その3
ここは帝国領前線交易採掘惑星―ジートライ―
雪やこんこん、霰やこんこん。
この星はかなりの極寒の惑星である。
惑星全体の気候として、大体の天気が雪、雪、霰が標準。
無論、年に一度の春になるとかなり積雪は緩くなりそこそこ生ぬるい空気になるが、それ以外の時は基本冷たい嵐が大地に吹き荒れる、そんな普通の炭素生命体には少し生きにくい惑星である。
しかしながらそれでもこの星に、資源鉱物が多くあるとなれば開発されるのが惑星開発の定め。
特に宇宙船の標準材料として使用される≪ジオ鉱石≫や発念機用希少素材である≪ソウルニウム≫が採掘できるとくれば、帝国はここに満を持して開発するのは必然の流れであった。
……しかし、世の中何事も思うとおりに行かないのが世の定め。
確かにこの星には無数の鉱物的資源があったが、この星の場所はやや共和国領に近すぎた。
さらに言えばこの土地には少々鉱物的資源量が多すぎて、それが明らかになった瞬間に、連日毎秒共和国が反乱軍と協力してまでここを攻め入る流れになったのはごく自然な流れだといえよう。
不幸なことにここを任されていた前線部隊ははっきり言って弱かった、なぜならこの辺に戦争が始まり、帝国の偵察団がまともに調査するまでは資源埋蔵量のことなど知る由もなかったからだ。
それ故にここを任された領主にして現ジートライ王は考えた。
正規軍が弱いのなら非正規な軍で対応すればいいやと。
よって、当時の王はいくつかの採掘権や無数の金品賄賂によってここにたくさんの傭兵やならず者に星屑たちを呼び集め、彼らと協力して共和国軍と戦ったのであった。
その目論見は概ね無事に成功、かくしてジートライ王は現在にいたるまで地元星屑や傭兵と協力しつつも、帝国共和国戦争の重要拠点でもあるこの惑星を支配し続ける事に成功したのであった。
「あああああぁぁぁぁぁ!!!!!やってしもうたぁぁああああ!!!!!!」
さて、そんなジートライ星の要塞宮殿。
その一室でとある四分の一炭素系宇宙人が全力で嘆いていた。
彼女こそが、現ジートライ王……の孫、つまりは血縁。
後継者候補の一人であり、ここジートライ周辺の政治の一端を任されている少女であった。
「クスクス!まだ嘆いてるんですかクレハお嬢様?
もうこれ以上嘆いたってどうしようもないでしょう」
「だって、だって、今回アヤツには明らかな危険な橋を渡ってもらったのに、約束の報酬を渡せなかったのだぞ!
絶対向こうは恨んでいるに決まってるし、最悪そのせいでほかの派閥や従姉妹たちに所属替えされるかもと思うと……。
うう、せめて、一報さえくれれば判断できるものの!あれからアヤツからの連絡は来てないか?」
寝具の上で唸りもだえる自分の主人を見ながら、従者は顎に鋭すぎる指をあててこう答えた。
「いーや、電報の類は来てませんねぇ。
そこまで、連日思い悩むなら素直に他の従姉妹様方に借金してでも正規の報酬を渡されればよかったでしょうに!
財布の都合で正規の報酬が払えないからと言って、報奨金関連をお爺様に丸投げしたのが裏目に出ましたね!
いやぁ、にしても流石お爺様直属の熟練の交渉人ですね、今回一番の功労者相手にあそこまで値切るとは流石というか、本当にひやひや物ですね!」
侍女のやけにテンションの高い煽りセリフに、クレハと呼ばれた女性はさらにその身を一層縮こませた。
その縮こまり具合や卑屈具合は、とてもとても上に立つものとしての気品や高貴さを微塵も感じさせない有様である。
「もし仮に、仮にだぞ?アヤツが、アヤツが今回の件で余を見限って共和国についたら……
どうなると思う?」
さて、そんなヨワヨワの権力者であるクレハが恐る恐る自分の頼れる侍女にそのように尋ねた。
しかし、侍女の返答は自分のより一層厳しい現実を突きつけるだけであった。
「確か、≪殻割≫……いえ、≪温血≫様はテレポーターですからねぇ!
今回みたいな騙し討ちの報酬踏み倒しみたいなマネをしたら縁切りは確実。最悪、反逆や報復をするのが通常ではないでしょうか?
まぁ、となれば新しいお得意さん探しや報奨金の補填として、共和国へ亡命の手土産及びそのためにお嬢様の生首を手土産に持っていくぐらいの流れは起きても何ら不思議ではありませんねぇ!
あ!もしかしたら、以前お嬢様がうっかり本殿の方の地図を≪温血≫様にばらしていましたから、お爺様の方が殺されてしまうかもしれませんね、そうすれば王族の一族だけでなくてこの惑星そのものが終焉!
お嬢様のせいで、一族一等皆殺しの星間大戦争の引き金!なんてシナリオの可能性もなきしもあらず?」
「いやぁあああ!!!!!」
あまりの最悪の想定シナリオと、そこでようやく自分がやらかした悪手に気が付き、クレハはなお一層もだえたのであった。
「まぁまぁ、さすがに≪温血≫様はかなり帝国よりの人ですから、流石にこの星丸ごとつぶすような帝国に喧嘩を売るような真似はそうそうしないと思いますよ。
精々、従妹様の配下へと転身して、お嬢様の近辺の情報の弱みを丸裸にされて、その結果社会的に謀殺されるくらいですよ♪」
「え!余、そこまで恨まれることしたっけ?
い、いや、従妹ならそのくらいやりかねんが……で、でも、アヤツは心優しい男だから直前になったら余のことを見逃してくれたりしないか?
……あ!もしかしたら、俺の物なれ!!とかそ、そういうお姫様なルートがあったり……しそうではないか?」
つらい現実を前に現実逃避を超え、妄想が暴走したのであろう。
クレハは気持ち悪い薄ら笑いを上げながら自分にとって都合のいい妄想を開始して、そんな彼女の様子をあきれ笑い顔で見る侍女の姿が傍らにはあった。
なお、今回の事の始まりは割とシンプルである。
実は先日ここにケイ素系宇宙人のスパイが一人紛れ込んでおり、そいつがここの基地の秘密と王族の首一つをもってここから脱走したのであった。
で、そのことに真っ先に気が付いた彼女は復讐と手柄の一番乗りをするためにそいつの後をつけ、根城を発見。
かなりの難しい場所だとわかっているため、賞金を懸けて自分のお気に入りの銀河狩人である≪温血≫に土下座して討伐を頼んだのであった。
結果は無事討伐に成功、さらに≪温血≫の礼儀正しさにより件のスパイにとられた書類や機密も漏れや横流しもなく戻ってきたのは非常に幸運なことであったし、功績としてもかなりのもの。
おそらくもし仮に彼女が今回の出来事を他から妨害なく、現王であるお爺様に報告できれば彼女の王族内での地位もどんと上昇したことであろう。
……もっとも、スパイの捜索に四苦八苦になってしまい、まさかその間にそもそものスパイに入られた原因を他王族の策謀により彼女自身に擦り付けられなければの話である。
そう、つまり彼女は少々目立ち過ぎたのだ。
そもそも今回内通者が中に入っていた時点でだれかしらがこの責任を取る必要があったのだ。
幸いなことにここの王族は一部を除けば死ぬほど仲が悪くも良くもない。
そんな時に一人だけやけに突出した功績を持つ半端な実力者が現れたらどうなるか?それが今回の結末であり、そのせいでもっとも割を食わされたのが≪温血≫と≪クレハ≫であった、それだけの話である。
「その心優しい人にわざわざしたくないと宣言していた暗殺依頼なんかをさせ、あまつさえ報酬をけちった外道が何言ってるんですか?」
「ぬあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
もっとも、そんな王族の事情など外部には知らせてないが故に、王族以外や外部から見ればクレハが100%の悪者であるというのが悲しい事実である。
その辛く厳しい現実に引き戻すきつい一言を侍女により投げつけられて彼女はとうとう叫び始めてしまっていた。
なお、侍女のからかいは事の顛末を大体理解しているが故のからかいである、実に性格が悪いといえるだろう。
「ま、結局はすべて過ぎてしまったことです。
そのような過ぎてしまったことをごちゃごちゃ言ってもしょうがないでしょう。
だから、今日こそはまともにベッドから出てきて政務を始めて下さい。
そうやってうじうじ悩んでいても仕方ないでしょう?」
「無理、今日はもうお腹痛い、お布団で寝てゆ……」
そういって、クレハはベットで丸まり中から出る気配が全くない。
ここの所ずっとこうだ、無論ここの政府は要人の一人二人いなくなって動かなくなるほど虚弱な経営体質ではないが、それでも自分の上司たる人物にこのまま引きこもられては困る。
そう判断した侍女は深い溜息を吐いた後に爆弾を起こすことにした。
「では了解しました。
本日は飛び入りで《温血》様が此方にいらしていましたが、彼との面会は取り下げておきましょう。
ともなれば、彼もあきらめてほかの候補者様との面会に行くはず……」
「ちょ、ま、それを早く言ええぇえええええええ!!!
というか面会ということは客間か?機械馬の準備をしろぉォォォォ!!!!」
侍女が呆れの溜息を吐く中、彼女は体に生えた触手で寝具を吹き飛ばし、体表面を衣服ごと換装し、一頭二足ニ手の炭素生物のそれに姿を変えたのであった。
「ど、どうだ、サーヤ?
ちゃ、ちゃんとアヤツと同じ種族に見える姿になっているな?
この間のように近寄った瞬間銃を構えられたりはしないよな?」
「そうですね~、まぁ背中に棘やら歯が牙のままとか複眼とか腕に触手が生えてますが、まぁ及第点でしょう。
とりあえず、近づいた瞬間に逃げられるとかそういうことはないと思いますよ、多分」
「ふむふむ、つまりはすごくキュートということだな!ならばよし!!
今度こそ、華麗な交渉術と我が魅力で存分に骨抜きにして見せてやろう!!」
「え?それは、物理的な意味でですよね?
俗にいう、貴様の首は柱につるされるのがお似合いだ!!ということですよね?」
「は?お前は何を言ってるのだ?
普通に謝りに行くに決まっておるだろう。
それとできれば、余の魅力と可愛さで許してもらう……これだ!!
向こうは余の可愛さを間近で見れる、余の心も存分に晴れる……なんと完璧な作戦なのだ!」
先ほどまで自分が思いっきり脅していたのにこの主人は……、侍女たる彼女はそこにはないはずの脳が痛む感覚を覚える。
電脳化したのに頭痛がするとは、機械化すると生薬による治療が効きにくいというのに。
「そうですね~完璧な作戦ですね!
……温血様とお嬢様の生物学的種族や美的感覚が大きく違っている点を除けばですが」
「おおそうだ!そういえば、先日機械馬の新型が生まれたばかりであったな!
ついでにそれも自慢してやろう!!あやつは機械馬も好きであったからな、きっと驚くぞ!」
「聞けよ」
チクリと毒を吐いてみてもクレハの様子はどこ吹く風、転がるように部屋から移動して、急いで機械馬小屋へと走っていく自分の主人を見ながら思わず侍女は溜息を吐くのであった。
そうして、自分の主人が自分の周囲から十分に距離が離れた頃合を見計らって、その鋭すぎる指をカチンと鳴らす。
その音に反応するかのように天井裏からは無数の全身真っ黒の人型が2人ほど、ほとんど音もたてずに降りてきた。
「それでは、クレハお嬢様の護衛及びいざというときの対処、よろしくお願いしますよ。
……しかし、決して先走ってはいけませんよ」
「――了解しました、サーヤ様」
「―――×××××」
「Q、いつものグロこわ常連さんにあいさつしに行ったらありえないくらいお土産をもらった件。
この突然のプレゼントの真意を答えよ」
『――検索完了 イタリアン・マフィアの法則を発見。
ただちに警戒度を引き上げ及び、戦闘準備に入ることを提案します』
「懐かしい言葉だなそれ、でもさすがにそこまで警戒する必要は……いや、どうだろうなぁ。
一応ないとは思うけど、贈り物やレンタルした機体に一通りスキャンをかけてくれ。
そっちがスキャン終わり次第俺も手動で確認してみるから」
自分がかつて埋め込んだルーチンの一つに思わず、笑いそうになるが少し気を引き締めて今回の交渉の戦利品を確認した。
さて、現在は彼らはジートライ星で交渉を終えて再びぼったくられ星へ向かう途中である。
今回ジートライ星に向かった理由は譲り受けた惑星の調査のために借りた探索用機械の返還、そのついでに新惑星での活動用の機械でも見繕うためであった。
しかしながら、なぜか今回はやけに顔見知りの星盟主何人かからの声を掛けられたり、慰めてもらったり、さらにはその中で一番のお得意様のクレハお嬢からあまりの過剰な接待及び色々な機械を譲渡あるいは無料で借りれることになったのであった。
こちらとしては、前回の冷遇具合からの突然の掌返しに警戒せざる得ないというのがなによりの本音ではあるが。
よくみたら、今回の面会でクレハお嬢はいつもよりやたら攻撃性の高いフォルムをしてた気がするし、会談中に無数の写影族のSPが周囲にうろうろされてたから何かあった可能性が高い。
特にこちらの船にまで侵入しようとした写影族にはお眠りいただいたが、今思い出したらあれは彼らなりの挑発や攻撃の類だったのではないか?
もしかして知らぬ間に宣戦布告されてた?まっさかぁ。
「というか、私としてはマスターが今回の無茶な依頼及びひどすぎる報酬ゆえにクレハさんを脅したり暗殺するものとばかり思っていましたが、本当にただの会談で終わりましたね。
……腕の一本や二本もらっておいてもよろしかったのではないでしょうか?」
「いやいや、さすがにそこまで俺も短気じゃねぇよ。
俺は基本平穏で穏便な性格で有名なんだ、ほら、あのクレハのお嬢もそんなこと言ってただろ?」
「平穏で穏便な性格の人は暗殺などしません。
あのおべっかを本気にしているのは多分あの人とマスター本人だけですよ。
だからこそのあのシャドーの暗殺者の押し入りでしょうし」
「……やっぱり、あれって暗殺者だったのかねぇ。
それと、あれの上司はクレハ?それとももっと別の誰か?」
「残念ながら、それは聞き出す前に自眠されてしまったため不明ですね。
まぁ、さすがに自分の主人の目と鼻の先で会談相手を殺すとは考えにくいとは思いますがね」
そんな取り留めもない応答を繰り返しつつも、ハルと二人で送られた機械類の点検を続けた。
なお、現在のハルが使っている義骸はいわゆる人間の女性型であり、なおかつやけに美形な顔立ちであるが、これは本人(あるいは本機)の趣味である。
だんじて、私が自分の趣味ではないことをここに断言させてもらおう。
「……で、結局のところ、今回クレハからもらえたこの機械は……どんな機械なんだ?」
さて、一通りもらった機械にウィルスやら生物兵器やら爆弾が備えられていないことを簡易に確認した後、改めて機械を点検しながらハルに向かってそう尋ねた。
「これらは俗にいう本格派の惑星テラフォーミング及び開拓用機械です。
どれも少々型が古いですが……それでも帝国製の正式採用品ばかりですよ、よかったですね。
見たところ、どれも保存状態が良いようですし、どれもジートライで実際使われたもののようですし、惑星サイズや重力もそれほど変わらないことを考えると、どれも我々の今回手に入れた新惑星で問題なく使用できることでしょう。
農業キットと宇宙船用港湾製作キットもあることですし、せっかくだし星間サービスエリアでも作ってみますか?
これだけの機械があるならば、建物の強度さえ考えなければ惑星丸ごとコンビナートにすることも夢ではなさそうですね」
「流石にそこまで頑張る気はないんだけどなぁ。
相変わらずあの雇い主はいろいろとずれてやがるな」
これを渡してきたときのクレハの満面のどや顔を思い出し、思わず苦笑してしまう。
しかしまぁ、これはある意味いい機会なのかもしれない。
自分は今まで地球に帰ることばかりを優先して考えていたため、いざというときのための基本的な拠点と呼べる拠点は持っていなかった。
それは値段やら根無し草である事への愛着といった理由からであったが、数百年単位で帰れてないとなると、根無し草の星屑のままでは地球への帰還は困難だということが、もう嫌というほどわかってきた。
そろそろまともにどこかに腰を据えて、ゆっくりでも確実に帰還のためにこつこつと準備しなければならない時期なのだろうということはなんとなく悟っていた。
「ま、流れが来ているから、そろそろ諦めて拠点の1つや2つ作るとしますか!
……にしたって、あの場所は辺境すぎて通勤するには立地が最悪すぎるけどな」
「それはいい考えですね。
あの惑星は辺境ではありますが、ぎりぎりこの船につけられたレーダーであればジートライ星を通して中央の情報や外部への連絡もできますし、ワープなしの移動もギリギリ現実的です。
さらに、貯金さえ貯まれば宇宙船移動用の≪ワープホール≫を衛星代わりにセットしましょう。
そうすれば、交易の面もぐぐぐっとよくなりますよ。
どうせなら、星屑事務所を設置するのもアリではないでしょうか?」
「やだよ、業務用≪ワープホール≫設置できるほどの金があるなら、中央で拠点買うわ。
もしくは銀河外用のレーダー」
人生は実に思い通りにいかないものだと溜息を吐き、観念して贈られた機械群を改めてチェックする。
無論自分は農業の専門家やエンジニアの類でもないため、点検時のデータや仕様書を見てもその良し悪しはわからない。
しかし、それでも今回渡された機械群が個人が惑星に移住する飴にしては過分なものだということぐらいはわかった。
「これは【念油製造機】か。
少し小さいが……まぁ、俺個人で使う分にはこれで十分だろ」
「簡易タイプですが、あの星は有機物を含んだ塩水が大量にありますからね。
当艦の運用用途以外にも、生活用の【念油】も生成できそうです。
それに中身が良品の新品みたいなのでしかるべき改造をほどこせば、【念油製造機】自体を増やせそうです、そうすれば大陸一つ分の念油ぐらいはこれだけで補えると予想できます」
「改造前提に話すなよ……ところで人工衛星の設置はどうだ?
一応はソーラーパネル付きのオーソドックスな奴だから、よっぽどのことがない限り問題はないと思うが」
「コンタクト成功、通信も順調です。
圧縮開放したり設置しなければ、本当におかしいかどうかもわかりませんが基本気象衛星の類であるので、よっぽどのことがない限り問題は発生しないでしょう。
あ、しかし、これには光子力及び重力制御装置と砲台もついていますね。
これは便利ですね、いざ暴漢や宇宙海賊に襲われそうになった時は、重力砲とレーザーの二重奏で撃退することが可能と予想されます」
「……ちょっと、個人の気象衛星にしては火力が高すぎない?」
「大丈夫ですよ、出力最大にしても精々惑星地表面の気候を変えたり、生態系が少し崩れる程度です。
貫通まではしません」
「ちょっとその対比はおかしくない?」
元地球人としての常識がおかしいのか、このAIの頭がおかしいのか。
協議の結果、この気象衛星に付けられていた兵器にはリミッターをつけることになったのは当然の流れといえるであろう。
無論、これ以降ハルによる機械の点検が不安となり面倒くさいが一つ一つ機械を解説してもらう流れになったのは至極当然のことと言えよう。
「この【農業用重力制御】とやらは?」
「はい、これは重力の異なる惑星で超重量作物や浮遊作物を育てるときに使用する装置ですね。
さらに使い方によっては空中での栽培や作物の成長の調整など様々な利用法ができる帝国でごく一般的な農作業機械の一つですね。
マスターの故郷ではご使用されなかったのですか?」
「ああ、うちの故郷だと少し厳しそうだな。
……少なくとも五〇平方キロ(OR 周囲五〇キロ四方)を100Gにしてつぶし尽くせるマップ兵器を農業用機械と呼びたくはないかな」
「悪用すればなんでも悪く使えるいい例ですね。
そんなこといったらこの【作物収穫用円盤】は農作物には収穫と同時に脱穀や精製、家畜相手には屠殺と血抜き同時にしますので、これを現地生命体に設定すれば一気に虐殺兵器もどきとしても運用できるという理論になりますね」
「……無論、セーフティはついてるんだよな?」
「それは、あなたか私が設定すればできますが……少しタイプが古くて私では難しそうですね。
マスターはどうですか?」
「俺が知るわけがないだろう。
とりあえずこれは金輪際封印な」
次から次へと出てくる無数の危険兵器もどきという名の宇宙用農作業具。
宇宙でエイリアン相手に狩りをしていた自分であるが、明らかにそれらの武器よりも物騒な気がするのはいかがなものか。
そうして、その中でもことさらにやばいと思えた機械がこれであった。
「……なんだ、この【逆算式遺伝子型生物複製装置】っていうのは。
どうみても、不吉な響きというか、これは本当に惑星開発余暇アウトドア用の機械なのか?
生物災害バイオハザードを発生させる何かとか、自分のコピーが生まれる危険な機械にしか思えないし、そもそも帝国法では個人でのクローニングによる生物兵器の製造は禁止されてなかったか?」
自分にとってはすごくまっとうな本音を言ったつもりであるし、自分と同じ地球人である者たちなら同様の感想を持ってくれることであろう。
義骸姿のハルはまるで最新機械におびえる原人を見るかのようなあきれ顔でこちらをみるばかり。
高度な学習装置付きAIである彼女であるが、食事事情について覚えろと言っても全く進化しないのにこういうやけに人間臭い仕草だけはきっちりと覚える。
くっそ、顔が整っている分だけうざさも5割増しだ。
「この機械は別に戦争用兵器製造機やクローン製造ではなく、ガーデニングや個人農業用の機械です。
わかりやすく言いますと、この機械は所有者の遺伝子を解析し、その生体や遺伝情報からその生物に近い種類の生態系を演算し、その生物住んでいた星にいたと思われる生物に近しくかつ安全な生物を生成する装置なのです」
いやいや、言いたいことはわかるがそれでも少々この機械は物騒すぎやしないだろうか?
他人に自分の遺伝子をむやみに解析されるのですら不安が出てくるのに、その自分の遺伝子を改造されてるのはかなりの抵抗感が出る。
しかも、わざわざ農業始めるためにここまで高度な機械が必要とは思えないのも本音である。
「何を言ってるんですか、移住可能惑星が多様化している現代でこのような機械でも使わないと現地で目的の作物が作れるわけがないでしょう。
それともマスターは自分の故郷の植物を装置もなしに移住先の惑星に適応できるようにすぐさま改良することができるとでも?」
「いや、まぁ言われればそりゃそうだけど……」
理論としては納得できるが、倫理的な意味では納得できないもやもや感たるや。
聞けば聞くほど、必要なのはわかるが惑星開拓のモチベーションは下がるという絶妙に嫌な解説具合はある種の才能といえるであろう。
「……まぁ、そんなに不安なれば物は試しです、マスター適当な畜産ペットなどを思い浮かべながらこの装置の生体及び思考抽出機に触れてみてください」
「え、いやなんだけど」
「触れてください」
「いやだけど」
すったもんだの口論の末、明日の晩御飯に高級な方の保存宇宙食を食べられるという約束によりこの【逆算式遺伝子型生物複製装置】とやらに触れてみる。
指で装置に触れるとその機械がピコピコと作動し始め、その手順に従い次に生成するべき生き物を思い浮かべる。
思い浮かべるのは犬、シベリアンハスキー。
黒白で人懐っこくもりりしい顔の犬であり、かつて自分の祖父母の家で飼われていた犬である。
どの程度リアルに想像想起すればいいかわからず、とりあえず今でも思い出せてかつぱっと頭に出てきたそれを創造したわけだが……。
「へぇ、これは……犬!
しかも【アルタイルハスキー】ですか!小型で可愛い、銀河中で最もポピュラーな愛玩動物の一つですね。
この犬は、マスターの惑星にも自生していたのですか、少し意外ですね」
「いや、何だこの生き物は。
俺は知らんぞこの妖怪は」
「え」
演算が終わり、装置に生成する生き物の設計図が浮かび上がっているが、それは自分の想像していた生き物とは大きくかけ離れた生き物であった。
黒白の長い毛、キャンキャンと叫ぶ鳴き声、鋭い嗅覚に人懐っこくも忠誠心が強く、鋭い牙がある、優れた耐寒性と長距離疾走可能な強靭な体力・持久力を持つ。
ここまではいい。
しかしなぜ、それが長い鼻やら単眼に無数の触手に触覚を持つといういらない特徴が付け加えられているのだろうか?
「こんな生き物がこの銀河で愛玩用として広まってるとか初めて知ったぞ。
相変わらずこの銀河系での美的感覚おかしすぎるだろ」
「そうですか?これ、普通にかわいくはありませんか?
こう、具体的にいうなればくりくりした眼球ともふもふした毛が可愛い……かわいくありませんか?」
「いや、これがかわいいならまだモップの先っぽの方が可愛いわ」
「頭大丈夫ですか?」
これにより分かったことは、ハルの美的感覚もおかしいということとこの【逆算式遺伝子型生物複製装置】とやらは思った以上にポンコツな機械のようだということだ。
さてこれもさっそく返品もしくは封印候補に追加しようと決意したが、それに対してハルは大きく反対するのであった。
「……マスター、なればこれを使わずして現地での食料や栄養の補給はどうするのですか?
流石に保存食の量には限度はありますし、炭素キューブも決して万能ではないんですよ?」
「だったら、普通に現地の動植物を食べればいいだろう。
幸いにも、あのアノマロカリスや巨大魚も普通の炭素生物っぽいからな。
久々に合成食品でない刺身の盛り合わせを食べたいと思ってたところだ」
「冗談はよしてくださいマスター。
あんな食用でもない、どんな毒や危険があるかもわからない現地生物を食べようだなんて、正気とは思えません。
どう考えても、こちらの【逆算式遺伝子型生物複製装置】でおとなしく作物を作ってそれを食べた方が安心安全です。
正直マスターのその意見には自棄になっての発言としか思えないのですが」
まさかのジビエ全否定である。
猟師さん方に謝れ。
「いやいや、俺は普通に正気だぞ。
そもそも何のための機臓だ、こういう時に好きなもの食べても腹を下さないためだろ。
それに、向こうの星にいたのは危険生物はせいぜい巨大蟲や恐竜もどき程度だからったその程度なら俺の体内にある機臓程度でもなんとかなりそうだろ。
けどその機械はアウトだ、もう聞くだけで自分の制御できなさそうなやばいものができるのは確定だろ。
俺は嫌だぞ、人間の遺伝子からできた謎の化け物を退治するとかいうB級映画シナリオを体験するのは」
「文明の利器を原始脳で全否定しないでください、科学者に謝ってください」
こうしてまたも互いの意見は平行線になったのは言わずもがな。
数日の間ハルとこれについて長い間口論を続け、結局は一度使ってから封印するかどうかを決めるということに落ち着いたのであった。
「ならば見せてみましょう!私の高性能AIによる確かな遺伝子コーディネートというものを。
最高のコーディネート作物を見せて差し上げましょう!」
船の窓の外に映る惑星を背景にハルのやけに自信にあふれた発言を聞きながら、こちらは言いようのない不安を感じるのであった。
そして、無論、自分の予想はずばり的中したのであった。
「……これは?」
「これは、マスターの言っていた【イネ】とやらの穀物系植物を基に作った作物、その名も【イ=イネ】です。
発育に大量の水と念油、それにいくらか炭素化合物と精神波さえあればこの惑星内であるならば、北極点から火山の真上であれ育てることができます」
「あの、無駄に伸びている花弁からの触手は?」
「あ、不用意に手を近づけないでくださいね。
体格差があるため大丈夫ですが、一応これは食虫植物でもありますので」
そのセリフとともに、目の前に飛んでいた体長30センチを超えるトンボがこのイネから伸びた触手に巻きとられ、パリバリという音とともに捕食されるショッキングな光景が見せつけられる。
「……うん、これはまあいい。
次は鶏だな。どうやら自信作のようで……うん、でかいな」
「ええ、マスターは大きい肉がお好きのようですのでそれに合わせて調節して見せました。
無論、羽毛や皮の類も調節済み故、やろうと思えば防寒具や装飾品として加工にも耐えられます」
案内された先にいたのは体長2mを超える巨大な怪鳥。
紅い鶏冠と首を持ち上げると見降ろされる形になるのがなお一層の迫力が増す。
なお、体格自体は鶏のそれなため、基本横に大きくもこもこしている羽毛のせいで容積が倍位は大きく見える、中型の乗用車ほどもある鳥の化け物がそこに鎮座していた。
色々困惑しつつも、恐る恐る触ってみようとした瞬間その巨鳥を中心に発せられる爆音のような超重低音が発せられた。
「あ、少々鳴き声が大きいのですが別に毒性はないために、ご安心ください」
「鼓膜が破れかけて、ナノマシンのセーフティが働いたのは無視ですかそうですか。
それにしても、流石にこいつは大きすぎじゃないか?
こんなに大きいといろいろ危なくない?」
「大丈夫ですよマスター。
この鶏は自衛力もそれなりにありますので。
いくらその身がおいしいといっても爆音咆哮以外にも、砂袋から発せられる土砂弾やモース硬度9を超える爪による一撃。
さらにはあらゆる毒や菌に念力への強い免疫と100馬力を超える怪力のおかげで、この惑星にいる野生動物ごときにはそう簡単はやられないでしょう」
「そういう意味での心配じゃねぇよ」
聞けば聞くほど、どんどん頭が痛くなっていくハル自信作の家畜作物類の数々。
ダメそうとわかっていながらも、任せてしまったこちらにも問題はあるがそれにしたってこれはないと思ってしまう。
……そして、その極めつけがこれだ。
「……たしか、ここには≪和牛≫の類がいるって聞いたんだけど」
「はうっ?」
そこにいたのは一つの哺乳動物。
一頭二足二手、呼吸は普通に肺呼吸で心臓や脳が重要臓器。
脊髄を中心に骨による体骨格を形成し、酸素を吸って二酸化炭素を吐く温血動物。
さらに普通の多数の有機物や水を摂取し、それは基本経口摂取。
別に触手やらレーザー照射やらはしないし、驚くほどの巨体や謎の生態も持っていない。
そういう意味では、ようやく出会えたごく普通の生物と言えるであろう。
「?どこかおかしいですか?
やはり、胃が複数あることや頭部に生えている角はいけませんか。
マスターのいう倫理感覚とやらはいまだによくわかりませんね」
「いや、そこは問題じゃねぇし、胃の数とか外から見てぱっとわかるものでもないだろ」
「はふっ」
目の前にいるハル曰く≪和牛≫の頭をなでながらそう答える。
確かにそれも特徴的であるが、それもこいつが本当に牛ならば問題ない。
いや、この際別に頭が二つあろうと口から火を吐こうとも、最悪実は惑星破壊爆弾を腹に抱えていたとしてもこいつよりも絶対ましだ、はっきりとそう言えるだろう。
「それでは何が不安なのですか?
肉に毒性無しの哺乳類で、特徴的な身体的特徴なし。
ただちょっと、普通より精神発達の具合が早くて、全身に毛が無く頭部のみに集中しており、二足歩行。
いわゆる人型で少し生物学的特徴がマスターの生物学的特徴と大きく一致しているだけでしょう?
何がそんなに問題があるのですか?」
「概ね問題しかないぞバカヤロウ」
まさか、角付きとはいえ家畜扱いの≪人≫を作られるなんて予想外過ぎるだろ。
こいつを食肉のために量産や飼育するとか、うっそだろおい。
「はっふ~♪はわうふ~♪♪」
此方に頭を擦り付けてくる和牛人間(♀)をなでながら、癒されながらもなぜか同時に多大な疲れを感じる。
自分はただ、ちょっと焼き肉を久々に食いたかっただけなのに……どうしてこんなことになってるのだろうか。
その微妙な憂鬱の気持ちはこれから先の惑星開発の先行きを暗示しているかのようであった。
ここまで読んできださってありがとうございます
ご感想をしていただけると幸いです
喜びます