その14
時間は少しさかのぼり、基地侵入の数日前。
その時自分は、ジートライのとある中古屋で売られたというクレハの私物回収と義娘たちの強い要望ゆえに義娘達を連れて繁華街へと買い物に来ていた。
そんな時にその中古屋で出会ったのがマウスであり、彼女はこちらに出会うや否や、こちらを目も止まらぬ速さで拘束し、流れるようなスピードで酒場へと拉致したのであった。
「うんうん!!本当に、久しぶりだねぇ。
……ほ・ん・と・う・に!久しぶりだねぇ。
いやいや、別に怒ってなんかないさ、本当さ。
別に私が君がいない間に代わりに殻割として代役をやっていたり、君に来るであろう刺客を始末しておいたのもあくまで私が自分でやりたくて勝手にやったことさ。
なのに全く気付かれなかったことやその間に君が私よりもうんと若い娘と乳繰り合っていたとしても全然怒ってない、単に私の独り相撲でから回っていたそれだけだからね!」
レイナール星で別れ、新地球をもらって以降数年以上あっていなかった彼女だが、なぜだか盛大に怒っていた。
いや、すぐさまに暴れたり攻撃したりなどはされなかったが、それでも彼女の体の周りからは大量の病原菌でできた靄ができるぐらいには気が高まっていた。
無言で逃げれば酒場にいる客が全員一斉集団食中毒になるのは間違いなしであった。
というかマウス、お前だったのか、野伏せ狩りで一気に敵を一網打尽にしようとしてうまくいかなかった理由は。
「あんなに若くて可愛い娘たちとのデート中だったのに邪魔して悪かったね、代わりに今日は私がおごってあげるから存分に食べてくれたまえ。
なぁに、私は彼女たちほど若くはないが、代わりに金だけは有り余ってるからね、からね!
……え?彼女じゃなくて、娘?遺伝子情報も近い?
おい、ちょっとまて!!あれは実子か!?それとも奴隷の類か!?どっちにしろ、聞いてないぞ!!」
その後、何とか誤解?を解いたり、お互いの近状を話し合ったり、久しぶりに親しかった星屑仲間との交流を終え、そのあと彼女はこう話を切り出してきた。
「うんうん!よかった、まぁ私や君みたいな人でなしの星屑が早々結婚できるわけないもんな!
ああ、無論、君を嘲笑する意図は一切ないから安心したまえ。
ここからはビジネス……いや、君の探している【王族第17位後継者候補・クレハの遺物】、それがある最後の場所について話をしようではないか」
「いや、勝手に人の依頼主を殺すなよ」
なぜこいつはここまでこっちの状況を理解してるのかや、クレハの地味な後継者候補としての順位の高さなどいろいろ気にはなったが、その辺はうまくはぐらかされて会話は進んだ。
「早速ではあるが、私の方ですでにその遺物がある場所はつかんでいる。
それは【ジートライ第50軍事基地】、王族第21位後継者候補であるバルンガル氏の実効支配している軍事基地だ。
ああ、安心したまえ。別にここはそこまでやばいジートライ星内での激戦地であったりはしない。
むしろ、一種の軍事研究所や兵糧基地の一種というのがその正体のようだ。
……しかし、それでもそこはジートライでも十指に入る攻略難易度の高い基地だというのは調べがついている」
マウスが精神波を通してこちらにその基地の大雑把な情報を送ってくる。
思わずぎょっとしつつ、ポシェットから金になりそうなものを取り出す準備をする。
しかしその手は彼女の方で抑えられてしまった。
「そう、ここからがメインのビジネスの話だ
そもそもこの軍事基地の難易度は、そのどこにあるかわからない立地と無数の衛星と自立行動型戦車、この基地が誇る過剰ともいえる多重攻勢防壁にある。
……だからこそ、ここに隙がある」
彼女は赤いのマークの付いた地図データをこちらに見せてきた。
「君が知っての通り、私は時間さえかければこの手の物探しは大得意でね!
あの程度のブリザードや磁気嵐ならば、私の菌は問題なく繁殖しそして地形を読み取ることができる。
さらにあの周囲を徘徊している自律機械はほとんどが対戦車や軍隊にのみ反応するのも調査済みだ。
……つまり、場所さえわかれば個人が歩いていくには、何も問題がないんだよ」
その地図に経路と方法、具体的な基地への侵入ルートが記載されていく。
情報と計画のかなりの精度と綿密さは思わず感心の声が漏れるほどであった。
「が、私が調べられたのはここまでだし、私一人では少々この先は難しそうなのだよ。
この多重攻勢防壁はただ色々な素材でできているだけでなく、対酸や対爆、およそ物理的な攻撃全てにきっちりとした防御力を誇っている。
だからこそ、これを突破するにはランク5以上のサイコキネシス兵器を持ち出すか、ランク4以上のテレポーターが直接その障壁を何とかするぐらいしかないのだ。
そう、君のような、星屑業界でも指折りの【テレポーター】がね」
彼女が此方にフォークを突き付けながらそう言う。
それと同時に地図データに、次々と自分に関する情報と自分が潜入任務の際にするべき情報が追加されていった。
「無論、私がこんなことをするには、君とは別の依頼主からこの基地への潜入及び調査を依頼されているからだ。
そしてあらかじめ言っておくと君の任務である【クレハの遺物回収】の邪魔にはならないし、また彼女を直接害する類の依頼ではない。
だからこそ、今回はお互いの目的のために一緒に組んで仕事をしないか?
なに、悪いようにはさせないからさ」
彼女の押し付けようとするキャッシュ入りのカードを押し返しつつ、此方からもいくつかの質問をクレハにぶつける。
「……今回の任務の他の同行員は?」
「君と私の2人だけだ、それ以上だと軍隊認定されてしまう可能性が高いからね。
当然、宇宙船や戦車も持ち込み不可、戦車戦を含む大戦争をしたいなら話は別だがね。
最も傭兵ギルドのアホ共が、すでにその方法で行って返り討ちにあったそうだが」
「報酬の分け前や取り分、それにどのくらいまでやっていいんだ?」
「報酬は双方の依頼主からで、被害は最低限度で済ませるのが我々プロの仕事だろう?
……とはいうものの、それでは色々と割に合わないのも事実だからね。
そんな君に朗報だ、今回は私の依頼主がちょとした大物だからね。
基地の原形を留めたり大規模環境破壊さえしなければ、基本何でももみ消しも可能とのことだ」
「そちらのバックにいる人物と、その目的は?」
「無論守秘義務……と言いたいところだが、まぁ大方は君の予想通りだと思うよ。
当面目標は件の基地にあると思われる超危険兵器や違法行為の証拠などの責任者の弱みの発見。
最終目標だって意味のない王族内での足の引っ張り合いの終止符を打つ、それだけさ」
正直に言えば、向こうの方が精神波超能力者としてのランクが上なので、嘘をつかれても見破ることはできない。
がそれでも、浅くない付き合いから、なんとなく彼女が嘘をついていないということは察することはできた。
それゆえに、自分はぐびりと塩臭い炭酸を飲み干し、今回の任務で一番大事なことを尋ねたのであった。
「……今回の潜入任務、仮に俺が協力したとしたとしても、本当に達成できると思ってるのか?」
彼女と自分の動きが止まり、空間に嫌な沈黙が漂う。
周囲の雑音が遠くに感じられる中、彼女は改めてこう口を開いたのであった。
「そうだね、確かに今回の潜入任務は、決して容易な任務ではないだろうな。
基地自体の場所情報はわかっても、中身自体はほとんど不明。
噂では屈強な兵が守っている可能性が高いともいわれるし、むしろ、軍人が守っていない方がおかしい。
警備兵との戦闘は必須だろうし、もしかしたら噂の大量破壊非人道的兵器が存在しているかもしれない。
……それでも、君と私が組むんだ、その程度の障害で失敗なんてするなんてことがあるとでも?」
彼女はさも当然のことのように曇りない満面の笑みでそう答えた。
ぱっと聞く限り、かなり厳しい任務にも思えるが、それでも女性にそこまで言われてNOと言えるほど自分は賢くなかったようだ。
此方もつられて笑いながらこう答えた。
「……ま、せいぜいそちらの期待の半分くらいは答えられるように頑張りますか」
「お!乗ってくれるのか!
ふふふ、それでももしかしたら君がしばらくまともに仕事をしてなかったそうだからねぇ。
その時は遠慮なく私に頼ってくれたまえ、なんなら、私一人でも問題ないと思うからさ」
こうして無事に互いに契約が完了、その後は打ち合わせという体でマウスと共に一晩中飲み明かすこととなった。
なお、翌日マウスと義娘との摸擬戦やらハルのお叱りイベントは今回は割愛しておくとする。
そうして時間は戻り、場所は【ジートライ第50軍事基地】。
現在自分とマウスは基地内をそこそこ警戒しつつ、散策を続けていた。
「……っと、またか」
「お~、ナイスストライク。
にしても本当に手際が良いね。
本音を言えば、少し私にも仕事を残してくれてもいいんだよ?」
もはや次元刀を展開せず、指で斬撃を飛翔させ、敵を撃退する。
なお、今回の相手もやはり代り映えしない浮遊型の警備機械。
撃退方法すら初めから今までずっと同じ遠距離からの斬撃のみで対処可能であった。
「……本当にここの警備は、このタイプの警備ロボだけだなぁ。
警備員や軍人の類いないし、ましてや研究員や用務員すら見当たらない。
ここって本当に軍事施設なのか?実はダミーでしたって言われた方が説得力があるんだが」
警備機械以外は、やけにしんと静まり返った軍事基地内部に、思わず口が出てしまう。
なお、無論これはただのあてずっぽうの愚痴というだけではなく、自分の五感を通して仕入れた空気や音、痕跡のデータなどを統合した結果での発言だ。
「まぁ、言わんとしていることはわかる。
が、流石にこの基地周囲に全自動雪中戦車やら人工衛星がいまだ周囲を見張っているのを考えると、この施設がただのダミーだとは考えにくいだろう。
無論、すでに撤去済みや他の星屑が侵入済みであるという可能性もあるがね」
「……なら、退去済みという可能性もあるのか?
にしては、やけに物が残り過ぎているけどな。
……って、また隔壁か、ちょと切り裂くから偵察よろしくな」
目の前にある隔壁を次元刀で切り裂き、その穴に向かってマウスが偵察用の菌を散布する。
今度こそは誰かしら潜んでいるかもと思ったが、結果は変わらず。
相変わらず無人の通路に無数の警備ロボが浮遊しているだけとの事であった。
「というか、マウスは精神波ランク4相当なんだろ?
なら、菌なんてばら撒かず、精神波のみでパパっと基地内に人がいるかどうかわからないのか?」
マウスの揺れ動く尻尾をつかみながらそう尋ねる。
「……!!
む、無茶を言わないでくれ。
というか、そもそも君は気づいていないようだが、この基地はそこそこ強めにESP、おそらくは精神波系のジャマ―がかかっているな。
初めは外にある磁気嵐原因かと思ったが、どうやらそれだけではないようだな」
「……軍事基地内部でESPジャマ―とか正気かよ。
基地内部なのに計機も使えなくなるだろ、それ」
マウスのしっぽの先をこねつつ、マウスの案内の元通路の先に進む。
色々と不自然なことの多い基地、事前に知らされた大量破壊兵器情報など色々とやばいフラグが積み重なっている気がする。
そのもやもやした嫌な予感がしたが、そこはマウスのしっぽをフニフニすることでぐっと我慢した。
「……ま、なんにしろ奥に行かなきゃわからないという話か。
とりあえず、どんどん倉庫もしくは指令室と思われる場所がわかるまではお互い気を引き締めていきますか!」
「え、ああ!そ、そうだな!
……と、ところで、あの、その、私のしっぽのことだが……」
マウスがおずおずと顔を赤らめながらこちらを見てくる。
此方も彼女のしっぽからは手を離さないまま、その顔を正面から見返した。
「い、いや!なんでもない!
……で、でもできるなら、もうすこし強くでも丁寧にさすってくれると嬉しい。
ど、どうやら、精神波ジャマーのせいで、精神の調子がよろしくなくてね!
ふ、ふかい意味はないけど、な、な!」
「ん、了解した」
優しくふちをなぞるかのように、彼女の尻尾をなでると、彼女の特徴的な大きなケモ耳がぴりりと震える。
その様子にどこか満足感を覚えつつ、自分はこの不気味な基地の中へと覚悟をもって進んでいくことになったのであった。
久しぶりの彼女の尻尾と耳を十分に堪能しながら……。
――――なお、それから数時間後
「ああ、もう我慢できない!!!!!
脱げ、脱ぐんだよぉ!!」
「ちょ、い、いきなり待て!!!
というかいきなりどうした!!それに変な色の菌が漏れてる!漏れてるから!!
それにその赤は前に俺を殺しかけたやつだろ!まじでやめろ!任務中は洒落にならん!」
「うるさい!人の気も知らないで!!!
そうやって、異種族だから任務中だからと言って毎回毎回私をもやもやさせて放置する!!
今回なんて、人のしっぽをそんな風にいじり続けることがどういう意味だということか分かってるのかい!?!?!?
今度という今度はもう我慢の限界だ!!子種の10回や20回くらいは……」
流石に尋常でないマウスの様子にいろいろとビビる。
このままだと、任務中なのに適当な部屋に連れ込まれてバットエンド不可避なのは予知能力が高くない自分でも一発で予知することができた。
そして、そんな危機的な状況の中、丁度良く強大な気配をシェルターの向こうから感じたのであった。
「……あ!やった!向こうに何かあるぞ!
あれを何とかしなきゃ無事にこの基地を探索続けられないな~!!
色々残念だな~~、というわけで突撃するぞマウス、ついてこい!!」
「あ!こらバカ逃げるな!!!
せめて一発やらせてからにしろ!!」
かくして自分たちは、あまりにも不気味な施設の中であるのに、それに似つかないほど緊張感のない雰囲気のままそれへと対峙することになってしまったとさ。
感想&誤字報告ありがとうございます!
当初の予定と話がどんどん変わってますが私は元気です
感想をいただけると嬉しいです、本当に本当に励みになります