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6.私の欲しかったもの


 しばらく、彼女たちはただただ泣いていた。



 部屋に入ったクーシャが始めに愛香にした行動は、ただ彼女を抱きしめることだった。


 泣き続ける愛香は突然の出来事に戸惑い、なんとか泣き止もうと試みたが叶わなかった。むしろ、彼女を抱きしめながら頭を撫でてくれるクーシャの手の温かさに泣いてもいいんだと許されているような気持ちを感じて、その声を強めていた。


 クーシャも彼女を撫でながら、その泣き声を聞きながら。


 自分たちが彼女に本当にすべきことだったかとはなんだったのかを考え、声こそあげることはなかったがまた、涙を流していた。


 泣き声が部屋に響き、クーシャが頭を撫で、愛香が彼女を抱きしめ返す時間が続く。


 続く、続く――――――



 次第にその声は小さくなり、やがて止まった。


 しかし、それでも静寂の中で二人が抱きしめあう時間は続いた。




 

 「あの······」


 泣き止んでしばらく、愛香が口を開く。 


 それにクーシャは笑顔と頭を撫でることで返した。


 「······」


 その時間で、愛香は再度言葉を選ぶ。


 なにを言うべきなのか――やっぱり「ごめんなさい」かな? 勇者として呼んでくれたのに、早速びーびーと泣き出しちゃってって。


 それとも「なにをしましょうか!」かな。何でもない風を装って、彼女たちの期待に応えるために。


 それとも、それとも――――


 彼女はクーシェの顔を上目使いでみやる。


 なんか、なんか――――私が友達に求めていたものってこんなものだったのかななんて、異世界に呼ばれたこんな状況で思うのも変かもしれないけども。





 私が人と仲良くなりたい! と思う切っ掛けは単純なものだった。


 私なんかにもなにとなく「おはよう!」と挨拶をしてくれた、元気で、明るくて、いつもみんなを笑顔にしていたあの人に対して、自分も「おはよう!」と返して――そこから他愛のない会話ができたのならそれはとっても素敵なことだったのにな、と思ったからだ。


 あのときの自分には――根暗でいつもひとりぼっちの自分にはそれはできなかったけど。


 あの人のような優しい人に会えたときに「おはよう!」と言えるようにと、自分でもびっくりするくらい努力に努力を重ねてきたんだ。


 そもそもクーシャさんはなんで泣いてたのかな、なんてことは人と接したことの少ない自分でもなんとなく分かる。


 そう、多分彼女は部屋で泣いていた私の姿に何かを感じて――私のために泣いてくれていて。


 私は――――目の前の彼女のような優しい人に会えたときのために努力してきたのだ。





 愛香はそのままじっとクーシャを見つめる。何を言うべきかは決まった、やっぱり彼女と仲良くなりたい。


 でもそのために何を言ったら良いのかを決めかねていた。


 友達になって! っていってしまえば簡単なのかもしれないけど勇者である私がこういうと押しつけっぽくてなんか嫌なようなみたいな思いもある······。ほんとにもっとこう、自然にこれから仲良くなっていけるような······。



 そしてようやく言葉を見つけた愛香は口を開いた。


 「あの······。愛香様って言うのを、止めてもらっても――いいです、か?」


 クーシャはそれを聞き、その表情をさらに緩めた。なんだかふわっとした愛おしさに包まれたからだ。


  「······ふふっ」


 思わず声に漏れてしまったクーシャの笑い声に、愛香は顔を真っ赤にしてまたちょっと泣きそうになっている。


 何かおかしかったかな? こんな状況でいきなりこんなこといったから? それとも口調がなんかオタクっぽかった?


 不安そうな表情になった愛香にクーシャはごめんなさいと頭を撫でる。


 ――――愛香がじっと沈黙していた間、弱味を見せてくれた彼女が改めて何を言ってくるのかを、クーシャは考えていたのだ。


 この勢いのまま帰りたいと泣き続けるのではと。そしてそれがこちらの都合でそれはできないことを伝えたら怒鳴り付けて来るのではないかと。


 それでもしかたないとも思っていたし、そもそも召喚された者がそう言ってくるのではということも想定されたことでもあった。


 しかし彼女が伝えてきたのは"呼び方を変えてほしい"というあくまで私たちに歩み寄ってくれる言葉で。


 さっきまであんなにわんわんと恐らく不安から泣いていた彼女であろうに、なんだかとっても強かだなと笑ってしまったのだ。


 そして彼女はこうも思っていた。


 彼女と勇者としてでなく、普通に仲良くなりたいなと。ただなんとなくそう思ったのだ。


 だから――――――


 「その前に、私からも一つお願いしていいですか?」


 クーシャの言葉に愛香は? と共にこくんと頷く。




 

 「私とお友達になってくれませんか? 愛香さん」


 「――――――っはい!!!」


 元々は自分が言おうと考えていた言葉を聞いて、愛香はびっくりするくらい元気に返事をしていた。やや裏返りつつ。


 「「ふふっ!!!」」


 そして二人は笑いだした。


 愛香は思う――不安は正直これからもまた出てくるだろうし、元の世界の家族の元にも帰りたいって思うけれど、初めて出来た友達のいるこの世界で、もうちょっと頑張ろう! と。


 それに異世界召喚は、やっぱりオタクの夢だしね! と。(立ち直りの早いのは彼女の元来の長所の1つである)




 笑いあっていた彼女たちであったが、途中できゅるるる~と愛香のお腹がなる。


 そういえば······と思い出したクーシェが扉のところで朝ごはんであったはずのそれが床にぐちゃぐちゃ飛び散っていっているのを見つけると、その笑い声はさらに強くなっていったのだった。

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