、いやぁ……謝らないで下さい! それは頭冷えて理解してます……えと、どんな御用ですか?」


---*---

 想像していたより柔らかい口調。以前町田より聞いていた特徴と違う雰囲気。それは油断を見せられない完璧主義で真実と自己愛が強く、失敗と言い訳を必要としない緊張感だと聞いていた。

 刈谷にとって、そのイメージは拭えなかったが、今の自分に、そこまで型にはまった言葉づかいをすることは似合わない場所に留置されていると感じ、自分の思う言葉を返した。

---*---


「町田との会話をボイスレコーダーで聴いた。お前は正直どう思う? この世界」


「あのぉ、自分は取り調べの時と所長に話した通りですがぁ……強いて一言で言うなら、造られた世界、という印象です」


「そうか、お前はどうしたい? もしこの世がお前の言う世界であったなら……抜け出したいか?」


---*---

 刈谷にとって、思いもよらない鈴村の言葉。まるでこの世の不可思議を容認する会話。自分の精神を分析されているのか、何を聞きたいのか。言葉を間違えれば、解放まで時間が掛かる地下三階に収容されてしまうのか。色々な雑念が刈谷によぎる。しかし刈谷にとって、組織のトップに直談判できる貴重な今、考えを曲げたり、綺麗ごとを並べることは、後悔に繋がると感じた。

---*---


「難しい質問ですねぇ……けれど、今自分が不自由しているのは……自分の『身元』であって、それ以外は都合悪くありませんがぁ」


「そうか……逢わせたい人がいる。今あの角に隠れている女性だ」


「誰……ですか?」


 鈴村の手招きにより刈谷に近付く女性。過去の面識は感じない。部屋着に似合いそうなゆったりとしたワンピースは、まるで自宅からの距離を感じない気軽さに、長さを切りそろえたワンレングスの髪型が似合う綺麗な顔立ちだが、口角の下がった印象に暗い表情を感じさせる。


「初めまして……私は」


「あ、自分の名前は明かさないでいいですよ。彼は一応拘留中の身ですので。明確な個人情報以外、必要な事だけおっしゃって下さい」


「はい、私は……春日雄二の婚約者です」


「春日の!! どおりで! 俺の記憶じゃ春日は婚約指輪をしてた! じゃあ! いや、どうぞ」


---*---

 刈谷の潔白に繋がる初めての証人。自分の存在否定する必要がなくなったと感じる刈谷。それは同時に、刈谷の目の前にいる女性にとっても同じことが言えるのではないかと。言葉を進めたいと気持ちが高ぶり、少し興奮した刈谷であったが、今大事なのは、目の前の女性の一言一言。刈谷は質問攻めしたい気持ちを抑え、自分を落ち着かせる。

---*---


「あなたも春日雄二らしいですね」


「いやぁ、まわりの記憶や会社のデータはそうだけど……俺は刈谷恭介なんだょ。管轄! 俺が春日じゃない裏付けの証人ですね!」


「二人の会話だけを見てるとな……だが彼女は、自殺未遂者だ。精神疾患を追求されたら、心を保てるかどうか」


 刈谷の前に現れた初めての証人。けれど、その背景にある、この世からの逃亡。それは下村の件で味わった苦い気分。

 恋人や妻を失った気持ちと、恋人や妻の認識がこの世で狂った気持ち。裁判をしても、大勢の前で否定される姿。大勢の前で否定される存在。刈谷、春日、下村、春日の恋人。全ての認識は変化し、その他大勢の認識に残る証拠は、本人達の記憶より、重要視される。


「そうか……あんたも自分の死を繰り返してんだな」


「はい……私の専任の補佐は春日でした。何度も自殺を止められて、彼の真っ直ぐな心に惹かれ、彼も私を愛してくれてました。ですが、半年前から異変が起きました。私と彼の写真が……全てあなたとの思い出になってるんです! 私はあなたを知らない!! 周りも彼の存在を知らない! これはいったい……な………ん……な……あ…… あ……た

す……けて……きゃぁ……りぃ……ぁあ…… さ」


「助けて? おい! どうし、た………え!?」


 18:07


「春日さんはひとまず収容室にお願い致します! 守衛!! 担架だ!」


――戻った


 下村が運ばれ、手錠を外され、収容室に入る刈谷。春日の婚約者に起きた突然のデジャヴュ。鈴村と刈谷二人の目の前で起きた不可解。刈谷に助けを求めていたような言葉。その最中に、女性の手は、自分の首にあてていた。何もない首回り。思い出してみれば、その苦しみ方は、まるで首を絞められているように感じるほど目を見開き、逃げ場も感じない、そして助け方も見当たらない無力感だった。


――春日の婚約者……なにが起こった? とにかく待っていれば、きっと管轄が現れるはず!


---*---

 考えても理解が及ばない現象。刈谷から見て、明らかにおかしい世界。この世界を、鈴村も感じているのか、それとも、何もなかったかのように二人で現れるのか。それでも少しずつ、自分の存在に自信を取り戻しそうな刈谷。

 収容室にいるだけで気づかされる多数の現象。それはむしろ、今までの業務の多忙さと違い、静かに時を感じ、半年間、自分にまとわりついた時差の隔たりを改めて考えることができる空間となった。

---*---


 刈谷が収容室で鈴村を待つ頃、桜は支所の裏口から建物に入り、研修室へ近づいていた。近づくにつれ聞こえる声は、つい先ほど聞いた重く響く声。

 その教室の中では専任予定の田村が、十数人の職員に熱弁を奮っていた。

 大手をふるって語る田村。その田村の右手は、幼少時代に熱湯を浴び、肘から下にかけて皮下脂肪に及ぶ三度熱傷の跡が、はっきり残っていた。


---*---

 当時はショック状態で、何度も呼吸停止に陥ったが、一命を取り留め、皮膚移植も繰り返し回復していった。その後、周りから火傷の痕跡に対するいじめを受けていた。田村は、文句を言う者を暴力で黙らせ、従わせ、野心強く、自分を人より高い位置にいることを常としていた。

---*---


 目覚めたと感じた半年前。何度も死の淵から生還した幼少期。その影響からか、自殺未遂者が現れる度に感じる時間の変化。そして、この世界の違和感を感じられる決定的なものを、田村と取り巻く職員は目にしていた。

 18:09


「職員諸君! 私に続いて数人の職員は目覚めた! この不死現象を裏付ける確かな証拠だ! まだ疑う者もいるだろう……だが疑う者に尋ねたい! 不死現象を説明出来るか!! いないだろう……それは我々は! この世のカラクリに仕組まれているからだ!!」


「田村専任! カラクリとはどんなものですか?」


「ハハハ! 専任と呼ぶにはまだ早いが、間もなくだ! そして俺はそのうちチーフとなる人間! 壊れた春日さんより、俺の方が適任だろう」


「はい! 田村さんは自分の葬式の話を所長に話したりしませんので! きっと隔離されてた下村にも刈谷さん病がうつったんでしょう!!」


「ハハハハハハ!!」


 刈谷が町田に語った話題に、笑いが飛び交う研修室。町田が刈谷を緊急的に拘束した理由は、春日の葬式話が決定的だった。収容室に連行した新人職員も混ざり、重症患者となった下村の出来事も話題に上がっていた。


「そう……彼はこの世の犠牲者だ! 仕事をこなしているとはいえ、様子を見るために知らない人間の名前を俺達は発している! 刈谷さん! 刈谷さんと!! お前ら……同じようになりたいか? 全てまやかしだ! そしてこの話を俺はお前らに既に五回以上してる……だがこの言葉に嘘がない事は! さっき目覚めた者にはよくわかるだろう!」


「はい! 田村さんの言う通りでした!」


「俺も、屋上でも、駐車場でも、見えてない世界を体で理解しました!!」


 田村に向かって羨望の眼差しな職員達。

 田村が自信を持って語り続けることに耳を貸し、実践し、何かを感じた職員達。

 世間で広まる不死現象。それは記憶のない者には不可思議。記憶のある者には目覚め。

 その田村の目覚め。それは偶然だった。

 

「同じ職員ならあいつがどんなに嘘を言わない人間か、知ってるだろう……目覚めていない職員には信じがたいだろう。だが、お前達は見たはずだ!! 俺の死体を!!」


---*---

 田村の偶然。それは自分の死体。それは半年前、職員研修場として計画されていた古い館。木造三階建ての館。刈谷から言うとおころの、加藤達哉の館。


 爆発時、刈谷の言う加藤の存在を探すため、専任補佐と職員による瓦礫撤去と捜索が行われていた。広範囲に広がった瓦礫、各グループに分かれ作業をしていた。

 刈谷は階段があった下にある地下を。田村は、玄関があったとすれば、そこから一階右側部分。

 扉と本棚の下敷きになっていたであろう死体を職員は発見した。すぐにグループを仕切っていた田村に報告。仮にグループを仕切っていたのが田村でなくても、その職員は田村を呼んだという。

 顔だけ見れば、獣にでも襲われたと感じさせる惨殺死体。噛みやすい部分から無作為に狙われた部位が頭部だったのだろうか。その一見身元不明の死体には特徴があった。右手の部分。皮膚移植した跡。それは見慣れた者なら、わかる痕跡。驚いたのは、同じ痕跡を持つ田村。自分がいる。初めて訪れた現場に、自分の死体が。そしてすでに、その日から何度もデジャヴュを体験していた。

 その死体を調べたかった。隠したかった。そして、その死体を田村が仕切るグループで隠した。

 秘密裏に運ばれた死体。人口が七割も減ったモンストラス世界では、医師は貴重だった。外科、内科、精神科。さまざまな専門を一人で受け持たなければならなかった。

 田村の配属されている支所に常駐している医師『香山弥生かやまやよい』。田村は、自分である証明を知りたい。下手に知られれば混乱を招く。その気持ちを弥生は察し、違う人物であれば報告するという条件で調べた。

 調べた結果。DNAが一致した。

 田村は待っていた。その証拠を公表する瞬間を。増やしたかった。自分と同じ、目覚める者を。

 田村に憧れる職員の中に志願するものがいた。田村と同じ世界を見たいと思う者。

 日を改め、同意の元、眠らせられる職員。少しずつ投薬する田村。量が増えれば、死に近づく薬物。時間の経過を計る田村。その結果、一定の量で起きたデジャヴュ。投薬前に時間が戻り、再び田村は投薬する。危険な行為。知られれば、懲戒では済まない行為。何度も繰り返し、一人、田村の世界に目覚めた。それを繰り返し、目覚めた者数名。危険なところが怖くなかった。麻痺していた。怪我をした時は、すぐに自害した。怪我をする前に戻るために。

 それは、桜も刈谷も知らない事だった。

---*---


「この世界は違う! お前らの家族に違和感はないか! 我々は今世界に騙されている! 騙されるな!」


「そうだ!」


「俺は騙されねえ!」


「俺もさっき目覚めた!」


「この世界から抜け出すには自分をこの世から消す事だけだ! 何度か目を覚ました時! お前らは本当の世界で目覚める! 俺についてこい! 今は本部で不死現象会議が始まっている! 今が! その時だ!!」


 熱気高まる職員達。目覚めた者は、目を輝かせ、まだ見ぬ者は、期待に胸を膨らませる。

 職員にとって、刈谷は何かを踏み間違えた犠牲者だと。目覚めが中途半端だったため、壊れたと。資質がなかった者だと。

 様々な憶測と、世界に選ばれなかった凡人とされた刈谷。元々自殺もせずに世界を感じられた選ばれし存在となった田村。

 まるで神々しいものを支える天使の気分となった職員の期待。そんな神が、天使を従えて研修室を出ようとした時、桜が研修室に入り立ちはだかる。


「田村。あなた……なにしてるの?」


「チーフ……いや、私は……この仕事への団結力を上げようと皆を導いて」


「この支所では集団自殺に追い込むような講習過程はないわ!! あなたたち! 田村の言葉は忘れなさい! そしてここで待ちなさい! 田村! ちょっと来なさい!」


 立ち止まる職員。職員にとって神の存在が、叱咤され、たじろぐ姿。田村にとっても勢いを弱めたくない士気。田村にとって、今この瞬間は、自分を高みに上げる分岐点に感じられた。


---*---

 今から向かう先は、自分が中心となり、別の自分がいる証拠を用意できた生き証人として注目を浴びる本部の重要会議。呼ばれていない場違いより、話し出せば誰もが興味を引く事実。支所に配属できない大きな存在。チーフや所長を通り越して、本部へ配属される可能性。この瞬間に、田村の野望を防げる理由は存在しなかった。

---*---


 田村は激しく眉間にシワを寄せ、声高らかに発する。


「皆!! 現れたぞ!! 我々の心を操り! 人類の未来を妨害する! 世界の元凶のひとりが!! 拘束しろ!!」


「おお!!」


「捕まえるんだ!!」


「正体を暴け!!」


 異常な空気。目つきが変わる職員。田村を含め、目覚めた職員三人の咆哮ほうこう。職員に導かれた道しるべ。自分たちが正義と感じた者達に役職は意味をなさなくなった。

 桜を取り囲む神のしもべ。即座に拳銃を構える桜。無力な武器にあざ笑う神は、指を額に当てる。


「おい! 田村! どうしたいんだ! 死んだら、ただの無だぞ!」


「さっき、言いましたよね……上で。お前の言ってる事は正しいと! 話を聴くと! 今がその時です。折角だから全員を撃って下さい。目覚める者が増える事でしょう」


---*---

 デジャヴュを認識できる田村。屋上で、デジャヴュ前、桜と携帯電話で会話した内容。田村にとっては確実にあった出来事。何も出来事がない者ならば、その言葉に同調は出来ない。

 それは田村にとって、ひとつの探りでもあった。この状況で、どう反応するか。この緊張感で、どれだけ違和感のない返事ができるか。

 撃たれる覚悟がある者たち。撃たれてしまいたい者たち。死を恐れない境地にまで上り詰めたと考える集団心理。

 田村に盾つく者。田村にとって必要だと思う行動。田村が見下して良い人間は、自分たちより下の存在に感じていた。

 そして桜にとって、それは何もない出来事のはずだった。

---*---


「なんの事だ!! 屋上では何も話してない!」


「私がいつ屋上だと言いました!? どうやらあなたは目覚めていて、何か知っているようだ。次の目覚め方のご教授いただきましょうか!! チーーーフ!!!!」


――クッ!!


 言葉を失う桜。緊張感に囲まれた返事には、小さな機転を働かす事が出来なかった。そして田村の言う、目覚めの世界を共有されていると判断された。


「チーフ?。僕から撃って下さい?」


「チーフ。俺からお願いしますよ?」


「チぃぃフ?。あなたは同じ人間ですか??」


「尻尾あるんじゃないですか?? 服を脱いでくれなきゃわかりませんよ?」


「き、貴様ら!!」


---*---

 重なる職員の壁には隙間がない。すでに自分の意思を持たなくなった神に従う人間は、尊敬より、礼儀より、常識より、獣である自分を、神から認めてほしかった。神に賞賛されたかった。それは善と悪の区別が存在しない、自分で作り上げた脳内麻薬。品格を感じない、はやし立てる職員の言葉は、桜にとって選択の余地はなくなっていた。

---*---


 職員の後ろで不敵な笑みを浮かべる田村。

 その田村の表情を見ながら桜は、銃口を自分の頭に付ける。


「撃たせるな! チーフを止めろ!」


 田村の声と同時に、20本以上の腕が桜に向かって伸びる。足に、腕に、腰に、胸に、肩に、顔に。職員の重なる手に田村の表情が見えなくなる前に零す言葉。


「田村……また近いうちに会うだろう」


---*---

 研修室に響く銃声と同時に、捕まれる桜の体。桜の言葉が耳に残る田村と数名の職員は苦い顔をする。自害する意味。死なない世界。零した言葉。その全ては、この世界を理解している証拠。どれくらい、この世界を理解しているのか。どれくらい、自分たちはその目で眺められていたのか。

 躊躇のなかった桜の行動に、危険を冒して自分たちの前に現れたのではないかと。田村に対して何を語るつもりだったのかと。この瞬間、田村の差し迫った目的は、本部より、桜へと向いた。

---*---


「くそ! 逃げられた!!」


 言葉を吐く田村の視界には、職員達全員が綺麗に着席した状態。何事もなかったように一同、田村に向いている。突然の憤り、突然の険しい表情。その雰囲気に驚く職員。その中でも、数名の職員は田村の言葉を待つ眼差しに溢れている。


「お前ら、俺は見えた……この世界の敵が! 水谷桜!! チーフをさらえ!! その先に我々の進む道が見える!!!!」


「おおー!!」


「俺も見たぞ!!」


「覚えてる! やはり俺は目覚めたー!!」


---*---

 困惑する者。光明が感じられた者。違いがわかる者達の歓喜。その感動に混ざりたいと考える者。この空気に異常さを感じる者。目覚めていない者にとって、何も語っていない田村による突然のクーデター宣言。理由もわからない。説明もない。何も聞いてない。田村にとって、デジャヴュ前よりも共感者を減らす結果に繋がった反面、全てを記憶に残す者には、田村の言葉に偏見も見当違いも感じない、自分たちがついていく運命を再認識する出来事となった。

---*---


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