10.冒険者ポータルと猫耳の彼_2
愛香達に気づいた彼はそのまま立ち上がり、手を振りながら小走りにこちらに近づいて向かってきた。
「いやー、ほんとに久しぶりだなー! エルフの方は色々と大変そうだが······元気だったか?」
やがてクーシャの隣に着いた猫耳の彼、グレイはびしっと笑顔で話す。
並んでみると体はクーシャより頭一つは大きそうにみえ、上半身に身につけた銀色の軽鎧と腰に剣を携えているような風貌の彼だが、威圧感を感じさせることはなかった。さっぱりと短く切り揃えられた栗色の髪とやや童顔気味の顔から成された快活な笑みは、むしろ親しみやすさを感じさせる。
話しながらぴょこぴょこと動く耳と左右に揺れている尻尾からは言葉以上に嬉しさが伝わってくる。体に現れる感情の起伏もその親しみやすさを強める要因だろう。
「まあそれなり以上には大変でしたがね······。あなたは相変わらず元気そうでなによりですよ、グレイ」
ため息を吐きながらもどこか気安げにクーシャは答える。
「まあこの前の予兆の時は流石にこっちも大変だったがな! まあ今も大変か、残る二人はお前の呼び出しの前にまた出発してたみたいだし。それで今日はどうしたんだよ、まさかついに勇者の召喚に成功したのか?」
「あなたには前から言ってたんだからまさかという程でもないと思いますが。まあ漸く、ですね。こちらの方が私たちの呼び出しに応じてくれた······って、あれ?」
クーシャが愛香を紹介しようと振り向いたがそこに彼女はいなかった。いや、正確にはいたがいつの間にか随分と彼女たちから遠ざかっていた。ぽつん。
「······? なんか俺の想像してた勇者とは全然違うな。まるでただの女の子じゃないか」
「実際ただの女の子みたいなんですよ、愛香さんは。恐らく戦いなんか経験したことのないほどにね······、魔力は確かにとてつもないものを持っているみたいなんですが。勇者として何かしようと張りきってくれているのですが、まずは初心者冒険者として経験を積んでもらうべきかなと」
「なるほどなぁ、魔の無い世界の魔を持つ勇者が~っていう伝説通りな訳だ。しかし魔法のない世界か······、俺たちからすりゃ想像もつかないが勇者として呼び出されるほどの人が戦ったこともないほどに平和な世界なのかねぇ」
「······やっぱり、そうなのですかね」
愛香の方に歩き出し始めたグレイに、クーシャは付け足す。
「昨日あった彼女のことを私もよく分かっているわけではありませんが······少なくとも急に知らない世界に呼び出されて不安がってることは確かみたいなので、勇者として特別扱いしたりしないで、怖がらせないように優しく声をかけてあげてくださいね」
「おう! 優しく声をかけてあげるさ。先輩冒険者として、な!」
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自分でも気づかないほどに無意識に距離をとっていた愛香は、彼らを眺めていた。
クーシャさんの知り合いなのかな? 頭のあれは猫耳? 本物? 獣人ってやつなのかな。男の人に失礼かも知れないけど、なんだかかわいいな······。
彼の猫耳をぼーっと眺めていた愛香であったが、グレイが近づいて来ていることに体をぶるっと震わせた。そこで自分がいつの間にか離れたところにいたことにも気づく。
あれ? 知らない人と話す練習はしてきてこの世界に召喚されたときもクーシャさんとも普通に話せていた(つもり)のに今は昔のように体が拒否反応を起こしてしまっている······!!! あの猫耳のせいかな? かわいいけど元の世界にはそんな人いなかったし、知らないものを警戒するのは当然というか! 多分きっと男の人だから緊張しているとかではなく!
ぴょねこん、ぴょねこん。だんだんと近づいて来る彼の耳をそれでも愛香は見つめ続ける。
やばい、ほんとに目の前に来てしまったついに話しかけられてしまう! いや、嘘です!だって弟以外の男の人と一対一で話したことなんてほんとに生まれてこの方記憶に無いしあんなに頑張ってきたけど流石に初めては緊張してます! だからもう少し心の準備をする時間を!
目の前に到着したグレイをクーシャは見上げる。
ぴょこぴょこ動くかわいらしい猫耳だけに意識を向けてゆっくりと深呼吸を繰り返した。
大丈夫、大丈夫······。第一印象はとっても大切なものだっていろんな本で出てきたし、とりあえずこんにちはと挨拶から始めれば間違いはないはず。クーシャさんとも話してる人をみても優しそうな人な感じはなんとなく伝わってきたし怖がる必要なんてないんだ······!
「こんにちは!」
「ひゃい!!!」
「!?!?」
挨拶をしようと思っていたところに先手を打たれた愛香は情けない声で驚いた。
その声に驚いたグレイがややのけぞる。
奇妙な緊張が、その場に漂った。
「······ああ、ごめん! 驚かせちゃったかな」
「い、いえ。こちらこそすみません·····」
少し頭を下げながら謝ったグレイの優しそうな顔を改めてみて、愛香はやっぱり大丈夫だと緊張がほぐれていくのを感じていた、のだが······。
「俺はグレイ。よろし、く······!!!」
握手のためか手を差し出してきたグレイの目付きが突然鋭くなり、睨むように愛香に視線を合わせてきたために再び彼女は体を固くしていた。最初からではなく、いきなり豹変するようにぎろっとした目を向けられたら愛香でなくても怖がるであろう。
な、なになに!?!? なんで突然そんなに睨んでくるの? 何が駄目だったの!? やっぱりどうしようもないオタクであることを悟られてしまったのですか!
――――――バシン!!!!!!
ぐるぐると愛香が自分の思考に目を回しそうになっていたところにそんな音が響いた。
クーシャがグレイの頭をはたいた音である。
「怖がらせないように、って言ったでしょ! そんなに睨み付けるな!」
「!? いや、なんというか······ごめんなさい」
そんな二人の掛け合いをみてびっくりする愛香。
「ご、ごめんね愛香さん。私の知り合いでこの後魔獣狩りにつきあってもらおうと呼んだのだけれどえーと······女の子相手にたまに人見知りのところがあったらしくて」
「いや!? ······いや、そうだな。そのかわいい顔を見たら思わず緊張しちゃったみたいで、ははは」
かっ、かわいい! ······自分でも結構そう思えるようになってきてたけど、こう面と向かって言われると嬉しいというかにやける。えへへ。
それにこの人も人見知りさんなのか。オタクでなくても人見知りなこともあるんだなって当たり前なんだけど思った。リア充になろうと無理してきてきたからかもだけど、人見知りなら人見知りなりの仲良くなり方でもいいんだと知れた気がする。
「私もちょっと人見知りで······さっきは変な声で驚かせてごめんなさい、グレイさん」
「でもだからってあんなに睨み付けるのは失礼ですよね。愛香さんも叩いちゃっていいですよ」
先程よりは軽くだが、ぱんぱんとクーシェがグレイの背中をはたく。まあ全面的に悪いのは俺か·····とグレイはそれを受け入れるように愛香が叩きやすいように体を広げる。
――――――このノリは、リア充のそれだ!
愛香はどうするかに戸惑っていた。ある意味で待ちわびていたリア充っぽさあるシチュエーションではあるが、本当に叩いていいのかなと。
でも笑って逃げてしまうのもオタクな気がするし(?)、軽く小突いてこれでおあいこですねな感じにしよう、そうしよう!
――――ごん!!
「!?!?!?」
愛香はしゃがみこんでいた。そもそも軽く小突いたこと経験なんて今までの人生でなかったので加減が分からず、結構な勢いがついてしまったままにその手が彼の軽鎧の金属部にあたってしまったのだ。
「あっはっは! いや、ごめんごめん。大丈夫か?」
「むしろ笑ってください······」
また変なことをしちゃったけど笑ってくれたならよしとしよう。ばかにされてる笑いだろうけども······。
「みての通りの私ですが、よろしくお願いします······」
「あはは! よろしく、愛香さん」
愛香の差し出した手をグレイが握り返す。
先程ぶつけて熱くなっていた手がこんどはほんのり、さらに暖かくなるのを感じて、愛香はにへっと微笑んだのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
「で、一体どうしたんですか? 正直人見知りとは程遠いし人当たりのいい貴方が女性を突然睨み付けるとは······」
愛香が一人冒険者としての説明を受けるために受付に向かった後、クーシェが尋ねた。
「いや、俺も自分でも分からないけどマジで何故かそうなってしまったというか······」
「ふぅぅーん? まあいいですけど、これから暫くは一緒に行動するんですから気をつけてくださいね?」
「それは本当に気をつけるって! 怖がらせちゃったみたいだし、次からは本当に······!」
そう言いながら顔を反らしたグレイと、覗きこむとまではいかないもののその顔をじーっと見つめるクーシャ。
グレイの顔がなぜか若干赤らんでいることに気づくと、彼女はにまーっと口角をあげた。
――――そして暫しの沈黙の後。
「あんなおっきい胸に目がいかないようにするのが大変だったんだよ!」
そう言ったのはグレイではない、くすくす笑うクーシャだった。それを聞いてさらに赤みをましたグレイの顔を見て、くすくす声を強めていく。
はあぁぁぁぁぁ~っと大きなため息を吐きながらグレイは頭を掻いた。
「ふふっ、図星ですか? 胸を見ちゃわないようにーって考えたら睨むようにじっと目を見続けるしかなかったと。あなたって見かけ通りにかわいいところがありますよね」
「せめて見かけによらずと言え! お前は見かけによらず、なかなかに性格が悪い······」
頭についた耳をぺたんとさせながら、グレイはそう吐き捨てたのだった。




