どうでもいい日常の一幕
春香には彼氏がいる。出来たてのホヤホヤのハツカレだ。
しかしまだなにぶん恋人というポジションに慣れていない。恋人っぽさを出したい彼女は、戯れに彼、雅哉に質問をしてみた。
「ねぇ、私の最初の印象ってどんな感じ?」
「ん?そうだなぁ……」
彼は若干頬を紅潮させながらこう答えた。
「『山の音楽家』に出てくる子リスみたいだなって」
☆☆☆☆
「————うん、意味わからん」
春香は幼馴染の優樹菜に事の次第を説明した。そして返ってきた答えがコレである。激しく同意。
「照れてたからいい意味だとは思うんだよね?可愛いとか」
……なにぶん回りくどい。
「しかも多分雅哉の想像している感じと、私の想像している感じが若干違うような気がする……っていうかこの曲ってさ……」
『山の音楽家』(童謡)の歌詞に対して春香が受けた印象。
是非一緒に想像してみて欲しい。
————私は山の中を歩いていた。
木々のせせらぎ、遠くには川が流れる音……キラキラと輝く木漏れ日……
「あぁ…癒されるわぁ。これが森林浴なのね」
そんな私の元に、シャッと小さな影が横切った。
「な…なに!?」
「『♪わたしゃ音楽家、山の子リス』」
ニヤリと不敵に笑って子リスはそう言った。
不敵とは言っても非常に可愛らしい。漫画『ぼのぼの』に出てくる子リスの様な容貌をしている。
(でも一体私になんの用……?)
戸惑う私に子リスは唐突に続けた。
「『♪上手にバイオリン弾いてみましょう』」
(ええー!?なんでイキナリ?!)
しかも自信たっぷりだ。これは困惑せざるを得ない。
『♪きゅきゅきゅっきゅっきゅ きゅきゅきゅっきゅっきゅ きゅきゅきゅっきゅっきゅ きゅきゅきゅっきゅっきゅ』
まさに『ぼのぼの』の子リスのようにいっぱい汗をかきながら、子リスはひたすらバイオリンを弾く。頑張っている感満載だが……やはり困惑は隠しきれない。
やがて満足するほどに弾いたのであろう、子リスは演奏を止め小さな手(前足?)で汗をぬぐった。
「……『♪いかがです』?(どやぁ)」
「————いや、『いかがです』って言われてもさぁ?!困惑しかないよ!!」
そもそもの話は雅哉に人の想像次第で変わってしまうような、回りくどい例えを持ち出すのをやめてほしいという話なのだが、『山の音楽家』の歌詞について想像してみたところ子リスへのツッコミが止められなかったのだった。
そんなわけで幼馴染の優樹菜はこの曲に対してどういうイメージを抱いているか聞いてみたいと思った。
彼女の答えは以下の通りである。
「私この曲初めて聴いたとき『♪わたしゃ音楽家 山の子リス』じゃなくて、『♪わたしゃ音楽 加山の子リス』だと思ってたんだ……」
加山って誰だよ。
ちなみに春香と雅哉は初恋同士、10年後に長い春を経て結婚するのだが、それはまた別の話。
閲覧ありがとうございました。
完全にノリであげました。