表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンクロディピティ  作者: 恵善
11/29

【FALSE MEMORY】 虚偽記憶に舞い散る偽の桜吹雪

 16:51


「何の冗談ですかぁ?」


「お前……春日の葬式に出たのか?」


「はぃ、今、ふと思い出したんですけどぉ……とても盛大な。所長のスピーチ中々の感動ものだったじゃないですかぁ」


 刈谷の口から流れ出す思い出話。本気で語る刈谷。春日の悲惨な事故を普段から職員に語っている刈谷。葬式を盛大に町田が身寄りのない春日のために喪主となり全て取り仕切った事。春日に世話になった職員の中には、無念さに泣き叫んだハプニング。あまりに具体的に、あまりに本気で町田に伝えた。


「はあ~……やはり悪化したか……春日はお前だ。そしてあの現場は・桜・と・お・前・し・か・居なかった。そして、加藤達哉や刈谷恭介など・存・在・し・な・い!」


 刈谷にとって、あまりにも真に受けられない町田の言葉。

 町田から見れば、春日の葬式を支所全体で行なったという春日。

 今まで呼ばれていた自分の名前の全否定。今の刈谷には、からかわれているとしか感じる事は出来なかった。


「ちょっとぉ……怒りますよ!? チーフにぃ聞いて下さいよぉ! 春日に対して、俺との記憶が狂ってぇ! うなだれてたんですよぉ!?」


 町田はひたいに手を何度も触れ、町田にとって春日と認識している刈谷に対して、説得と説明の余地が見られなかった。

 町田は、刈谷が乗り込もうとしていた車のドアを開け、クラクションを鳴らした。その音の鳴らし方は、モールス信号にも似たテンポで、『所長命令として、手の空いている職員。役職者以外の職員は直ちに集合するように』という意味を持つ、職員全員に研修させられた合図。その音の意味は刈谷も勿論理解していた。


 10秒も待たずに一人、二人と集まる職員。とまどう刈谷の挙動をよそに、町田と刈谷を中心に30名程度の職員が一分ほどで集まった。そして職員の後ろから、町田を探していた桜もクラクションを耳に入れ、現れる。


「チーフ! 内緒話を所長に言ってしまってすいません! 少しでも力になろうかと思ってチーフを支える協力をお願いしていたんです! けれどぉ、今、見ての通り、誤解があるみたいです!」


 刈谷の声に反応を見せない桜は、町田に向かって頭を下げ、刈谷が耳を疑う言葉を発する。


「所長、すみませんでした。春日の行動を監視するつもりでしたが、結局わかりませんでした」


「春日!? あいつ生きてるんですか!? チーフ!」


 桜は冷たい眼差しで刈谷に体を向ける。その時偶然吹いた春の突風は、今朝の爆発により支所の玄関に散らばった造花の桜の花びらを風に乗せ、桜の後ろから刈谷の方へと舞い散った。その似せて作られた桜の花びらは、焦げや灰に染色された柔らかみのない偽物の桜吹雪。その目は、加藤達哉の館で見たさげすんだ眼差しだった。


「あなたは『春日雄二かすがゆうじ』! 『刈谷恭介かりやきょうすけ』など元々存在しない! あなたが何度も自分は刈谷だと訴えるから! あのとき所長に連絡して! あなたの行動を監視するために! あなたの見るデータを変えて貰ったのよ!」


「ちょっ! ちょっと待って下さいチーフ! それ、無理があります。俺の自宅には、直筆でフルネームを記載したものなんて沢山ありますよ? 筆跡鑑定でわかりますし、身分証明書だって! ほら!」


 刈谷は免許証を取り出す。一瞬で疑いがなくなる期待。財布よりだした自分の顔写真も表示された証明書。それを見て一番驚いたのは刈谷。そこには春日雄二と記載がされていた。

 刈谷は今日の昼間、新しく専任として担当した顧客に証明書を提示しながら名を名乗った記憶。そして一度確認した時には、自分本来の名前が当たり前に記載がしてあった自信。見せるに見せられない自分を追いつめる正に証明書を手に取り、今の自分の立ち回り方がわからなくなってきた。


「ちょっ……どうなってんだ? 自宅に来てください!! そこに刈谷と書いたものがいくらでもありますので!!」


「春日。そりゃあ、あるでしょうね。自分で書いたんでしょうから。それは更に自分の首をしめるわよ! 感謝してね……保護扱いで半年間職員全員から監視されてたんだから……職員! 顧客の安全確保だ! 春日雄二を、連行せよ」


 チーフである桜の支持の元、職員は静かに刈谷の腕を静かに握り、病棟へ連行しようとする。


「はあ!? そういうことじゃないだろー!? あんたが春日を刈谷って呼んだんだろうがぁ!! 春日!? 俺は刈谷だーー!!」


 刈谷は連行しようとする職員の腕をひねり、柔術で投げ飛ばす。


「ぐわ!! か、春日さん!」


「俺は! 春日じゃねぇ!!」


 戸惑う職員達。今まで同じ環境で仕事をした先輩。指導してくれた先輩であり上司。尊敬もあるが、職員にとっては、自分を見失い、精神の病気を患ったとも感じる言動。

 職員にとって簡単に抑えられない相手。プロテクトルームで刈谷に教わる面々。ひとりひとりでは各種有段者でさる刈谷に立ち向かう一歩が踏み込めなかった。


「一斉に春日を拘束しろ! 容赦するな!!」


 町田の一声に職員は一斉に飛び掛かろうとする。


「ふっ! ざけんな!!!! あああー!!!!」


 響く銃声。刈谷は拳銃で空を撃つ。

 職員達は頭を抱え身を小さくしながら距離を空ける。

 刈谷にとって、捕まれば、誤解を解く可能性がなくなるかもしれないと。このおかしな虚偽の記憶を正したいと。そして現在、その虚偽をくつがえす事ができる人物も証拠も見当たらない盲目の刈谷。今は真っ白になった頭を落ち着かせたかった。


「近付くなー!! 出来れば傷つけたくなぃ……そしてぇ、説明も出来ないんだよぉ! だからよぉ……静かに去るからみんな離れてくれょ」


「春日……まあ落ち着けよ。お前の話にあった加藤達哉の姿や遺体は、あの後あったか?」


「ない……なかったけどあった事なんだ! 俺は、俺は春日じゃねぇんだよ所長! でも、どっちでもいいからさ……行かせてくれょ」


 銃口を無作為に合わせ、威嚇をしながら刈谷は車に近付き背中をドアに付け乗り込もうとする。

 その時、刈谷の目に止まるものがある。それを見るのは実に半年ぶり。意味があることか、きまぐれか、その景色が見えた時には、何かに気づかなければならない瞬間のように。


――色! 上空に……何故今、共感覚が!?


 刈谷の泳ぐ目、桜は眉間にしわを寄せる。そして桜の目線は刈谷が背中を向ける車の上方。黄色が集まる支所の二階部分。時折飛び散る緑。

 町田は刈谷の後ろに目線を向ける。刈谷が背中を向ける車に、それは見ている者には意外なほど静かに飛び乗る音。

 黙って振り向く刈谷。支所の二階から飛び降りてきた男は刈谷が振り向くと同時に拳銃を蹴り上げる。そして隙を与えることなく、刈谷のあごを掌底打ち(手の平の手首に近い部分で打撃)する。


「がは!!」


「拘束しろ!」


「う゛っぐぞ! は! 離せ゛ー!!」


 取り押さえられた刈谷。左右から二人の職員が自分に手錠をはめ、余った輪っかを刈谷の両手首に、逃走を不可能にし社用の護送車に運んだ。


管轄かんかつ! 本部から来られてたんですか!」


 管轄と呼ばれる男。八頭身以上ありそうな長身。長めの黒髪を分け目をつくらずに後ろへ流したオールバック。光沢ある赤みがかった黒のスーツ。そのポケットより葉巻を取り出し火をつける。


「ふぅ。町田……あの刈谷と名乗る、春日雄二を監視して何かわかったのか?」


「本人から聞いた限りはつかみどころのない話ばかりでした……ただ」


「ただ?」


「話があまりに具体的で、今起きているこの不死現象のヒントがあるかと感じたのですが……その本人、加藤達哉の存在が不明です」


「あの春日は会ったと言っているのか?」


「はい……けれどあの建物の地下には誰の気配もありませんでした。元々あの爆発した館へは、水谷と春日で職員の実践研修場として下見に行ったのですが、水谷の報告により、爆発の影響で春日が解離同一性障害に似た状態となったので保護対象にしたいと強く言われましたので様子を見てました」


---*---

 町田の語る半年前、支所に戻った桜が館での業務が記載された予定表を手に持ちながら町田に報告した内容。古い建物での実践研修予定。monstrous時代に爆薬倉庫として建物に可燃性の爆発物が残っていたことで、慎重に建物を調査し、爆発物を撤去すると記載された予定表。桜の報告は、一階部分になんらかの仕掛けによる引火、爆発。引火に気づき外に避難したが、爆風に巻き込まれ、その影響で自らを刈谷恭介と名乗り始めた春日。


 町田にも信じられない内容ではあったが、町田が春日と認識している刈谷恭介と書かれた報告書に、存在が認められていない加藤達哉の捜索希望、自分以外の春日雄二に関しての不幸な出来事を書き綴っていた事で、桜の信憑性を疑うことなく、仕事に支障が出るまで保護対象として職員全員から監視されていた。

---*---


「所内職員の問題にはボイスレコーダーに残す規定だが、残したか?」


「はい! これです」


「後で聴いておく……水谷!」


「はい!」


「お前はあの建物には春日以外とは居なかったんだな?」


「はい! 間違いありません!」


「じゃあ刈谷恭介とは……どこから現れた名前だ?」


 桜に目を合わし、その場にいた真実と認識を確認したい管轄。桜の一寸とも挙動を見せない眼差しで管轄に所感を伝える。


「架空……としか申し上げられません!」


「わかった! 順次専任を交代させ顧客を護るように!」


「わかりました! 即対応致します!」


「管轄、水谷には先程の所内トラック暴走の件で謹慎と減給により処分するところでしたが」


「あの犯人の動機は確認した。自営業の仕事依頼がなく、自殺願望が元々あり、そのキッカケを探すか家族の為に生きるかの瀬戸際に契約を断られた暴挙だ。だが今チーフ不在に何もいい事はない。俺の判断で不処分とする! 以上だ!」


「はい!」


「はい! ありがとうございます!」


 町田と桜は声を合わし返事をすると管轄は振り返り、葉巻の甘い匂いを残しながらその場を去る。

 支所の裏口の建物から姿が見えなくなるまで姿勢を正し、見送る町田と桜。

 管轄の行先は不明であったが、緊張していたまとわり付く空気がなくなり、二人は息をついた。


「ふぅ……所長、私は管轄に対面するのは初めてですが……たしか名前は」


「あぁ桜チャン初めてだったかぁ?……創始者の子孫『鈴村和明すずむらかずあき』だ。まだ若いが判断力は間違いないね! けど葉巻吸う姿は初めてみたし、今日は妙に緊張感があったな。まあ支所にくるのは珍しい事だなぁ」


 LIFE YOUR SAFEの最高責任者。鈴村和明。本部は支所の所長が昇格した先の中核。

 各支所の問題は、昇格した所長が取締役となり、取締役会の決定で支所に指示と判断をする慣行。取締役からの連絡なく直接判断が下されるのは稀な事だった。


「そうですか……ところで春日はどうなりますか?」


「調書後……同じ事を言うなら……心身喪失者扱いでとりあえずここの精神病棟行きだろうなぁ……惜しい男だ」


「自殺未遂者も一旦収容される精神病棟ですね」


 支所敷地内の裏口から見える高台にそびえる施設。monstrous時代、地下層に何者かを隔離するために、五階建ての収容所が建てられてから三階まで土で埋めて高台とした地帯。厳重な隔離が出来るその建物は、外壁を造り直し一見病棟とは見えないレンガ造りの落ち着いた雰囲気があった。


「今の世の中そんな病棟に意味があるかわからんがねえ?……閉じ込めておかないとどんな行動するかわかんないからなぁ……桜チャンも入ってみる?」


「お断りします。新しい専任に『田村タムラ』はどうですか?」


「いいんじゃない? 刈谷……いや春日の代役になってる訳だし、補佐やって半年はたったでしょ」


「はい、後ほど伝えます。え……あれは……しょ、所長! あの屋上にいる者達は……職員ですか?」


「そう……だな……何してんだ?」


 桜が違和感に気付き、町田も同じ印象を受ける。

 三階建ての支所の屋上、そこには地上から見える限り職員と思われる四名ほどの者達が、辺りを眺めたり、下をうかがったり、そして一人の男が何かを話し出すと他の三人は言葉に注目し、その男の言葉を聞き入れたのか、屋上のフェンスを越え、一歩先に踏み込めるかどうかの位置に立ち、均等に横に並んでいる。


「様子がおかしいです! 皆が並んで! 所長!! 堕ちるかもしれません!」


「ばかな! 自殺? 職員が!? 誰か知ってる奴はいないか!?」


 桜は職員を凝視する。一人でも直接指示を下した事がいるか。夕日の逆光により顔がよく見えない。けれどその影の中、両手を広げながら三人に語りかける中心人物。その手振りに見覚えがある桜。声が大きく、プロテクトルームにおいても刈谷に次ぐ有段者。つい先ほど強く頭に描いた役職者。

 その直属の職員に連絡するため、桜は携帯電話を取り出し掛け始める。

 影の手振りが止まる。想像していた通りの人物。ゆっくりと影はスラックスのポケットに手を伸ばし、耳にあてるまでに通話ボタンを押し、ワンテンポ遅れて言葉を発する。


【はい】


「おい! 田村! お前何してる!?」


「桜! スピーカーにしろ!」


 町田は桜に携帯の音声をスピーカーにして一緒に聴き入る。その声は、先ほどまで大きく動いていた影とは違うイメージ。太い声でゆっくりと、悲観的のようにもとれる暗い声。


【チーフ……私どもは……ここは違うと思うんですよ】


「ここ? どこの事だ!」


【はい……きっと……更に目覚めた時……自分に戻れるはずです……きっと……きっと】


「自分? おい! お前何を言ってるのかわかってるか?」


【はい……自殺しようとする気持ちわかるんですよ……何かが違うこの世界に】


「わかった! お前の言うことは間違ってないわ! だから、今は止めろ! 私がお前達の話をちゃんと聴く!」


【ありがとうございます……目覚めましたら……どこかで】


 何かを思い込んだ口調、桜の言葉も聞き入れない雰囲気。はっきりしない理由は、何かを悟ったような口ぶり。

 少しでも意識を変えたい町田は携帯電話に叫ぶように止めに入る。


「おい田村! 町田だ! 電話を切るなよ! 今すぐその場で腰を下ろすんだ! 補佐のお前が下がれば皆従うはずだ! 職員の命を護るんだ!」


【お世話になりました】


 田村から切られる電話。

 そして田村は鳥のように両手を広げ、職員も田村を真似る。まるで何か神々しい存在にでも向かうように。

 先に動きを見せたのは田村。続いて左右の職員が後戻りできない角度まで体を傾ける。建物と接点がある最後のつま先を蹴り、自分の信じる世界へと飛ぶ。


「ば!! ばかやろう!」


「いかがなされましたか。所長」


「ん、どうかしたか? 何か聞こうとしたのかな? じゃあ俺は本部へ暴走したトラックの報告にまわるから! お疲れ様?!」


「お疲れ様です! 後ほど報告書を提出致します」

 

 桜に問いかけられる町田。目線はどこを見ているわけでもなく、桜の問いかけにも、何について聞かれているのかわからない様子。二人の視界に入る支所建物は、一見だれの気配も感じず、時間の経過と共に時折、窓の奥に廊下や階段を職員が通過する気配が見れる程度であった。


 直前まで田村を相手にやりとりをしていた光景は痕跡も気配のかけらもなく、一日中晴天だったこの日の夕方は今日一日に起きた事件の数々が、確実にあった事となかった事の区別は誰にとってもはっきりしていた。『なかった事』の証拠は文字通り、何もなかった。何かあったと感じられる者がいるとするば、それは連行された刈谷のように虚偽な記憶と感じるものなのかもしれない。

 町田と桜は何もなかったその場で別れる。

 桜は夕日が支所の屋上に隠れる景色を見て深呼吸した。


「ふぅ」


 桜の地面に映る影が建物の影で消えたと同時に、桜は何かを考え、軽くうなずき、目線を支所の裏口に向けると、その方向に歩いていった。

 その歩みが、町田と直前まで話していた事とすれば、専任補佐の田村へ昇格を伝えることだった。田村に影響力を感じる取り巻きは、恒例のように職員研修室で田村を中心に熱弁を語っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ