訓練まではまだ遠い
サンサ山を登り始めて三時間だが、ウルベルは頂上までの12分の一も進んでいなかった。
否、進めなかった。
なぜかというとサンサ山には危険な猛獣がいるのだ。
そんな猛獣を相手にウルベル・オッルド15歳は必死に逃げていた。
逃げに逃げていた。過去形ではなく現在進行形である。
そんなウルベル少年を上空から見下ろしている彼の師匠になるかもしれない男、シルバタスクは誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。
「ゲームはまだ始まってもいない。」と。
一方そのころ猛獣から逃げてきたウルベル少年は疲れ切って、木にもたれかかった。
それもそのはず彼は50メートル荘並みのスピードで2キロは走ったのだから。
ウルベルは町にいたころから『体力バカ』とか『体力お化け』とか言われていたのである。
が、しかし、彼は決して城下町にいた少年少女たちと体力に差はない、ではなぜ彼はここまでは莉りきってきたのか。
それは、”呼吸”である。
呼吸とは、人間や植物、動物などの、生きているものがしなければ生きられない、いわば必須の能力である。
酸素を吸って、二酸化炭素を吐くなど小学生で習うようなことだ。
が、ウルベル・オッルドは今回”呼吸”の使い方を変えた。
どう変えたかというと、酸素を吸い、二酸化炭素を吐くという人間に必須の行動を体力に回した。
いや、呼吸に使うべき体力の6割を、走るための体力に回した。というほうが正しいかもしれなかった。
それは通常の人間ができる芸当ではないけれど、彼はできた。
それはやはり、彼の5年の個別修行の成果だったといえようが、今現在彼はそれを自らの肉体でやっていることすら理解していないのだった。
だがしかし、さすがにそんな”呼吸”の使いまわしにもウルベルの体力にも限界がある。
生きる者には”限界”があるのだ。
まさにこの時ウルベル・オッルドは限界を迎えていた。
限界も限界体の全体がはちきれるように痛く、脳は7割機能を停止し、呼吸は荒かった。
それはそうだ、本来取り入れるはずの酸素を取り入れなかったのだから、体はその分の酸素を欲しがるし、酸素が全体にとどいていない体は動かない。さらにさらに、本来人間が走りつずけられるであろう時間を大幅に越したため、肉体が受けるダメージは大きかった。
そんな疲労状態の肉体が今一番欲しいものは何か?
そう、”睡眠”である。
人間の三大欲の話は有名であるところで、それは人間に必要なものである。
”睡眠欲”、”食欲”、”性欲”このすべてを今すぐに満たしことはできない現状ではあるが、睡眠はいつでもとれたため、ここでウルベル・オッルド少年の頭脳は止まり目蓋を閉じた。
2日目
こんなところで不用心に寝ていたウルベル少年ではあるが、もしかするとこの時点で死んでいるかもしれない状況である。
ここでウルベル・オッルド少年の冒険譚は終わっていたかもしれなかったが、そんなことはなく、気持ちいいと感じられなくもない睡眠から目を覚ましたウルベル少年ではあるが、目を覚ました瞬間ウルベル少年の目には驚くべきものが映っていた。
ウルベルの前に、昨日散々追われてこりごりだった猛獣のの死骸がごまんとあって、その死骸の中に、一つ、普通の猛獣よりも1周り2周り大きな獣がいた。
それはこちらを見ると襲ってきた。
「ギャェェェェェ!!!」
ウルベルはまた逃げた。
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げた。
きずくともうその獣はいなかったが、同時に頂上までの道も閉ざされたのだったがしかし、後にウルベル・オッルド少年は知ることになる。
大きな獣の名≪伝説の獣≫魔獣、ウルベルは知らぬ間に走って魔獣から逃げ切った人類初の人間となるのだが、それは今は関係ない話であり、今の彼はくたくたでふとこうつぶやいた。
「訓練まではまだ遠い。」




