プロローグ
SFというジャンルがもう少し流行りやすくなってほしいという思いを込めて
〈なぁ、お前はヘビの姿焼きとカエルのから揚げどちらを食べる?〉
〈お前は何を言ってるのだ〉
自分がかつてまだ地球にいた頃、友人と共にとある飯屋に連れていかれた時の話である。
その当時私は、一般食用肉である豚や牛、鶏肉くらいしか食べたことがないごく普通の人間であった。
そのため、私の中では一般流通していない肉=みんなあんまり食べない=不味いという方程式が成り立っていた。
……しかし、この公式は間違いであった。
その時私が食べた〈カエルのから揚げ〉の味は決してまずくはなかった。
そう、それは確かに絶品というほどはうまくはない、しかし、それでも白身魚のようなさっぱり感とささみ肉のような舌ざわり、きっちりとした甘い油を出すそのから揚げは自分の予想を上回る旨さであった。
その後は友人と笑い合い、騒ぎあいその奇妙で楽しい食事を続けたのは今でも自分の中の懐かしくも色褪せない思い出の一つである。
だが、その時のことを思い出すたびに、自分はひとつだけ盛大に後悔することがあった。
それは、なぜあの時自分は〈ヘビの姿焼き〉も注文しなかったのだということだ。
あの時はわからなかったが今だからこそわかる、あれはゲテモノメニューに見せかけておいしいやつである。
あの時はヘビの姿焼きにかぶりつく友人のあまりのビジュアルに、その肉の味など気にかけることすらできなかったが、あれは絶対にうまい。
無論その予想は間違いかもしれないが、少なくともあの時からすでに短くない時が流れている今でも時々あの時の場面が夢に出てくるぐらいには後悔している。
だからこそ私はこう決心しているのだ、自分はもし次にあの店に行くことがあれば次こそはきちんと〈ヘビの姿焼き〉を頼み味わい尽くす、と。
いや、それだけではない、それ以外のありとあらゆる珍しいメニューを腹がはちきれるまでに食べつくしてやる、そう決心しているのである。
―――そう、自分が【地球に帰りたい理由】なんて所詮そんなものだ。
――――でもだからこそ決して譲れないものでもあるし、そのためにこうして命はって、星間自由業こと【星屑】なんてアコギな仕事をやってるのだ。
「だからさ、こちとらそんなことのために命を張らせてもらったんだ。
今更、報酬の外銀河観測用高性能レーダーを渡せないって言うのは少し虫が良すぎないか?」
「いぎあぁぁ!!お、おれの、俺の腕が!腕がぁぁぁぉ!!」
「共和国製感覚融合の半軍用タイプか、危ない趣味してんな。
‥‥安くないだろうに」
足元に転がる機械腕を見て、ふとため息が出てしまう。
共和国製の機械はブランドばっかり高くて性能は微妙だ。
伝統は大事かもしれんが、それが技術や信頼につながらないのなら甚だごめんであるというのが自分の持論である。
‥‥でも、そのせいで伝統も信頼もない相手の依頼をほいほい受け、そのせいで貧乏くじのだめ依頼主に振り回された今回の自分の立場を考えると少し改めなければならないかもしれない。
「な、なあ、ゆ、許してくれよぉ!!
ちょっとした行き違いだったんだ!!
ほ、ほら!今からでも約束の報酬のレーダーを用意してやるし、それに同じ遺伝子型宇宙人だろ?
それに確かお前、俺と同じザ・ワン同士でもある!!なら、仲よくしようぜ、なぁ!」
「写影族2、アーマー3、マリアン人5」
「‥‥へっ?」
「俺一人にお前が差し向けた暗殺者の数だ。
あんだけ大量を雇いやがって、それでなお報酬をケチる相手に何を期待しろと?
……けし炭やら水風船やら好き勝手言いやがって、ケイ素生命体の海藻野郎に言われたくねぇっての」
返答とともに次元刀を相手の眉間の感覚制御リミッターへと差し込んだ。
自分の目論見はそこそこ成功したようで、自分の足元にいた元雇い主はバランサーや痛覚パルスが無事に暴走し、聞くに堪えない悲鳴を上げた。
実に爽快である。
「そもそも、お前を見逃すつもりなんぞ到底ないぞ。
……こんな雑魚でも3000万クォールになるんだ。
帝国は場所さえ間違えなければ金払いはいいからな、今からボーナスが楽しみだ」
「な!な!な!
お前、それは正気か!ここは共和国領だぞ!
それなのに、そんな端金のためにこの俺様を殺そうなぞ、炭素生命体特有の単脳具合が!!」
確かにここは、自由領とはいえかなり共和国寄りの人工惑星であるがゆえ、ここから帝国領へとこの賞金首を届けるのはなかなかに骨が折れる仕事である。
帝国でやらかして逃げてきたこいつにとってはここは一種の安全地帯のつもりであったのだろう。
だからこそ、自分にとってはねらい目であった。
「この腐れエタノール野郎!貴様みたいな◆◆みたいない○○がいるから、我ら遺伝子型生命体は低能だと思われるのだ!!恥を知れ、この光波族の狗が!!!!●●●●!!!★★★★!!!!!!!!……あぴゅ!!」
どうやら、こいつは頭に血が上り過ぎたようでわけのわからないことをのたまい、それこそ自分のそこそこ高価な翻訳機でも訳せない謎の言語で騒ぐだけとなってしまった。
それ故ある程度こちら側の気が晴れているし、このまま聞き続けても実りがないと判断。
速やかにこの世から抹消することにした。
重力弾特有の空間のゆがみとともに一帯に粉塵がまい、まるで砂糖菓子が崩れるかのようなケイ素生命体独特の死に姿をさらす。
ケイ素系宇宙人はいい、体を崩せばちゃんと死ぬ上に自分と見た目が違い過ぎて、殺しても同じ知的生命体を殺したという罪悪感はほとんどわかない。
「おい〈ハル〉、足止めと妨害電波はまだ有効か?
どうせなら、お土産やら慰謝料をもらっておきたいんだけど」
つい癖で以前のように左手を耳に当てながら、通信を開始してしまう。
先日新しい通信具に交換したばかりのせいで、どうにも完全思考制御型の通信というのにはなれない。
必要なときにはうまく繋げられないのに、意図せずに通信をつなげてしまうことが多々ある。
やはり、便利とは言われたものの自分にこの通信機は色々と早すぎたようだ。
もっとも、内蔵型の通信具ゆえそうそう交換できず、これを買い替えるくらいなら大人しくなれるまで使い続けるしかないのが生身ゆえのめんどくささである。
『足止め用チャフ、シャッター、いずれも消費無し、まったく問題ありませんマスター。
普通ならば警備員や隣人の一人や二人見に来てもおかしくありませんが、人望がなかったのでしょう。
今なら2時間でも3時間でも好きなだけ、死体漁りをすることができますね』
通信具から、少々口調の硬い人工知能のナビ音声が脳内に響いてくる。
なお、現在自分の仕事をサポートしてくれる相棒兼ナビゲーターはこの人工知能の【HAL-2010】である。
赤いランプと固いながらもはっきりとした個性と人格が光るナイスメカ、嘘だ偏屈機械である。
初めは一緒に宇宙旅行をするにはあまりにも名前の縁起が悪すぎるため、何とか改名を試みたが【HAL-2010】側がそれを拒否。
お互いに協議を重ねた結果、現在自分はこいつをあだ名として【ハル】と呼ぶことで落ち着いた。
さて、話はそれたが、現在自分はこの獲物の部屋のごみ漁りをしているわけである。
が、成果は思ったよりも芳しくなく、お土産として手にれられたのはいくつかの宇宙船の海図に帝国共和国両国の手形と貨幣程度。
さすがにそれだけでは割に合わないと自分の簡易な翻訳機で読めない書類やデータなどを集めてはみたもののそれがどれだけの価値があるかなぞ自分程度では到底皆目もつかない。
せめて、予備のテレポーターや自家用宇宙船のキーの一つでも見つかればと最後まで部屋をあさっては見たが、結局はまともなものを手に入れることはなかった。
「……」
そして、その中で唯一まともな実物報酬になりそうなのがこの金属の箱であった。
見た目は小型の洗濯機やテレビに近く見えるかもしれない。
少なくとも有用な兵器や通信機の類には思えなかった。
『――解析完了
これは一種のケイ素化合物加工装置のようです。
細かい用途は不明ですが、この機械にはいくつかの高価なパーツが使われているようです。
解体及び分解をすれば当艦のグレードアップも図れると思われます』
「折角新しい解析ソフト入れたのに解析できてないのか?」
『これは、帝国製でも共和国製でもない、おそらく誰かしらのハンドメイドと思われる装置です。
すべての自作装置まで分析できるようにさせたいのなら、けちけちせずに最高級のソフトでも購入すればよかったのです。
今のソフトではこれが限界です』
「……まったく、嫌味だけは一人前だな」
ポンコツなナビの助言を聞き流しながら、戦利品の解体を開始する。
見たところ、本当にハンドメイドのようで帝国とも共和国とも、かといって反乱軍の物とも違うように見える。
一瞬新兵器の類かと思ったが、それにしてはやけに使用痕が多すぎる、かといって通信具に必要なパーツがあるようにも見えない。
しかし、しかし、それでもだ、それでも自分はこの道具の使い方がわかってしまった。
別の種族でありながら同じザ・ワン故か、あるいは生き物としての本能からか、この機械の用途が自然とわかってしまった。
そして、自分の予想が正しければこんなものに高価なパーツを使うことの馬鹿らしさを感じると同時に、彼がなぜこの装置にことさらに金をかけたのかというのも自然と納得してしまった。
「これの用途がわかったからこのまま持ち帰って、マーケットに流すぞ。
……ま、あんまり高く売れないだろうがな」
『高く売れないのなら、おとなしく分解して荷物は最低限に減らしてください。
燃料もただではないのですし、体積が多ければ多いほど露顕と事故率どちらの危険性も高まります』
「うるせぇ、もしかしたらこいつと同じ物好きなケイ素系宇宙人がこれを超高値で買ってくれるかもしれないだろ。
……ま、あんまり可能性は高くないがな」
いくらかぶちぶちとハルに文句を言われたが結局は分解せずに持ち帰ることに決定。
対象の死骸と証拠品、金品を機械の中にぶち込みつつここを離れることにした。
「それじゃぁ戻るから、スポットの展開を頼むぞ。
船のエンジンもふかしておけ、ついたらすぐに脱走する」
『了解です、マスター。
転送範囲確認、量よし、距離よし、燃料よし。
テレポート・サポート装置スタンバイ、カウントダウン開始、3,2,1……ジャンプ』
自分の周りがまるで流れるよう、あるいはねじれるように空間がゆがみ始める。
安全面的にあまりよろしくはないが、酔わないように目をつぶって到着を待つ。
するとわずかな浮遊感と喪失感が体を走り、次の瞬間、どしりと尻もちをついてしまう。
戦利品の機械類も落下の衝撃でそこそこの音を上げて転がっていた。
「……おい、スポットがちょいと上にずれていたぞ。
大怪我したらどうする」
『そのような万が一のお怪我がないように空中数十㎝のところにスポットを設置したのです。
目を開けていれば、それくらい対処できたでしょう。
……それ以前に、このスポット設定はマスターからの提案だったかと思いますが』
「そうだったかな」
おおよそ、9・1で自分が悪いせいで何も言えない。
このまま口論を続けても絶対に負けることを悟り、仕方なく頭をかきつつ、黙って戦利品を倉庫へと移動させる、そうして急いで操縦室へと移動した。
「……で、警察官や見張りはどうだ?」
『今のところは。
しかし、さすがにテレポートしたこと自体は気がつかれたようです。
光波族と写影族の船から順番に検問が始まってますよ』
「なら早いところずらかるか。
関所は大丈夫そうか?」
『幸い、まだのようです。
それに今なら目ざとい商業船がこぞって出航を開始しております。
まぎれるなら絶好の機会です』
どうやら、警備の薄い星だったとはいえ流石に高級居住区で中距離無許可のテレポートを無断で使ったらバレるくらいには警備は真面目であったようだ。
が、しかし、それでも自分のなすべき仕事はすでに完了しているので後は逃げるだけ。
立つ鳥跡を濁さず、星屑は星屑らしく塵一つ残さずに離星するとしますか。
「それじゃ、船はセーフモードに戻しておけよ。
ごちゃごちゃ言われる前にさっさとおさらばすることにしますか」
そうして、自分たちは特に住民をいくらか殺したのに無事だれにも引き止められることなくこの惑星を脱出することができましたとさ。
これが今現在の自分のごく一般的な日常。
かつては元一般的地球人であるのに、立派ななんでも屋兼人殺し。
もともとただの殴り合いのけんかすら苦手だったのに今ではこうして、宇宙人やエイリアン相手に興奮することもなくドンパチできるようになってしまった哀れな宇宙単位での拉致被害者。
コロニー掃除から危険生物退治と賞金首退治までなんでもござれ。
どこにでもいるザ・ワン―銀河帝国の被誘拐者―の一般的星間なんでも屋【星屑】として生きているのあった。
ここまで読んでくださってありがとうございます
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喜びます