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その15

 こういうといろいろ不謹慎であるが、この時自分はそこそこの強敵を望んでいた。

 いつもよりも明らかに沸点?の低かった相方に飛び交う赤黒い靄。

 今は任務中と強敵が残っているかもいう条件であるので、最低限の理性の上で今の状態は保たれているのは見るからに明らかだ。

 それゆえに、もしこの先にいた障害とやらがあの警備ロボの延長に過ぎない障害ならば、それこそ彼女の理性と自分の健康は一瞬で灰燼と化すだろう。

 それゆえに、自分は明らかに不用心に基地の奥地へと足を進み、それと相対してしまったのであった。


「……すっごいモコモコ、だな」


「モコモコ……泡風呂……」


 横から聞こえる不吉な言葉を無視しつつ、見渡してみるとそこは一面の泡景色。

 天井の上から床に至る全てが泡、泡、泡。

 あまりの泡の多さは、ここが石鹸工場か何かと錯覚してしまいそうだ。


「……原因はあれかぁ。

  なんだ、清掃中だったのかな?」


「オート洗浄装置付きの巨大三脚戦車ってことかい?

  無駄ではないだろうけど、わざわざこれほどの泡をつけてまでつける機能でもないと思うがね」


 その一面泡まみれの大部屋の中央部には、小型の宇宙船ほどもある巨大な戦車があった。

 恐ろしいはずのそれから、無数の生ぬるい泡が吐き出される光景は可愛いを通り越して違和感しか感じない。

 このあまりの光景にマウスの気持ちも少し落ち着いたのだろう。

 比較的理知的なセリフが帰ってきた。


「ふむ……これなら、事後でもわざわざ風呂場を探さずに済みそうだな」


「何をやっているんだ?

  既に敵は真ん前だぞ!油断をするな!!」


 どうやらまだ自分の生命の危機は脱していなかったようだ。

 無理矢理空気を変える為に次元刀を展開する。


「……高さは20mくらい、か?

  奥行きはわからんがそこそこ。

  けどやりすぎると、後ろにある別の部屋まで壊してしまうから……ある程度加減はしてっと。

  でりゃ!!って、あ」


 次元刀の設定を調整し、改めて飛翔する斬撃を少し巨大にしてその洗車中の戦車目掛けて飛ばす。

 が、その攻撃は自分でも驚くほどあっさりと、無数の泡だけ触れるだけで無効化されてしまったのであった。


「全く何しているんだい。

 こんなのは私がちょちょいっと壊してやるさ!」


 自分に続き、ややテンションの高めのマウスが、無数の【菌塊】をその兵器にぶつけた。

 が、残念ながら、彼女のその攻撃でもほとんど効果がなかったようだ。

 彼女のその赤黒い靄の玉は、そのほとんどが届く前に無数の泡で相殺され、あるいは逸らされてしまった。


「……すまない、これ、私でも少し難しい奴だ」


 しかし、それでも彼女の攻撃は完全に無駄ではなかったのだろう。

 無数の泡で相殺される中、その菌塊のうち一つがそのモコモコ戦車の装甲に着弾。

 大きな傷と言うほどではないが、それでも装甲を少し溶かすことには成功していた。

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「……っ!!」


 突然、重くなる体に先ほどまでと違い粘つく泡。

 無数のアラートが鳴り響き、不動であった三脚の戦車がその車体を持ち上げるのであった。


「【過重力】か!!」


 咄嗟に身体に纏うバリアのレベルを1段階あげる。

 そうすることで、外界からの影響を和らぎ、体にかかる過剰な重圧と粘性から脱することができた。

 その勢いのままにマウスへと近づき、すぐさまに彼女を抱え込んだ。


「むぐわっ!!」


 それと同時に襲いかかる振動に床を壊す爆音、床に押しつけられる自身と彼女の体。

 片手で彼女を庇いながらふと見上げてみると、そこにはやはりというべきか、視界いっぱいに広がる生体混じりの合金の柱、即ち、三脚戦車の足が自分達を押しつぶそうとしていたのであった。


「……これが噂に聞く、床ドンかぁ。

 思ったよりあんまりドキドキしないなぁ」


「いやいや、私としては十二分にドキドキしてるよ。

 まったく、いろんな意味で不意打ちだなこれは。

 ……となれば、きっちりお礼をしてあげなきゃ、な!」


 マウスがそのセリフとともに、先ほどまでのとは密度も量も段違いの菌の靄を放出する。

 その黒い濁流は自分の体からは逸れつつ、真上へと延長していった。

 そのまま伸びたそれはあっという間に戦車の足を飲み込み、その関節や節を破壊、息をつく間もなくその足をもぎ壊した。


「……なら、俺もいっちょやる気を出すとしますか。

 胴体はくそ堅かったが、足の方はそうでもないみたいだからな。

 ――変形、延長、固定ーっと」


 自分も彼女に続き、次元刀の刀身を長く長く変形させる。

 その長さは大太刀から斬馬刀を超え、この大部屋ごと切れそうなほどへと固定する。

 先の飛ばす斬撃とは違う刀身を持った斬撃をもって、その残った戦車の足を2本を叩き切った。

 そうすると、すべての足を失った戦車の巨体はあっさりと姿勢を崩し、辺りには泡と水、オイルが漏らしながら地に伏せるのであった。


「……おっし、意外と何とかなったな」


「うむ、思ったよりも強敵であったな。

 けど、ま、私たち相手ならこんなものだろう。

 それにうれしいハプニングもあったしな」


 達磨となった巨大戦車を横目に、次元刃の刃を収め、彼女の体から出る靄も収まっていた。

 マウスの様子はここに来る前とは違う、だいぶ安定した靄であり、その目にも理性の色をうかがわせいる。

 自分としては二重の意味で一安心といったところだ。


「……うむ、どうやら発情期は過ぎたようだな。

 もうこれは、また病院のお世話になることはなさそうだな」


「いやいや、残念ながらそれは甘いぞ。

 まだまだ、体の奥底ではマグマがぐつぐつ言ってるからね。

 それにこの基地中に張り巡らされた精神波ジャマー健在で、効果もなぜか強く性的興奮をも刺激する、よう……で……」


 しょうもない軽口をマウスと話している間に、それは起きた。

 動けなくなった戦車が大きく振動し、ちぎれていた戦車の足が植物の根が伸びるかのように生えてくる。

 するとなんということでしょう、すっかりだるま状態になっていたはずのこの巨大戦車は、【三脚戦車】を超え、【六脚戦車】へと成長している姿がそこにはあった。


「……これは一旦退いた方がいいな。

 というわけで、あの戦車無視して奥に押し進むぞ。

 それじゃマウス、頼むぞ」


「異論なし、飛んでけ【光菌】」


 こんなでかくて硬くて無駄に再生力のある相手などしてられるか。

 急いでマウスに合図を出し、彼女に菌でできたチャフを撒いてもらう。

 彼女の撒いたその菌が発する光や磁気、精神波が相手の戦車の計器を狂わせ、その戦車の一瞬のスキをついて、さっさと彼女ごと【瞬間移動(テレポート)】して脱出するのであったとさ。





「……ちょっと、あれ、強すぎない?」


「うん、それにはおおむね同意だね。

 あのサイズの兵器なのに胴回りのESP強度はガチ。

 それなのに高い近接性能にESPジャマ―の標準装備。

 あれほどの大きさのサイキック兵器としての完成度が高いのは、よっぽど操縦者がすごいのか、機体性能がいいのか。

 ……まぁ、基地の様子を見ればなんとなくわかるけどな」


 さて、現在はこの基地の指令室。

 あの戦闘の後、とりあえずあれは後回しということで、あれよりも大事そうな部屋へとやってきたのだ。

 なお、結果としては大当たり。

 探れば探るほど、出るわ出るわ無数のブラックな基地事情。

 この基地でやらかして無数の不正資金利用や明らかに限りなくブラックに近いグレーな兵器開発の数々。


「ふむ、あの巨大な多脚戦車、名称は【パワー・ギア】か。

 【重力操作】に【精神波(テレパシー)ジャマー】をメインに【再生能力】と【念動】。

 レーザー兵器に無数の近接兵装と音波兵器に実体兵器。

 あの謎の粘着泡は仕様書には書いてないが……多分生体防御膜の一種かな?

 まぁ、モボ材系の半生体戦車だし、それ位勝手に起きてもおかしくないな。

 何にせよ、ずいぶんと豪勢な兵器だな」


 彼女がそう言いながら渡してきたのは、先ほど出会った兵器についての資料であった。

 そこに書いてあるスペックは、かなりのものではあり、間違いなくこれを作った奴はバカだと断言できる。

 なによりも問題なのはそれの動力。

 あの巨体をESPによる全身防御を行っているのだ、さぞ高ランクの超能力者をそろえたと思っていたのだが、どうやら話はそうではないらしい。


「……狭いスペースにできるだけたくさんの超能力者を並べるために、できるだけ多くの人の精神波(エスパー)の核である【脳】だけ大量に抽出。

 さらにはそれらを加工し、連結し、小型超能力エンジンとして活用。

 そうして締めには、中ランクの精神波能力者テレパスにそれらを統括させ、メインコンピューター扱い……か。

 これ、中央の帝国法だと死刑すら生ぬるくなるレベルの犯罪なんだけどなぁ……」


 しかも、資料を確認するに、その超能力エンジンとして使われているのは孤児や貧乏軍人が主である。

 余りにもあんまりな非道兵器っぷりに、見ているこちらがくらくらする。


「まぁ、私としてはいろいろありがたい結果だな。

 あれほどの問題ありな制作方法の兵器に、この無数の資金利用の証拠!

 この資料だけではなく、あの兵器をきちんと持ち帰ることが出来たら向こうも文句なしに報酬を満額で支払ってくっるだろう。

 なんなら、ボーナスもくれるかもしれないな!」


「……ということは、やっぱりあの兵器とは再戦するのか?」


「無論だ。

 今回一番の山、不正の証拠の塊みたいなものだ。

 あれを狙わずして何を狙えというのだ」


 彼女の迷いない発言に、若干頭が痛くなる。

 無論、彼女の実力を疑っているわけではないが、それにしたってもう十分すぎるほど不正の証拠を手に入れているのに、それ以上の証拠を欲するというのはどうなのだろうか?


「いやなに、嫌ならば君はあの巨大戦車狩りに参加しなくても結構だ。

 この資料を見るに、本気の方の菌を発生させれば私一人でも破壊可能のようだしね。

 なんなら、残りは私一人で終わらせても問題ないさ」


 自分の考えが顔に浮かんでいたのであろう。

 マウスが彼女自身のポシェットから取り出した、高栄養のキューブぼりぼりかじりながらそう答えてきた。

 一見彼女のその提案はこちらにとって魅力的に思えた。

 なぜなら自分の本来の任務はあくまで、ここにあると思われるクレハの荷物回収のみ、戦車の破壊やらなんやらは仕事に含まれていないのだ。

 何よりあの戦車は【半生体】ゆえに自分の基本戦術である次元斬ディメンション・スラッシュの類が利きにくい。

 ならばこそ、自分としてはわざわざ戦わなくていいならば戦うつもりもなかったし、勝手に始末してくれるのならば、あと腐れなくてありがたいなんて思っていた。

 が、その時ふとあることに気が付き、彼女にこう尋ねた。


「……おい、マウス、お前ひとりでその戦車を倒せるほどの菌を作るのはいい。

 ……が、それで発生させる菌はどのくらいやばい奴なんだ?

 もしかして、繁殖力や殺傷力が強すぎて、しばらく俺すらもこの部屋から出れなくなるような物ではないだろうな?」


「……」


 室内に嫌な沈黙が漂う。


「ましてや、その間に逃げ場を失った俺に向かって、何かしらのあれをしようとか。

 昔やったように、戦闘で火照ったからとかいう謎の言い訳で、ことに及ぼうなんて考えを持ったりはしてないよな?」


 自分のセリフに関して、やけに彼女はきれいな笑顔を浮かべながらこう返してくるのであった。


「……いやいや、まさか、全然そんなこと考えてないさ。

 ただ少し、この超高エネルギー栄養キューブには興奮剤も含まれているからね。

 それに今回作る菌は私と君以外を全殺しするだけの菌だ。

 君と私には直接的毒性がない代わりにあらゆる精神的抑制が効きにくくなる程度の副作用しかない。

 だから、すぐさまの命の問題はなにもないさ、直ちにはね」








「……というわけでリベンジだ!!!

 だから、全殺し発情ウィルスや菌はばら撒くのは勘弁してください!」


「うむ、了解だ。

 だが、君が失敗しそうだととらえたら容赦なく散布するつもりなので、そこのところよろしく」


 かくして再び、場面は巨大戦車の目の前である。

 前回はこちらから攻撃しない限り反応しなかった。

 が、ある程度近づいたらすぐさま起き上がり、速やかに戦闘体制に移行してきた。


「……不意打ちでそのまま確保ってわけにはいかないか。

 それじゃぁ、いっちょ作戦通りに頼んだぞ」


「了解だ。

 というわけでいけ!」


 その言葉とともに、彼女の体から若草色の靄が周囲に漂う。

 その靄は先ほどのどれよりも優しい発光をしており、泡や戦車に接着しても腐食させたりはしない。

 強い毒性のある菌ではないことは一目瞭然であった。


「……まぁ、だからと言って向こうも止まってくれるわけもないか」


「ま、私のこれも決して無害というわけではないからねぇ。

 というわけで頼んだよ」


 その多脚戦車はその足の付け根から、金属と木材を足して二で割ったかのような触手を伸ばす。

 さらにはこちらに向かって突進もしており、精神波ジャマーと過重力は相変わらず健在である。

 さて、時間を稼ぐかとマウスの手を取ろうとした瞬間、彼女はその手を無視して、とびかかるかのように自分の肩の上へと着地した。


「……おい」


「なになに!一緒にテレポートするならより接着していた方がしやすいのだろう?

 ほら、それにもう目の前まで敵が来ているんだ。

 私も索敵に集中するから、君の方も防御と回避は任せたぞ!」


 マウスが自らこちらの肩に乗っかりながらそう言う。

 これは少し前の意向返しからだろう、きっといい笑顔で発言しているであろうことは見なくてもわかることであった。

 軽く言い返してやろうとも思ったが、すでに戦車から伸びる鉄蔓は目の前まで来ていた。


「……跳ぶぞ!しっかりつかまれ!」


 向こうが此方に攻撃を充てる瞬間に、素早く肩に乗ったマウスごと【瞬間移動テレポート】をおこなう。


「次!9時の方向!」


「了解っと!これくらいなら!」


 こちらに再びこちらに迫りくる、合金触手を次元刀で切り裂きつつ次の敵からのアクションに備える。

 そうして、再び件の多脚戦車が此方に近づこうとするので、そのたびに【瞬間移動テレポート】を繰り返す。

 そうすれば後は鼬ごっこである。

 残念ながら、こっちが一方的に【瞬間移動テレポート】が使えて向こうがそれを使えない以上、追いかけっこは完全にこちらが有利なのだ。

 向こうもそれに気が付いたのだろう、途中からはこちらを攻撃するのに触手や重力装置、粘着泡以外にも、光学兵器や音波兵器まで使い始めたのだが……


「……あのレーザー、めっちゃ屈折してるな」


「そうだね、あの戦車が放出した泡のせいだな。

 さらにいえば拡散もしているせいで、もし当たったとしても大した威力はないだろうね」


「……音波も少し、うるさいだけだな」


「そうだね、戦車の周りにへばりつく泡のせいだと思うよ。

 おかげで音がこもって、まともにこちらへと音波を出すことすらできていないな」


 向こうの頼みの綱であるはずの遠距離兵器は、そのことごとくが不発であった。


「……モボ材の半生体兵器はこれだから。

 自動で再生進化するのが売りらしいけど、こんなんだからなぁ……」


 ともなれば、もはや勝負は決まったようなものだ。

 これは後は時間の問題か?などと油断したのいけなかったのだろう。


「……!!いけない、それに触れるな!」


「え」


 そう、マウスに止められたのは一つのシャボン玉であった。

 それはちょうどこちらの目の前に飛んできており、周りは触手だらけゆえの唯一の脱出路の先にあった。

 特に強い障害でもないが、その粘着性の泡に顔面から突っ込むのもいやであった。

 それゆえに、彼女の静止も間に合わず、自分はその目の前に浮かぶ泡を次元刀で切り払った。


 ―――その瞬間、泡から飛び出す目の前に恒星が落ちてきたかのごとき閃光と体を吹き飛ばさんかとも思える爆音、何より脳を揺さぶる精神波であった


「あ……が……!!」


「……!!!!」


 五感を介した強い刺激と何より脳を犯す精神波テレパシーによる攻撃。

 無論、多少の対策はしていたが、それでもその威力、こちらの動きが止まり、ぎりぎり意識を保つのがやっとのほどの威力であった。

 当然それにより、自分の意識レベルは低下するし、それに相対して超能力(ESP)出力の低下とバリアの強度も低下してしまった。


「……しまっ……!!」


 当然、向こうも自分の作った隙を逃す気はないのだろう。

 動かかない体に、上下左右270°全方向からの無数の金属触手による刺撃!

 おそらく来るであろう、衝撃に備えて、覚悟を決めて目をつぶるが……。


「残念、ここで時間切れだ」


 しかし、自分にその攻撃が届くことはなかった。

 自分の周りにある戦車から伸びる足、その全てが機能を停止している。

 見るとその多脚戦車はその胴体部分を除いて、すべてが若草色の発光する靄で包まれていた。

 つまりこれは、自分たちの作戦が成功したことを意味していた。


「ああ、君の時間稼ぎのおかげで、無事に戦車の末端大方の【乗っ取り】に成功することが出来た。

 無論、胴体部分や中にいる中身や核までは無理だが……それでももう向こうはまともに武装の1つ、動かすことはできないだろうさ」


 そうして、今度こそ、完全にその巨大多脚戦車はその身を地に付した。

 おそらくは自分の状況をなんとなく理解できているのだろう。

 その戦車は完全に脚部や武装に回す念力や接続を破棄し、その余った膨大な念力をすべて防御へと回すことでやり過ごそうとしていた。

 もしそれが、マウス一人だけを相手取るならばその対策は決して間違いではないだろう。

 通常ならこの戦車の胴体の強度やその身をまとうバリアは凶悪さは相当のものであるし、彼女の菌と精神波(テレパシー)による乗っ取りはこの強い念力によるバリアーを突破することができず、それ以上戦車の体を乗っ取ることはできない。

 マウスもこれだけ大質量の乗っ取りを維持するのは楽ではないだろうし、そういう意味では体力勝負へともつれ込み、十分勝機はあったのかもしれない。


「……でもな、すまんな。

 俺たちはチームで、俺は【殻割】なんだ」


 自分はそう言いながら、改めて手に持つ次元刀を手首に添わせるように構え、コードを起動させるのであった。


「―――次元流 亜型

 【十比十】」


 そのコードが起動するとともに、次元刀の刃はその原型を失い、右手を這うように覆い、淡く輝く【手甲】の形へと変化する。

 そのまま、身動きは取れないが、絶対の守りを誇るはずの多脚戦車の胴体部分、正面へと近づく。


「……おそらくは、この辺りか」


 そのバリア周辺で最も強く発光している―マウスの放った菌が最も集積している―部分へと手をかざし、その【手甲】と化した腕をその戦車の胴体へ、泥水へと潜らせるように突っ込んだ。

 無論、全く抵抗がないわけではない。

 動けないとはいえ最後の抵抗だろうか、物理的な電流、重力波に強烈な精神波テレパシーと多彩な攻撃法が此方の腕を襲い、こちらの作業を妨害しようとしてきた。


「……この【十比十】はエイリアンの卵であっても無傷で中身だけ取り出せるんだ。

 だから、お前の稚拙な反抗程度じゃびくとしない。

 ……すまんな」


 おそらく聞こえてないだろうが、苦しみが長く続かないようにと問いかける。

 それと同時にようやく目的のものが指先に触れたので、それをそのままぐいと引っ張り出した。

 コードがぶちぶちと引きちぎれるのを無視して、引っ張り出したそれは一本の銀の筒。


「……お疲れ、ゆっくり眠れ」


 こうして、念動兵器の核である【高ランクの精神波能力者テレパスの脳】を失った多脚戦車は、まるで花が枯れるかのように、その全身が萎んでいってしまった。

 周りに溢れていた泡も、そのすべてが干からびてしまい、空調も停止する。

 外からの気温と呼応するかのように急激に低下する室温と見る影もなくなった戦車の残骸が、この悲しい事件の結末を表しているようであった。






 〈・【第50軍事基地、違法研究の温床か 中央局に内部告発】

 ジートライ星系本星北部の軍事基地【第50軍事基地】にて、用途不明資金が相次いで報告された問題で、この度帝国中央国土安全保障委員会は、同基地で発見された違法研究とそれに関わる試作兵器(通称PG)、それに関わる資金運用の証書を押収したと発表した。また、こうした不備を基地責任者であるバルンガル氏は事前に認識していた可能性があるとも指摘し、バルンガル氏に詳しい経緯を報告するよう求めている。渦中の人物であるバルンガル氏は「あくまで現場の暴走である、私は認知していない」と一切の関与を否定しているが、それでも同基地で資金の不正利用と違法研究が2回目であることを考慮すると疑わしい。

 なお、試作兵器(通称PG)は帝国中央法及びジートライ星系法【人造念動兵器法】に反して作られている兵器であり、その被害者からは「自らの意思に反して、生体のほとんどを捨てさせられた。さらには過酷な頭脳労働と拷問を強いられた」「もう少し遅ければ、全員死んでいたかもしれない」と訴えており、資料にも彼らに施された違法強制肉体改造や精神連結被害の証拠が記載れている。それに対して同基地所長は「あくまで医療行為。止む負えないうえでの人道的判断であり、一切法には反してない」と訴えているが、前所長に引き続き今回も非難が相次いでいる〉



「……というわけでぇ!

 無事潜入任務達成&ボーナスゲットを記念してぇ……乾杯!!」


「乾杯!」


 背後で流れるジートライのラジオを聞き流しながら、マウスと自分のジョッキをぶつけ合い、青く光る炭酸水をずずいっと飲み干す。

 現在自分たちがいるのは、ジートライの星屑ギルドの上位飲食店。

 ジートライ星はそこそこの確率で自分達でも食べれる食事を出してくれる店が多いが、ここはその中でもかなり当たりの店。

 さらに言えば、異種族同士である彼女も自分も納得できる店となれば、いろんな意味で限られており、さらにここはいろんな意味でお安くない。

 が、それでも今回は彼女と迷いなくこの店に来れる程度には満足のいく結果であった。


「……あ~、にしても今回はわざわざ情報量の方の御代ももらって悪かったな。

 こんなにもらってよかったのか?」


「いやいや、別にそれくらい構わないさ。

 それにそれを言ったら君だってそうさ、私の分の取り分も圧縮運搬してくれたのは君だろう。

 小型とはいえあそこから宇宙船を250隻分とか、君でもないと無理だろうしさ。

 お互いそこのところは言いっこなしさ」


 たくさんの収入が入ったときは惜しみなく開放する。

 そこのところは星屑的感覚として二人とも躊躇がないので、派手にどんどんメニューの上から下まで、食べれるか食べれないかもわからないが注文をした。

 なお、マウスは基本悪食というほどなんでも食べれるし、自分も自分で無機物ならば大抵のものは圧縮して持ち帰れるのでお残しする可能性はほぼない。


「にしても私としては唯一残念だったのはな~。

 あの戦車が、噂のP5でなかったってことぐらいだな!

 あの程度の非道さ以外そこまで大きな利点のない兵器では、鹵獲させても戦争では決定打にならないだろうからな。

 おそらくは普通に終戦の方向に話が進む、本当にそれだけは残念だ」


「……言いたいことはわかるけど、その言い草はどうなんだ」


「高性能のテレポーターである君は問題ないだろうけど、私みたいな典型的赤の戦争屋はねぇ。

 それに今回は良くも悪くも君の安全策のおかげで、戦車の中にいた脳みそも全員命は無事。

 それのせいで内乱の激化も望み薄だからなぁ。

 もう少し兵器自体が強いか、強引に事を進めれば話は違ったんだろうけど」


「それはしょうがないだろ、俺としても無駄に恨みは買いたくないんだ。

それにあの戦車を壊すのは嫌だったし。

依頼でもないのに、こっちから手を出して一方的に殺すのは趣味じゃない。

 そこはお互い、下手な怨恨を残さず良かったってことにしておこうや」


「本当、君はそういうところが甘いんだよなぁ。

うぅ~、こうなったら私も【殻割り】に本格就職するか?

 でも、私の場合だとあんまり費用対報酬よくないんだけどなぁ」


 マウスが尻尾で床をぺちぺちと叩きながら軽い愚痴を始める。

 さりげなく距離も近くなってきており、耳もややたれ気味、おそらく気分が落ちているのだろう。

 折角の打ち上げ時なのにそういう暗い顔をされるは、色々と勘弁なのである。


「……へいへい、そういうのは後でな。

 ほら、謎の揚げ物が届いたぞ、ほれ、あ~~ん」


「!!!あ、ああ、あ、あ~~~ん」


 それなので、無理やりにでも空気を換えるために、マウスの口に謎の揚げ物を突っ込つ、その様子を観察する。

 サクサクとした普通の咀嚼音に、断面から見える成分解析や温度にも問題なし。

 あえて何に似ているかと聞かれれば白身魚であろうか?どうやら、自分が食べても問題ないタイプの食材のようだ。

 自分もその揚げ物をつまみ上げ、存分に食べ始める、うん!ほどほどにほっこりした白身に化粧品を思わせる油のぎとつき、なにより風味を残してはいるがそれ以上に強い塩分、食えなくはないが微妙だな!


「……はっ!君、いまさらっと私で毒見をしなかったかい!?」


「はてさて、何のことやら」


 かくして、自分と彼女はここから数日、連れてきた和牛人間やハルもつれて、存分に残りのジートライ滞在を満喫したのであった。

 ある時は残った依頼の後始末しながら、またある時は軍事施設で手に入れた戦利品を質屋に入れながら。

 おそらくはこの依頼の後はしばらくの平和が訪れることをみんなで確信しているが故に休暇期間であったのだ。

 そう、この後すぐに来るであろう、新地球での長い休暇や開拓業への移行を予感しながら……




「は、はふっ!!はわわわわわ!た、大変です!お父さん!!

 た、たくさんの、たくさんの戦艦が私たちの星にむかってすすんでるみたいですはわわわわ!」


『さらに悲報ですマスター。

 どうやら共和国の通信を傍受したところ、小規模ながら共和国所属の宇宙船が複数、我々の拠点に近づいているようです。

 至急、帰還及びこれらの迎撃を行うことを推奨します』


 なお、その予感はびっくりするほど外れた模様。

 かくして、自分たちはしばらくの休暇もそこそこに、急いで新地球へと戻らざる得なくなりましたとさ。



感想&誤字報告ありがとうございます!


今回はいつもより少し長めですがそれでも読んでいただけたら幸いです


感想をいただけると嬉しいです、本当にお待ちしております


※一部、加筆しました

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