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その1


泊地なき泊地―レイヤール星―


この星は物理的質量をほとんど持たない星であり、一種のホログラム、立体映像に近い星である。

無論、こんな惑星ともなるとこの星に有用な鉱物資源や燃料の類なぞあるわけもなく、そもそも有機問わず無機物生命体ですらこの星で生存していくのは非常に困難だろう。

だがしかし、それでもなおこの星で生活できる宇宙人というものがあり、それが光波族や写影族といった存在である。

彼らのうち少なくない種がそもそも生存にまともな有機物もしくは無機物の栄養を必要としない種族であり、我々実体を持った生命体とは違い、彼らにとってはこの星は一種の安全地帯であった。

銀河国間の争いの種となる有機物や資源もないし、惑星攻撃されようにも実体がないゆえにほとんど被害を受けない。

基本生存に空気も水も必要ない種族である彼らは、そこで思う存分に光子を操り、光でできた建築物や機械のおかげで、そこそこ平和に過ごすことができた。

……が、そんな生存能力が強すぎる彼らでもこの星は一つ問題があった。

それは、この惑星にほとんど彼ら以外の宇宙人が来ないのである。

それは当たり前だといいつつ、彼らにとってそれはかなり重要な問題であった。

なぜならこの光波族、その多くが他の宇宙人との交流そのものが生存に必須であり、いわゆる一種の食事や飲水と同じ栄養補給行為として必須であったからだ。

というわけで彼らは考えた、他の惑星にはいきたくない、しかしさりとて他宇宙人と全く交流しないわけにもいかない。

そこで彼らの考えだした結果、ここは【実体のない泊地】にした。

わかりやすく言えば、この惑星近辺に停泊した宇宙船の乗客と巨大な精神波(テレパシー)でつなげる。

するとどうでしょう、そこには実体はないが交流できるいわゆるVRな酒場や観光地が現れるではないか!

無論、普通の交易の中継点とは違い、実際にそこで燃料の補給や宇宙船の修理なんてものはできない。

しかし、それでも巨大な精神波(テレパシー)を使えば、船にいる相手でもそのまま星間移動の旅の疲れを精神的に癒すことぐらいはできる。

さらにここにくる固定客ができたことにより、そのうちの数人はこの星の地理的有用性を理解し、この場を情報交換の場所としても利用するものも出てきた。

そんなこんながあり、現在このレイヤール星はこの銀河の中でもかなりかわった観光惑星となったのであった。


「とりあえず、電子肉の盛り合わせと電子米、電子コーラで」


「それでは、私はこの電子爆裂ピスタチオと大盛電子羽トカゲ肉で電子血酒」


≪ハイハーイ、了解イタシマシヤー!≫


光波傀儡特有のキンキンした精神波に側頭部にないはずの痛みを感じる。

とりあえずのお通しと先に出された飲み物をもらい、ピリピリとしたのど越しは炭酸のはじける感触を楽しむ。

無論、これ実体のないただの幻覚、巨大精神波(テレパシー)によるまやかしのご飯である。

現実の自分は今頃レイヤール星の近くで宇宙船の中、一人横になっているだけであろう。

しかし、そんな寂しい状況になってなお、この飯を食べるためだけにこの星へと来る価値は十分にあるといえるだろう。

無論ここの食事は腹にはたまらない、しかしそれでも一般的な宇宙食と比較すればかなり上等なまともな味の食事を楽しむ事ができる。

長い星間旅行の旅にはこう言った娯楽も大事であると私は考えており、例えそれはナビに燃料の無駄と言われようと近くに寄った際に一旦ここに停泊することを選択するくらいには私はこの星のことを気に入っていた。

人は無味のパンとスープだけでは生きてはいけないのである。


「いっつものその電子羽トカゲ肉頼むけど、それってそんなにうまいのか?」


「正直食用肉としては微妙だと思うよ。

 筋張ってるし、硬いし、味だって臭みが強すぎる。

 でもね、私にとってトカゲ肉ってそういうものだからね、望郷の思いができるなら食べておきたいものなのだよ。

 なお本物はもっと硬くて臭い、一日で食べるもんじゃない」


自分の向かいに座っていた彼女はそう言いながら、器用にも片手でピスタチオの殻を剥き、もう片手でナイフでちぎったその分厚い肉を口へと運ぶのであった。

なお、自分は彼女が食べている羽トカゲ肉とやらが本当においしいか少し気になるが、残念ながら実際に食べたことがないため何とも言えないのが本音だ。

なぜなら、ここの料理は基本的に本人の精神波(テレパシー)を感知してそれに合わせて料理が出るため、食べたことのない料理はそれっぽいだけの見た目だけが似た料理となり出てくるからだ。

もっとも、精神波(テレパシー)を感知している一般料理も決して完璧に味を再現されているわけではないのは言わずもがな。

もっとリアルなものや自分の理想の料理が食べたい場合はこの星の中心部の高級観光地へ行く必要がある。


「……ちょっと理解しがたいな」


「そっちだって、無料だからってうまくもない電子米頼んでるじゃないか。

 それと一緒だよ」


「そういうもんか?」


「そういうものだよ」


そういいながら、彼女はこちらに向かって剥き終って空になった殻をこちらの額へと投げつけてくるのであった。

なお、今自分の向かい合っている彼女の名前【マウス】、炭素系哺乳類型の宇宙人である。

見た目的には自分たち人間ーいわゆるホモサピエンスーに近いように思える。

しかし、その身に長いしっぽと特徴的な丸耳が頭部に生えているのが一般ホモサピエンスとの何よりの違いなのであろう。


「どうせなら、君も食べるかい?

 ほれ、美女の間接キスだぞ、ほれ、アーン♪」


「いやだよ、それで生死のはざまをさまよったのは未だに忘れねぇぞ」


「……まったく、ここは現実でなくレイヤール空間だぞ?

 精神空間で細菌感染なんて起こるわけがないから、安心してくれてもいいのに」


「おまえな、その理屈で以前【医療用ナノマシンがあるから大丈夫】とかいって、生身でキスして人を殺しかけたやつはどいつだっけ?

 あの時の内臓が焼き尽くされる感触、いまだにはっきりと覚えているぞ」


「いやはや、君もしつこいね。

 それでもまだ、実際にこうしてお互い生きているわけだ。

 それほど気にしなくてもいいのだろうに」


彼女はほほを膨らませながら、こちらに向けていたフォークを引っ込め、そのゴムタイヤより分厚い肉塊を頬張るのであった。

この【マウス】、一見はこちらと同じ哺乳類系宇宙人な上にとっても親しみやすく、その上気安くやさしい。

ひとたび油断すれば、色々と気を許してしまいそうになるのが本音だ。

……が、残念ながら、彼女の本質は【毒袋】である。

彼女はその体質として、無数の超危険細菌や生物兵器に全身を犯されており、その唾液一滴から体毛一本に至るまで、ほんの少し嗅ぐだけであっという間にこちらを殺してくるような危険生物そのものである。

それこそ生身で接触しようとすれば、それだけで手が爛れ、皮膚が腐れ墜ち、一線を越えようとすれば三途の川を渡ること必至になるほどだ。

その昔、何も知らない自分がかなり近しい宇宙人であるというだけで彼女と生身で初接触した際は、なんども奪衣婆のお世話になったのはいまだに忘れがたい教訓である。

自分の性器が腐れ落ちる光景なぞ二度と見たくない光景そのものだ。


「さて、前回の会合からこんな早く戻ってきたってことは、件の狩りが大成功したか大失敗したかのどちらかだと思うが……その様子だと後者かな?」


「残念ながら、狩り自体は成功だ」


「となると、また報酬の方が問題か。

 君もつくづく運が悪いね」


彼女はけたけたと笑いながら此方の頬をつつこうとしてきたので、それをツイっとかわす。

かわされたことに不満なのか、しかしながら、こちらとしてもこればかりは本当に頭の痛い問題なのである。

そもそも、こちとら仕事はきっちり選んでいるおかげで、仕事の達成自体はきっちりできているつもりだ。

しかし、それなのに依頼主運がことごとくよろしくなく、炭素型宇宙人なのにとか、仕事が早すぎるなどでしょっちゅう雇い主ともめてしまう。

こっちとしても雇い主とは温厚な関係でありたいとは願っているものの宇宙船の維持費やら何やらのせいでそこまで悠長なことを言ってられないのも本音である。

そうして今回もまた、相手は帝国という大型依頼主なのにまた問題が発生してしまったのは頭が痛いどころの話ではないのだ。


「帝国は基本金払いがいいか、まったく払わないかのどっちかなのにねぇ。

 普通に報酬でもめるっていうのは珍しいね。

 いったい今度は何をやらかしたんだい?」


「勝手に人がやらかした前提で話すのはやめてくれないか?」


マウスの苦笑へと反論しつつ、口の中の電子肉をむりやり電子コーラで流し込み、今回おきた事情を簡単に説明した。

しかし、いくら自分が丁寧親切に説明しても彼女はこう一笑して返すだけであった。


「つまりは、相変わらず君は人を見る目がないわけだ。

 まさか、相手が帝国の高官だからって、約束を守る義理堅い奴だからって、絶対に正規の成功報酬がでると思ってしまったわけだ」


「い、いや、そこはふつう出ると思ってしまうだろ」


「いやいや、相変わらず甘いね君は。

 今の時勢、いくら帝国政府の高官だからといってこんな辺境の星が拠点でまともな追加出費をだせるわけがないではないか。

 ましてやそれが、まともな高官ならね。

 むしろ、もし君の依頼主が悪徳領主ならもう少し希望はあっただろうにねぇ。

 それならきっと、関税や袖の下で財布が潤っているだろうな」


マウスは相変わらずのしたり顔でそう講釈をたれていた。

その見事などや顔にいら立ちは覚えるものの、彼女の言うことは一理ある。

そもそも帝国であれ共和国であれ、銀河の辺境というのはそれはそれはすたれているものだ。

優秀な人材はまず中央に集まるし、となると税収やら金も中央に集まり、商人も中央に行くばかり。

となれば地域が発達するためには中央が地域へと資金援助をしなければならないわけだが、現在帝国も共和国もどちらも軍事費用を増やすばかりで地域援助などに金を回している余裕がないのだ。

そんな中で辺境の大抵の領主は重税を課すやら違法行為といった方法やらで金を稼いで資金繰りをするわけではあるが、残念ながら今回の依頼主である領主は善良な領主、圧政による豊富な資金繰りなどはとてもとても期待できないのだ。

要するにクリーンであればクリーンであるほど地方領主というのは金を持っているわけがないのだ。

言われれば納得する、ある種当然の理であった。


「……でも、それだって言い方ひとつの問題だろう。

 そもそも悪徳な領主なら、俺たちに依頼をしてもまともに報酬を払おうとしないタイプのあくどさを発揮するかもしれないじゃないか」


「だから、そういう依頼主かどうか見極められるようになって、はじめて優秀な【星屑】であるというわけさ!

 ま、君はソロの狩人(ハンター)だから、そういうことまでは手が回らないと思うがね」


「お前も基本はソロのくせに、よく言うじゃねぇか」


マウスは嫌がるこちらを無視して、此方に向かってやけに殻の堅い電子ピスタチオのみを選んで渡してきたが、殻のみを剥いて返却させてもらう。

こいつは自分とは違い依頼を受けること自体はそこまで多くはないが、確実な依頼主を発見してきてその仕事だけきっちりこなすタイプ、名前に反して堅実な奴だ。

自分は初めのころは同じ傾向であったがなぜか最近はとことん依頼主運が悪いせいで、多忙薄給という悪循環になっている、かなしぃなぁ。

しばしば正論というのはそれだけでこちらを傷付けるものである、ましてやそれが図星であればあるほどだ。


「まぁ、私は君の星屑としての腕が劣っていないのは重々承知している、特殊技能もばっちりで、性格も◎だ。

 だが、それだけでは上手くいかないものなのだよ。

 レアな遺伝子系の炭素生命体だと言うのはそれだけで信頼度マイナスなのだからね。

 それにしたって、君の仕事ぶりはもっと評価されてもいいとは思うけどね」


「……いきなりこちらを誉めてどうした?

 怪しい詐欺前のおべっかとしか思えないぞ?」


「いやいや、これは私の心からの本心のつもりなんだがね」


殻の剥がれた電子ピスタチオを手でいじりながら、彼女は此方に屈託もない笑顔を向けてくる。

……なお、このネズミ野郎はこんな理解者面しながら、時々本気でこちらを殺しかけたり、襲撃してきたりするから実にやっかいな奴である。

見た目が人間の女に近いからこそ、日頃はこんな風にまるで親しい友人のように接してくるからこそ、なおさらそのギャップに恐怖するのだ。

普通の感性を持っているなら、もし相手が自分を一度ならず二度までもこちらを殺しかけてきたのなら、きっちり息の根を止めるか二度と出会おうとは思わないだろう。

が、残念ながらこんな相手であっても自分にとって数少ない友人であるのだ。

殺し屋が親友とか言うこの悲しい現実に涙を抑えながら彼女から差し出された電子肉の刺さったフォークを押し返すのであった。

さて、そんなフォークが押し返されて一瞬しょぼくれた顔をしたマウスであったが、気持ちを切り替えたのであろう。

彼女はいったん食器を置き、真面目な表情へと変化させつつ、こちらの眼をまっすぐ見つめながら口火を切るのであった。


「さて、ここからは真剣なビジネスの話だ。

 先に言ったとおり、私は君が思っている以上に、いや誰よりも君のことを高く評価している。

 それこそ、私の今まで大事にしていたポリシーを破ってもいいと思えるほどにね」


「……で?なんだ、ということはもしやまた共同依頼のお話か?

 でも、なんと言われようと解放軍レジスタンスの依頼は参加しないぞ。

 さすがにこちらにも義理というのがある」


彼女の真剣な表情に嫌な予感がしつつ、こちらから先に話題を牽制したがどうやら話はそうではないらしい。

そして、彼女は一瞬ごくりとつばを飲み込むと、まるで覚悟を決めたような表情をし、宣言するのであった。


「そういう一次的なものではない、もっと長期的話だ。

 そうだ、君さえよければであるがこれから私と……「失礼、少々遅れましたがお待たせしてしまったでしょうか?」……っち」


が、彼女のその覚悟の宣誓は他からの乱入者によってさえぎられたのであった。

あまりのタイミングの悪さに、マウスはこちらにすら聞こえるくらい思いっきり大きな舌打ちをした。

いや、こちらとしては彼女が大事な話をしたかったであろうことはなんとなく理解したが、それでも自分がこの星に来た本来の理由はこいつとだべるためではなく、あくまでこの交渉人との待ち合わせのためでなのある。

だからそのような態度をとられると自分の後々の報酬にも影響が出るかもしれないからやめてください。


「……っふ、まぁいいか。

 いやなに、ジャマしたね。

 また近辺に来ることがあるならぜひ、メールか電報でもよこしといてくれ。

 なんなら、私の宇宙船に飛び入り参加してくれても構わないからさ」


彼女はそういうと、席を外し、おそらくこの空間から覚醒ログアウトしたのであろう、砂の塔が崩れるかのようにその姿をくらませた(くらました)のであった。


「会話中に失礼しました。

 あのままだと長引きそうでしたので。

 ……ではまずは感謝を、あなたのおかげでまた一つこの帝国領の平和を乱す悪の根を絶つことができました」


「いえいえ、こちらこそ。

 私の方こそ、帝国のために少しでもお力になれたら幸いです」


そうして今度はこの謎のビジュアルな交渉人とのあいさつと社交辞令である。

それに続けるかのように依頼内容がどんなものであったか、討伐にはどれだけの浪費があったか、またどんな気になることがあったかなどを報告していく。


「と、いうわけでこちらが今回の討伐にそれなりの労力を費やし、苦労もしたのがわかってもらえると思います。

 そして、帝国は功労者にはそれにふさわしい報酬を与えるものとされています。

 さらに言えば、今回は事前に書面を通してきちんと契約も致しました。

 つまりは……わかりますね?」


意訳するところの、いっぱい報酬ちょうだい♪とできるだけかわいらしく頼んだつもりであるが、残念ながら向こうの財布のひもは固いようだ。

向こうはこちらの意向を無視して、直接報酬の増額をするわけではなく、こんな提案をしてきたのであった。


「……それに関しては、こちらから一つ、我が主から伝言があります。

 『今回の報酬、現物支給でどうだろうか?』とのことです。

 無論、それは高性能の銀河間レーダーでもありませんし、現金やレアメタルの類でもありません。

 しかし、もしかしたらこれはあなたに大いに気にいってもらえるものかもしれません」


その声とともに、その交渉人が渡してきたのは一枚の思考メモ。

その内容は銀河海図であり、どうやらと帝国領の辺境も辺境、俗に言う未開地領域にある一つの惑星の場所を示していた。


「じつは、その惑星はつい先日、我らが領主様が新たに発見された惑星なのです。

 帝国保有の銀河の辺境にあったため、事前調査で惑星があったとしても交易地としては絶対に使えないため調査が後回しにされていましたが、つい最近調査が終了したばかりなのです。

 調査では、その惑星には特に危険な物質や謎の原生生物やエイリアンの反応はなし。

 無事に、新しい帝国領の移住可能惑星として登録されました。

 さらに、今までの惑星調査費用および帝国への功績に対する報酬として、我らが領主様にボーナスとして惑星の保有権が授与されたのです」


「……それはおめでとうございます。

 それと今回の依頼とにどんな関係が?」


なんとなく流れとして、この交渉人がこの先になんと言うかわかってはいる。

それでもなお、自分の考えが間違いであることを期待して、その交渉人からの返答を待ってみた。


「はい。それでですね、今回、貴方が抹消してくれた危険因子および今までの無数の功績を認め……

 その惑星の自治権および保有権を有能な銀河狩人(ギャラクシーハンター)である【温血】様に差し上げたいと思います!」


顔が見えなくても満面の笑みを浮かべているであろう、その交渉人のあんまりな提案。

此方との事前の約束を無視するような案に対して、意図せずも睨み返してしまったのも仕方ないといえるだろう。


「すいませんが、その報酬は私にとってはあまりに荷が重すぎます。

 こちとら宿無し荷物無し根無し草の自由業の【星屑】。

 惑星一つもらってもどうしようもないわけですのでね、そこまで価値があるものではなくていいのでもっと安くても手軽に売りやすいものをですね」


しかしながら、つい先ほどマウスと取引先との健全な付き合い方とやらについて話し合ったばかりだ。

なんとか感情を表に出さず、やんわりとその報酬を断り、この際高性能な銀河間レーダーでなくてもせめて元々の報酬である帝国貨幣を報酬としていただこうと思った。

が、しかしどうやら向こうもなかなかにしつこい奴であり、こちらに報酬代わりにその惑星で手をうてと言外に押し付けてくる。


「……別に税を納めろやら、部下への編入を強要したりはしませんよ?

 それに【温血】様ほどの一流の【銀河狩人】ならそろそろ大型拠点の一つや二つ、持っておいた方が箔が付くというもの!

 それに、万が一その惑星で希少鉱石や有用燃料の類が見つかったのなら一気に大富豪に!

 その金だけで銀河間レーダーを買うのも夢じゃありませんよ!」


「そもそも、そうやってすっぱりこっちにその惑星を紹介するっていうことが事前調査で鉱物資源も燃料資源も見つからなかった何よりの証拠だろ。

 それに使わない惑星なんて、維持費の時点で基本赤字だ。

 万が一反乱軍なんかに乗っ取られたらそれだけで管理不備の罰金刑、今の世の中で文字通り【住めるだけの惑星】を欲しがるやつなんてほぼいないだろ」


「いえいえ!≪温血≫様なら反乱軍の一つや二つ、ちょちょいのちょいでしょう!

 手持ちの装備だけで返り討ちにすればむしろ懸賞金で儲けられる。

 これってむしろ、副収入になるのではありませんか?」


 「いや、普通に軍団相手はきついわ。

  ワンちゃん、そいつらを農奴やら奴隷にして売りさばいたりなんやらすれば、荒稼ぎできるかもしれないが、さすがにそれはNGだろ?」


「その用途ですともし仮に実行したら、そんな辺境の惑星ではおそらく輸送コストでむしろ赤字が出ると思いますよ」


「うんうん、素晴らしい助言ありがとう。

 ……わかってるなら、そんな惑星を報酬として俺に進める酷さもちゃんと理解してるよな?」


そうして、繰り返される一進一退の交渉の応酬。

無論、こちらとしては今回の遠征には時間も燃料も出費もそれなりにしているからという理由もある。

が、それ以上に自分は惑星のような土地や星の類の財産を受け取るつもりはなかった。

なぜなら、いずれは自分は元の惑星≪地球≫に帰るつもりなのである。

それなのに、そのような不動産をもらってしまえば、帰るに帰りにくくなるのは目に見えている、そういう話である。


「ふむ。どうやら思ったよりも望郷の意志は固いようですね

 ……なればこそ、この惑星は受け取った方がいいと思いますよ」


その交渉人は、まるで自分の心を読んだかのようなタイミングで一枚の念波書類をこちらに渡してきた。


「どうです?その資料を読んであなたはその惑星を受け取りますか?受け取りませんか?

 ……無論、≪温血様≫がその惑星をもらわずに無視されるのも結構です。

 しかし、その場合はその惑星を他の≪星屑≫や≪違法奴隷商≫に譲渡する……そのような流れになるでしょうね」


「……っち」


その交渉人が此方へと渡してきたそのデータはこちらの堅い(固い)意志を揺さぶるには十分であり、またその後の発言もむこうの思案通りとわかっていながらも、踊らされざるをえないものであった。


(……せめて、一旦宇宙船に戻ってハルとデータ照合を……

 いや、無理だな。あの船においてある程度の演算装置でこのデータの詳細を知れるわけがない。

 他のデータバンクのある惑星に行って調べてから再交渉?

 ……それこそ燃料の無駄だな。それにもしこの惑星が本物だった場合は無駄な情報を拡散させることとなる)


「無論、今すぐに決めろとは言いません。

 が、その場合はこの惑星の存在をいくつかの交渉候補先にチラ見せすることになります。

 ああ、今回は≪温血様≫がはじめでしたが……」


「……いや、次はない。

 いいだろう、乗ってやるよ。

 だからさっさと資料をよこせ、全部な」


顔が見えずとも向こうがにんまりと笑い、自分はその逆に苦々しい顔をしていた事だろう。

その渡された膨大な量の電子書類に苛立ちを覚えつつ、了承のための書類と念波印をポンと押すのであった。






なお、そんなこんなでその後、数十万光年先のとある惑星。

途中で冷凍睡眠やらワープやら、ダークマター運河を乗り越えた先にようやくついた一つの惑星。

しいて言うなら、その道中に特にハプニングや問題は発生しなかったし、この星への着陸も特に問題なかったことを言っておこう。


「……きれいな海だな~~」


〈塩分3.5%、微量金属無数、小型原始生物無数。

 純度という意味では少々濁りが多すぎる気がしますが〉


ハルの無粋な突っ込みはあるもののそれでもここ最近で見た久しぶりの≪海≫である。

ちゃんと色も青々としているし、わずかな潮の香りとともに揺らめく波が此方の心に情緒の念を揺さぶりかける。

何より色が赤かったり、陸地がなかったりしない自分の懐かしい記憶にあるちゃんとした海の光景がそこにはあった。


「お、揺れてる揺れてる。

 ……こういう釣りは初めてだけど、こんな海でも問題なく機能するんだな」


〈共和国製の釣り竿ですからね。

 どんな辺境でも日用品の類なら問題なく機能するでしょう。

 ……もっとも何が釣れるか迄はわかりませんが〉


久々の宇宙服なしの生空気を楽しみながらも、先ほど作ったばかりの桟橋で立てかけておいた釣り竿を引き上げてみる。

残念ながら、その先にいたのは自分の予想していたような魚の類ではなかった。

しかし、それでもなお自分の見覚えのある生き物が釣れているというのはそれだけでこちらの心を揺さぶるものなのである。


〈体表に甲殻あり、エラ呼吸法。

 巨大な目、口周りに触手あり、遺伝子型炭素系生物。

 ……検索完了、これは節足動物門・甲殻亜門・軟甲綱、即ち≪エビ≫という結果が出ました〉


【万能宇宙食】である団子を餌にしているので釣れるかどうか不安であったが、ここでも問題なく餌として機能するようだ。

自分の持ってきた手土産の類がこの惑星でも通じるようで何より。

それが自分の知っている元の地球でも役立つのなら、その素晴らしさも倍増するというものだ。

……そう、これが本当に自分の知っている≪エビ≫であるならの話だが。


「……とりあえず、ハル、こいつは決して俺の認識では〈エビ〉の名前にはふさわしくない。

 だから、こいつに対する名称を別の名前で登録しておいてくれ」


その明らかにエビではない、エビというにはあまりに大きすぎ、また凶悪な見た目をしており、あの特徴的な爪も足もない甲殻類を見ながら、ため息交じりにそういうのであった。


〈了解しました。

 では、この名称不明の甲殻生物を【β】と設定します。

 ……それでは、この【β】に新しい名称を設定してください〉


ハルの無機質な返答が今の自分の沈んだ心にはむしろ心地よい。

だからこそ、自分はこの生物を眺めながら改めてこう宣言をするのであった。


「それじゃぁ、こいつの名前は



 ……〈アノマロカリス〉で。

 これ以降、これに似たビジュアルの炭素系遺伝子甲殻類は全部この名前で頼むぞ」


古生代カンブリア紀の象徴。

絶滅生物、バージェス動物群既知カンブリア紀最大の動物かつ当時の頂点捕食者。

本当の【地球】であれば5億年も前に全滅しているはずの生き物である。

かくして、自分は【地球かもしれない】という謳い文句にまんまと騙されて、地球に似ただけの特に商業価値もない資源価値すらないくそ惑星を一つ押し付けられましたとさ。

めでたくなしめでたくなし。

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