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5.目が覚めても異世界


 目が覚めても、そこは異世界であった。


 体をベットから起こすと、彼女は辺りに目を向ける。


 右を向き、左を向き、また右を向く。ゆっくりと、現実であることを噛み締めるように。


 そこは小綺麗ではあるが――――――愛香の収集した漫画、ラノベ、ゲーム、ぬいぐるみ、飾ったオタクグッズなどは当然なにもない部屋で、いつもは嫌でも聞こえてくる家族の声も聞こえない――――――あまりにも静かな部屋で。


 昨日はあんなに浮かれこんでいた愛香であったが、心の中ではどうせ夢であるのだろうと思っていた部分はあったのかもしれない。


 結局目が覚めたら変な夢だったなぁとあくびをしつついつも通り弟を起こして、お母さんのご飯を食べて、トイレの長いお父さんにいらいらを起こして、そしてついにはいつも通りではない高校生活が始まるのだと。


 しかし、そこにはなにもなかった。


 本当に、何一つとしてなにも。


 そこでようやく彼女は気づいたのである。




 ――――――自分に関わるものがなにもない世界に来てしまったのだ、と。



 「ふぅぅっ······。えぐうぅぅぅっ······」


 そしていつの間にか、愛香は泣き出していた。


 心の中から沸き上がったどうしようもない不安が溢れだすかのように最初は静かに。


 そして次第に――――――誰に聞こえても構わない、むしろ誰かに聞こえて欲しいと、「私はここにいる!」とその泣き声で証明する赤子のように、大声で。










――――――――――――――――――――――――――――




 クーシャは迷っていた、中から聞こえるすすり泣くような声に自分はどうするべきではあるのかと。


 朝食を届けに来ていた彼女は愛香の部屋の前でしばらく立ちつくす。



 ―――彼女は泣いているのだろうか? 私はどうすればいいのだろうか? このまま部屋になに食わぬ顔で入るべきか? 父ならどうするだろうか? いや、父をまず呼びにいくべきだろうか? どうすれば、どうすれば······。



 ―――――――クーシャには分からなかった。彼女に対してどう立ち振る舞えばいいのかが。


 彼女には勇者として接するべきなのだ、そのように私たちがこの世界に呼んだのだから。そう彼女は考えていた。


 勇者、文字通り勇ましい者であるかのように、そうあって欲しいという理想を押し付けるように。


 だとすればなに食わぬ顔でそのまま入り、「どうされたのですか?」と形式ばった聞き方で対応するべきなのかもしれない。昨日の様子を見るにきっと「大丈夫ですよ!」と強がりを言ってくれるのではないだろうか。




 ······強がり、強がりか――――――自分の心の中に思い浮かんだ言葉にクーシャは強く納得していた。


 そうか、昨日の彼女は強がっていたのか。当然だ、突然別世界に呼び出されてみたところ人間の少女である彼女がいきなり質問なんて出来るわけがないのだ。頼る人もおらず不安不安で――――――




 私たちエルフは他種族に先んじて異世界から最強の―――少なくとも我らを導く精霊から見て最強の存在を呼び寄せたはずであった。


 しかし召喚された彼女は、私たちの思い描くような最強の勇者―――力強く、英知に溢れ、その一声で我らを動かすような、そんな存在では明らかになく。ただただ普通の少女に見えた。周りに者たちも恐らくそうであっただろう。


 しかし彼女は力を見せてくれた。そのあまりに強大な魔法を。


 その力は私たちに彼女が勇者であろうと思わせるのに十分な者であった。


 元来、魔法は力を借りる精霊自身が住む世界に対して影響を与えてしまうほどの大きな力は出せないとされていた。


 しかし彼女の見せてくれたのはその認識からくる想定を大きく超えるような物凄い魔法であり、そんな魔法を使える彼女はやはり勇者であろうと。


 ――――――しかし今考えたらそれは違うことに気づく。ただの少女を、私たちに勇者と思わせるものがその力しかなかったのだ。


 私たちには信じなければならない思いがあった。災厄に立ち向かうために。彼女が勇者であると。


 だからであろう。彼女が気絶した際も落胆した様子はなく、心配する様子もなく、その力だけを見て、「これで世界は救われる!」という声であの場は溢れかえっていた。


 そう、先程まで私もそう思っていたのだ。これで世界は救われると。彼女を勇者として褒め、勇者として称え、勇者として崇拝することによって。


 しかし今泣いているのは―――――――――


 やはりただの少女であった。




 部屋の中からのだんだんと大きくなる泣き声をクーシャは聞く。彼女もまた、いつの間にか涙を流していた。どうして気づかなかったのだろうかと。昨日、父を求めて対応を先送りにするのではなく、勇者としてでなく、もっと彼女に対して親身に接するべきだったのだと。



 自らの涙が頬を伝うのに気づくよりも先に、クーシャは走り出していた。ばたんと音をさせるように大きく扉を開けて、彼女の元へ。


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