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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

錬金チョコ

作者: しゅん


「今年は唯の手作りがいいな」

作ってくれる?期待いっぱいの瞳に絡め取られながら前髪を撫ぜられたら、後はもう頷くしか無かった。



小麦粉の飛び散ったシンクと、それを彩るように舞い上がったココアパウダー。最後の卵は先ほど私の体温を嫌がるかのように飛び立ち、後はもうハンプティダンプティと同じ末路。なんとか焼きあがったフォンダンショコラはひしゃげて目も当てられない。

可哀想だ。食材も、私も。何度瞬きをしても惨状がティーパーティーに変わることはなかったので大人しく片付けをはじめることにした私はまだ現実が見えていると信じたい。

そして現実が見えている私はあの時頷いてしまった事を酷く後悔している。調理実習でさえ味見とお皿拭き係だった私からしたら、お菓子作りなんて精密な材料の元生成される錬金術の様なものだ。だから何の勉強もしていない私が錬成陣を書けないのは当たり前。失敗したのは私のせいじゃないよ。

「あ、そうだ」

現実から逃避し始めた私の頭に、私と違って料理上手の友人が手を振って現れた。



「唯ぴょんはまず材料を計ることを覚えようね」

「流石ぴょんぴょん頼りになる~」

私が助けを求めたぴょんぴょんは高校から今でも関係が続いてる数少ない友人だ。クラスに一人は女子力高い男の子っているじゃん?そういうポジションの人だったの。まぁこいつの場合は体が大きくて包容力があるからおかんって感じだったけどね。人の名前にぴょんを付けるからぴょんぴょんって私は呼んでる。ちなみに本名は忘れちゃった。本人もそれに対しては気にしてないみたいだから、お店で名前書かない限りきっと知ることは無いんだろうな。

「毎年俺が一緒に作ろうって誘ってたのに、断り続けてたからこうなるんだよ」

エプロンを付けながらわざとらしく落とされたため息が地面に落ちないうちに、素早く自論で打ち返してあげる。

「私に調理される食材は電車のドアが目の前でしまった人と同じくらい憐れむべき存在だわ」

「そういうことじゃないんだけど……あ!唯ぴょんちゃんと髪は結ぶ!」

エプロンのポケットから髪ゴムを取り出したかと思えばあれよあれまと優等生ヘアに。こういうところがおかんなんだよな。

小さく笑った私を制するかの様に、おほん、と低い声が響いた。

「ま、さんざん作るの嫌がってた唯ぴょんが台所に立った時点で、相当な勇気がいった事だと思いますから。そこを讃えて。俺はね。最後まで付き合ってあげるんですよ」

これ食べてがんばろ。握らされたママの味がする甘いお菓子。ぴょんぴょんのポケットってもしかして四次元だったしするの?下らない考えが頭を過ぎったが優しい味にとろけて消えた。

今まで既製品でも喜んでくれたあの人の可愛いお願い。頷いた事への後悔は、その先で喜んで甘やかしてくれるであろう指先を思えばポイポイよ。

「ん、ありがと」

甘さのなくなった口でバレンタイン当日を思い描けば、ぴょんぴょんが張り切って指を鳴らしてる事なんて知らないフリ出来た。



お菓子作りは分量と時間とあと愛情。お菓子作りどころか料理でさえズブの素人な私は、思い付きでアレンジしない事。ぴょんぴょんにたっぷり言い含められた私のお菓子作りは鬼監督の指導の元、厳しく進んでいった。ぴょんぴょんは基本的に手を貸してくれない。生地を混ぜる時も数回手本を見せて後は私にはい交代。横からアドバイスはしてくれるんだけど、私に主となって作ってもらいたいみたい。

「俺が作ったら別の人への愛情が入っちゃうから、美味しくなくなるからね」

そう言ってずり落ちてきた袖をまくり直してくれた。なるほどね。やっぱりなんでも純度100%が良い訳ね。確かに私も合成肉より純正肉の方が好きだもん。納得よ。

「それに不純なものが混ざるといい心と悪い心が半分ずつになっちゃうんだよ。パンのお姉ちゃんがそうだったもん」

それなら私も知っている。昔よく見てたパンの擬人化たちのアニメ。善悪の心を半分ずつ備えたパンの誕生の回は、子供ながらに怖いと思ったのを覚えている。

愛しい人がああなっては困る。和やかなピロートーク中にいきなり罵られたりしたら確実に泣く。

「それは嫌だから、頑張ってみるわ」

「ぜひそうして下さい」

追加の愛情を入れたいので、生地はもうちょっと混ぜておこう。



「はい、ご所望の品ですよ」

来たる14日バレンタイン。数日前までお菓子レシピや雰囲気たっぷりのイルミネーションを紹介していた朝の情報番組も、流石に当日ともなると女の子たちへのエールを送ってあっさりと日常に戻った。

クラッチバッグ一つでやって来た件の彼女は、手荷物と同じくらいに軽い足取りで玄関を飛び越えてパーソナルスペースに踏み込んでくる。手土産のようにおでこに一つキスを落とすのはいつもの事だ。

そのままスキップでリビングに入ったら、荷物を置くのもそこそこに爛々とした目を向けてきた。

そもそも本人から頼んできた事だったので別に渋ることもないだろうと早速渡すと、彼女の目の中で星が舞った。

「食べたい!今すぐ食べたい!」

瞬きするたびに流れ星の生まれる瞳で見られたら断りづらい。まさかここまで喜んでくれるとは。

「手洗ってきたらいいよ。その間に飲み物用意するから」

私牛乳ね。食い気味にリクエストを置いていって、洗面所へと駆けて行く背中を見送った。

彼女お気に入りの猫のついたマグに優しい白を入れてリビングに戻ると、皿の前で待てする者が。

「食べてて良かったのに」

「いただきますは作ってくれた人にも言うことだからね、牛乳ありがと」

マグをテーブルに置くのを確認すると私の目を見て一呼吸。

「では、いただきます」

「はいどうぞ」

私が作ったのはクッキーだ。バター風味の一番作りやすいやつ。これを作りたいって言った時に、ぴょんぴょんには何度も確認されたけどこれで良いのだ。

この人の喜ぶ顔が見たかったし、愛情も十二分に入れたつもりだが、ただ優しいだけで終わる私じゃない。

目の前の人は飲み物に手をつける事なくひたすらに皿に手を伸ばしている。

「ホワイトデーの時のは有名だけど、クッキーってね、バレンタインにあげても友達でいようって意味になるんだって」

「あー、なんか聞いたことある。本命には飴あげるんでしょ?」

私飴って苦手なんだよね、ボヤきながらもクッキーに伸びる手は止まらない。

「……気にしないの?」

「なにが?」

「私があげたのもクッキーなのに」

というか、知っていたくせにあんなに嬉しそうにしていた時点で、気にしていない事はかくないなのだけれど。

ようやく止まった手で口の周りの食べカスを拭いながらあっけらかんと言った。

「そもそもヨーロッパでは、の話なんだから日本人の私には関係ないよね」

まぁそりゃあそうなんだけどね。言えばバレンタインだって本来はお世話になってる人にプレゼントを渡す日だし、下手に洋式ぶらない彼女の意見は正しいと言えば正しいのか。

「なに?気にして欲しかったの?」

にんまりとした顔は私の心境を見透かしているようでいささか腹がたつ。

そうだよ。ちょっとは気にして欲しかったさ。そんでもって焦った顔をしてくれたら花丸あげたさ。

「犠牲になった材料たちと私の労力を思っての行動だよ」

わざとぶすくれた顔をすれば隣から隠す気の無い笑い声が聞こえて、本格的にぶすくれそうになる。

「こんな可愛いイタズラで焦るほど、唯への信頼は薄くないわよ」

流れる様な仕草で両頬を包まれ、おでこ、瞼、鼻先と羽の様なバードキスが降りてくる。

最後に唇に降りてきたのはちょっとイヌ科のキスで、可愛く言えば溶けてしまえる様な合わさりだった。それはもう拭い切れていなかった食べカスが付いてるのも気にならない程に、だ。

結局入れた牛乳に手がつけられたのは、お互いの顎が疲れてからである。



「そういえば、なんで急に手作りが良いなんて言い出したの?」

既製品と言っても、付き合いであげる物とはグレードも吟味したした時間も天と地の差があったし、それは彼女も分かってくれていたはずだ。

「んー、そんな特別な理由はないんだけど」

顎を摩りながら話し出す仕草はとても穏やかで、いきなり罵られたりはしなさそうだ。純度100パーセントの愛情は伊達じゃない。

「歳取ってからの方がバレンタインに手作りなんてしてもらえなさそうだし、一回くらい食べたかったんだよね」

誤魔化すように首筋を啄まれたが、残念。この位置だと赤くなっている耳が丸見えだ。

どうやら恋人は私が思っている以上に私を独り占めしたかったらしい。例えそれで眉を顰めるようなものが出てきたとしてもだ。

「もし良かったらなんだけど、誰にも手伝って貰わないで唯一人で作ったやつが食べたいな」

首筋で喋られるのは聞き取りやすいがいかんせんこしょばゆい。

「これからも一緒にいてくれるなら、何回だって作ってあげる。お腹の保障できないけど」

ピクリと動いた身体が先程より強く啄んでくれたのが嬉しくて、私も真似して啄んであげた。


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